玉山貴康 2011年6月5日


50音ヤクザ

             ストーリー 玉山貴康
               出演 水下きよし瀬川亮


あ! そうだったな。ガキの頃、

イ――! ってよく癇癪を起してたっけ。
と舎弟らと昔話に花を咲かせてた丁度その時

ウ~~ とけたたましいサイレンの音がした。

えっ? まさか警察? なんで俺がここにいることを?

おぉー! 元気だったか!その声は。やっぱりアイツ…。
俺をパクッたサツだ。
シャバに出た初日にまたこの顔を拝めるなんて、…ったく。

カ――ッ と俺はわざと痰をからませ、道路に吐き

キッ と下から睨みを利かす。

ククク… とアイツは押し殺した笑い方をし、
おいおい随分なご挨拶だなと言った。

ケッ 面白くねぇ。何の用だ。

コ――ッ と空手の型の真似をする。
空手をやってた俺をこうやっていつもおちゃくりやがる。

サッサ と用件を済ませてくださいよ、刑事さん。
俺もヒマじゃないんでね。

し―― んとあたりは静まり返っていた。そして俺は

スッ と

背 中を

そっ とアイツに向け、両手を挙げた。その時

タタタ――ッ と数人のサツが物陰から出てきた。
大袈裟な。思わず俺は

チッ と舌打ちをした。夏の夜の新宿。

ツ―― とこめかみから首筋、それに

手 の平にも嫌な汗が滲んでいるのがわかる。

ト―ッ! とこういう時にヒーローは登場してくれるんじゃなかったのかい。


なに かぁ、隠してるよねぇ。アイツはそう言いながら俺の背後に立ち、
ポケットの中をまさぐってきた。

ヌー は、どこだぁ?やはり、そいつを探していたのか。
ヌーとは、数グラムでも高値で取引される上物のハッパ。
コカインよりキク。

ねぇ よ。ないって。それでもしつこく体中を調べてくる。
俺は振り向いて

NO~! と叫んだ。なんで英語がでてきたのか分からない。
するとアイツは

はぁ… と深い溜息を漏らし、急に眼光が鋭くなった。

ひ、ひひひ… と俺は卑屈に笑ってやりすごす。

ふぅ。 お遊びはここまでだ。

へぇ~ と俺はおどけてみせる。

ほぅ と二度三度、俺に顔面を近づけ頷いた。くさい息がかかる。
アイツはブチ切れ寸前。お~コワ。

まぁまぁ… なだめても… やっぱ無理か…。

ミーンミーン と不穏な空気を抗うように蝉が鳴きだした。

むっ とした暑さが充満していく。
その時、アイツはおもむろに背広の内ポケットから何かを出してきた。


メモ? 黄門様の印籠よろしく、
これが証拠だと言わんばかりに掲げてきた。
読もうとしたら、すぐに引っこめやがった。ハッタリか?

やー さんも、大変な稼業だな。
やってもいない殺しで親分の代わりにブタ箱入り。
長く奉公して外に出てくりゃ、多少の出世はするものの、
今度はシノギ、シノギの毎日だ。そう言って、
アイツは寂しそうにゆっくり俯いた。

ゆう ちゃん、もう、足洗いなよ、なぁ。
涙声だった。
ゆうちゃん…。“勇次”という俺の名前を、
そんなふうに呼ばれるのは久しぶりだった。
そう、コイツは…、コイツは…、俺にとってたった一人の兄。
ガキの頃、親父は女つくってすぐに家を出て、
残された母親も次々に男を連れてきては、
そいつとグルになって殴る蹴るの毎日。
そんな時、いつもそばにいて泣きじゃくる俺を助けてくれたのは、
この兄だった。
まさしく俺のヒーローだった。そんな兄の肩が震えていた。
 
よぅ。 俺はハンカチを差し出した。泣いている兄を、その時初めてみた。

わ かったよ、にいちゃん。…ごめんな。…ありがとな

どうです?編集長
 悪くない。
でしょー!じゃあ、今度の新年会の余興は、
この“ハードボイルドかるた”でいきますね。
でも、なんでこんな大変なこと毎年やってんすか?
 あ、これか?
 編集者たるもの、少しでも作家さんの産みの苦しみを知ることで
 いい本が出来上がる!
 というのが社長の持論でな。
 それで、言葉の素である「50音」という制約の中で
 物語を創ってみろとなったわけ。
 それが始まり。

