中山佐知子 2019年1月27日「夢で逢いましょう」

夢で逢いましょう

   ストーリー 中山佐知子
      出演 石橋けい

「夢で逢いましょう」って、あの人が言ったのね。
うん、わかった。
で、本当の言葉はどうだったの?
「夢で会おうね」それとも「夢で会えるよ」?
まさか「夢なら会えるよ」じゃないわよね。

最近、あの人の夢を見ないでしょう。
以前は毎晩のように見てたのにどうしてかなって
思ってるでしょう。

言っとくけどね、あたしは食べてないよ。
鮮度が落ちたし、パサついてきたんだもん。
昔はおいしかったなあ。
水分たっぷりで、いい匂いがして、
ひたむきで切実で、あのころのあんたみたいだったわ。
いちばん最初に味見させてもらったときは
うっとりしたものよ。
あんまりおいしいから全部食べちゃ悪いと思って
残しといてあげたの。

ねえ、あれから何年たったか覚えてる?
じゃあ、夢で会えますようにってオマジナイをしなくなったの、
いつからか覚えてる?
お酒飲まなくても眠れるようになったのはいつ?
ふたりの隠れ家だったバーに友だちを連れて行って
「この店、いいでしょ」なんて言えるようになったのはいつ?
あの人の名前を聞いてもドキドキしなくなったのはいつ?
あなた昨日、他人の名前を呼ぶような口調で
あの人の名前を口にしたでしょう。
夢はそうやって枯れていくって、あなた知ってた?

教えといてあげるね。
夢は現実の寄生虫。
現実を肥やしにして育つもの。
あなたの現実が貧しいから夢も育たないの。

本気であの人の夢を見たかったら
あの人のために泣いて笑って悩んで苦しみなさい。
そして、またあたしにおいしい夢をご馳走してよね。

じゃあ、またね。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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直川隆久 2019年1月20日「流れでたもの」

流れでたもの

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

その昔、北の方にある国の片隅にある村での話である。
両親と一人娘が暮らしていた。
ある朝、寝床から来た出てきた幼い娘を見て、両親はおどろいた。
娘の眼から青い液体が滴り落ちていたからである。
枕がわりに使っている丸めた麻布も、真っ青に染まっていた。
昨日変わったことがなかったかと尋ねる両親に、
娘は、森の奥の湖で草の舟を浮かべて遊んでいたときに、
ふいに水面がまぶしく点滅するのを見た、と答えた。
光が消えるまでの間なぜか目が離せず、じっと見つめてしまった、と。
そのせいで眼が傷ついたのかもしれない。
そう思って両親は娘を村医者にもとへ連れていった。
しかし、耄碌しはじめの村医者は、なんの異状も発見できなかった
。麻布にしみこんだ青い液体についても、明解な言葉はなにひとつ。

その翌朝。娘は、あざやかな橙色の液体で眼を濡らしながら目覚めた。
寝ている間に痛んだりしなかったのか、両親は娘に尋ねる。
なにもいたくない。娘は答える。ただ…
ただ?と両親が問い返すと、娘は、
きのうは夕焼けの夢を見ていた気もする、
と答えた。
そう言われればたしかに、娘の眼から流れた液体は、
夕焼け空を水に溶かせばかくもという色をしていた。
見た夢をよくおぼえておくように両親は娘に言いつけた。
その夜娘は、森の中を歩く夢を見、
娘の眼からはコケのように鮮やかな緑色の液体が流れ出た。
別の日には、娘は雪だるまをつくる夢を見、
その眼からは山羊の乳のように白い液体が流れ出た。

つまりは、夢が漏れているのだ、眼から。
村医者は、最初からわかっておった、といわんばかりの訳知り顔で解説した。
おそらく、幼いからだろう。幼ければ、夢もよくみる。
苦しくないのであれば、ほっておくがよかろう。
成長すれば、おのずと夢も見なくなる。

ある日、両親と娘の家を、隣村の大地主が訪ねてきた。
高齢のその男の顔の肌は乾燥のあまり粉をふき、
足腰も衰えているとみえ、使用人に脇を抱えられながら親子の家に入ってきた。
地主は、貧しい家の中を眺めまわしてからこう言った。
――あんたの娘の流した「夢」をゆずってほしい。
男は小指の先ほどの大きさの薬瓶を父親に手渡しながら続けた。
これに一杯ためてくれれば、金貨、1枚出そう。

両親は、娘を説き伏せ、夜中、娘の枕元を交代で番をした。
そして、娘の眼から何かが流れはじめると、
すかさず小瓶を娘の眼もとに押し当て、その液体を集めた。
流れ出るものの色は、日によって違う。
濃い紫色のこともあれば、ごく浅い黄色なこともある。
一晩にひとしずく、三晩で三滴、という具合にたまっていく液体は
不思議なことにたがいに混ざらず、
ガラス瓶の中で、虹のような層をつくった。
ひと月の後、地主が再びやってきて、約束どおり金貨を一枚置き、
小瓶をもって帰った。
一体それで何をするのか、という両親の問いかけには、
地主は最後まで答えなかった。

