古川裕也 2012年4月22日

遺言

       ストーリー 古川裕也
          出演 大川泰樹

最愛の妻ジュスティーヌ。きみのおかげで幸せな人生だった。
「ありがとう」という言葉を君には数え切れないほど言ってきたけれど、
この「ありがとう」が最後の「ありがとう」になると思う。
おそらく、私は、1週間もしないうちに神に召される。
その前に最後の気力と体力を振り絞って、
君に言っておかなくてはならないことがある。
言うべきなのか、言わざるべきなのか。ずいぶん迷った。
そもそも、このことを君は知っているのだろうか。知らないのだろうか。
世の中の人は、まったく知らない。
その証拠に、私はかつて一度たりとも、
スキャンダルに見舞われたこともなければ、
それを公然の秘密として、周りに囁かれたこともない。
ごく一部の男の友人たち、ジャン・ピエール、パトリック、
ジャン・リュイ、フランソワ、ジャン・クロードだけしかしらない。

彼らは私の恋人たちだ。

子供の頃から、自分が女性を愛せないということは気がついていた。
ただ、わたしは必死に隠した。
君も知っての通り、私の家は厳格で
1ミリたりともスキャンダルを許さない家柄だった。
本当の自分を封じこめて暮らしているうちに、
私の中の、どうしても男性を愛したいと言う気持ちが
薄まってきたような気がした。
もしかすると、女性とも生きていけるのではないかという
希望のようなものが生まれた。
その頃、リシャール伯爵が紹介してくれたのが、
ジュスティーヌ、君だった。
わたしは、あの出会いを一目惚れだと思った。けれど、それは、
クラナッハが描く女性像を美しいと思うのと同じことだった。
君は、女性として、人間として素晴らしかった。
君との暮らしは楽しく充実していた。
プッチーニやドニゼッティのオペラへ行き、
タイユヴァンで、牛の腎臓、血のソースや、子羊の脳みそのフライを食べ、
気持ちよく晴れた昼下がり、君はヴァージニア・ウルフを読み、
僕は、フラン・オブライエンを読んだ。
ふたりともセックスには淡白なことを、神に感謝した。

ある日。
橋の上で、コンドームをもらった。

くれたのは、ジャン・ピエールだった。
私の最初の恋人であり、本当の私を呼び起こしてしまった男だ。
もはや隠してもしょうがないので、言っておくと、
私は、男という字を書いただけで、ジャン・ピエールという名前を書くだけで、
性的興奮を覚えてしまう。
ジュスティーヌ、申し訳ない。それが私の本性なのだ。

ジャン・ピエールは、正確に私のことを見抜いていた。
彼の告白とも誘惑ともつかぬ、
“橋の上でいきなりコンドームを渡す”という行為が、
ポピュラーなものなのかどうかはわからない。
ただ、ストレートすぎて、逆にユーモアがあり、
なぜか、ボードレールの“人工楽園”を私に思い出させた。
その後の4人、パトリック、ジャン・ルイ、フランソワ、
ジャン・クロードとの出会いでは、
私が、橋の上でコンドームを渡す側にまわった。
それから、病を得るまで、
私たちは、極くふつうの恋人同士としてつきあってきた。
誰にも知られてはならないという以外、極くふつうの。

楽しかったばかりではない。夜遅く帰って君の寝顔を見るとき、
大好きな“ドン・ジョヴァンニ”のツエルリーナの
アリアを聴いている君の横顔を見るとき、
自ら命を絶つべきではないか、その前に5人の恋人たちを殺してから。
と思ったこともあった。
それにしても、“密室の恋”と“未必の故意”はよく似ている。

やはり、こうして真実を最後に君に伝えてよかったと思う。
ずっと、言えなかった。
ほんとうに、申し訳ない。そして、ほんとうに、ありがとう。

ところで、先週、橋の上で話していた相手はジュリエットだね。
君の新しい恋人だね。
それまでの君の恋人は、時系列で
デルフィーヌ、フランソワーズ、イヴォンヌ、ステファーヌ、
そして、今のジュリエット。
この5人でまちがいないよね。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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平石洋介 2012年4月15日

