神谷幸之助 2011年4月3日


ラストフライト

         ストーリー 神谷幸之助
            出演 遠藤守哉

むかしはよく空をみていた。

わたしは23歳の夏、旅客機の航空機関士/
フライトエンジニアという職種をめざしていた。
航空機関士は、機長/副機長につづく第三の機長。
飛行のための複雑で
おびただしい数の計器を監視しながら機長をサポートする仕事だ。

空を見ていたのは
それはあこがれなんかじゃなくて目の視力をあげるためだった。
特に夜空の星を見つめることで焦点距離を遠くにあわせるトレーニング。
歯もすべて直した。飛行中の歯痛で業務に支障をきたさないために。
東西南北の方向感覚も鍛えた。
たとえば機体がきりもみ状態になったとき
瞬時に機首がどっちを向いているかを判断するために。
性格の適性検査も念入りに試される。
同じテストを何度も行い
すべてのデータが一定であることが求められた。
どんなときでも、沈着冷静でいられるかどうかを調べるために。

テストに合格したあとも、夜空を見上げることは習慣になっていた。
ある夜、美しいものを一度だけ見たことがある。

それは白い一本の軌跡。

夜の飛行機雲だ。

飛行機雲は、ジェットエンジンから排出された水分が、
急速に冷えて雲になる。
だから上空が寒ければ、昼夜を問わず飛行機雲は出る。
でも星空にまぎれてみえづらいから、
見られることは、流れ星よりラッキーかもしれない。

NA:
「ここからふたつのエンディングをお楽しみください。
 まず、エンディング/タイプAをどうぞ」

しかし、航空機のコンピュータ化がすすみ
すべての計器をいつも監視する必要はなくなった。
ボーイング747クラシックの引退と同時に
航空機関士という職種は事実上、消え去った。
わたしの最後のフライトは、ホノルルー成田便。
成田に着く直前機長から機内放送のマイクを預けられ
「これが航空機関士最後のフライトです」という挨拶をすると
そのジャンボに乗った夏休みのハワイ帰りの乗客から
「おつかれさま」の拍手が起きた感動は、いまも忘れない。

そして、いま、わたしはまた夜空を見ている。
あの、まだ一度しか見たことがない夜の飛行機雲をさがして。

NA:
「次のエンディング/タイプBをお楽しみください。

おれはこの計器に囲まれた空間が、好きなんだ。
ボーイング747クラシックが、好きなんだ。
おれは、航空機関士だ。
定年まで、地上勤務なんてまっぴらだぜ。
この最後のフライトで、すべて終わりにしよう。
今頃エンジンからは、白い飛行機雲が見えるはずだ。
だけどそれは雲じゃない。おれが捨てた航空燃料だ。

計器たちが、異常な動きをはじめた。
よし、もう大丈夫。

あとは、この一度も触ったことのない
スロットルに触るだけだ。

さらば、ボーイング747クラシック。
さらば、航空機関士。
さらば・・・

出演者情報:遠藤守哉 03-3479-1791 青二プロダクション

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中山佐知子 2011年3月27日


明るい野原に

               ストーリー 中山佐知子
                   出演 大川泰樹

明るい野原にレンゲが咲いた。
それは野原の言葉だった。
レンゲはここの土は栄養たっぷりですと教えてくれた。
そして、その言葉通りやがて耕耘機がやってきて
400kgの重さでレンゲをずたずたに踏みつぶし掘り返し、
土に混ぜてしまった。
レンゲの野原はレンゲをこやしにして
よく肥えた田んぼに変わる。

レンゲの野原にはホトケノザも咲いた。
この花は肥えた土が大好きで
そこが土手だろうと道端だろうと
ここはいい土ですよと教えてくれるのだ。

野原を流れる水路にはヘビイチゴが赤い実をつけた。
ヘビイチゴの言葉は水だった。
ここには水がありますよ。
確かにヘビイチゴは川べりやじめじめした湿地に群れをつくる。
そしてそこが蛇の出そうな場所だからという理由で
ヘビイチゴを呼ばれるようになった。

