中山佐知子 2012年6月24日

この星の遺跡を発掘すると

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

この星の遺跡を発掘すると
大きな都市の跡と思われるところからは
必ず鉄の合金を使用した巨大な建造物が出土した。
それは尖った先端を空に向けて立っていたと想像された。
我々はその建造物を「塔」と名付けた。

学者はそれを見てさまざま学説を発表したが
もっとも有力なのは宗教説だった。
この星の住民は各地の「塔」から発信される神の声を聞き
その声にしたがって暮らしていたというのだ。

わずか20種類のアミノ酸から生まれたこの星の生物は
我々が研究しているだけでも500万種に及んでいる。
哺乳類と呼ばれた陸を歩く生物が6000種いた。
翼を持ち空を飛ぶ生物は9000種だといわれる。
水中で暮らす生き物、土のなかで生きるもの、
羽根のある虫に羽根のない虫…
かつてはこの地を覆っていたと思われる木や草や花
目に見えないカビやウイルスまで含めて研究が進むと
この星の生物の種類は3000万種に達するという意見もあった。
この種類の多さ、生物の多様性が
この星の美しさを、生物が生物を養い育てるバランスを
長く保ってきたのだった。

「塔」ができてからだ、と、学者は主張する。
「塔」が発信する言葉は住民全体の思想になり意志になった。
みんな「塔」が見せる衣服や食べ物にあこがれ、
住む場所も移動手段も子供を育てる方法も
祖先から受け継いだ知恵を捨て
「塔」が発信するビジョンを選んだ。
それは星とともに生きることをやめて
星を消費する道を選ぶことだった。

最初に川が枯れたのだと思う。
それから川がつないでいた山と海が枯れ
川と海と森の生き物が死んだ。
それでも住民は「塔」にしたがうことをやめなかった。

「塔」が語る宗教に名前はない。神話もない。
神の名前すらない。
しかし、この星の「塔」はこの星最後の文明から生まれ
そこに棲む生き物を支配し、淘汰し
それによってメンテナンスを失い、みずからも滅びていった。

この星から「塔」を崇拝する住民が消えても
「塔」は長い年月そこに立っていたに違いない。
長い孤独を楽しんだに違いない。

この星の「塔」は
意思を持って滅びへの道を示し続けたのか。
それとも、「塔」も何者かに支配されていたのか。

いま発掘している「塔」は
まだ赤い砂にその大部分が埋もれているが
構造から推測するとこの星の物理単位で634メートルに達するという。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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古居利康 2012年6月17日

電磁波ガール       

         ストーリー 古居利康
            出演 山田キヌヲ

わたしは、
きょうも会社で小説を書いている。
まいにち、定時の一時間まえに出社して
マッキントッシュを起動する。
朝から書きはじめ、昼の休憩をはさんで
八時間。ずっと小説を書く。

株式会社ジュンブンガクという会社に
勤めている。名前の通り、
純文学をビジネスにしている会社だ。
株式会社ジダイショーセツや、
株式会社カンノーショーセツといった
グループ企業にくらべると、
売上げはきわめて小さい。
したがって給料も安いわけだが、
企業ブランドイメージという点で言うと、
株式会社ジュンブンガクの存在は
決して小さくないし、社員のプライドも高い。

そんな株式会社ジュンブンガクの中でも、
メインストリームと言ってもいい
私小説課にわたしは勤めている。
毎月、私小説課長から課題が出る。
六人いる部員が同じ課題で書くことになる。

今月の課題は“アンテナ”だ。
アンテナ。アンテナ。アンテナ。
このところ、ねてもさめてもたべてるときも
アンテナのことを思った。

田口ランディの『アンテナ』はもちろん読んだ。
世界ではじめて電磁波の存在を証明した
ハインリヒ・ヘルツのことも調べた。
八木アンテナのことを知ったときは、
あまりにも面白くて、八木秀次の伝記が
書きたくなってしまった。

調べがいのあるテーマだから
調べてしまうんだ。けれど、いくら調べたって、
ジュンブンガクは近づいてこない。

結局、こんな小説ができた。

『 アンテナ落下   

 マスダくんの部屋にはじめて行った。
 窓の真ん前になぜか大きな段ボール箱が
 立っていて、光を遮っている。
 わたしより背の高い箱。
 なにこれ?と訊いたら、
 ゴミ箱だと言う。覗いてみたら、

