中山佐知子 2014年8月31日

nakayama1408

おまえ、まだいたのか。

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

Twitterで検索をかけていると
いないと思っていた顔と名前が画面に出てくることがある。
なんだ、おまえ。まだいたのか。

プロフィールのアイコンは、写真のかわりに似顔絵で
特徴が意地悪なくらいデフォルメされている。

おまえ、まだいたのか。何してんだよ。

とぼけた顔に向かって、声を出さずに話しかける。

 何もしてねえよ、いるだけだよ。

あいつが言いそうな言葉がすらすら出てくる。
ひとり漫才か、これは。

で、元気だったか。
 元気なわけねえだろ、俺はもう死んでんだぜ。

3年前に葬式に出た。
ご両親がつらそうだった。

死んでんならそんな顔で出て来んなよ。
 悪かったな、この顔は死んでも直らねえよ。

いや、だから、そうじゃなくてさ。
 だから、死んじゃってんだから。削除できねえんだよ。

たまにこういうことがある。
本人はとっくにいなくなって、アカウントが取り残される。
3年前のリアルタイムが凍結されている。
死ぬ前の何ヶ月かは病院にいて
発信するニュースが乏しかったのだろう。
誰かのTweetに対する受け答えが多い。

「ありがとうごぜえますだおかだ」
「コモンセンスのない顧問だね」
「中国へ行ってる人に忠告したよ」

おまえさ、これ持ってとっとと成仏しろ。
 これって何だよ。
おまえの恥ずかしいダジャレまみれのTwitterだよ。
 おまえ、知らないの? 
 Twitterを成仏させるのは自分が成仏するよりむづかしいんだぜ。
なんでだよ。
 だってさ、死んだとたん煩わしいこと全部忘れちゃうだろ。
 パスワードとか。

あいつが考えそうなパスワードはいくつか思いつく。
ためしてみるか?削除してみるか?
しかし、なんでそんな責任を引き受けないといけないんだ?
Twitterのアイコンが、そうだよな、と、
ノーテンキにわらっている。

あいつのTwitterは、
「三陸に仕事をプロジェクト」のリツイートで終わっている。
3年前の夏がそこにある。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/ 

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中村直史 2014年8月24日

「夢のパスワード」

     ストーリー 中村直史
        出演 遠藤守哉

現実の社会が、ハイパー電脳フィールドに満たされてしまった
22世紀の社会では、
リアルとバーチャルの境目は完全になくなっていた。
毎朝目が覚めると、私は家族におはようを言う前に、
家族それぞれの電脳フィールドにジャックインする必要があった。
まず妻フィールドに、そして娘フィールド、最後に息子フィールドに。
私は自らの電脳フィールドを通じて、ジャックインする。

電脳フィールドにジャックインするためには、
私しか知りえないパスワードが必要だった。
そしてパスワードは、安全のために毎日変更する必要もあった。
22世紀のハイパー電脳社会では、
ウイルスメイカーや国際的なサギ集団による
ありとあらゆるパスワード探査装置が開発済みであり、
自分の属性に付随するパスワード、つまり生い立ち、家族関係、
友人関係、趣味、好きなもの、嫌いなもの、
DNAの塩基配列にいたるまで・・・・
自分の肉体と歴史に関わるいかなるものも、
それを用いたパスワードにしてしまえば、
24時間以内にほぼ100パーセント見破られるのだった。
生きていく上で欠かせない日々のパスワードを
どのように用意するのかは、21世紀の終わりごろから、
最大の社会問題のひとつとなっていた。

問題解決の糸口となったのが、
今から約40年前の2102年に
カンボジアン・ナショナル・アカデミーの
ヴィエン・シュッツ・パーリ博士が提唱した、
パスワード制作プロセスだった。
博士の提唱はさまざまな実験段階を経て、
世界中で実践されることとなった。
その制作プロセスは、眠っている間に見る「夢」に着目していた。
人間が見る夢は、現実で起こった出来事を情報源としている。
けれど、夢となってあらわれる映像には脈絡がなく、
その脈絡のなさが、希望の光となった。
誰も知りえない脈絡のないものを毎日準備する。
現段階では、個々人の夢が最適かつ最強の脈絡のなさだった。

人々は、国家的な取り組みとして、
幼いころから夢を覚えておく訓練を、徹底的に行わされた。
3歳の誕生日から、国の施設に通い始め、
夢にあらわれたことを記憶にとどめておくこと、
また、見た夢を決してだれにも話さないことを完全に習慣化するよう、
くりかえし行わされた。
法律上定められた、電脳フィールドにジャックインしてもよい
6歳という年齢に達するときには、だれもが、
昨夜見た夢の映像をパスワード化することを習得していた。

