直川隆久 2015年5月17日

1505naokawa

治療してはいけないのでしょうか?

      ストーリー 直川隆久
         出演 岩本幸子

妊娠2ヶ月目の母親です。
母子ともに大変健康な状態ではあるのですが、
今、悩んでいることがあります。
お腹の子の顔に、遺伝子美容治療を施すかどうかです。

わたしも夫も、また両家の両親も、十人並以下の容貌ですので、
認めたくはありませんが、
娘のルックスに大きな期待はできないと思います。
ですが、それでは娘が不憫です。
将来自分の容貌には自信を持って生きられるように
させてやりたいと思うのです。

ネットでいろいろと調べましたところ、
2,000万円ほどだせば、胎児の遺伝子を操作し、
ほぼ芸能人レベルの顔にする治療が病院で受けられるようです。

わたしとしても、娘の顔が自分にも主人にも似ていないものに
なってしまうことには寂しさを感じますし、
事実主人はこの話に乗り気ではありません。
また、「子どもの人権を侵害する」とのことで、
一部の団体のみなさんからこの治療はかなり攻撃されていることも
知っています。

実は、わたしも娘を授かる前はそう思っていました。
でも、自分が妊婦となり、
ママ友さん達の輪の中で実際に治療を受けられた方の話を
何度か聞いている間に、少しずつ考え方が変わってきました。

その種の団体の方々はいろいろなことをおっしゃいますが、
その方々は娘の人生に責任を持ってくれるのでしょうか。
娘が人生を最大限楽しむことを阻む権利が、
あの方々にあるのでしょうか。
容貌のよさが娘の人生に自信を与えこそすれ、
何か不具合をもたらすとは思えません。

「自分と同じ顔に生まれてほしい」というのも
「親のエゴ」ではないでしょうか。
しかも、2,000万という、ローンさえ組めれば手がとどく金額なら、
できるだけのことをしてやるのが親の務めではないでしょうか。
(これが『1億』といわれればむしろあきらめもついて、
 気が楽だったかもしれませんが)

以前、どこかの国のプリンセス姉妹の、
妹さんのほうにばかりマスコミの注目が集まったことがありましたね。
お姉様の心労はいかばかりだったでしょう。
結局、世間というものは、女の顔しか見ていないのです。
悲しいですけれど。

たしかにもし娘が大きくなってこのことを知れば、
多少はショックかもしれません。
でも、「生まれてからいじった顔」ではなく「生まれ持った顔」なのだから、
なんら恥じることはないのよ、と話せば、
わかってくれるのではないかと思います。

わたしは、間違っているでしょうか。
3ヶ月目に入ると、遺伝子操作のリスクが高まるということなので、
近々に結論を出さねばならず、
ネットユーザーの皆さんのお知恵をお借りすべく、
書き込みさせていただきました。

ご回答、よろしくお願い申し上げます。

・ ・・・・・・・・・・・・・・・・

この質問に、回答しますか?

出演者情報:岩本幸子 劇団イキウメ http://www.ikiume.jp/index.html


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川野康之 2015年5月10日

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自分のお尻を見たことがありますか

        ストーリー 川野康之
           出演 遠藤守哉

自分のお尻を見たことがありますか。
いえ鏡でじゃなくて直接にです。
ないですよね。
体の構造から言ってそれはむずかしい。
多分ふつうの人は一度も自分のお尻を見ないまま一生を終わる。

別にそれはそれでいいような気もしますが、
でもお尻の気持ちになって考えてみてください。
それはちょっとさびしいのではないか。

人間の体の中でお尻ほどむなしさを抱えたパーツはないだろうと思う。
人の後ろに、人の下に、いつでもお尻はそこにいる。
どこに行く時でもお尻はついてくる。
なのに人はお尻を一度も見たことがない。
その存在を意識することすらほとんどないのだ。