戦場にかかった橋

        ストーリー 平石洋介
           出演 坂東工

ニューヨークのダウンタウンに、
エンジェルシェアというバーがある。

バーテンダーのシンゴは、その名の通り日本人。
ボクサーのような精悍な風貌、野心的な顔つきの若者だが、
ちょっと話せばわかる誠実で真面目な人柄、そんな彼目当ての客も多い。

銀座のバーで働いていたころ、腕を見込まれてスカウトされ、
世界で勝負してやろうとこの街へやってきた。

6年後、彼はついにチャンスをつかむ。
世界カクテルコンテストのアメリカ代表の座を勝ち取り、
26カ国の代表が競う本大会に出場することになったのだ。
そして各国を代表する強者バーテンダーたちを相手に準決勝を勝ち抜き、
8人で争う決勝に進出した。

決勝当日。戦いのルールはシンプルだ。1人の持ち時間は10分。
ステージにあがり、まず自己紹介、そして準備をはじめ、
カクテルをつくり、審査委員へサーブ、
さらに片付けを完了して、ステージを降りる。
10分を超えると大幅に減点され、その時点で優勝はなくなる。

シンゴの順番は、最後の8番目。
優勝候補のイギリス代表やオランダ代表をはじめ、
ライバル達の華麗なパフォーマンスを見ているうちに、
とてつもない緊張が襲ってくる。

ついに出番が来た。ステージにあがり、自己紹介を始める。
英語は得意ではない。それでも、自分が日本人であること、
渡米してからしばらくはビザの問題で日本に帰る事ができず、
家族に会えなかったこと。そしてあの大震災のこと。
必死に話しているうちに感情が高ぶり、
シンゴは不覚にも泣いてしまう。

気がつくと、もう5分以上が過ぎていた。
あわててカクテルを作り始める。
片付けを考えると、もう間に合わないかもしれない。
必死に作り続け、シェーカーを振り始めた時、
アナウンスが残り1分を告げた。

もうダメだ。でも最後までいいパフォーマンスを見せよう。
カクテルが完成した時、残りは30秒。
ステージを駆け降りて審査員にカクテルを配るシンゴの視界に入ったのは、
他の出場者たちが一斉にステージにあがっていく姿。
ちくしょう、時間切れか。。。

それでも審査員にサーブを続け、最後のユズの皮を絞り、
ステージに戻ったシンゴは、おもわず自分の目を疑った。
他の7人の出場者達が、
シンゴのために片付けを終わらせてくれていたのだ。
電光掲示版は残り15秒で止まっている。間に合った。
彼はただ立ち尽くしていた。涙が止まらなかった。
観客の多くも泣いている。
大歓声と鳴り止まぬ拍手。

何より勝つことにこだわっていたシンゴだったが、
もう勝ち負けはどうでもよかった。ニューヨークの予選、
アメリカ大会、そしてこの世界大会の最後の最後で、
こんな幸せな体験ができた。もう満足だ。

あれから数ヶ月。
ダウンタンのバー、エンジェルシェアで、
今夜もシンゴはシェーカーを振っている。
忙しく立ち働く彼とは、なかなか言葉を交わせないかもしれない。
英語が得意じゃないから、というわけではなく、
世界一に輝いたバーテンダーのカクテルを目当てにくる客が増えたからだ。
優勝おめでとう、と彼に声をかけたら、シンゴはちょっとはにかんで、
こう答えてくれるだろう。

「ありがとうございます。でも僕はチャンピオンなんかじゃなくて、
 良い仲間に囲まれたラッキーボーイなんですよ。」

出演者情報:坂東工 BIRD LABEL所属

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篠原誠 2012年4月8日

小さい魚

         ストーリー 篠原誠
            出演 吉川純広

名もない橋の上で、僕は川をみていた。
狭い川幅に流れる水は、案外きれいで、
僕はその流れの中に、魚を探していた。
子供のころ、渓流釣りばかりしていた僕は、
川の流れの中に、本能的に魚をさがしてしまう。

みつけた。
小さい魚だ。
ウグイの一種だろうか。
いずれにしても名もない橋の下にいる名もない魚だろう。

「何、みてるんですか?」

突然、女性に話しかけられた。
綺麗な女性だ。ふくよかな女性だ。
僕は、魚がいると答え、その方向を指さした。
彼女はいつのまにか、僕に寄り添うように、指さす方向を見ていた。
ほほが触れ合うのではないかとドキドキした。
そのドキドキが聞こえるんじゃないかと、またドキドキした。

