「剣と魔法のファンタジー」
世界が混乱に陥って、もう何年が経っただろうか。
突然、魔王を名乗る者が現れ、魔物を率いて、
人類に対し宣戦を布告。
罪のない多くの人の命が、魔物によって奪われていった。
もちろん人間たちも、ただ黙っているだけではなかった。
古(いにしえ)より伝わる魔法など、持てる限りの武力で徹底交戦。
戦況は、一進一退の膠着状態に陥っていた。
その間、勇者を名乗る人間が星の数ほど現れては、
魔王討伐に立ち上がり、そして散っていった。
世界中が魔王の存在に怯え、日々の暮らしを営んでいた。
それは雪に閉ざされた、
このさびれた名もなき村でも例外ではなかった。
村の寄合所では、
今まさに村長を中心に村人たちによる定例会が行われていた。
「では、次の議題です。
勇者を名乗る一団が2組、
この村に向かっているとの情報が入りました」
出席者たちの目がいろめきだつ。
「皆さまよくご存知とは思いますが、
彼らは、どんな扉でも開ける不思議な鍵を使い、
『魔王討伐』の大義名分のもと、村民の住居等に無断で侵入、
引き出しや、タンスを勝手に詮索、果ては宝箱すら略奪するという
狼藉を働きます。貴重品の管理には充分な注意を払ってください。」
この会議の度に繰り返される注意事項の定型文の後、
議題は本題へと移った。
「宿の値段は、もう少し、つり上げてもいいんじゃないか?」
宿屋の主人が口を開けば、
「この村の他に、この地域で補給できる場所はないんだ、
薬なんかの値段は、
もっと高くしてもいいと思うがね」
道具屋の主人も負けてはいない。
まあまあと彼らをなだめるように村長が口を開いた。
「そんなのは、後でどうとでも回収できるじゃろ。
それよりも、村のそばにある洞窟に、
伝説の武器が眠っているかのような噂をもっと立てるべきだと思うんじゃ」
村長の発言が終わるか終わらないかのうちに武器屋の主人は、
最近入れた金歯を見せつけるようにニタッと笑いながらこう言った。
「しかし、以前作った「偽の古文書」は効いたなあ。
高価な武器をたくさん買ってくれたあの「勇者さま」たちは、
今頃、どうしてるのかねえ。
おっと、そういえば、武器の在庫が切れかかってるから、
仕入れにいかなきゃならんな」
「仕入れっつっても、洞窟まで行くだけだろ?」
会議出席者の間で、笑いが起こる。
「まったく魔王さまさまだな」
昨年、魔物に両親を殺されたために、
村長の家に身を寄せている少年・ポックルは、
不思議そうに大人たちの会議をじっと聞いていた。
「村の予算達成のために、各自よろしくお願いしますよ」
会議が終わり、家へと帰る道中、ポックルはたまらず村長に尋ねてみた。
「ねえ、村長。みんなまるで魔王のことを
ありがたがってるみたいじゃないか…」
村長はすべてを察したような顔で話し始めた。
「ポックル。お前が言いたいことはわかる。
お前は魔物に大事な母さんも父さんも殺されてしまったんだしな。
でも、もし魔王がいなくなってごらんよ。
どんな物好きが、こんな雪山の村に訪れるんだい?
でも、今は違う。この非常事態の中で、世界中の人間が、
現状を打開すべく世界の隅々まで冒険している。
人里離れたこんな辺鄙な村だからこそ、
なにか「伝説のお宝」が眠っているんじゃないかと期待をする。
だからこそ、この村の汚い宿でも、
街の何倍もの宿代を取ることができるんだよ。
彼らが買っていく、武器や防具、薬のお金が、
この村にどれだけの富をもたらしてくれたか。
お前は、食うものにも困るような元の貧乏村に戻りたいのかね?」
「でも…」
「お前が、魔物を憎んでいる気持ちはわかる。
でもね、魔物がいるからこそ、
この村は食っていけてることを忘れてはいけないよ。
魔王がいて、それを倒そうとする人間たちがいる。
その状態が、この村にとって、一番平和なんだよ」
ポックルは納得がいかなかった。
僕のように、いつ魔物に大事な人を奪われてしまうかわからないような日々が、
この村にとっての平和だなんてことが。
でも、それだけじゃない。
ポックルが本当に聞きたかったことは。
「僕、知ってるんだよ…だったらなんで…」
「おーい、旅人が来たぞー!」
見張り台の方から、若い衆の威勢の良い声が響いた。
「ほらほら、急ぎなさい。最高の笑顔で「勇者さま」をお迎えするんだ!」
ポックルは、村長に言いかけた言葉を飲み込んで、
自分の持ち場へと向かっていった。
ポックルの持ち場は、村の出入り口。
子供らしい無邪気さで、「勇者さまご一行」に話しかける。
「ようこそ、さいはての村へ」。
その後、いつものように、村の大人たちが考えた鼻歌を、さりげなく歌う。
「♪らららー空を割き、大地を割るよ〜♪洞窟の奥で眠る氷のつるぎ〜
…おじいちゃんに教えてもらった、この歌は、どういう意味なのかなあ」
「やはり噂の通り、この付近の洞窟には、
求めていた伝説の武器があるようだな…」
勇者さまご一行は、村の奥へと歩を進めた。
彼らの背中が遠ざかっていくのを見つめながら、
ポックルはポツリとつぶやいた。
「僕、知ってるんだよ…その洞窟には、
村のみんなが仕掛けた罠があるよ。気をつけて…」
出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/