ツクシとスギナ、ハルジョオン、カタバミ
彼らの言葉は、荒れ地。
乾いた栄養不足の黄色い土、酸性の強い土壌、
他の植物が嫌がる場所でも
彼らはぬくぬくと暮らしてしまう。
そういえばナズナもそうだ。
ナズナというかわいらしい名前があるのに
ペンペン草なんて呼ばれるのは
荒れ地に咲くたくましさが原因かもしれない。
根があまりに深いので絶対に畑や庭には入れてもらえないタンポポも
荒れ地の野原では大威張りで咲く。
タンポポの茎を笛にして、子供たちは遊んだ。

魚沼の山のなだらかな斜面には
オオバ黄スミレとカタクリが咲いた。
カタクリの言葉は落ち葉。
落ち葉が分解されてフカフカになった土が大好きだ。
その野原はどう見ても野原だが
公園という名前になっている。
公園にしておかないとカタクリが盗まれるのかな、と
後になって気づいた。
可憐な二輪草はこの土地では食べられる野草の仲間になっていた。

そういえば、高尾山のどこかに
カタクリが一面に咲く野原があるそうだ。
カタクリが終わると山吹草で黄色に埋まるのだと
植木屋さんが話してくれたが
その場所はとうとう教えてくれなかった。

それでも僕はカタクリと山吹草の野原を思い描くことができる。
そこはきっと石灰岩の土台に腐葉土の層がある。
水は豊かにある。
暑い日差しは遮られ、夏も涼しい。
カタクリと山吹草を翻訳するとそんな野原になる。

野原には野原の言葉がある。
そこに生える草や花が野原の言葉だ。
僕はその言葉をもっと覚えたいと思う。

*このストーリーに登場する植物はすべて下の動画に写真があります。
 見損なった人はもう一度どうぞ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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名雪祐平 2011年3月21日

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いつまでも引き分け

              ストーリー 名雪祐平
                 出演 Pecker

わたしの子ども時分の話です。

このへん一帯は、むかし、飛行場だったことがあります。
ひろくて、真っ平らな地形だったですから、
海軍に目を付けられたんでしょう。

ほれぼれするような美しい田畑をつぶして、
飛行場をね、大飛行場をつくろうとしたわけです。

農家や学生も動員して大工事が始まりました。

いちばんきつくて危険な土木工事は、
刑務所から来た囚人の役目です。
軽い罪の囚人は青い作業服で、
重い罪の囚人は赤い作業服で、
みんなで青ちゃん、赤ちゃんと呼んでいました。

湖ひとつ埋まるような、大量のコンクリートで舗装して、
幅100m、長さ1500mの滑走路ができるまで、
村のどこにいても、コンクリートの匂いが鼻をついたものです。
それこそ家の便所にいても。

まだコンクリートが固まり切らないところに、
4、5羽の白サギが降りてきて、
足がはまって身動きできなくなったことがありました。
それを青ちゃん、赤ちゃんが寄ってたかって助けようとしてね。
白、青、赤の動きがおかしくて、
いま思い出してもあれは奇麗だったです。