どんなに晴れた日でも、初夏の風がさわやかな日でも、
お尻はパンツとズボンに覆われていて、
薄暗く湿った空気の中で、息をひそめている。
お尻に光をあてられることはめったにない。
思い出してみてください。
今までに一度だって、自分のお尻を太陽の光にあてたことがありますか。
お尻もたまには新鮮な空気に触れてみたいだろうし、陽の光を浴びてみたいだろう。

「頭隠して尻隠さず」、という言葉がある。
物陰から生白いお尻が露わに見えているビジュアルは、
想像するだけでも恥ずかしい。
世の中のものを悲劇的存在と喜劇的存在に分類すると、
お尻は明らかに喜劇である。
泣いている赤ん坊に「お尻」とつぶやくと、泣き止んで笑い出します。

笑われるのはいいんです。
でも隠されたり無視されるのはいや、とお尻は思う。

お尻が生白いのはお尻のせいじゃない。
太陽の光にあたったことがないからなんです。

お尻は顔がうらやましい。

ある夜、人が寝静まるのを待って、お尻は顔に話しかけた。
「おい、顔」
最初のうちなかなか気づかなかった顔は、やっと、返事した。
「なんだ、お尻か。きみ、しゃべってたのか。ぶつぶついうから、おならかと思った」
そう言ってぷっとふきだした。
「いや笑ったりしてすまない」
「話がある」

顔とお尻はひさしぶりに駅前の屋台で一杯飲んだ。
一つのベンチに背中合わせに座っている。
体の構造から言って、お互いに向かい合うことはできないのだ。

「おれの人生って何だ」
お尻は話し始めた。
「おれは生きていると言えるのだろうか。
 おれの毎日はいつも人の目に触れないところに隠れて、
 パンツのしみを眺めているだけだ。おれは存在していると言えるのだろうか」
顔は黙って聞いている。
「顔、お前はいいなあ、個性があって。人間の顔は一人一人みんな違うんだ。
そうだろ。おれはどうだ。お尻なんてみんな同じじゃないか」
「だってきみはお尻なんだぜ。お尻ってことが個性じゃないのか」
「その通りだ。泣いてもいいか」
背中を通してお尻のむせび泣くのが伝わってきた。
顔は胸の奥がちりりと痛んだ。
お尻はいつもそこにいたんだ。
なのに自分はちゃんと見てやったことがない。
いや、ときどき彼の存在を忘れていた。
恥ずかしいと思うことだってあった。
背中からお尻のさびしさが伝わってきた。
自分は今までお尻を、お尻の気持ちを、
お尻の存在をあまりにも粗末にしてきたのではないか。
お尻だって人間なのに。いや人間の一部なのに。
お尻、すまない。
顔はお尻を抱きしめてやりたかった。
だけど体の構造から言ってそれはできない。
そのとき、お尻が言った。
「おれは顔になりたい」

男は目が覚めた。
寝相が悪かったのだろうか、背中が痛い。
きのうは酒を飲まなかったはずなのに、なぜか二日酔いがする。
顔でも洗おう。
ふらつく足で洗面所に行って、鏡をのぞいた。
顔がない。
正確に言うと、顔の位置に顔じゃないものがある。
お尻だった。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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上田浩和 2015年5月3日

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金田

      ストーリー 上田浩和
         出演 平間美貴
             

野球の神様は最低だ。
私の顔を、野球選手の顔に変えてしまった。
5年前。30歳の誕生日に、江川卓の顔にされたのが最初だった。
それ以来、誕生日が来る度に私の顔は更新されている。
31のときには、掛布。掛布雅之。
ここまで言えば、野球好きの方なら察しがつくと思うが、
私の年齢とその選手の背番号は一致している。
32のときには、元ジャイアンツの助っ人外国人だったグラッデン。
そして33のときには、ご存知ミスタープロ野球長嶋茂雄である。
長嶋の背番号と言えば3だが、
監督になってからは33を背負っている。
どの年齢のときも、つまりどの顔になったときも、
最初は鏡を見るのも嫌だったが、
次第に折り合いをつけて楽しめるようになっていった。
長嶋の顔のときの私の人気は凄まじかった。
首から下は普通のOLで中身も30過ぎのそのへんの女と
一緒なのに、顔が長嶋茂雄というだけで、
毎日のように写真と握手とサインを求められた。