何日か後、娘の母親は、村の井戸の近くで、
介添え人の助けもなく背筋を伸ばして歩く地主の姿を見た。
髪はこころなしか豊かになり、肌艶も別人のよう。
父親が、地主の家の使用人に酒をおごって話を聞きだした。
――旦那は飲んだと見えるね。あんたの娘の眼から流れ出たあれをさ。

ほどなくして、両親の元には、
金貨を握りしめた老人達がひきもきらず訪ねて来るようになった。
そして、皆が娘の流す「夢」を買いたがった。
値は瞬く間に吊り上がる。両親の手元には、大金が転がり込んだ。
それでも、注文は増える一方。
両親は交代で娘の枕元で夜通し番をし、
眠る娘の眼からで流れでる液体をひとしずくも漏らさず集めた。
が、それでも追いつかない。
ある日父親が言った。そうか、起きている間にも夢を見ればいいのだ。
どうやって?母親が訪ねる。
起きている間に見る夢といえば、良い暮らしをする夢じゃないか。
と父親が言った。
父親は、手元の金貨を、娘の眼の前に積み上げた。
――ほら、思ってごらん。一生金貨にこまらない暮らしを。
――どんないいことがあるの。
毎日、うまい肉が食える。牛の乳でつくったクリームで風呂を満たして、
そこで泳ぐことだってできる。
指にずっしりと食い込むようなでかい宝石の指輪だってはめられる。
縫い糸の一本一本まで絹でできていて、
着ていることすら忘れるような、軽い軽いドレスだって。
そして一番大事なことは…
金を持っている人間は、必ず一目おかれるんだ。
気を使われる。人の道具にならずに済む。
そんな暮らしが、3人でできるんだ。そして、父親は付け加えた。
起きて見る値打ちのある夢は、金の夢だけさ。
――わたしにどうしてほしいの?
――夢を見るのさ、いい暮らしの夢を。
これよりもっともっとたくさんの金貨の夢を。

娘は、じっと父親の指し示す金貨を見つめた。
しばらくののち、娘の目の縁が光り、
そこを濡らしたものが、あふれ出た。
両親はあわてて瓶に集める。
だが、それは、何の色もない液体――つまり、涙であった。

その日一日、娘は言葉を発しなかった。
夜、無言のまま寝床に行き、そのまま眠りに落ちた。
そして、翌朝になっても眼をさまさなかった。
三日たち、ひと月たち、1年たっても、娘は眼を開くことはなく、
両親が口に含ませる砂糖水だけで、生き続けた。
さらに長い年月が過ぎ、両親が老衰で死んだ後になっても、
ついに娘は眼をさますことはなかった。
そしてその間、娘の眼から色鮮やかな液体が流れでることは、
ただの一度もなかったということである。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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福里真一 2019年1月13日「夢も見ずに」

夢も見ずに

   ストーリー 福里真一
      出演 地曳豪

平成元年の頃、
私は学校の寮に住んでいた。

その寮では、
夜遅めの時間に食堂に行くと、
夕食の時間に食べられなかった学生用に、
ごはんと味噌汁が、
食べ放題状態で残されていた。

私はそこで、
味の薄ーい味噌汁で、
大量のごはんをかきこみながら、
平成という年号に決まったことやら、
消費税が導入されたことやら、
リクルート事件やらを報じる、
ニュース番組を見た。

自分の部屋にはテレビがなかった。

その寮は4人部屋で、
私の寝る場所は、2段ベッドの上段だった。

あおむけに寝ると、手を完全には伸ばしきれないぐらいの近さに、
天井があった。

そのせまさは、
なんだか妙に寝心地がよく、
私は毎晩、夢も見ずに眠った。(おわり)



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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一倉宏 2019年1月6日「愛について」

愛について

    ストーリー 一倉宏
       出演 大川泰樹

NHK Eテレの特集で それを見た
釜ヶ崎 ドヤ街の おっちゃんたちが
詩を書き 絵を描いている

家族と生き別れてしまった おっちゃんが
とうに 大人になっているだろう
娘たちの 幼い頃の思い出を
そこにあったはずの幸せを 書いている
それは 回想なのか それとも 幻想なのか
いずれにしても 書いている

思えば 詩を書くことも
ラインやメール 電話をすることも 
嫁さんをもらうことも 離婚することも
喧嘩することも 焼酎を飲むことも
みんな 同じかもしれない

笑うことも 泣くことも 怒ることも
同じこと だったかもしれない

それらはぜんぶ 愛について

おっちゃんのノートには
こんな言葉も 書いてある

テレビのニュースを見た
5才の女の子のノートが流れた

ママ もうパパとママにいわれなくても
しっかりとじぶんから きょうよりかもっと
あしたはもっとできるようにするから
もうおねがいゆるして ゆるしてください
おねがいします