 「うわ」

 はんぶんくらいゴミで埋まっている。
 牛乳パックやティッシュ、煙草の空き箱から、
 わけのわからないものまでぎっしり。
 臭いがないのがふしぎ。
 冷蔵庫の空き箱なんだ、って
 いいわけみたいに説明しているマスダくん。

 箱の下の方で、
 なにか小さな黒いものが動いた。

 「きゃっ」

 小さな黒いものは、蟻だった。
 蟻が行列をつくって、箱の下に潜っていく。

 「ありだよ、マスダくん」

 言わなくてもわかることを口に出すわたし。
 そうなんだ、蟻。と、マスダくん。
 蟻がきて困る、という感情はなく、
 ただそこに蟻がいる、という事実を述べる。
 
 問題は、そこが部屋のなかである
 ということだと思うが、
 マスダくんは、いたって冷静だ。
 箱の下の方に、シミがあるような気がしたが、
 見ないことにした。

 段ボール箱の上の方に、
 なぜかテレビのアンテナが取り付けてある。

 「あそこに立てると映りがいいんだよね」

 アンテナを見ているわたしに、
 マスダくんは小さなテレビを指さして説明した。

 わたし、ここで服を脱ぐことになるのかなぁ・・。
 唐突に、ヘンな想像をしてしまう。
 高い高い段ボール箱のふもとで、
 ハダカになって横たわるわたし。
 その横で、わたしたちの営みには
 まるで無関心な蟻たちが歩いている。

 「ぷっ」

 いかん。
 じぶんで想像しておきながら笑ってしまった。
 マスダくんもあいまいに笑ってる。

 (以下略) 』

たぶん、私小説課長は
このへんから先を読んでいない。
途中で原稿を破り捨ててしまったから。
そのあと性行為に及ぶふたり。
ことの最中に主人公の女性が段ボールを
蹴飛ばしてしまい、アンテナが落っこちる。
夜になってもテレビが映らず、
しかたなく二度目の性行為・・。
そんなせつない展開を用意してたのに。

私小説課長いわく、
ただアンテナがアンテナとして
出てくるだけではないか。
そんなものジュンブンガクと言えるか。
アンテナを思想にしろ。
アンテナは何を象徴する。
アンテナを通じて何をメッセージする。
そこんとこ考え直せ。

アンテナ、アンテナ・・。
再びアンテナの海を泳ぎ始めるわたし。
それにしても、
八木アンテナをつくった八木秀次って
すごいなぁ。じぶんの知らないところで、
敵国に利用されるなんてねぇ。数奇だよねぇ。
バトル・オブ・ブリテン、真珠湾、ミッドウェー。
八木アンテナの視点でこのへんの歴史を
書き換えていく。だけど、クライマックスは
戦後のテレビ放送開始。皇太子ご成婚から
東京オリンピックでハッピーエンドにするか。
司馬遼太郎も真っ青の大長編!

だめだめ。
私小説課長にまた、破り捨てられる。
書き直してる時点で、すでにボーナスの
査定マイナスだよなぁ。
アンテナ、アンテナ、アンテナ・・。
情報を受信する。キャッチする。
映像や音声を発信する。さまよう電波。

ひとりブレストしているうちに、
頭のなかにイメージが浮かぶ。
無数のアンテナをいったりきたりする女。
空飛ぶ美女。バットマンに出てきた
キム・ベイジンガーみたいな。

タイトルは、『電磁波ガール』。
よし、できた。

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属

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中島英太 2012年6月10日

アンテナショップ

         ストーリー 中島英太
            出演 大川泰樹

4月
また部長に激怒された。
なんでお前はそんなに鈍いのか。
言われたってわからない。
彼女にも同じことを言われた。

5月
お前のココはからっぽかと頭を叩かれた。
部長を殺してやりたいと思った。
でも、彼女にそう言ったら、頭を叩かれた。
悲しい。

6月
会社の帰り道、見知らぬ店ができていた。
アンテナショップと書いてある。
中をのぞいたら、たくさんのアンテナが売っていた。
へんなの。

7月
部長のやつ、ほんとに許せない。
いくら僕がぼんやりしてるからって、
人前であんなに罵倒しやがって。
落ち込んでいたら、
アンテナショップの店員に声をかけられた。
「アンテナ、無料でサービス中です」
要りません。

