薄景子 2022年7月17日「宇宙姉妹」

宇宙姉妹
      
ストーリー 薄景子
出演 薄景子

子どもの頃、よく見た夢がある。
それは、自分だけが宇宙人で
家族も友だちも口裏あわせて
私が宇宙人だということに気づいてないフリをする夢。
小さな私は、そのお芝居に気づいていながら
地球人のフリをして暮らしている。

その夢を見た朝は、混乱してすぐに起きられず、
しばらくぼーっと天井を眺めた。
「遅刻するわよー」という母の声で我に返り
ああ、夢でよかったと胸をなでおろすのだ。

あまりによく見る夢なので
いつからか、私は本当に宇宙人かもしれない
と思うようになった。

テストでいい点をとることも
いい学校にいくことも全く意味がわからない。
ひねくれ者の私は、テストでわざと間違った答えを書いて
落第点をとり続けたこともあった。

そんな私がエリーさんと出会ったのは
社会人5年目くらいだっただろうか。
作文だけは好きだった私は、書く仕事につき
音楽のプロデューサーをしていたエリーさんと仕事で出会った。
私の原稿に、エリーさんが作った音楽をあて
朗読ラジオなるものを作ったのがきっかけだ。

エリーさんとは驚くほど気が合った。
原稿を送るだけで、打ち合わせもせずに
イメージ通り、いやそれ以上の音楽を作りあげてくれた。
考えていることも不思議なくらいシンクロする。

プライベートでも仲良くなり、よく飲みにも行った。
あるとき、エリーさんにきいたことがある。
「なんでエリーさんと私はこんなに気が合うのかな…」
彼女は迷わずこう言った。

「だって、すーさん、宇宙人でしょ?
私もそうだから、最初からわかってたわよ」

びっくりして、ビールを吹きだしそうになった。
きいてみると、エリーさんは子ども時代に
突然変異体、つまり宇宙人的なものを意味する
「ミュータント」というあだ名で呼ばれていたらしい。

「世の中の物差しがよくわからないからね、私たち」
そう言ってエリーさんは、米焼酎を飲みながらコロコロ笑う。

いつかエリーさんと生まれ故郷の話をしたことがある。
彼女は偶然にも、私の父が生まれ育った
九州の片田舎で生まれたらしい。
それをきいて妙に腑に落ちた。

その村は天の川が美しく見えることで知られ
天からぽろりと、星のひとつやふたつ落ちてきてもおかしくないほど、
空と大地が近かった。
父の田舎に行くたびに見た満点の星空は
今でもきらきらと目に焼きついている。

一説によると、この天の川銀河系だけでも
100億個ほど地球に似ている星があるという。
エリーさんと私は、ひょっとすると
何億光年も彼方の地球に似た惑星に、姉妹として生まれるはずが
うっかり地球に生み落とされたのかもしれない。

そんな話をしながら、延々と米焼酎を飲み、
エリーさんは、ふと真顔になって言った。

「でも、私たち地球に生まれてよかったよね。
米焼酎おいしいし、ここのメンチは最高だし…」

ああ、やっぱりエリーさんは宇宙人だ。
だから私もこの人の前では宇宙人でいられる。

だって、私たち、宇宙姉妹ですから。



Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

張間純一 2022年7月10日「天の川」

天の川

   ストーリー 張間純一
      出演 遠藤守哉

問1

x,y平面上に、
点(6, 8)を中心とする半径√2の円の円周上を動く点Hと
点(8, 6)を中心とする半径√2の円の円周上を動く点O(オー)がある。
このとき、以下の問いに答えよ。

 (1) 点Hと点Oとが出会う可能性のある点Tの座標を求めよ。

 (2) 円A、円B共通の接線のうち、(1)で求めた点Tを通る直線aの方程式を求めよ。

 (3) 点Hと点Oが点Tで出会ったちょうど1年後に、
ふたたび点Tで出会う時、点Hと点Oの移動速度を求めよ。
ただし1年はちょうど365日とし、
どちらの点も常に一定の速度で移動しているものとする。

この問を見て、家持詠める歌

かささぎの Tの座標に おく霜の 直線はy =x
かささぎの Tの座標に おく霜の 直線はy =x



出演者情報:遠藤守哉

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2022年7月3日「もしも僕らが一年に一度しか会えなかったとしたら」