だから、去年の3月、34歳の誕生日を迎えた瞬間、
金田正一の顔になってからの周りの反応には正直、
ずいぶんと落胆した。
金田正一。
その背番号34は、読売ジャイアンツの永久欠番となっている。
言わずと知れた400勝投手である。
でも、その400という数字が、
金田の足かせになっていると私は思う。
100勝達成できればたいしたもの。
200勝できれば、あんたはすごい。
ほんとすごいよというわけで名球会入りという誉れをいただける。
どんなに名のある投手でも、
200勝に手が届かないまま引退していった人は数知れない。
そんな現在のプロ野球界において、
400勝はあまりにもかけ離れた数字だ。
そのせいか、みんな変な勘ぐりをする。
金田が活躍した時代のバッティングのレベルが
低かったおかげじゃないのかと。
私の顔を金田だと認めた人たちの半分は、
「すごいねえ」と上辺だけのすごいねえを
残してどこかに立ち去った。
そしてもう半分の人たちは、
400勝の自慢話ばかりする面倒なおじさんと
私のことを思っているようで、
なかなか近寄ってこようとはしなかった。
握手も写真も求められない。
長嶋だったときと比べたら、私の周りには人が少なすぎた。
金田正一のせいにはしたくないが、寂しかった。
つまらなかった。長嶋だった頃に戻りたかった。

そんな心の隙をつかれた。
ある日、久しぶりに「サインください」と言われたのが嬉しくて、
いいよーとか言いながら私はつい、
さらさらさらっと金田正一とサインしてしまったのだった。
そこが連帯保証人の欄だとも気付かずに。
その翌日から、私は家に閉じこもるようになった。
マンションの部屋の玄関を、
二人の若い取り立て屋がひっきりなしにどんどん叩いた。
「金田さん、いるんでしょ。金があるのは名字だけですか」
私は、毎日毎日、寝室のベッドの上で両耳を手でふさぎながら、
彼らが帰るのを待った。ひと月ほどそうしていた。
その日も、彼らはやってきた。
どんどんどんどん。金田さん、いるんでしょ!
私は、ひとつ深呼吸をすると、思いきって玄関を開けた。
そして言った。
「あの、私、松井ですけど」
その時の彼らの驚いた顔は、今でもはっきり覚えている。

2015年3月26日。
35歳の誕生日に、私は松井秀喜の顔になった。
背番号55の印象が強い松井だが、
現役最後に所属していたタンパベイ・レイズでは35をつけていた。
松井選手の大ファンだった私にとって、
それは、最低な野球の神様がしてくれた最高の計らいだった。

東京丸の内で、薄いピンクの女性用の制服を着た小柄な
松井秀喜を見かけたら、それが私です。
雑誌の付録の小さなトートバックを持っていることが多いです。
どうぞ気軽に話しかけてください。
気軽に握手します。写真も好きなだけ撮ってください。
ただし、サインはお断りする場合がございます。

出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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中山佐知子 2015年4月26日

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夜行特急こぶし号   

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

夜行特急こぶし号に乗って
斎藤さんは土曜の夜にやってきた。
9時55分に東京を出て
11時13分に秩父に着く夜行の特急は
リュックを背負ったハイカーの乗客が多く
朝まで列車に泊まることもできた。
そうして朝いちばんのバスで山へ向かうのだ。

春から秋までの週末、
夜行特急こぶし号で秩父に来ては山を歩く齋藤さんを
ぜひにと言ってうちに泊めるようにしたのは母だった。
齋藤さんが来る日、
母は以前のように台所で忙しくはたらき
僕はそんな母を見るのが好きだった。

夜行特急こぶし号で齋藤さんが来る夜は
柱時計が12時を打つまで
僕はときどき目を覚まして下の音に耳を澄ませた。
カラッと控えめな音で玄関が開く。
ああ、齋藤さんが来たと思うと、それから後はぐっすり眠れた。
齋藤さんは父がいなくなった我が家に安心を運ぶ人だった。