8月
彼女にふられた。
鈍い男は嫌いとのこと。
死のうかな。

9月
まだ生きてる。
例の店の店員がしつこいので、
アンテナをもらうことにした。
頭にいきなりアンテナ刺された。
ちょっと痛かったけど、血は出ない。
なんだか、シャッキリした。

10月
最近、仕事がすごくはかどる。
上司や同僚、クライアントの考えてることが、
手に取るようにわかるのだ。
ビビビと頭に飛び込んでくる感じ。
このアンテナのせいだろうか。

11月
仕事、絶好調。
社内の評価うなぎ昇り。
でも、まだ上がいる。
負けないぞ。

12月
部長の嫌がらせはなくなったが、
僕を認めようとしないのがムカつく。
もっと圧倒的な数字を残して、蹴落とすことにした。
アンテナショップに行って、
さらに大きなアンテナに代えてもらう。
天井に届きそうなやつ。

1月
新型アンテナの性能はすごい。
相場の動きまでよくわかる。
部長は降格。僕が新部長になった。
ざまあみろ。

2月
別れた彼女が、部長と付き合ってるのが発覚。
発覚というか、アンテナのおかげで感ずいた。
もうあんなのいいや。僕はビッグになるんだ。
もっと高性能のアンテナがほしい。

3月
アンテナショップで、高さ3mのアンテナをつけてもらう。
つむじのところにギリギリギリとねじ込まれて、
僕の身長は4m70cmになった。
感度は抜群。政治経済の流れまでわかるようになってきた。
政財界の大物や黒幕たちが、頭を下げて僕に話を聞きに来る。
愉快でたまらない。

4月
ライバル出現。
あり得ない高さのアンテナを頭に付けている。
チヤホヤされていい気になりやがって。
こうなったら、いちばんデカいアンテナをつけてもらおう。
アンテナショップの店員が、
ほんとにいいんですね?と、しつこく聞いてくる。
麻酔を打たれた。

5月
目が覚めると、真っ暗な場所にいた。
身動きがとれない。
でも世の中のほとんどのことがわかる。
このアンテナ最強。
みんなが僕めがけてやってくる。
一応、最寄駅をお知らせしとく。
東武伊勢崎線「とうきょうスカイツリー」駅。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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大友美有紀 2012年6月4日

「そのバーのジントニックは格別」

           ストーリー 大友美有紀
              出演 遠藤守哉

え、オレの仕事ですか?
うーん、まー、探し物をするっていうか。
探偵?そんなところですかねー。
ところで、マスター。
ここのジントニック、キリッとしてるんだけど、
奥が深い感じで、おいしいですね。
え、ジンを2種類使っているんですか?
マスターのオリジナルレシピ?
あ、マスターの師匠のレシピなんだ。
オレ、ジントニック好きなんですけど、
こんなの飲んだことないですよ。

ジンをトニックウオーターで割り、
レモンかライムを搾る。
それだけでカクテルになる。
シンプルだからこそ、
作り手によって個性が生まれる。

今日、オレは、このバーに仕事をしに来た。
マスターにあるものを渡さなくてはいけない。

思いというものは、波動でできていて、あまりに強いと、
思っていた本人がいなくなっても、その場で漂っている。
世間では「念」とか呼ばれているけれど、
そんなにおどろおどろしいものではない。
「ぽわぽわ」とそこにある感じだ。

その「ぽわぽわ」を見つけて、アンテナを立てる。
それがおれの仕事だ。
その思いがどんなものか、とか、
誰のものだ、とかは考えない。
考えないようにしている。
ひとたび考えると、思いがどっとオレの身に流れ込んで、
ふくらんで満たされてしまって、オレの輪郭がなくなってしまう。
オレが消えてしまう。

アンテナを立てて、それでオレの仕事は終わり。
ではない。

「ぽわぽわ」はアンテナが立つと、
ひとすじの淡い光となって発信される。
オレは、その光をたどる。
ずうっとたどっていくと、
思いを届けるべき相手に到着する。
そこに受信アンテナをつける。
ここで大事なのは、つけることを相手に
知られてはいけない、ということ。

アンテナは、オレたちにしか見えない。
気づかれても説明することができない。
アンテナをつけるチャンスを失ってしまう。

でも、今回は受信する相手がいて、よかった。
この思いは、あの破壊された地から来た。
オレたちは、あの地に数えきれないほどの発信アンテナを立てた。
でも受信先が見つかったのは、その半分にも満たない。
行き先のない思いをどうするのか、どうしたらいいのか。
オレたちは考え続けている。