もしも僕らが一年に一度しか会えなかったとしたら

   ストーリー 一倉宏
      出演 地曳豪

テレワークの日々がつづいた
いっしょにいる時間が増えたよね 
劇的に

ケンカも増えたね 
エアコンの 使い方とか 
トイレの…… 汚し方とか
日々の生活って ほんとうにささいな
ディテールの帳尻で できている

君はネットフリックスで 
韓流ドラマを観る
僕はスポティファイで 
80年代シティポップスを聴く

そんな日々に

ロシアなる国が 
ウクライナなる国を陵辱し
虐殺とレイプが 
平然とニュースになった

この世界で

君と僕が ささいなことで
言いあらそう

戦争のニュースが つづく日々に
天の川の見えない 東京の空の下で
いつのまにか 
戦争の専門家なる人物たちが
連日連夜 登場するようになって 
誰も怪しまない

せめて リクエストを
ジョン・レノンの「イマジン」じゃ 
もの足りない

あの歌を歌ってくれ 「戦争の親玉」を
ノーベル文学賞の ボブ・ディランよ
アルフレッド・ノーベルも 
それを望んでいるはずだ

大砲をつくるやつら 
爆弾をつくるやつら
戦争でもうけるやつら 
それが戦争の親玉だ

いつのまにか 
戦争の親玉たちは
武器輸出を 防衛装備移転と
言い替えさせることに成功した

この国では いろんな言葉が
すり替えられてゆく
僕らは黙ったまま 
それを許してしまった 
いつのまにか

ウクライナのために 
自由と民主主義のために
もうすぐ 
タブーはなくなるかもしれない
防衛装備移転にも 
もしかしたら
非核三原則にも

そんな日々に
この世界で

君と僕は
天の川の見えない 東京の空の下で

一年に一度しか会えない 
あの二人の夜が
もうすぐ やってくる

それは悲しい 
哀れな話なのかと
僕は考えるようになった

一年に一度でもいい
もう 一生会えない 
永遠に会えない
夫婦がいて 親子がいて
恋人たちがいて 
きょうも 訴えている

そんな日々に
この世界で

君と僕は
天の川の見えない 東京の空の下で



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2022年5月29日「たんぽぽ婆さん」

たんぽぽ婆さん

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

近所に怖そうな婆さんが引っ越してきたのは
僕が小学校のときだった。
爺さんはおらず、婆さんと婆さんの娘と
ふたりきりだった。
何をして食べているのか分からないし。
婆さんは気が強く、押しも強く、
子供たちもよく叱られたが
娘さんは婆さんに似ない優しげな人で
話しかけると明るい声で受け答えをしてくれた。

引っ越して来て1年ほどたったころ、
娘さんの縁が決まってお婿さんがきた。
婆さんの家で質素な婚礼があった。
窓からのぞいた花嫁の顔はきれいだったし、
お婿さんもがっしりしたよさそうな人だと母は喜んだ。
婆さんもこれで楽隠居だとみんな思っていた。

ところが
婚礼から三月もしないうちに娘さんが亡くなってしまった。
あまりに急なことでびっくりしたのと気の毒なのとで
子供たちもしばらくはイタズラをやめたほどだったし。
ご近所も遠巻きに心配していた。
お婿さんはしばらくいたが、
四十九日が終ると肩を落とした姿で元の家に帰っていった。

婆さんはひとりになってしまった。

さて、それからだった。
頼みの綱の娘夫婦を失った婆さんは
隠居などしていられなかった。
朝は早くから箱車を押して竹輪や蒲鉾を売り歩き、
夕方になると銭湯の前にたこ焼きの屋台を出した。
さすがの強い気も折れて、愛想がよくなり、
夜はときどきうちのお風呂をもらいに来るようになった。
みんなが婆さんのことを「たーばー」と呼ぶようになったのも
その頃だ。
「たーばー」はたんぽぽの「た」と
「ばあさん」の「ば」の組み合わせだと聞いたが
決して野の花にたとえられるような婆さんではなかったので
なんでたんぽぽなんだ?と僕は不思議だった。

朝、僕がまだ寝床にいる時間から
婆さんは車を押して竹輪を売り歩き
僕が学校から帰る頃にはたこ焼きを焼いていた。
竹輪の車にもたこ焼きの屋台にも鈴がつけてあって
チリンチリンと大きな音で鳴った。
その音を聞くと、母は財布を持って玄関を出て行った。

春の運動会が近づいたころ
生徒は運動場の芝生の雑草を抜くことになった。
メヒシバやチドメグサに混じって黄色いタンポポがあった。
タンポポは黄色い花と緑の葉っぱの下に
とんでもなく長い根っこがあり、
とても全部掘ることはできなかった。
途中で切れてしまったタンポポを
僕たちは「ちっ!」と言いながら集めて捨てた。
残った根っこがまたタンポポになる。
タンポポってすげーと思った。