翌朝、僕が起きるころ
斎藤さんはたいがい母がつくったお弁当を持って
出かけてしまっているのだが、
天気予報がはずれて雨になったときだけは
三人一緒にお昼を食べることができた。
僕は齋藤さんとご飯を食べるのが大好きで
日曜日は雨になれといつも願った。

よく晴れた日曜日、僕たちのお昼ご飯は
斎藤さんのお弁当と同じものだった。
胡麻のかかったおむすびや海苔巻き、
きんぴら牛蒡に卵焼き。
春にはうす味で炊いたタケノコに木の芽が乗っていた。

母と僕は窓を開けて、庭を眺めながら
いつもよりゆっくりと静かにそれを食べた。
それは食事というよりも祈りの時間のようだった。

ある年の春、
庭のこぶしが白い花をつけていた夕暮れに
斎藤さんが父の遺体を発見したという知らせがあった。
知らせてきたのは父が所属していた救助隊だった。
父は滝壺に転落したハイカーを救助に向かう
ヘリコプターの墜落で命を失った4人のひとりだった。
それは新聞にも大きく報道された事件で
転落者ひとり、救助隊4人、
そして取材中の報道記者とカメラマンが死んでいる。

父と一緒に救助のヘリコプターに乗っていた斎藤さんは
ひとりだけ遺体が見つからない父を
2年間さがしつづけていたのだった。

知らせを受けた母は湿った声で
お父さんが帰ってくると言った。
斎藤さんは、と僕がたずねると
斎藤さんも帰って来るに決まってるでしょと
エプロンで涙を拭いた。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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渡辺潤平 2015年4月19日

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「Kさんの話」

          ストーリー 渡辺潤平
             出演 齋藤陽介

友人が死んだ。

その知らせを聞いたのは、火曜日の午後のことだった。
亡くなったのは、その前の週の木曜だったと聞いた。
彼は、来年の春には還暦を迎える年で、
30代の僕とは20以上も離れていたが、正真正銘の友人だった。

彼と出会ったのは、新大久保のスナックだった。
ポテトサラダがやたらうまい店だった。
極彩色のネクタイを締め、タバコの煙の向こうで
チャミスルのアイスコーヒー割をガブ飲みしながら、
不思議なこぶし回しでK-POPのヒット曲を熱唱していた。

俺な、昔、演歌歌手だったんや。

酔っぱらうたび、彼は誇らしげにそう口にした。
実際、はるか昔に2、3枚のレコードを出したことがあるらしい。
小さな身体から吐き出されるその野太い唄声は、
しかし、どこか調子っぱずれで、仲間たちはその声に
いっそう酔いを回らせながら、長い夜をダラダラと過ごした。

彼は二度、結婚に失敗し、大阪の印刷会社で営業として働いていた。

新大阪にな、めちゃくちゃ旨い焼肉があんねん。
しかも、1500円もあれば死ぬほど食える。
な、ええやろ。いつ大阪来れる?

顔を合わせるたび、彼は僕にそうやって笑顔を見せた。
かならず行きますよ、連絡します。
そう答えながら僕は、忙しさを言い訳に、
その約束を先送りし続けていた。
彼の死を聞いた夜、事務所のデスクでふとそのことを思い出し、
新大阪の焼肉屋を検索しかけたのだが、
急に後ろめたい気持ちになって、ノートPCを閉じた。

親子ぐらい年が離れた友だちができるっちゅうのはな、
ホンマにうれしいことなんやで。

真夜中のソウル。
ミョンドンの外れにある屋台で、彼は嬉しそうに僕に語りかけた。
去年の暮れ、仲間どうし連れ立って出かけた、
韓国旅行での出来事だった。
僕はそのとき猛烈な尿意と戦っていて、
その言葉を噛み締める余裕などまるでなく、
あまり気のない返事をしたように思う。
それでも彼は、そんなこと気にする様子もなく、
しじみと赤貝の中間みたいな、
貝の煮物にチューチューと吸い付きながら、
「来年もみんなで来ようや」と笑顔を見せた。