ジントニックを、もう1杯。

オレは、おかわりを頼み、
マスターが氷を取り出そうとうつむいたスキに
アンテナをつけた。

マスターが顔を上げる。
一瞬、何かを探すような表情になった。

受信したんだ。
ほっとした。

2杯目のジントニックは1杯目より、
2種類のジンのバランスがさらに絶妙で、
格別な味わいだった。
何故、味が変わったのか。
オレは考えないようにした。
まだ消えたくない。
このカクテルを最後まで味わいたい。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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中山佐知子 2012年5月27日

photo by http://www.flickr.com/photos/davestamboulis/1386058086/

その村は天空の入り口に

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

その村は天空の入り口にあって
ヒンドゥークシ山脈の白い峰々が空を支える姿を
間近に眺めることができた。
村はその山の懐深くかくまわれ、そこに通じる道は険しかった。

その村では5月の声をきくと男たちは旅の支度をする。
そして6月には雪溶けの危険な山道をロバとともに這い登り
キャンプの場所にたどりつく。
そこからさらに道もない崖を登ると空と繫がる岩山がある。
彼らはそこで一年の半分を、天空の破片を掘って暮らす。

固く締まった岩を炎で緩めながら
カツンカツンと岩を削る。
どうして天空の破片が岩のなかに眠るのだろう。
彼らは理由を知らない。
けれども彼らが掘り出すのは
青空が結晶したような瑠璃色の石だ。

カツンカツンと岩を削り掘り出した天空の破片は
もう一度空に返さねばならない。
それは東と西にから集まってくる商人たちの役目だ。
商人は天空の破片を空に返すといってすべて持ち去り
かわりに必要な食料や布や金属を十二分に置いて行く。

村の人々は
自分らが掘り出した石がラピスラズリと呼ばれ
シルクロードを運ばれて西はヨーロッパへ
東は日本まで伝わることを知らない。
ツタンカーメンの黄金のマスクを飾り
やがてフェルメールの青の絵の具になることも知らない。
黄金より高い価値で取引されることや
そして何よりも、数千年の昔
世界に天空の破片がある場所はこの村だけだったことを
彼らは知るよしもない。

天空の破片ラピスラズリは空に返るのではなく
古代のシルクロードを通じて世界へ広まっていったのだ。

その村では11月になると
山のキャンプの男たちが帰り支度をする。
もう雪で道が閉ざされる頃だ。
苦労して掘った天空の破片は
すべて商人に渡してしまったかわりに
村には冬を暖かく越せるだけの蓄えができている。

12月、村へ帰った男たちのなかに
小さな天空の破片をこっそり持ち帰った若者がいる。
それは若者の帰りを待ちこがれていた娘への贈りものだ。

12月にラピスラズリを贈られた娘は来年には花嫁になるだろう。
12月のラピスラズリは幸運の石だ。
そしていま、ラピスラズリは12月の誕生石になっている。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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古居利康 2012年5月20日

スメタニ  

           ストーリー 古居利康
              出演 清水理沙

そのことについて
かあさんととうさんが話すとき、
かならずふたりの声はささやき声になって、
表情がどんよりしてくる。
漫画で言えば、背景と人物にタテの線が
何本も重なって、あたりが重くなる感じ。
わたしはいつだってそんなふうに感じていて、
こどもには事情がわからないだろう、
ふたりがそう思っていることも感じていて、
わたしは何もわからない、
ばかなこどものふりをするのだった。

そのことがじっさい、何のことなのか、
わたしにはかいもく理解不能なのだけれど、
ふたりが交わす会話のひそやかな怪しさ、
かあさんの険しい顔と、
とうさんの困惑ぎみの顔を、
ちらりと盗み見たりしてるくせに、
聞いていないふうをよそおうじぶんに、
後ろめたさを感じている

 スメタニ。

それが、そのことについて
かあさんととうさんが話すとき、
決まってひんぱんにに登場する
暗号みたいなことばだった。というか、
ふたりは、おもに、スメタニうんぬん、
という何ものかについて、ひそひそと
顔寄せ合って、どよーんとしているのだった。

 こんどスメタニが、

 スメタニときたらもう、

 またスメタニに、

そんなふうにささやくのは、
かあさんの方。どこかめいわくそうで、
こわい眼をしたかあさん。
とうさんは、スメタニのこと、ほんとは
それほどいやでもないのに、
かあさんの表情がきつくなるのを見て
こまっている、といったふぜい。

スメタニというのは、
まちがいなくよからぬもので、
かあさんと、とうさん。
とりわけかあさんに災難をもたらす
何かなのだ、とわたしは考える。
とうさんはいかにも苦りきった顔つきで、
だいたい黙ってしまう。
スメタニのなんたるかもわからぬまま、
スメタニに反発をおぼえるわたしは、
知らないうちにかあさんの味方を
しているのかもしれなかった。

 スメタニってなぁに?

