さいごの虹
かれがあのことをおこなった
そのすぐあとで
かならず虹がでる
かれをしるだれもが
虹をみあげて
かれがいまあのことを
おこなったのだとおもいあたる
だまってめくばせしあう
おこなったんだねとつぶやきあう
あからさまにわらいあう
わかいむすめはほほをあからめる
あのことをおこなったしるし
というには
虹はめだちすぎたし
うつくしすぎた
だれもがおこなっている
あのことは
よほどふらちなふるまいや
どちらかのむりじいでないかぎりは
はずかしいどころか
うるわしくむつまじいことだ
けれどいままさにこのとき
あのことをおこなったのだと
ひとにしられることは
おそろしくはずかしい
かれはまだじゅうぶんわかく
ゆだんするとすぐにだれかをおもった
けれど
だれかをおもってもちかづかない
ちかづけばことばをかわすことになる
ことばをかわせばおもいがつのる
ふれたくなりだきしめたくなり
さいごはおこなうことになる
だんだん
だれもおもわなくなった
だれかとおこなうこともなくなって
虹がうかぶこともなくなった
やがて
うまれてこのかた
ほんものの虹をみたことのない
こどもがふえ
せめてもういちど
虹をみてからしにたい
そうねがうとしよりがふえた
それからまた
なんねんもなんじゅうねんもたって
だれもがわすれてしまった
虹のことも
かれのことも
そんなあるひ、とつぜん
そらに虹がでた
はじめてほんものの虹をみた
こどももおとなもびっくりして
そらにうかぶいろのかずをかぞえた
わかいときにみたはずの
虹のすがたもいろあせていた
としよりたちは
まがっていたこしをのばし
かすみがちのまなこをほそめて
虹をみあげた
あのかれがだれかとあのことを
おこなったのだ
ほんとにほんとにひさしぶりに
おこなったのだ
虹をみてかれをおもいだした
ひとたちがくちぐちにめでたいと
いっておどりだした
めでたいめでたい
わっせわっせとおおさわぎしながら
ひとびとはかれのすみかにむかった
かれはいなかった
なかはあれはてて
もうずいぶんまえから
ひとがくらしているようすは
なかった
ふいにしずまったひとびとが
それぞれのすみかにかえるころ
そらに虹はもうなかった
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