オオカミ
オオカミを連れて行く、と私は言った。
出て行くための条件だった。
何でも3つだけ持って行くのを許されたのだ。
オオカミはチビの頃に親に逸れて弱っていたのを
私が見つけて手当てをしたオオカミだった。
男たちはオオカミに餌を与え、一緒に狩りをすることを教えた。
これからの旅を考えるとぜひともオオカミが欲しかった。
あとは、ここでいちばん年をとった女と狩の下手な男が欲しいと言った。
オオカミには渋い顔をしたリーダーも
これを聞くとゲラゲラ笑ってよかろうと言った。
役に立たない人間をふたりも連れて行ってくれるのは
大歓迎というわけだ。
すると、年をとった女と背の高い男が素早く進み出て私の横に並んだ。
出発は翌朝で、それぞれ自分の荷物を担いでいた。
私はオオカミを連れていた。
年をとった女はキャンプを出てからずっとクスクス笑っていたが、
とうとう口に出して言った。
「あの男が大きな顔でいられるのも長くない。
役に立つ人間ばかりをこんな風に追い出すようではね。」
年をとった女は驚くほど足が達者で先頭を歩いた。
どうやら目的の土地があるようだった。
オオカミが油断なく目を配りながらその後に続き、
狩りの下手な男はいちばん後で鼻歌を歌っていた。
私たちが住処に決めたのは大きな川の岸辺の
ちょっと引っ込んだ土地だった。
遠くに海も見え、背後にはまばらな森があった。
人を襲うような凶暴な動物はいない。
もしいたとしても、オオカミが守ってくれる。
そこは砂漠から山へ移動するガゼルの通り道にも近かったが、
狩の下手な男にガゼルの肉は期待できそうになかった。
しかし、年をとった女が言った。
「大丈夫。とびきりの狩人が肉をくれるよ。」
本当にその通りになった。
狩の下手な男は石を削って鋭いナイフを作り、
貝殻や亀の甲羅や動物の骨や歯から美しいベルトや腕輪を作った。
ガゼルを追って近くを通る狩人に見せるとみんなそれを欲しがり、
かわりにたくさんの肉を置いていった。
肉がないときは川の魚や鳥の卵があった。砂浜で貝も掘ったし、
森へ行ってドングリやピスタチオを集めてもよかった。
実を言えば狩の下手な男もオオカミの助けを借りて
たまにはシカを仕留めることがあったのだ。
私は年をとった女と相談して昴が西の空に傾く春を待ち、
土を耕して食べられる草の種、いまで言う豆や麦を播いた。
これらは保存がきく上に土に播けばいくらでも増やせる食べ物で、
実際に秋の収穫は期待以上だった。
私の一族はなぜそれを嫌うのだろう。
植物を育てるには同じ土地に定住しなくてはならないからだ。
彼らにとって旅をやめることは生きるのをやめることだった。
しかし、子供を抱えて難儀な旅をする母親や
歩けなくなって置き去りにされる年寄りを見ていると
旅をしない暮らしの方がよほどいい。
そうして私は一族を離れ、ここに来た。
その冬はオオカミの姿が見えなくなっていた。
たまにあることなのでさほど心配せずに
昴を目印にして春の土を耕し、また種を播いた。
緑の芽が伸びる頃になって、
オオカミが恐縮した様子で2頭の子供を連れて帰ってきた。
「いいんだよ」と年をとった女が言った。
「ちゃんと養えるからね。
オオカミの子供だけじゃなく人間の子供だって養えるのにさ」
そう言って、年をとった女はオオカミの頭を撫でながら
私の顔をじっと見た。
出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/