街で拾ったことばたち
ストーリー 一倉宏
出演 水下きよし
もう ずいぶん昔の話になるけれど
街にコンビニが コンビニエンスストアというものが
あらわれはじめた頃のこと
家の近所の いつもおばあちゃんが店番をしている
雑貨屋さん 洗剤やティッシュやお菓子を商ってる店の
自動ドアじゃない 木でできたガラス戸の そのガラスに
ある日とつぜん マジックで
「コンビエスストア」
と書かれた文字を 見たことがある
残念なことに あの店はもう なくなった
それから
地下鉄の改札口に まだ 伝言板というものがあった頃
終電車に近い混み合った車両を降りて 改札を出ると
「さようなら おとうさん」
と チョークで書かれたメッセージに
それはもちろん 私と無関係なものではあるけれど
みんなはそれを見て 笑いながら去っていったけれど
なぜか ドキリとして 涙がでそうになった こともある
そうだ
あれはどうなったのだろうか
区の公会堂が まだ建て直される前のこと
あるとき 大きな看板が出ていて
「植木等即売会」
と 堂々と書いてあったのだ
これは どう考えたって ある年齢より上の世代の
少なくとも 3人に1人は
「うえきひとしそくばいかい」
と読むはずだ
思い出した
地下鉄千代田線が乗り入れる 常磐線松戸駅の
たしか隣の 小さな駅の ホームから
「マツド外科」
と書かれた看板が見えて カタカナの「マツド」の
その「ツ」が どう見ても小さくて
「マッド外科」としか 読めなかったこと
「うえきひとしそくばいかい」も「マッド外科」も
たくさんのひとが気づいてた だろうに
あれは 確信犯だったのか
だとしたら 日本人のユーモアも なかなかのものだ
冬のロンドンを訪ねたとき
路上の白い 白いはずのポルシェが
水垢やほこりで ほとんど灰色のポルシェになっていて
そのボディに 指で
「 WASH ME 」
と 落書きされてるのを 見たことがある
それは ほんとにポルシェが そういってるみたいで
感心したことを 憶えている
出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/