彼女は積極的だった。
二人はいつのまにか、カフェに行き、
好きな映画や音楽の話をした。
同じ映画の同じ場面で泣いたことに
必要以上に、運命を感じた。

二人はいつのまにか、バーにいた。
飲めないお酒を僕は飲んだ。
レッドアイを初めて飲んだ。
彼女はお酒が強かった。
二人の接着面積が徐々に増えていった。
彼女の体温を感じることで、僕は勃起した。

二人はいつのまにか、ホテルにいた。
二人はキスをした。
体中にキスをして、汗だくでセックスした。
何もつけないままセックスをした。

二人はいつのまにか、眠っていた。
でも、本当に眠っていたのは僕だけだった。
僕が目を覚まして彼女の方を向くと
彼女はずっと天井を見ていた。
見つめていた。

「何、みてるの?」

僕がきくと、彼女は答えた。

「私、エイズなの」

僕の質問にまったく答えていない。
けど、そんなことは
どうでもよくなるような答えだった。

突然、人生にドラマチックな橋がかかった。
そんな風に思った。
僕は名もない小さい魚だ。

出演者情報:吉川純広 劇団ペンギンプルペイルパイルズ

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門田陽 2012年4月1日

最後の選択

            ストーリー 門田陽
               出演 大川泰樹

人生は選択の連続である。誰の言葉かは知らないが真理である。
もちろん、選択とはクリーニングのことではなく
セレクトであることは言うまでもない。
あなたも例外なく日々選択をしつづけてここまで来た。
数分前もあなたは
冷蔵庫の中のプリンを食べてからダイエットを始めるべきか
それとも食べないこと自体がダイエットではないのかと悩み、
食べるほうを選択したのである。

昨日あなたはパテシエの佐々木孝治と
青年実業家の加藤学を同時に呼び出し加藤を選択した。
あなたは二股をかけていたのである。
半年前、あなたは交際中の佐々木から友人を紹介された。
それが加藤である。その日は三人で食事をした。
あなたはワインを赤か白かで迷いロゼを選択した。
一年前、あなたは佐々木からプロポーズを受けた。
イエスかはいで答えてくれと迫られたあなたは困りながらイエスを選択した。
しかし、その日は運よくエイプリルフールであった。
二年前,あなたは佐々木から旅行に行こうと誘われた。
イエスかノーかこの場で答えてほしいと言われたあなたは
即座にイエスと答えたが行ったのは日帰り旅行だった。

旅の途中で佐々木は本当はあなたとデートするたびに
ホテルに行こうと誘いたかったが勤め先がホテルなので
その言葉の意味がわからないだろうと思い躊躇しているのだと正直な話をした。
あなたは都合よく助かったと思った。
三年前,あなたは佐々木と出会った。佐々木は同じホテルに勤める同僚。
会ったその日にあなたは交際を申し込まれた。
特にタイプではなかったが
スイーツ好きのあなたにパテシエという職業は魅力的であり、
とりあえずキープという選択を行った。人生は選択の連続である。

そしていまあなたは、人生最後の選択をしようとしている。
目の前にはどこかで見たことがあるような
それでいて初めて見るような景色があった。
静かで大きな川が広がっている。
その中央には長い一本の橋がかかっている。
あなたはもう随分とたっぷりな時間、その橋の前でたたずんでいる。
渡るべきか渡らぬべきかを考えている。
その間にこれまでのあなたの生き様が走馬灯のように蘇ったのである。
佐々木と会う前のこともたくさんよぎっていった。
就職の際の会社の選択。進学の際の学校の選択。
ファーストキスの際のシチュエーションにこだわるという選択。
親といつまでお風呂に入るかの選択。
サンタクロースの存在に気付かないふりをするという選択。
選択を行うたびにあなたは少しづつ汚れていった。

