一倉宏 2018年1月7日

  あなたは北口から
     
     ストーリー 一倉宏
        出演 清水理沙

 私たちは 男3人 女3人
 仲のよいサークル仲間 6人で
 よく遊んだり どこかに出かけたりした

 6人は いつも一緒で
 たまに欠けても5人 せいぜい4人で

 だから あの冬の日
 2人だけで会うことになったのは
 まったくの偶然 だったよね

 あの日 帰省した2人と 
 風邪をひいてしまった2人がいて
 たまたま 残りの2人が 私たちで

 それでも 出かけようか せっかくだからと
 私はあなたを 上野の美術館に誘った

 私たちは 中央線の 同じあたりに住んでいて
 お昼過ぎに 最寄りのJRの駅で待ち合わせ

 あなたは 北口から やってきて
 私は 南口で バスを降りて

 なんだか ちょっと照れくさくて
「やあ」とか なんとか言って
 改札口へ

 ところが 上野の国立西洋美術館の
 お目当ての企画展は 大人気の大行列
 ただいま 入場まで120分待ち

「どうしようか」と あなたは困った顔で
 私も予想外の事態に ドギマギして

 仲間のみんなで来ていたら 
 おそらく 笑って 列んでいたはずなのに

 なぜだろう 列を離れたのは
 
 そのかわりに あなたは
 近くの 国立科学博物館に行こうと言って

 美術館の特別展ほどではないにせよ
 休日の 科学博物館も混んでいた
 とりわけ 恐竜のコーナーがお目当ての
 小学生のグループなどで

あなたのお目当ての「ウィルソンの霧箱」は 
 たしか 地下3階の 片隅にあった
 地味な場所で 見学客は少なくて

 見えない宇宙線が 絹糸のような
 細い煙を立てて その軌跡を残す

 感動のあまり 私は言葉を失い あなたは
「これ 何時間でも見ていられる」と言った
 
それは 不思議な体験だった
 予定も 予想もしていなかった 

 すべては 偶然のなりゆきで
 宇宙線の軌跡は 見飽きることがなく

 ふと気づくと 
 この宇宙の その場所には
 私たち以外 誰もいなかった
 
 それから 2人は

 神田に寄って お蕎麦を食べ 
 ふたたび 中央線に乗り  
 
 同じ駅の 改札口を出て
「じゃあ また」とか言って 
 別れたのだけれど

 あなたは 北口から  
 私は 南口で バスを待ちながら

 突然 どうしようもなく
 涙がこぼれたのだ 


出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/


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