滑走路のまわりには野芝が植えられて、
冗談みたいにでかい、人工的な野原になりました。

格納庫や兵舎も建ち、
戦闘機、偵察機、輸送機等、300機もやってきて、
飛行場は完成しました。

海軍はまず、この飛行場を大規模な訓練用にして
どんどん若い航空兵を養成しようとしていました。

1日に何百回という離着陸訓練が行われ、
ひっきりなしの爆音は、雷のように凄まじく、窓も割れるほどでした。

何より恐ろしかったのは、未熟な飛行や整備不良のせいで、
3日に1回は、田畑や民家に墜落することでした。つまり、
3日に1回は、死人が出るということです。

村の人は爆音で頭痛を患い、
墜落の恐怖ですこしずつ発狂していきました。

異変が起こったのは、田植えの頃です。

滑走路のまわりに、いつのまにか野兎が大発生したのです。
ふかふかのビロードを1000m敷きつめたように、
野兎の茶色で、野原が見えないほどでした。

飛行機が着陸するたびに、
滑走路にぴょこぴょこ飛び出してきた野兎を轢きます。
次々着陸しては、次々轢きます。

飛び散った肉と血と油と糞は
飛行機をスリップさせて兵隊の命に関わりました。
それを除くために滑走路を掃除する時間だけは、訓練は止まりました。

村の人は、取り戻した静かな時間を
兎さんのおかげの時間、と呼びました。

しばらくすれば訓練が再開され、
また新しい肉と血と油と糞で、滑走路は汚れるのでした。

ある兎が言いました。

「いつまでも引き分け」

いや、そう言ったように、聞こえたのです。
わたしも狂っていたのかもしれません。

戦争が終わって、わたしは野原に立つたび、
それがどこの、どんな野原でも、
反射的に「いつまでも引き分け」の場所と感じます。
そして、妙に落ち着くのです。

今回お話した飛行場の滑走路ですが、
自動車部品メーカーに買いあげられ、改修されて
いまはテストコースとして使われているそうです。

あの兎、まだ生きているかもしれませんね。

出演者情報:Pecker 03-5456-3388 ヘリンボーン

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宗形英作 2011年3月20日



都会の野原    

          ストーリー 宗形英作
             出演 森田成一

あなたは知っていますか?
あなたが今いるところが、野原だったことを。

あなたは想像できますか?
あなたが今暮らしているところが、野原だったことを。

かつてそこは空と雲と野原しかなかった。
あるいは、月と星と野原しかなかった。

50年前のことなのか、
100年前のことなのか、
300年前なのか、500年前なのか。
あるいは1000年も前のことなのか。
もっともっと前のことなのか。

なだらかで、風通しがよくて、見晴らしのいい、
その野原に一軒の家が建った。
ほんの小さな一軒の家ではあったけれど、
その家から少し離れたところにまた一軒の家が建ち、
それが十軒になり、百軒になり、千軒になり、家々が綱なり、
野原は村になり、町になった。

野原の面影を残していた村は、屋根の連なる町になり、
水平に広がっていった町は、縦に縦にと伸び始めた。
高層のビルが立ち、その高さを競うようにビルの隣にビルが立ち、
ビルとビルの間には陽のあたらない場所が出来た。
野原は村になり、町になり、そして都会になった。

ずっと昔々から、
その都会は都会であったかのように佇んでいる。
そこであなたは暮らしている。

都会で暮らすということは、
そこが野原であったことを忘れるということかもしれない。
もはや野原を思い出すこともできないということは
ようやく都会になったということかもしれない。

だからこそ、ほんの少しだけ思い出してみよう。
あなたが今いるところ、そこが野原だったことを。
ほんの少しだけイメージしてみよう。
あなたが今暮らすところ、そこが野原だったことを。

あなたの野原はどんな野原だろう。
あなたの野原はどんな季節の野原だろう。
あなたの野原はどこの野原に似ているのだろう。

陽は東にあるのか西にあるのか。
風は南から吹いているのか北から吹いているのか。
草の高さは足首までか膝上までか。

野原にはいろんなものが潜んでいる。
野原にはいろんなものが混じり合っている。

蝶がいて、トンボがいて、
カマキリがいて、トカゲがいて、
クモがいて、てんとう虫がいて、
赤があって、緑があって、
黄色があって、紫があって、
知っているものがあって、知らないものがあって、
光があって、影があって、
そして、どれもみんな動いている。

野原であなたはきれいに出会い、
野原であなたは不気味に出会い、
野原であなたは心地よいに出会い、
野原であなたは怖いに出会い、
野原であなたは子供のころに出会う。

目は近くも遠くも見つめている。
耳は360度の音に神経を使っている。
皮膚はささいなことにも繊細になっている。
そしてなにより、あなたの動きがゆっくりになっている。

生きるということは急がないということなのだ、
そんなことに改めて気づいたりする。
生きるということはいろんな生きると出会うことなのだ、
そんなことに改めて気づいたりする。

もしもあなたが疲れていたら、
あなたが今いるところが野原だったということを思い出してみよう。
もしもあなたが眠れなかったら、
あなたが今寝ているところが野原だったということを思い出してみよう。

野原はきっとあなたを大切に迎えてくれる。
野原はきっとあなたを大きく包んでくれる。
都会に住むひとにこそ野原は必要なものだから。
そしてなにより野原はあなた自身なのだから。

