直川隆久 2017年11月19日

土中の夢

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

一体の人間が、半ば落ち葉に埋もれて横たわっている。
その肉はほぼ完全に、溶け腐っている。

この山奥に、どういう経緯でこの人間が迷い込み、
亡骸と成り果てたのかは知らない。
ともあれ、その死んだ人間の耳に、一匹のハエが卵を産み、
孵り、蛆となった。
それが、わたしである。
生まれて以来、肉の発酵する熱と暗闇にぬくぬくと包まれて、
わたしは幸福であったが・・近頃、妙な夢を見るようになった。
明滅する光。
甘いまどろみを妨害するノイズ。
そしてそれが、徐々にはっきりとした像を結ぶようになった。


白い、ゆらぎの
白い、ゆらぎの、むこうにある、あたたかで、白いもののなめらかな肌。

湯の中に、それは浮かんでいる。
そのイメージが明確になると、わたしの中に、なにやらひどく心地のよい、
安寧な気分が生じるのがわかった。

これはいったいなんなのかに考えをめぐらせ・・
おそらく「記憶」なのだと結論をくだした。
わたしが食べた肉の細胞に固着された記憶・・
死ぬ間際になにか心に強く念じたもののイメージ。
それが、わたしの体に取り込まれたらしい。

その白いものは、いくつかのなめらかな平面で覆われていて、
その面と面とのつなぎ目は、直線をなしている。
容赦ない山の冷気にさらされ凍えていく命が、
その温かなものをひどく恋しく思う。
それを食べたときの、慰撫するようなやわらかい感触を、
わたしは「思い出す」。

 ああ・・・
 あたたかい。

 やっぱり冬はこれだな。
 あつかん、もういっぽんつけちゃおうかな。

 でも・・ひどくねむい。

 ああ・・ねむいな。

 ・・帰らなくちゃ。

 帰りたかったなあ・・

 そうだ、もういちどだけ、いえに帰って・・・

 あいつと・・食いたかった・・あの、あたたかい・・

枯葉がかさかさと鳴らした音で、夢から醒める。
わたしが土中から飛び立つ頃には、
一層木枯らしがきつくなっているのだろう、とだけ思うと、
わたしはまたまどろみの淵に落ちていった。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 


ページトップへ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA