福里真一 2019年1月13日「夢も見ずに」

夢も見ずに

   ストーリー 福里真一
      出演 地曳豪

平成元年の頃、
私は学校の寮に住んでいた。

その寮では、
夜遅めの時間に食堂に行くと、
夕食の時間に食べられなかった学生用に、
ごはんと味噌汁が、
食べ放題状態で残されていた。

私はそこで、
味の薄ーい味噌汁で、
大量のごはんをかきこみながら、
平成という年号に決まったことやら、
消費税が導入されたことやら、
リクルート事件やらを報じる、
ニュース番組を見た。

自分の部屋にはテレビがなかった。

その寮は4人部屋で、
私の寝る場所は、2段ベッドの上段だった。

あおむけに寝ると、手を完全には伸ばしきれないぐらいの近さに、
天井があった。

そのせまさは、
なんだか妙に寝心地がよく、
私は毎晩、夢も見ずに眠った。(おわり)



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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一倉宏 2019年1月6日「愛について」

愛について

    ストーリー 一倉宏
       出演 大川泰樹

NHK Eテレの特集で それを見た
釜ヶ崎 ドヤ街の おっちゃんたちが
詩を書き 絵を描いている

家族と生き別れてしまった おっちゃんが
とうに 大人になっているだろう
娘たちの 幼い頃の思い出を
そこにあったはずの幸せを 書いている
それは 回想なのか それとも 幻想なのか
いずれにしても 書いている

思えば 詩を書くことも
ラインやメール 電話をすることも 
嫁さんをもらうことも 離婚することも
喧嘩することも 焼酎を飲むことも
みんな 同じかもしれない

笑うことも 泣くことも 怒ることも
同じこと だったかもしれない

それらはぜんぶ 愛について

おっちゃんのノートには
こんな言葉も 書いてある

テレビのニュースを見た
5才の女の子のノートが流れた

ママ もうパパとママにいわれなくても
しっかりとじぶんから きょうよりかもっと
あしたはもっとできるようにするから
もうおねがいゆるして ゆるしてください
おねがいします

おっちゃんのノートに 
書き写された 女の子のノート それは

なんて哀しい ラブレターだろう
なんて胸えぐる ラブソングだろう

おっちゃんはいう
だって僕みたいな しょうもない人間

なんで この子は こんな 
誰も助けて あげること 
できひんかったやろかなあ・・・ と

そういって おっちゃんは泣いた 
なんていうか ごく 自然に

僕はテレビを消して 自分の部屋に行く
いつものように 眠くなるまで
お酒を飲んで 音楽を聴く

その音楽は すてきな歌で
あまいメロディに わるくない歌詞

一人称が 二人称を どれほど愛しているか
一人称が どれほどいま 幸せを感じているか

その歌は その歌詞は なかなかいいと
感じていたのだけれど いつもは

でも そんなことなど 
どうでもいいじゃないかと
思えてしかたなかったのだ その夜は

そして 亡くなった母の夢を
ひさしぶりに見た 
夢の中の 母と話した
母もまた 泣いていた

そうだよね 泣くよね 
誰だって

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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一倉宏 2019年1月1日「夢を追いかけて」

夢を追いかけて

   ストーリー 一倉宏
     出演 清水理沙

最近 夢 が足りないと感じている あなた
毎日を 明るく 前向きに過ごすために
いまなら 30日分の夢 を 
お試し価格でお届けします 
しかも 送料無料!

確かにね 年齢とともに失われるのが
夢 だからね なんて ついつい
思ってしまった あなた

そんなに簡単に 手に入るものじゃない
ってこと わかってるはずなのに
そんな 夢みたいな話
あるわけないのに  

ほら 年末の ジャンボなドリームだって
はかなく消えちゃったのに いつものように

それでも 夢を見る 
もしかして という夢を
そんなのは 夢でしかないのに 

夢は 夢として
それでも 夢を語るとしたら

いくらでもあったはず 
子供の頃の夢 学生時代の夢

夢のマイホーム 夢の世界一周旅行
宇宙旅行だって 夢じゃない 

なんて お金で買えるものばかり
そんな夢じゃなくて

夢から覚めたように
夢を見失ってしまったのは いつからか

 夢のある
 夢のような
 夢はあきらめても

 夢はかなう 
いつかかならず
 とは 
ゆめゆめ 思わないけれど

今夜も おでんと缶ビールを買って帰る
デイドリーム・ビリーバーを
口ずさみながら コンビニで

それでも やってくる
明日のために

おやすみなさい
よい夢を



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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中山佐知子 2018年12月30日「山の奥の奥」

山の奥の奥

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

山の奥の奥のどん詰まりの村があった。
村人はここより奥によもや人が住んでいるとは思ってなかったが、
あるとき川の上流からお椀が流れてきて、
もっと奥にも人が住むことを知ったという。
そんなことがきっかけで
上流の村と下流の村は様子を尋ね合うようになった。

昭和のはじめの冬のことだった。
常なら4メートル積もる雪が6メートルの深さになり
ついに10メートルに達した。
もう二十日あまりも道が塞がれ行き来が絶えていた。
そんなところへ下流の村には
県の役人と赤十字の医者がやってきた。
大雪に閉じ込められると怪我人と病人が増えるので
雪を侵して村々を巡回するのである。

下流の村の村長さんは
ここより上流にまだ村があることを役人に伝え、
自ら道案内をして雪の山を登った。

上流の村へ行ってみると
家々はすっぽり雪に埋もれていた。
玄関も窓も雪に塞がれ、
外に用事のあるときは床からハシゴを登り、
屋根につけてある小さな出入り口を使うのだ。
家の中は真っ暗で、チョロチョロ燃える囲炉裏の火だけが
灯りの役割を果たしていた。
結局この冬は、いくつかの村で百人ほどの人が死んだ。
上流の村はそんなこともあって
数年後には住む人もいなくなり、廃墟になってしまった。

それからまたしばらくして、
ある年のお盆に
下流の村の村長さんが上流の村の供養を思い立った。
守る人もいなくなった墓にせめて香華を手向けようと
考えたのである。

下流の村から10人余りの人が酒と線香を携えて
草に埋もれた道をたどり、山を登った。
おおかたの場所はわかった。
上流の村は炭焼きの村だったので
炭に使う樫の木や楢の木の林が目印になる。
ところが、墓のありかが見えない。
墓どころか、家も見えない。あったはずの石垣も見えない。
人の背丈より高い草が視界をさえぎり
歩くのさえ苦労するほどだった。

これではどうしようもない。
村長さんとその一行はそこからさらに山を登り、
峠の上から村があったはずの谷に向かって酒を撒いた。
村は夏草の海に沈み、影も形も見えなかった。
みんなはしばらく手を合わせ、それから山を下った。
誰も口をきかなかった。
草や木のたくましさに較べて
人の営みの何と脆くてはかないことだろう。
それでも人は草を刈り木を伐って家を建て村を作り
その日その日を生きようとする。

帰り道、村長さんは海原を漂う小舟のような心細さにおそわれて
ぽろっと涙をこぼし、
あわててクシャミでごまかした。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2018年12月23日「松茸が生えない」

松茸が生えない

    ストーリー 中山佐知子
       出演 遠藤守哉

えっ、赤松の林があるのに松茸が生えない?
そりゃあねえ、赤松があれば生えるってもんでもないからねえ。
松茸はむづかしいんだよ。
何かほかの相談はないの?
あ、そう。どうしても松茸を生やしたい。
わがままな人だねえ、あんたも。

まず松茸がはえる赤松の年齢というのがあってね。
ハタチからぼちぼち生えはじめてね、
30代40代がいちばんよく生えるのよ。働き盛りだね。
70歳や80歳になるともうダメ、おしまい。
ああ、なんか人間に似てるなあ。
生えない事情ってもんを大事にしてあげようよ。
ダメ?
どうしても松茸を生やしたい?

なら言うけどね、みんな勘違いしてるんだけど、
まさか肥料とかやってないよね。
松茸は養分のない貧弱な土が好きなのよ。
なぜかというとね、松茸って弱い子だからね、
養分のあるいい土だと
他のキノコがどっと生えちゃってね、
松茸は追い払われてしまうんだよね。
ははあ、うなづいてるね。
思い当たるフシがあるんだね。
あっそう、アミタケとかシメジが生えている。
よかったじゃない。おいしいじゃない。
え、ヒラタケも?酒の肴には十分でしょ。
それで一杯やって、松茸のことは忘れなさい。じゃあね。

えええええ、しつこい人だね、あんたも。
どうしても松茸を生やしたい?
めんどくさいよ、いいの?
じゃあまずね、他のキノコが生えている養分豊かな土をね、
ごそっと取ってしまう。
え、無理?無理だよね、そうだよね〜。
じゃあ、せめてね、
昔話のおじいさんみたいに柴刈りをしましょう。
桃太郎とか、こぶ取りり爺さんとか読むと
おじいさんが柴刈りに行くでしょう。
あれが大事なの。
うん、地面の落ち葉とか枯れ枝をキレイに集めて持ち帰る。
落ちた葉っぱや枝が栄養になるんだから、
それを取り除くわけだよね。
あああ、面倒だってその場で燃やしちゃいけないよ。
灰も肥料になっちゃうからね。
毎日毎日柴刈りをして、赤松林に落ち葉や枯れ枝がない状態にする。
箒で掃いたみたいに地面をキレイにしておくの。
それをまあ、5~6年も続ければね、
運が良ければ松茸が生えてくるかもしれないなあ。

どう、できる?



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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川野康之 2018年12月16日「雑木林」

雑木林      
                    
       ストーリー 川野康之
          出演 地曳豪

どこにも行き場所がないなと感じたとき、
あい子はこの公園に来る。
あてもなく雑木林の中を歩きまわる。
落ち葉を強く踏みつけて歩くのは、
別にむしゃくしゃしているわけではない。
何か用があって急いでいる風を装っているのだ。
そういう歩き方が身に付いてしまった。
そのうちここではそんな風に装う必要はないのだと気がついて、
ようやく歩度を緩めた。
透明になっていたあい子が、
クヌギの木とナラの木の間で姿をあらわしはじめた。
背中の赤ん坊が「葉っぱ、葉っぱ」と声を上げた。
もっと葉っぱを踏めと言うのだ。
あい子はあわてて再びどしどしと歩き出す。
枯れ葉色の景色が後ろに流れていく。
世界中にこの子とただ2人っきりだと、あい子は感じる。

葉っぱの中からトシさんがあらわれて、伸びをした。
ビニールシートでできたトシさんの家に落ち葉が積もっていた。
トシさんには帰る場所も行く場所もない。
たとえ居場所がなくても人はどこかには居なければならないわけだが、
どこに居ても追い出されてしまったのだ。
乾いた落ち葉がホウキでひっかかれて風に飛ばされていくように、
あちこちに飛ばされ飛ばされして、トシさんはこの公園にやってきた。
さっきトシさんの耳もとを誰かが落ち葉を踏む音を立てて通り過ぎていった。
トシさんはきょろきょろと辺りを見回すが、人の姿は見えない。
ただ落ち葉の地面についた小さな足跡だけが雑木林の向こうへと続いている。
(自分も昔はあんな風に歩いて行く所があったものだ)
トシさんは大きなあくびをしてから、またビニールシートの家に潜り込んだ。
その上に枯れた木の葉が降り注ぎ、やがてトシさんの家は見えなくなった。

雑木林に囲まれて池がある。
水面を覆っていた落ち葉が揺れた。
ぽちゃりと音がして、何か青く光るものがはねた。
ブルーギルである。
ブルーギルはアメリカ原産でフナぐらいの大きさの淡水魚だが、
日本の川や湖に放流されて棲みついた。
水の中にいる昆虫、貝類、ミミズ、小魚まで何でも食べる。
繁殖力が強いためどんどん増えて、あちこちの淡水に広がり、
もともと住んでいた日本のメダカやフナやおたまじゃくしたちは
すっかり肩身が狭くなってしまった。
この池も例外ではない。
しかしブルーギルたちはそんなことは知らない。
与えられた場所で生きているだけである。

二週間後、池の中からブルーギルの姿が消えていた。
市役所の職員や大勢の人が来て、「掻い掘り」というのが行われたのである。
かい掘りとは、池の水をくみ出して泥をさらい、魚などの生物を捕り、
天日に干すことである。
その後きれいな水を入れて、フナやメダカはのびのびと放たれ、
ブルーギルたち外来生物は一匹残らず駆除された。
公園はきれいになった。
雑木林の公園からいなくなったものはブルーギルの他にもあった。
落ち葉の中に住んでいたトシさんと、
ときたま赤ん坊を背負って歩いていたあい子の姿である。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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