なるほどね~。しかし、とんだムチャぶりですね。
 まぁな。しかしこれさぁ、
 “なにぬねの”のあたりはちょっと無理っぽかったな。
 NO~!はないだろ、NO~!は。急に英語だし。

ははは…。やっぱ、そう思いました?
 あと“らりるれろ”がない。
さすが!編集長!よく分かりましたね!
 ばかやろう。ちゃんと足しとけよ。
 …そうそう、でさ、あの兄のメモには何て書いてあったんだ?

あー、それはあれですよ。
 どれ?

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/
      瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース

  
動画制作:庄司輝秋

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2011年5月29日



朝食はベーコンエッグ
          
               ストーリー 中山佐知子
                   出演 大川泰樹

朝食はベーコンエッグ。
カリッと焼いたベーコンと目玉焼きのカプセルを口に含む。
それから薄切りのトーストにバター。
トースト味のカプセルを取り出して
待てよ、今朝はクロワッサンにしようかと考えてみたが
結局どうでもよくなってトースト味にした。
コーヒーはお湯で溶かせばコーヒーという名の液体になる。
この発明は前世紀のものだが
この国が竈で米を炊き、七輪でサンマを焼いていた時代に
未来の食文化を決定する発明がなされたことに
僕は驚嘆を禁じ得ない。
しかもコーヒーはもともと粉とお湯でつくるものなのに
その本物の粉をわざわざ安直な粉に工夫したあたりが
実にいまの時代の先駆けといえる。

エネルギー配分の不平等をなくすため、という大義名分で
個人が自由に使えるエネルギーは最小限となり
残りはすべて生産に向けられた。
ベーコンを焼く炎は消え、
カロリーと栄養素が濃縮されたカプセルが配給されるようになった。
生産地は工場と直結し、100%安全基準に基づいて加工される。
つまりカプセルにされてしまう。
おかげで食品に起因する感染病は皆無になったが
土地土地の味の楽しみは消え
みずみずしいレタスの緑もカプセルの箱の写真で見るだけになった。

部屋の温度も蛇口から出る水の水質も均一になり
肺に取り込む空気さえコントロールされるようになってからは
僕たちは風邪ひとつひかないほど安全で
死にたくなるほど退屈だ。

僕は朝から夕食に思いを馳せる。
あれこれ考えをめぐらしてみる。
鴨のオレンジ煮、ワインはシャンベルタン。
それとも若竹煮にナズナの辛子和え、とび魚のすり身、
ジュンサイの味噌汁。
モヤシを縦に割いてその一本一本に挽肉を詰めた中国の…
と、そこまで考えて馬鹿馬鹿しくなった。
モヤシに挽肉を詰めるという奇天烈さを目で見ることがなければ
単なる挽肉モヤシ炒めだと気づいたのだ。

カプセルのメニューは世界のファーストフードから
高級料理までを網羅する。
ただそこには娯楽や遊びがないだけだ。

一年を通じて、計画的に雨が降り計画的に日が当たり
培養液から同じ味の稲が育ち、養殖場で魚が生産される。
手帳には「月曜日AM4時から6時まで雨」と
お天気まで当然のように印刷されている。
にわか雨の心配さえなくなった毎日は
大げさにいうと危険を共有することもなくなったわけで
死にたくなるほど安全で孤独で退屈なのだ。

ただ、死ぬと大嫌いなカプセルに詰め込まれ
埋葬用ロケットで打ち上げられることがわかっており
もしかして、生きていることを意味する「生」の反対語は
「死」ではなく「カプセル」ではないかと考えたりしながら
たぶん僕は明日もベーコンエッグを食べるのだろう。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , ,   |  1 Comment ページトップへ

