映画館のある島で
映画館のある南の島で夏休みを暮らしたことがある。
島は母の島だった。正しくは母の故郷だった。
母は僕が小さいときに死んだと聞かされていたが、
母の親戚が島のそこここにいた。
僕がお世話になった家には女の子がふたり。
姉は僕よりひとつ年上で、妹はひとつ下だった。
姉は癇性な上に年上だからと威張り
命令に従わないとすぐに癇癪を起こしたし、
怯えた妹が僕の手のなかに自分の手をそっと滑り込ませたときも
荒れ狂ってあたりのものを投げ散らかした。
飛んできたお盆や座布団を投げ返しながら
僕は不思議でたまらなかった。
女の子を相手に野生動物のようなケンカをする自分が
どうしてこんなに心地よいのだろう。
裸足で走るのも人前で泣くのもいい気持ちだった。
ケンカは最高に楽しかった。
あの夏、僕は子供時代をもう一度やりなおしていたのだと思う。
昼間、僕たちは近くの浜辺で泳ぎ
日暮れになると映画館へ行った。
同じ映画を何度も見て、同じシーンで笑い
同じシーンで泣いて怒った。
泣くときはどういうわけか三人しっかり手をつないで泣いた。
映画館を出ると、空のてっぺんには天の川が流れ
西の空には木星が光った。
町の灯りより星明かりがにぎやかな島だった。
僕は姉と妹に星の知識を教え、姉は島のことを僕に語った。
島は精霊に守られ、
精霊の声を聞く特別な人がいることを知ったのも
映画の帰り道だった。
精霊ってなんだろう。
問いかけた僕に、妹が小さな声で「おかあさん」と答えた。
島の最後の日は、昼間から映画館へ行った。
明日はもうここにいないのだと思うと
胸がつまるようだった。
出て行くのは僕なのに
仲間はずれにされたような痛みがあった。
開演のベルが鳴って灯りが消えると
じわっと涙が出てきた。
妹がそっと僕の手に触れた。
姉が僕の手をぎゅっと握った。
ああ、これだと僕は思った。これが精霊だ。
精霊は共感するチカラなのだ。
誰かの心に寄り添い、共に悩み共に悲しむ心が精霊であり
妹にとってはおかあさんだったのだ。
手をつないでいると
川が合流するように僕たちの気持ちはひとつになって
あふれはじめた。
香港のアクション映画の音楽に埋もれて
その日、僕たちはずっと泣いていた。
出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/