今朝もまたいつものように、昨夜の夢をパスワード化した私は、
自分の電脳フィールドでパスワードの変更を行うと、
家族の電脳フィールドにジャックインした。
電脳フィールドに入ってしまえば、
わざわざ息子の部屋まで行くことも、わざわざ実際に声を出すこともなく、
まだ眠っている息子の背中をゆすりながら
「朝だぞ」と声をかけることが可能だった。
家族が朝食のテーブルにそろうときには、
もちろん、家族のそれぞれが、自分の電脳フィールドで
新しいパスワードを設定済みだった。
相互ジャックインされた電脳フィールドのおかげで、
今日もこれから一日、家族のだれがどこにいようと、
私たちは見るもの、聞くものを共有し、
物理的にいっしょにいるかのように、過ごすことができる。
それは21世紀の行きすぎた資本主義社会で崩壊した
家族の絆を取り戻す力があった。
ただし、家庭の会話の中から「あのね、昨日こんな夢を見たよ」
という会話が消えてしまったことが、どんな影響を及ぼすのか、
それを想像できる人間はだれもいなかった。
             

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/


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直川隆久 2014年8月17日

全 解 除

        ストーリー 直川隆久        
           出演 大川泰樹

―おれはこの世を解除するパスワードを見つけた。

早朝。誰もいない学食のテーブル。
話がある、と俺をよびだした小田が、開口一番そう言った。

―何の…パスワード?
―この世を解除してしまうパスワードだ。

普段から言葉のききづらい奴だが、今日はいつにもまして声が低い。

―意味がわかるように話せよ。
―これを見ろ。

議論は時間の無駄とばかりに、
小田はポケットから卵を一つ取りだした。
そして、目をつぶり何秒か天をあおいだかと思うと、
その卵の表面を人差し指の先で、文字を書くような仕草で撫で始めた。

―ほら。

と小田がこちらに卵を向けると、
殻の表面にきゅるりと直径3センチほどの穴があいた。
その穴の向こうから、人の目玉がぎろりとこちらを覗く。
俺は、うわ、と声をあげて思わず後ろに飛びのき、
隣のテーブルでしたたかに腰を打った。

―ああ、これは、窓だったのか。

そう言いながら小田は、卵をポケットに入れ直した。

―窓?
―窓かどうかは、パスワードを解除してみないとわからない。

そう言いながら小田は、
ポケットからもう一つ別の卵を取りだした。

―一個一個パスワードも違えば、
ロックがかけられる前が何だったのかも違う。

さっきと同じ動作を繰り返してテーブルの上に置く。
見ていると殻の表面にいくつもの亀裂が入り、
…ちょうど団子虫が丸い状態から元に戻るかのように変形した。
白い甲羅の裏に、何百本かの毒々しい赤い脚がもぞもぞと動いている。

―うへ。

小田はそれだけ言って、
すばやい仕草でテーブルにあった紙ナプキンで虫を包むと、
足で踏み潰し、ゴミ箱に捨てた。

小田の話を要約するとこういうことだった。
この世のあらゆるモノは、その「ふり」をしているにすぎない。
卵に見えるものも、机に見えるものも、すべては仮の姿であり、
すべてのモノが固有のパスワードを持っている。
このパスワードを入れることで、そのロックが解除され、
モノ本来の姿が現れる、というのである。

―つまり、お前は全てのモノのパスワードを知ってるというのか?
―正確に言うと、知ってるわけじゃない。分かるんだ。
手を触れると。このあいだ猫を解除したときは、興奮したよ。
腹から裏返って、巨大なエイみたいな生き物になった。
ひでえ匂いがしたけどね。

動物にもあるのか。と俺が言うと、 

―人間にもあるんだぜ。

と小田が、にやりと笑った。

―お前にもある。
そのつもりはないだろう?でもそれは気づいていないだけなんだ。
お前にもパスワードがあって、そのパスワードをここに入れれば…

と言って小田はおれのおでこに指で触れた。
思わずのけぞると、小田はげらげらと笑った。
そして、紙ナプキンにすらすらと何か書き、
折りたたんでこちらによこした。
おれはそれを、手で払いのけた。
小田は、くく、と喉がきしむような笑い声をたてた。

―俺も最初は、おまえと同じことが知りたかったよ。
 でもな、それは、わからないんだ。
―俺と同じ…って?
―だれが、こんなパスワードをつくったか。
 そして、なぜ、俺にそれを教えるか、さ。
 でも、そいつは結局わからない。だからおれはあきらめた。
 だが、ひとつ、おもしろい発見があった。

小田の顔が、微妙にゆるんだ。

―たまに、ごくたまに、解除した後、本当に、なんというのかな…
エネルギーの…エネルギーの塊のようなものが現れることがあるんだ。
あたたくて…なんだか、えも言われん、
喜びという気持ちが空間の中に独立して存在しているような…。
あれは、本当に、いい。すばらしいんだ。