山本高史 2011年5月22日



カプセルの記憶。

             ストーリー 山本高史
                出演 大川泰樹瀬川亮

A「カプセルの中、入ったことある?」
  B「どんなカプセル?」
A「薬」
 B「あるわけないでしょう」
A「オレ、この間入ってたんだ、夢かも知れないけど」
 B「夢でしょう」
A「身動きとれなくってさ、カプセルの中にぎゅうぎゅうに詰まってたから」
 B「何が?」
A「オレが、て言うか、粉が。粉なわけ、オレ、当然薬のカプセルの中だから
 パンとかじゃないわけ、パンとかじゃないわけ」
 B「はい、オマエはパンじゃない」
A「そう、パンじゃないわけ、粉なわけ。でもオレがオレだっていう意識はあるの、
  意識体としての粉」
 B「意識体としての粉」
A「さらに視覚もあるわけ、でも粉だから目なんかないわけで、
  たぶん意識体が視覚を持ったんだと思うね、これすごくない?
  世界初、視覚を持った意識体。
  ただその視界も固定されてるから、ぎゅうぎゅうだから、
  身動きとれない満員電車って乗ったことあるでしょ?
  あれをイメージしてくれればいい」
B「つぎからそうする」
A「そしてオレは固定された視界の片隅でカプセルの内壁は動くのを見た!
  恐怖よ、誰かがカプセルを開けようとしているのよ。
  オマエ、もしかしたら薬のカプセルを開けようとしたことある?」
B「あったかもね」
A「それ絶対やめたほうがいいよ」
B「ああ、二度としない」
A「そのチカラに抗うように、オレは必死でカプセルの内側から
  動きを押さえようとしているんだ。
  でもしょせんは粉対人間、結局カプセルの封印は解かれて、
  オレは外へ飛び散った。そこまでしか覚えていない」
B「ついでにそこまでも忘れてくれ」
A「ただ最後にオレの視覚が捉えたものは、あわれにも2つに分断されたカプセル、
  その色は半分が白で半分が水色、そうオマエがいつも飲んでるヤツだ!」

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP
      瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース

  
動画制作:庄司輝秋

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

渡辺潤平 2011年5月15日



FM696
               ストーリー 渡辺潤平
                  出演 大川泰樹

そんなワケで俺は今、新小岩のカプセルホテルにいる。

さかのぼること5時間前、俺は武道館のステージに立っていた。
さんざめく光と声援を一身に浴びながら、
俺はギターをかき鳴らし、そして歌った。

ライブの出来は最高だった。
そもそも俺のステージに、失敗する理由など見当たらない。
オーディエンスのボルテージは、一曲目から最高潮。
バンドのコンビネーションも上々。
俺のノドもコンディションは最高。
持病のヘルニアも、騒ぎ出す気配はない。
命と命がぶつかり合う、魂の120分。
俺のヴォイスと会場のヴァイブスがひとつになる。
その瞬間、俺は祈りにも似た感情を覚えた。

その夜の打ち上げは最高だった。
浴びるようにシャンパンを飲み、誰彼かまわずハグを交わした。
みんな笑顔…だったような気がする。どうやら俺は飲み過ぎたようだ。
いつしか俺は記憶をなくし、買ったばかりのスマートフォンをなくし、
右の肩パットとスカルのリングをなくし、
気づいたときはタクシーの後部座席でカエルのようにぶっ潰れていた。

俺を乗せたタクシーは、新小岩というシラケた駅で止まった。
何でも俺は車内で「新小岩」とさかんに口走ったらしい。
「しんどいわ…」 そうつぶやいたのを運転手が聞き間違えたのではないか。
そんなことを勘ぐってみても、もはや、あとのフェスティバルだ。
とにかく俺は、俺という存在におよそ似つかわしくない街で路頭に迷うことになった。
ケータイがないからマネージャーに連絡も取れない。
事務所に連絡を入れたいが、電話番号など知ったこっちゃない。
いつもは歩いて3分の距離でさえ、黒塗りの大げさなクルマで送り迎えだ。
事務所がどこにあるのかさえ、正直なところ、よく分かっちゃいない。
まあ、新小岩じゃないことは確かだが。

