弟子入りして丸五年。落語家と言うにはまだまだヒヨッコですが、
去年の夏に二つ目に上がれて始めた勉強会という名の私の小さな独演会。
月一回のペースで公民館をお借りして木戸賃1000円。
ツ離れしないときもあって、毎回せいぜい10人前後のお客さん。
そんな中であの人は初回から一度も欠かさずに
いつも左端の同じ場所で見てくれているたぶん私の第1号のファンだと
思います。
会が終わると来られたお客さんにアンケートを書いてもらうのですが、
あの人は丁寧だけど見かけによらない濃くて力強い文字で
私の拙い噺への感想や励ましのほかに
決まってひとつ質問を投げかけてきます。
いちばん最初は「生まれかわったら人と犬のどちらがいいですか?」
というものでした。
その質問へのアンサーを次の会の噺に入る前の枕で軽い感じで
「人でも犬でもいいですがせっかくなので人なら女、
犬ならメスになってみたいです」と言ったところ
その日のアンケートにはフェミニストではないのですねと
書いてありました。
不勉強な私はフェミニストがわからずに
スマホで意味を調べましたが
調べても尚あまり意味がわからないままでした。
そして二回目の質問は
「酔ったとき、だれかに電話したくなりますか?」で
これには「そんな相手がいればいいなと思いながら飲んでいます」
と答えました。
三度目の勉強会での質問は
「タバコの煙はいったいどこへ行くのでしょうか?」という
ちょっと哲学的とも言える面白いものでしたが、
このときやっと質問の内容がその日の落語の演目と関連しているのだと
わかりました。
初回は動物の噺をしましたし、二度目はお酒の噺。
そして三回目は「長短」というタバコを吸う仕草が多く出てくる噺を
したのです。全く察しの悪い私でした。
四回目以降の質問も私にとっては興味をそそられるものばかり。
一つ目小僧の噺のときには
「ウィンクはどちらの目をつぶりますか?」というもので
実際やったら右目をつぶる私の姿に
あの人は珍しく口を開けて笑ってくれました。
夢の噺のときには
「眠るとき、羊を最高何匹まで数えたことがありますか?」、
銭湯の噺のときには「お風呂では最初にどこから洗いますか?」、
泥棒の噺のときには「命よりも大切なものを持っていますか?」、
お蕎麦の噺のときには
「定年を迎えた父がお決まりのように蕎麦打ちを始めたのですが
手伝わなくてもいいですか?」、と
この質問のおかげであの人の家族構成を少し知ることができて
うれしく思い、
さらに左甚五郎の噺のときには
「私は左利きですが、落語の登場人物にサウスポーはいますか?」
と問われ、
あの人のプライベートな情報を知ったことにニヤニヤしながら
主人公が左利きの上方落語一文笛(いちもんぶえ)を
勉強したりしました。
そして先月10回目の会のときにあの人は初めて姿を現しませんでした。
その日は区切りの10回目ということもあってか
お客さんの数は多かったのですが、
とにかくあの人がいないことだけが気になって気になって仕方ありません。
当然あの人からのアンケートもないわけで
それからのひと月は何だかぽっかり穴があいたかのようでした。
そうです。
私はすっかりあの人いやあなたのファンになっていたのです。
さて長く感じた一ヶ月が経ち昨日が今月の勉強会の日でした。
あなたは何事もなかったかのように定位置の左端に座っています。
アンケートには先月は夏風邪をひいてしまい、
会場の広さを考えると周りにうつしてはいけないので来られませんでした。と
書いてあります。
質問は花魁への一途な愛の噺にちなんで
「今までだれかに告白したことはありますか?」というものです。
さて、来月この質問へのアンサーをあなたへの告白にしようかしまいか、
眠れなくて大量の羊を数える日々が続きそうです。