佐倉康彦 2012年7月15日

ナイトゲーム

    ストーリー 佐倉康彦
       出演 岩本幸子

東京の夜は、
明け透けている。
遠慮がない。
水銀灯や
メタルハライドの光の束は、
見せなくてもいいものまで
見せつける。
そして、
見たくもないものを
目の当たりにして、
途方に暮れる。
自然光の下なら、
誰にも気づかれず
隠しおおせるはずの
わたしのそれも、
今夜、曝かれる。
それは、
あのひとのそれも
たぶん同時に
曝かれる、ということ。
約束の時間は、
もう、とうに過ぎていた。
久しぶりのスタジアム。
ゲートの入り口で
わたしはあのひとを
待っている。
切れかかった蛍光灯が、
気の早い秋の虫のように
耳障りな濁った音を立てながら
わたしの姿を不規則に、
冷たく、曖昧に、照らす。
国際Aマッチの
ホイッスルが鳴って
随分と経つ。
ほんの十数メートル先の
7万人近い大歓声が、
とても、とても遠い。
今、ピッチの選手たちを
照らしている
スタジアムの光線なら
わたしのそれも、
あのひとのそれも
隠せるのではないかと思った。
色も性質も違う
いくつかの光を
組み合わせた
カクテル光線のもとなら、
まだ、
あのひとといることが
できるかもしれないと、
思っていた。
顔を上気させた観客たちが
ゲートから吐き出されてくる。
そんな群れの流れに
わたしも紛れ込む。
あのひとは、来なかった。
試合の熱を、
そのまま帯びた観客たちの
人いきれに
猥雑に蹂躙されながら、
わたしは、
タイムパーキングに流れ着く。
そして、
クルマの中に怖ず怖ずと
逃げ込む。
こんな裏路地にある
パーキングを照らす
心許ない光にも
わたしのそれは
どうしようもなく
炙り出されてしまうから。
西に向かう
わたしのクルマは、
じきに、
東京を引き剥がすだろう。
長い長いトンネルの中で、
わたしは、
少しだけ安堵する。
あのひとに
曝かれずに済んだ
わたしのそれは、
トンネルの中に溢れる
ナトリウム灯の、
オレンジ色の光に
塗り込められて、
見ることはできない。
わたしの汚れきった
塵や芥を
浮かび上がらせることなく、
わたしの輪郭だけを
捉え続ける光。
人の目は、
こんな色を
強く感じるように
できているんだ。
強く、感じる。
それは、
何か他のものを排除する、
ということなのかもしれない。
あのひと、という
何か他のもの。
「トンネルの中のライトは、
紫外線波長が少ないから
虫も寄ってくることはないの」
少し前に、
そんなことを
あのひとから聞いたことを
思い出した。
きっとあのひとも、
わたしを
追ってくることはない。
あのひとと…
あの女とふたりで行った
湖の近くにある旧いホテルの
あのバーは、
まだ、開いているだろうか。
女同士の、
長いお別れには、
下品で甘ったるい
ライム・コーディアルで
つくったショートがいいと
思っている。_

出演者情報:岩本幸子 劇団イキウメ http://www.ikiume.jp/index.html


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