しかし、何だろう。この解放感は。
いつもならサングラスとマスクなしでは街を歩くなんて到底できやしないが、
ここじゃ俺のことなど誰も気に留めていない。
ハエのようにたかるマネージャーも、
メンバーの連れのいとこの友達だとか言いながら
スタッフ面して楽屋に居座るカラッポな連中も、
俺が何か言うと、条件反射みたいにバカな笑い声を立てる
レコード会社のオッサン達もいない。
隙を見せりゃトイレの中までついて来ようとするグルーピーの気配もない。
ドラムスのデブが放つワキガに目眩を起こす必要もなきゃ、
ベーシストの8ビートの貧乏ゆすりに殺意を抱く必要もない。
FREEDOM!!
俺は、今、自由だ。これこそロックだ。俺が長年、探し求めていたものだ。
俺を縛りつけるものは、今、何もない。
しかし、金もない。部屋の鍵も見当たらない。
さっき気づいたが靴も履いてない。
仕方ない…。俺は冷えきった足の裏の痛みに耐えきれず、
駅前のすすけたカプセルホテルにチェックインした。

安っぽいシャンデリアと、生乾きのタオルのような臭い。
ブラウン管のテレビから流れる通販番組では、
数年前、俺につきまとっていたアイドルが、疲れた顔をしてはしゃいでいる。
俺が生活している六本木のホテルとは月とスッポン。
いや、ミドリガメの赤ん坊レベルだ。
だが、悪くない。むしろ、懐かしさすら覚える。
金などなく、時間と不確かな自信だけを持て余していた20代。
あの頃の、心細さと大胆さをシャッフルしたような感覚が俺のハートを駆け巡り、
鼻の奥がツンとなる。最近、どうもセンチメンタルでいけない。

往年のジャニス・ジョップリンを彷彿とさせる二の腕を震わせて、
フロントのおばちゃんが俺に手渡したキーのナンバーを見て驚いた。
696番。ロックンロール。
もしかしたら今夜、俺はロックの神に導かれしまま、
この場所へ辿り着いたのかもしれない。
そんなことを考えながら、カプセルの中へ身体をねじ込む。
おぞましいほど狭い。そして微妙に臭い。
最低だって?とんでもない。最高だ。
母の胎内に居たときの記憶だろうか…遺伝子たちが騒ぎ始めたのが分かる。
下のカプセルから聞こえてくるイビキと歯ぎしりが、
心地よいビートとなって俺の右脳を打ち鳴らす。
ナパバレーのスタジオでさえ、俺をここまでリラックスさせてくれることはなかった。
俺の内部から、言葉が、そしてメロディーが次々にあふれ出して止まらない。

俺はハッキリと確信した。ついに見つけたんだ。
俺だけのサンクチュアリを、ここ新小岩に…。

その日以来、俺はこのカプセルから出ていない。
事務所の連中やバンドのメンバーは、躍起になって探していることだろう。
いや、もうあきらめている頃かもしれない。
だが、俺はもうここを出るつもりはない。出る必要がないのだ。
なぜって、ここが俺の探し求めていた場所なのだから。

これから俺は、
こうして偶然ラジオを聴いている幸運なファンのためだけに、
俺の歌を届けていこうと思う。

それじゃあ聞いてくれ。できたての新曲、「カプセル」

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

古居利康 2011年5月8日


緑色の光の話

        ストーリー 古居利康
           出演 山田キヌヲ

 あのカプセルのなかみを知ってる?
惑星探査機が持ち帰ってきた、あのカプセル。
なかみは、緑色の石だったのよ。

 え? 緑色の石? うそ。

 あまりにも小さすぎてにんげんの眼には
見えないつぶつぶだったけど。
カプセルは1500粒も持ち帰ってきたのよ。
 電子顕微鏡で見ると、あわーい緑色の結晶が
とてもきれい。暗いところで見ても、光ってるの。

 まるで見てきたようにおばあちゃんは言う。

 それは、隕石以外で人類が手にした、
はじめての地球外鉱物。その石の来歴を知る
ってことは、惑星の誕生や物質の起源について
考えるってことに、はっきりつながるの。
 というのも、地球の中心の核をとりまく地層は
マントルという硬い岩石の層なんだけど、
それはあのカプセルのなかにあった緑色の石と
おなじ石なの。地表に結晶が現出することもあって、
それを磨いた宝石がペリドット。