さて数分前。
あなたが食べたプリンにはパテシエの佐々木が毒を仕込んでいた。
佐々木はあなたと違い迷うことのない男だった。
そしてあなたのことに詳しかった。
別れの記念のデザートにと佐々木は手作りのプリンをあなたに渡した。
ダイエットするから困るとか言いながらもあなたは間違いなく食べることを
佐々木はわかっていた。案の定であった。
たったいまあなたはその橋に足を一歩かけた。
欄干には三途という川の名が刻まれていた。
これが最後の選択になることをあなたは知っているのだろうか。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2012年3月25日

がんばれ線路

             ストーリー 中山佐知子
                出演 瀬川亮

ここに線路があれば、と思うことがある。
線路をつくってあげたいと思うことがある。

むかし松江で出会った女子高生は
学校の近くの船着き場まで
毎朝自転車を2時間こいでくる。
そこから自転車ごと渡し船に乗って向こう岸に渡り
さらに10分自転車をこいでやっと校門をくぐるのだ。

一日4時間も自転車をこいでいたら
テストの成績が悪くても誰も怒らないでしょ。
そんな風にたずねてみた。
そんなことないです、怒られます、
女の子はムキになって返事をした。

船着き場には次々に自転車の高校生がやってくる。
小さな渡し船はひっきりなしに往復してみんなを運んでいた。

僕はちょっと心配になる。
雨の日はどうするんだろう。どうやって自転車に乗るのだろう。
その雨のせいで風邪をひいたときは?

僕はこんな子に線路をあげたい。
屋根のついた列車を走らせて
家の近くに駅をつくって学校まで送ってあげたい。
線路は約束だから
決まった場所から決まった場所へ
人と荷物を確かに運びますと線路は約束している。

宍道湖の北を走る一畑電鉄、通称「ばたでん」は
昼間乗るとガラガラに空いている。
僕のお父さんが子供だった時代からの赤字列車で
それでもなくならないのは
クルマを運転できないお年寄りや
学校へ通う子供たちのために必要だからだ。
この線路がなくなると
自転車で2時間かけて学校に通う子供が
またたくさん増えてしまう。
おばあちゃんは病院へ通えなくなってしまう。
だから地元の人たちは
「ばたでん」がなくならないように一生懸命お願いをしている。

そういえば岩手の三陸鉄道は
やっと全線復旧の見通しが立ったらしい。
流された駅やずたずたになった線路の写真を見るたびに
もうダメかと何度もあきらめかけたけど
震災のあとたった5日で
走れる区間だけでもと列車を走らせ、人や物資を運んだ気迫が
みんなの心に響いたのだ。

がんばれ線路、と僕は思う。
線路はひとつの約束だと思う。
町と町、人と人を結びますと胸を張って宣言しながら
がんばれ、線路。
  

出演者情報:瀬川亮 03-5456-9888 クリオネ所属

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黒須美彦 2012年3月20日

とりとめのない話 (別冊)

         ストーリー 黒須美彦
            出演 西尾まり

あ、雨
これはたいした感情の起伏のない
「あ、雨」
叙事的というのか、目の前で起こっていることを
空に向って報告しているって感じ。

でもね、日照り続きだったお百姓さんが
空に雲が集まってきて
ざーっと降り始めたときの
「あ、雨」は喜びに満ち満ちてるわよね。

逆にね、すっごく楽しみにしていた野球の試合の日
くらい空を見上げた子供の
「あ、雨」には嘆きがあるわ。

なんか、そういうのがいいの。
なんか感動したり泣いたりしていたいの。

だから今日みたいな、こんな
久しぶりにピクニックなんてしゃれてみようとしていた自分が
馬鹿に思えるくらいのどしゃぶりの日には
あ、雨の野郎とか言った方がいいと思うの。


あなたはね、仕事のことね
俺がいなきゃって思ってる。
俺しかできないことなんだって思ってる。

でも、会社ってそんなもんでもないよ。
あなたがいなきゃ、誰かがやる。
誰かがタイヘンだータイヘンだーって言いながら
なんとかやってのけるのよ。

会社なんてよくできてんの、わりと。

だから、休んだっていいんだから。
たまにはね。

あーっ、寝ちゃった。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

2本の動画があります。同じ内容ですが読みかたが違います。
上、ひっそりゆったりバージョンです。下はノーマルバージョンです。
聴き較べをお楽しみください。

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