おっちゃんのノートに 
書き写された 女の子のノート それは

なんて哀しい ラブレターだろう
なんて胸えぐる ラブソングだろう

おっちゃんはいう
だって僕みたいな しょうもない人間

なんで この子は こんな 
誰も助けて あげること 
できひんかったやろかなあ・・・ と

そういって おっちゃんは泣いた 
なんていうか ごく 自然に

僕はテレビを消して 自分の部屋に行く
いつものように 眠くなるまで
お酒を飲んで 音楽を聴く

その音楽は すてきな歌で
あまいメロディに わるくない歌詞

一人称が 二人称を どれほど愛しているか
一人称が どれほどいま 幸せを感じているか

その歌は その歌詞は なかなかいいと
感じていたのだけれど いつもは

でも そんなことなど 
どうでもいいじゃないかと
思えてしかたなかったのだ その夜は

そして 亡くなった母の夢を
ひさしぶりに見た 
夢の中の 母と話した
母もまた 泣いていた

そうだよね 泣くよね 
誰だって

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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一倉宏 2019年1月1日「夢を追いかけて」

夢を追いかけて

   ストーリー 一倉宏
     出演 清水理沙

最近 夢 が足りないと感じている あなた
毎日を 明るく 前向きに過ごすために
いまなら 30日分の夢 を 
お試し価格でお届けします 
しかも 送料無料!

確かにね 年齢とともに失われるのが
夢 だからね なんて ついつい
思ってしまった あなた

そんなに簡単に 手に入るものじゃない
ってこと わかってるはずなのに
そんな 夢みたいな話
あるわけないのに  

ほら 年末の ジャンボなドリームだって
はかなく消えちゃったのに いつものように

それでも 夢を見る 
もしかして という夢を
そんなのは 夢でしかないのに 

夢は 夢として
それでも 夢を語るとしたら

いくらでもあったはず 
子供の頃の夢 学生時代の夢

夢のマイホーム 夢の世界一周旅行
宇宙旅行だって 夢じゃない 

なんて お金で買えるものばかり
そんな夢じゃなくて

夢から覚めたように
夢を見失ってしまったのは いつからか

 夢のある
 夢のような
 夢はあきらめても

 夢はかなう 
いつかかならず
 とは 
ゆめゆめ 思わないけれど

今夜も おでんと缶ビールを買って帰る
デイドリーム・ビリーバーを
口ずさみながら コンビニで

それでも やってくる
明日のために

おやすみなさい
よい夢を



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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中山佐知子 2018年12月30日「山の奥の奥」

山の奥の奥

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

山の奥の奥のどん詰まりの村があった。
村人はここより奥によもや人が住んでいるとは思ってなかったが、
あるとき川の上流からお椀が流れてきて、
もっと奥にも人が住むことを知ったという。
そんなことがきっかけで
上流の村と下流の村は様子を尋ね合うようになった。

昭和のはじめの冬のことだった。
常なら4メートル積もる雪が6メートルの深さになり
ついに10メートルに達した。
もう二十日あまりも道が塞がれ行き来が絶えていた。
そんなところへ下流の村には
県の役人と赤十字の医者がやってきた。
大雪に閉じ込められると怪我人と病人が増えるので
雪を侵して村々を巡回するのである。

下流の村の村長さんは
ここより上流にまだ村があることを役人に伝え、
自ら道案内をして雪の山を登った。

上流の村へ行ってみると
家々はすっぽり雪に埋もれていた。
玄関も窓も雪に塞がれ、
外に用事のあるときは床からハシゴを登り、
屋根につけてある小さな出入り口を使うのだ。
家の中は真っ暗で、チョロチョロ燃える囲炉裏の火だけが
灯りの役割を果たしていた。
結局この冬は、いくつかの村で百人ほどの人が死んだ。
上流の村はそんなこともあって
数年後には住む人もいなくなり、廃墟になってしまった。

それからまたしばらくして、
ある年のお盆に
下流の村の村長さんが上流の村の供養を思い立った。
守る人もいなくなった墓にせめて香華を手向けようと
考えたのである。

下流の村から10人余りの人が酒と線香を携えて
草に埋もれた道をたどり、山を登った。
おおかたの場所はわかった。
上流の村は炭焼きの村だったので
炭に使う樫の木や楢の木の林が目印になる。
ところが、墓のありかが見えない。
墓どころか、家も見えない。あったはずの石垣も見えない。
人の背丈より高い草が視界をさえぎり
歩くのさえ苦労するほどだった。

これではどうしようもない。
村長さんとその一行はそこからさらに山を登り、
峠の上から村があったはずの谷に向かって酒を撒いた。
村は夏草の海に沈み、影も形も見えなかった。
みんなはしばらく手を合わせ、それから山を下った。
誰も口をきかなかった。
草や木のたくましさに較べて
人の営みの何と脆くてはかないことだろう。
それでも人は草を刈り木を伐って家を建て村を作り
その日その日を生きようとする。

帰り道、村長さんは海原を漂う小舟のような心細さにおそわれて
ぽろっと涙をこぼし、
あわててクシャミでごまかした。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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