運動会の日、たんぽぽ婆さんは
学校にたこ焼きの屋台を曳いてきた。
人だかりがして大繁盛の屋台の下に
僕たちが抜くのを諦めたタンポポが黄色い花を咲かせていた。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

 

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

ポンヌフ関 2022年5月22日「草枕」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

草枕

   ストーリー ポンヌフ関
      出演 遠藤守哉

私は行き詰まっていた
頬杖をついて外を見ている

綺麗でしょ

私、桜や紅葉の頃より新緑が好き

と宿の娘が言う
窓の外は一面の緑
こういうのを俳句の季語で
山笑うと言うんじゃ

おー笑ってる笑ってる

おじさん俳句好きなの?
私も好き
なにか作ってよ

菫ほどな
小さき人に
生まれたし

それ夏目漱石じゃん
何故私の名前を知っておる?
でも、ちょっと似てるね漱石に
せっかくこんなところに来たんだから
先生も、草枕みたいなの書いたら?
草枕?

智に働けば角が立つ
情に棹させば流される

お、いいね
それ、いただき!

あはは
先生おもしろ〜い

娘に笑われ
山に笑われるうちに
心がほどけてきた

おっと、こうしている場合ではない
明日が新連載の締切なんじゃ

えー、メールじゃだめなの?

ありがとう、世話になった
山路をくだりながらこう考えた

智に働けば
おっとっと
足を滑らせて沢に落っこちた
ドボン
私はミレイの描いたオフィーリアの風流な土左衛門のごとく緑の水辺を流れていた
だから、こうしている場合ではない!
その時、目が覚めた
草枕か、いいかもしれん

若葉して
篭りがちなる
書斎かな

明治39年7月26日夏目漱石『草枕』執筆開始

明治39年のある日 不思議な午睡のあと
夏目漱石は
書斎で草枕を着想した、、、かもしれない



出演者情報:遠藤守哉

 

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

佐藤義浩 2022年5月15日「葉っぱの色」

「葉っぱの色」

   ストーリー 佐藤義浩
      出演 地曳豪

小学生の頃、妙に小器用なタイプだった。
それなりに賢かったんだと思う。
与えられた課題とか、その場の状況なんかを上手に見極めて、
それなりの選択をし、それなりの行動を取る。

学級会で「いいことを言う」のが得意だった。
みんながああでもない、こうでもない、と議論している時、
あ、ここだな。というタイミングでひとこと言う。
それで話がまとまる。それが快感だった。
いつもそのタイミングを測っていた。

タイミングは光って見えた。
それはまるでランプが点くみたいだった。
格闘ゲームで敵の弱点がわかるような感覚だ。
そのランプが光ると突っ込まずにはいられない。
先生に「あなたは人が一番言われたくないことを言う」と叱られた。

読書感想文が得意だった。
大概は本を読まずに書いた。
正確には、巻末の解説だけ読んで、
自分なりにアレンジして作文にした。
それなりに評価されて賞ももらった。佳作だった。

初夏の頃、写生大会があった。
遠足を兼ねて、近くの山に行った。
風景画は簡単である。
うまく見えるためにはコツがあるのだ。
まずは遠近感。近くにあるものと遠くにあるものを共存させる。
例えば手前に大きな木があって、その枝越しに風景が見える構図。

次は色だ。
下手なやつは色を使えない。
木の幹は茶色に塗るし、葉っぱは緑に塗る。
しかし、よく見ると葉っぱの緑色の中にもいろんな色がある。
緑という色は幅が広いのだ。青っぽい緑、黄色っぽい緑、
茶色っぽい緑だってある。

それを塗り分ける。実際に見えているよりも多くの色を使う。
絵が緻密に、複雑に見える。

サラサラと描きあげてしまい、時間が余ったので、
画板を持ったまま、描いているクラスメイトの絵を覗きながら
その辺をうろつく。
こいつもたいしたことない。そう思って安心する。

そんな中、茶畑(ちゃばた)君の後ろ姿が見えた。
クラスの中でも地味なタイプの子だ。
彼は一人地面にあぐらをかいて、画板に向かっていた。
目の前には古びた山門。その先にはお寺がある。
彼はその門を描いているようだ。

これはまた地味なものを、と後ろから近づき、
何とはなしに覗き込む。
そこにあったのは画用紙から溢れてる、
すごい迫力の山門だった。

ど正面。遠近感などどこにもない。
工夫もない。しかしただただ大きくこちらに迫ってくる。
色は赤みがかった茶色。元の朱色から経過した時間が
重さになって伝わってくる。
そしてその中に、僕の得意な緑色は、どこにも使われていなかった。

僕は声をかけることもできずに、その絵を見つめていた。
しばらくして振り返った茶畑くんが「今日は暑いなあ」と言った。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