出演者情報:森田成一 03-3479-1791 青二プロダクション

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小野田隆雄 2011年3月13日


すすき、幻想
       ストーリー 小野田隆雄
          出演 毬谷友子

広い広いすすきの草原に、
月の光がさしていました。
すすきの穂が、風の中で、
寄せては返す波のように金色にひかっています。
すすきの穂波は、はるかかなた、
草原の向こうにある山のふもとまで、走っていきます。
そして山々は雪をかぶり、
まぼろしのように浮かびあがって見えるのでした。

真夜中に近い時刻のようです。
まだ少年の私は、黒いマントを着て、
左手に重いカバンをぶらさげて
すすきの海を一生けんめい歩いていました。
すると風が吹きぬける中を、
青い着物を着た女性がひとり、歩いてくるのです。
室町時代のあそびめのように、
細い帯を腰のあたりに低くしめ、
黒い髪をうしろにたばねていました。

面長な顔立ち、青白い肌、切れ長の眼、
形のよい唇。
彼女は私の前で、立ち停り、私を見ました。
そして、すーっと何かを呑み込むように笑いました。
赤い唇がすこしひらかれると、
なんだか、あたりの空気がゆらりとゆれて、
ひときわ強く、風の音が聞えてきます。

狐だ!、少年の私はそう思いました。
すると月が雲に隠れ、女性の姿も消えました。
すすきの原は、暗い灰色の、ただのすすきの原に
もどってしまいました。

このカバンは? ふと、少年の私は思いました。
この左手にぶらさげている重いカバンは、
いったい何が入っているのだろう…
気がつくと、私は現実の私にもどっていました。
六十歳をずいぶん過ぎた私が、
無彩色の、夜のすすきの草原に、
カバンをぶらさげて、立っているのでした。

出演者情報:毬谷友子 03-3552-1616 J-CLIP所属

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一倉宏 2011年3月6日



  野原さんを見ていたら

             ストーリー 一倉宏
                出演 山田キヌヲ

野原さんは
自分のなまえについて 意識してないと思うけど
私は あるとき 見たことがある
野原さんが 野原に寝転がって 昼寝をするのを

野原さんが 野原で昼寝する姿は
なんというか さすがというか 絵になっていた
野原さんのご先祖は きっと野原の近くに暮らしていた
そしてきっと その野原が好きだったと思う

小川さんのご先祖も とにかく
小川と関係のあった方だろう
いま 私の知っている小川さんの家の近くに
小川はなかったと思うけど
小川さんが 小川で釣りをする姿も よさそうだ

田中さんの家のまわりに 田んぼはない
新宿まで電車に乗って 20分の町だから

大庭さんの家の庭は そんなに大きくない
桜木さんの家の庭に 桜の木はない

そういえば
八月一日 と書いて ほづみ と読む
どの漢字が ほ で づ なのかわからない
珍しいなまえの 同級生がいたけれど
八月一日 じゃなかった ほづみさんの
誕生日は 八月一日 じゃなかった

それから
大森さんのお嬢さんは 中森さんと結婚して
二世帯住宅に住んでいる

大森さんの家には 大森 中森の表札が並んでいる
大森さんには 女の子のお孫さんがいる
将来その子が 小森さんと結婚したら
大森 中森 小森の家族になる

大山さんと 中山さんと 小山さん
大野さんと 中野さんと 小野さんの
家族だっているだろう

いつか結婚式場で
秋田家 春田家 披露宴 と書いてあるのを見た
なんだか ちょっと微笑ましかった

母の友だちの 良枝さんは
吉江さんと結婚して 吉江良枝になった

私の友だちの 亜希ちゃんは
もしも 安芸さんというひとが好きになったら
どうしようと いまから悩んでいる
安芸亜希 の後に です は付けにくい
安芸亜希です と いいにくい

小田くんが好きになった 麻里ちゃん
小田麻里

大場さんからプロポーズされた 加奈さん
大場加奈

ありうるよね じゅうぶんに
でも ほんとうに好きになったら
結婚するよね

私のなまえは 萌(もえ)
野原に寝転がった 野原さんを見ていたら
ふと 野原萌 という 組み合わせに気づいて
胸のあたりが 熱くなった

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966株式会社ノックアウト所属

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋

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