1時を過ぎてもう1軒
ストーリー 一倉宏
出演 マギー
「女は、別れた男の数だけ腕時計を持っている」
そういう説がある。
この卓抜な警句をつくったのは、ぼくのともだちだ。
「女はね、別れた男の数だけ腕時計を持ってる」
あの夜、失恋したともだちが繰り返し言うので、
そのたびに納得してやった。
もうそうとう酔ってるな。
傷が深いのは、わかるけど。
「ある日突然、見たことない時計をしてきた彼女に、
切り出されたわけですよ。
突然よ! それでさ、わかる?
その時計をちらちらっとさ、気にしながら
じゃ、私行くから、ごめんね。
だって。つくしょーっ。
おれがプレゼントした時計がいちばんのお気に入りって。
いつもいつもその時計をしていたのにねーっ。
みごとだよ。おみごとっ。」
こういう夜だから。
女性全般をワルモノと言うのもしかたない。
「そうだそうだ、女はそうよ」と相槌を打ちながら、
テーブルの下の携帯で、
「かなり荒れてます。遅くなります」
のメールも打ったりしてた。
ともだちが失恋して、なぐさめるなら、
その夜は、腕時計を見るべきではない。
僕もまた、もう何杯目かのウイスキーを飲みながら、
「だからさ。いい女はいっぱいいるよ。
見返してやれ。おいっ」と言った。
僕も彼女に時計を贈ったことはある。
そんなに高いのじゃないけど。
僕が彼女に時計を贈られたことはない。
なぜなら、
つまり僕は時計が好きで、
欲しかったのはもちろん機械式で、
かなり値の張るものだから。
「いいんだよ。
僕の時計は自分で買うから、お金貯めて」と言ってた。
去年のクリスマスの、数日前のことだった。
売り場で見て来たらしくて
「ほんとに高いんだね」と、泣きだしそうな顔で言った。
うん。
その泣きべそだけで、
僕はもう、おなかいっぱいに、じゅうぶんだから。
*出演者情報 マギー 03-5423-5904 シスカンパニー所属
音楽:ツネオムービープロジェクトhttp://tsuneo.cart.fc2.com/