窓の向こうには
ストーリー 中山佐知子
出演 遠藤守哉
窓の向こうには薄青い空があった。
食卓にはキリストと12人の弟子たちがいた。
それはダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵だ。
キリストはその夜自分が逮捕されて
十字架にかけられることを知っていた。
それでもダ・ヴィンチは窓の向こうに晴れた空を描いた。
見るたびに、
ああ、いい天気だ、とつい思ってしまう。
そういえば、十字架にかけられたキリストの背景が
目も覚めるような青空という絵を見たことがある。
あの絵はどう見ても青空と雲が主役だ。
ラファエロもそうだ。
なんだか牧歌的な十字架のキリストを描いている。
いいお天気で空が美しい。
どうしても空と風景を眺めてしまう。
もしかして、画家が絵を描き始める前の最初の仕事は
天気を決めることではないだろうかと
思ったりする。
晴れの日にするか、曇りにするか、
それとも雨を降らせるかで
全体のトーンが決まるからだ。
神話や伝説にも空があり、天気がある。
黄泉の国から森を抜けて妻を連れ帰るオルフェウスの向こうには
明るい空が見えている。
我が子を殺した王女メディアの絵に
ドラクロワはわずかに青空をのぞかせている。
アーサー王がエクスカリバーを授けられた湖は
白い霧が立ち込めている。
最後の戦いで重傷を負ったアーサーは再びそこに戻り
湖の乙女たちに身を委ねた。
ジークフリートが殺された日も晴れた日だった。
この英雄は森で狩りをしているときに
妻の兄とその家臣の計略で背中に槍を突き立てられるが、
そこは全身不死身のジークフリートの唯一の弱点だった。
槍が刺さったジークフリートが最後に見上げている空は
夕焼けの薄赤い色で、
見ていると赤は悲しい色だなと思えてくる。
神々も英雄もその物語には必ず空がある。
ミケランジェロの「最後の審判」の空は
変化ののない重い青い空で、
やがて世界はこんな空で蓋をされるのかと思う。
出演者情報:遠藤守哉(フリー)
録音:字引康太