 ペリドット。8月の誕生石。
それ、わたしの石じゃない、おばあちゃん。

 緑色といえばね、わたしは、
ふしぎな緑色の光を、見たことがあるよ。

 あれは、ちょうどわたしが
あなたくらいの年ごろの夏だった。
ブルターニュのボールの海岸で・・
ボールというのはね、7キロもつづく美しい砂浜でね、
いちどあなたにも見せてあげたいものだねぇ。
その海岸で、とうさんがジュール・ヴェルヌの
『緑の光線』という本の話をしてくれたの。

 気がつくと、話が変わってる。おばあちゃんは
いつもそう。

 ひょっとしたら、今日は緑の光線が見えるかもしれないよ。
って、とうさんが急に言い出すのよ。
その日はよく晴れていて、空気も乾燥して雲ひとつなかった。
こういう日じゃないと見えないんだ、って。
 緑の光線を見たひとは、その瞬間、じぶんの心と
ひとのこころを読み取ることができるようになるの。
 ジュール・ヴェルヌがそう書いているんだから
まちがいないよ。ってとうさんは言うんだけど、
わたしにはその意味がよくわからなかったな。
 わたしたちは陽が沈むのをじーっと待った。
海に太陽が落ちる、その直前の、ほんの一瞬だから、
まばたきひとつでもしたら、見逃すかもしれないから。
って言われて、わたしは眼にちからをうんとこめて
がまんしたよ、いっしょけんめい。
 でね、見えたんだよ。太陽が水平線に消える
そのさいごの瞬間に、明るい緑の光線が、
水平線の上に滲むように輝いた。まるで光の宝石だった。
ペリドットよりだいぶ濃い緑色。

 で、じぶんの心とひとの心が読めるようになったの?

 そうねぇ、どうだろうねぇ。わたしもずいぶんと
長く生きてきたけど、ひとの心ってやつはねぇ・・。

 なーんだ。読めないのか。つまんない。

 なぜ太陽が沈む寸前、緑色の光線を放つのか。
とうさんは説明してくれたよ。
 それはとても珍しい現象で、ひと夏待って
一度も見ることができないこともあるくらい。
気象条件がそろわないと見られないんだね。
たとえば、今日は雲が多すぎてダメね。
快晴でないとダメ。
 なぜかと言うと、この現象は光の屈折の原理で
起こるから。太陽が沈むとき、じっさいの太陽は、
わたしたちに見える位置よりもほんのわずか下にある。
沈むまぎわの太陽の光って、まっすぐ進まない。
円を描いてわたしたちのところにやってくるの。
水平線に接近するにつれ、その光線の曲がりも
大きくなる。だから太陽が水平線に接しているように見える時、
じっさいの太陽はもう水平線の下に隠れている。
逆に言えば、じっさいよりも少しだけ上の方に見えている。

 わたし眠たくなってきた。おばあちゃんの声が
だんだん遠くなっていく。

 理科の授業でプリズムを習ったでしょ。
プリズムを通すと光は分離して見えるよね。
太陽が沈む瞬間、この現象が起きて光が色に分散する。
色彩によって、曲がり方がちがうのね。
いちばんよく曲がるのが、青。その次が緑。
そのまた次が紫、っていうぐあいに。

太陽がじっさいよりも高く見えている中で、
ほんとうは、青や緑や紫という、曲がり方の大きい色が
上に見えるはずなんだけど、青や紫はとても弱い光なので、
太陽が完全に水平線に隠れた直後、緑色の光だけが
残像のようになって、わたしたちの眼に見える、
ということらしいの・・。

 わたしはすっかり眠っていた。
めざめると、おばあちゃんはいなかった。
かわりにちいさな銀のカプセルが置いてあった。
なかみは、淡い緑色の宝石だった。
 この石、暗いところでも蛍みたいに
光るんだよね、おばあちゃん。
 ハッピーバースデイ、と書かれたカードが入っていた。
そうだ。きょうはわたしの誕生日なんだ。

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

林尚司 2011年5月3日



カプセル歌謡曲
                   
         ストーリー 林尚司
            出演 長野里美
 

音楽著作権の関係で原稿を掲載することができません。
youtubeの掲載はできますので、下から音声をお聴きください。

出演者情報:長野里美 03-3794-1784 株式会社融合事務所所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