聞いてはいけないと思っていた。
聞いたところで、かあさんはあいまいに
笑うか、やりすごすだけだっただろう。
ましてや、とうさんになんか、
聞けっこない。眉間にシワ寄せて、
にらまれてジエンドだ。

 そうだ、ススムさんに聞けばいい。

わたしはそう思っていた。
ススムさんというのは、わたしのおじさん。
かあさんのいちばん下の弟だ。
いつもとつぜんうちにいて、
わたしが学校から帰ると、にやにやして、
おっきなリュックのなかから
おみやげを取り出してくれたりする。

あるとき、リュックのなかから
ラムネの瓶を取りだして、わたしに言う。
「世界でいちばんおいしいのみものだよ」
よく見たら、ラムネじゃなかった。
瓶は透明で、なかみは見たこともない
青い液体だったので、いっけん、
ラムネの瓶に見えたのだ。
「のんでごらん。ただし、はんぶんだけ」
世界でいちばんおいしい、って、ほんと?
はんぶんだけ、ってなんで?
そう思ったけど、ススムさんはもう
ふたをくるくるあけている。
「ぜんぶのまないように、ね」

青いのみものをほんの少しのむ。
ほんとにおいしかった。
気がつけば、ごくごくのんでいた。
ススムさんがあわてて瓶を取りあげる。
「ぜんぶは、まだだめなんだって」
「世界でいちばんおいしいかどうか、
 もうちょっとのまなきゃわかんない」
ススムさんは、
もうふたをくるくるしめている。
「ねえさんにはないしょだよ」
そう言って、ウィンクなんかしてる。
なにこのおじさん。
たしかにすごくおいしい気がするけど、
これが世界でいちばんだったら、人生、
このさきまだ長いのに、ちょっとさびしいよ。

「この青いの、なにでできてるの?」
「遠い国の奇妙な果実」
「遠い国ってどこ? きみょうってなぁに?」

ススムさんには、いつも質問ぜめになる。
漫画で言えば、瞳のなかにキラキラ、
星がふたつみっつある感じで。
じぃっと見つめる。ススムさんは、
ちゃんと答えてくれる。
むずかしいことでも、こども向けに
へんにやさしくしたりしないで、
むずかしいままわかるように、
まっすぐ答えてくれるからすき。
だから、ススムさんなら聞けると思った。
知らなかったら知らなかったで、
かえって気楽だ。

 スメタニって、なぁに?

「スメタニ?」って言ったきり、
ススムさんは真顔で黙ってしまった。
考えこむ、というより、
時間が、かたまっちゃったみたいに。
眼玉だけ忙しく動いている。
といって、かあさんみたいな
しかめっつらではなく、
とうさんみたいにこまったふうでもなく。
いっしょけんめい思い出そうとしてるけど、
やっぱりほんとに知らないみたいで、
じぶんの知らないことを、なぜこの子は訊く、
といった顔に、ゆっくり変わっていった。

そのあと、うちでごはんを食べて、
ススムさんは帰っていった。

夜、歯みがきのとき、わたしの口もとを見て
かあさんが声をあげた。

「なに、その青いの・・」

鏡を見たら、口のまわりが青かった。
ハミガキ粉の白と混じって、
空色がかった青になっている。
ぶくぶくして口をあけたら、
舌べらが、まだみっちり青かった。

「もう。なにこの青いの」

かあさんがプンプンしている。
そのとき、いまだ、スメタニのこと、
聞いてみよう! って、とつぜん思って
スメタニ、って言おうとしたら、
口のなかにヘラみたいなものを突っこまれた。
わたしの舌べらを、かあさんが
ワシワシワシ、と、こすっている。

「なにこれ。青いの、とれない」
かあさんがためいきをついた。
舌べらがじーんとしびれていて、
スメタニ、なんてちょっと言えそうもない。
今晩はやめとこ。

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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