初七日の翌日の土曜日。
彼を慕う仲間が、新大久保の小さなカラオケスナックに集まった。
彼がお気に入りだった曲ばかり入れ、そのオケをBGMに、
静かにハイボールを飲んだ。リモコンを操作しながら、
彼がバラードばかり好んで歌ったことに気がついた。
染みるなぁ、こういうの。
一人がポツリと呟いた。

彼の遺骨は、彼の従姉だという姉妹が引き取ったらしい。
彼の故郷が福島であることを、僕はそのとき初めて知った。
一人暮らしだった彼の部屋は、
専門の業者があっという間に空っぽにしてしまったと聞いた。
ご自慢のクロームハーツのブレスレットは、
どこへ行ってしまったのだろう。

不思議なこぶしを回すあの唄声を、もう二度と聴くことはない。
刺すように冷たい風が吹きすさぶ大久保通りを一人歩きながら、
そんなことを考えた瞬間、胸に中ぐらいの穴が、音を立てて空いた。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属


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直川隆久 2015年4月12日

1504naokawa

新入学生のみなさんへ

          ストーリー 直川隆久
             出演 遠藤守哉

みなさん。
ご入学おめでとうございます。
僭越ながら、ご挨拶させていただきます、
内閣総理大臣の大泉浩一郎でございます。

みなさんは、今日から、国防小学校1年生。

これからですね、みなさんは、この小学校で6年間、
わが国を守るという高貴な目標のために必要な
様々な知識、技術をしっかりと、習得なさいます。

そして、卒業の暁には、血気さかんな少年兵として、
第一線の戦地に向かっていただく。

こうして見回しても、みなさんの一人一人の瞳の中に、
燃え上がる魂の輝きが見えます。
頼もしいかぎりです。

みなさんは、本当に親孝行でもあります。

防衛小ではすべての学費と給食費が免除されるうえに、
お父様お母様の生活費に、国から補助がでるんですから。
私の息子はですね、海外の私立にしか入れないボンクラで、
金喰い虫でしたが(笑)
皆さんは、違いますね?

羨ましいとさえ思います。
私は上流な家庭の出なものですから、
ある意味、恵まれすぎ、なまぬるい教育環境で育った人間です。
ですからですね、このような、
良い意味で厳しい環境で成長できるみなさんを、
本当に羨ましく思います。

そして、みなさんには、もう一つの大きな特権があります。
みなさんには特別にですね、
11歳からの男女交際が法律で認められておりますので、
一般的な小学校に進学された子供たちよりも一足先に、
男女の神聖なる営みを知ることができます 。
次世代の人口増加にも、ぜひですね、
しっかりと責任を果たしてから、
戦地へと赴いていただきたいと思います。

みなさんの中には、まだ、
「戦争なんていやだなあ」
「戦地になんて行きたくないなあ」
そんなことを思っている方も、いるかもしれません。
無理もないでしょう。
みなさんは、まだ6歳です。

でも、そんな気分になったときはですね、
この学校への入学をすすめてくださった
お父様、お母様のお気持ちを、考えてみてください。
そして、一人前の戦士になったときの充実感。
それに、思いを馳せてみてください。
イマジン。

この防衛省法案は、私が政治生命をかけて成立させしました。
保護者のご家庭への補助金の財源は、
100%パチンコ税でまかなわれており、
社会的所得再分配のある種理想的な形を作り上げられたと自負、、、

あ、ええ、はい。
そろそろ校歌斉唱、の時間だそうでございます。

本校の校歌は、僭越ながら私が作詞いたしました。
タイトルは「こぶし、あげて」

今日は特別にですね、
人気グループ「SAKURA SOUL」のメンバーの方々が、
みなさんのために駆けつけてくださっています。

拍手でお迎えし、一緒に元気よく歌いましょう。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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