小田はうっとりと虚空を見つめ、

―もしあれに俺がなれたとしたら…

そう言って、何か遠いところを見る目をした。
しばしの後小田はこちらを向き、どういう意味か、うなずいた。
そして席を立ち、食堂を出て行った。

※      ※         ※

その後、小田の姿を見たものは誰もいない。
おれの「パスワード」が書かれたナプキンは、自宅の机の引き出しにある。
――まだ開いていない。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/ 

 

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岩田純平 2014年8月10日

けっぺいくん

      ストーリー 岩田純平
         出演 吉川純広

静かにしているな、と思ったら、
息子は絵を書いていた。
息子は3歳で、名をけっぺいと言う。

「何書いているの?」
「アンパンマンと、とりにくだよ」
「とりにく?」
「そう」
「なんでとりにく?」
「アンパンマンはとりにくが好きなんだからだよ」
「へえ・・」

初耳である。

「けっぺーくんね、英語あんまり好きじゃないの」

息子との会話は唐突に話題が変わる。
保育園での英語の時間のことを言っている。
外人の先生が来てくれる。

「先生はおもしろくしようとしてるんだけどねえ」

シニカルな評価である。

「パパ、サメのマネできる?」
「さめ?」
「けっぺーくんできるよ」

そう言って息子はパーに開いた手を額の上にのせ、
睨みをきかせたこわい顔をする。

「あはは、サメだ」

僕が写真を撮ろうとスマホを取り出すと、
息子はサメのマネをやめて、
スマホを取り上げいじりだした。

でたらめにパスワードを入力してはミスになり、
「パスワードがちがいます」
と言いながらケタケタ笑っている。

そういえば、
この前仕事中に妻から電話がかかってきた。

「けっぺいがチョコレートを見つけちゃって、
ダメだよ、って言うんだけど、
 だったらパパに聞いてごらん、っていうから電話したの。
 ・・・・あ、けっぺい、コラー」

妻が僕に電話を掛けている隙に
けっぺいはチョコレートのふたを開け、
2~3個食べてしまったそうだ。

なかなかの知能犯である。

そうこうしているうちに、
息子がいじっているスマホに電話が掛かってきた。
上司の名前が見える。

僕はあわててスマホを取り返そうとしたが、
もみ合っているうちに電話は切れた。

「あーあ」
と息子は無責任な感じで言って
スマホを返してくれた。

折り返そうとしたが、スマホは動かなかった。
パスワードの間違いすぎで
セキュリティが掛かってしまっていた。

「なぜ折り返さないんだ!」
と怒る上司の顔が浮かんだ。

息子はと言うと、
そんな父の不安に気づくはずもなく、
「ブロックで自動販売機つくろっか」
と楽しそうにブロックの箱をひっくり返した。

出演者情報:吉川純広 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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中山佐知子 2014年7月27日

夕日が空を青く染めて

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

夕日が空を青く染めています。
酸素が増えるにしたがって
見ることが少なくなった火星の青い夕焼けです。

今日は昼間もいいお天気で、
赤い空が広がっていました。
ステーションの天気予報によると、
週の終わりには雨が降るそうです。
滅多に降らない雨を、どれだけみんなが楽しみにしているか。
砂に腹這って生きる灌木や岩に生える苔も
その雨でまた命をつなぎます。

やがて僕たちが一本の木を植えることができれば
その木がつくる酸素でもう一本の木を養える。
二本は四本になり、四本は八本になり、
そうして、森ができれば、水脈が生まれます。

テラフォーミング。
火星の地球化計画はやっとここまできました。

100年も昔に数人の学者が移住して開発がはじまり
火星は少しづつ姿を変えていきました。
地球から持ち込まれた植物は
火星の薄い空気や、赤い砂に住むバクテリアに適応して
自分を変えていったのに
人は自分を変えることができず
星そのものを変えることを選びました。

テラフォーミング
火星を地球のように変える計画は
火星を火星でなくしてしまうことです。
緑化が進んで酸素が増え、火星の空気全体が濃くなると
青い夕焼けは見られなくなります。
晴れた空の赤い色もやがて消えてしまうでしょう。

夕日が空を青く染めています。
火星で生まれた僕にとっては
なつかしいふるさとの夕焼けです。

かつて地球人が地球を滅ぼしていったように
僕もふるさとの星を滅ぼそうとしています。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/ 

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横澤宏一郎 2014年7月20日

オレンジ        

     ストーリー 横澤宏一郎
        出演 齋藤陽介

「夕方をなくします」
誰が言い出したかも忘れたけど、
知らないうちに世論もその意見に概ね賛成ってことになっていた。
反対する人の声は消されていった。
そして夕方はなくなった。

昼と夜の間に余計な時間はいらない、
そんな中途半端な時間があるせいで
子どもたちはダラダラ遊んでしまうし、
家にもなかなか帰ってこない。ごはんの時間も安定しない。
そしたら宿題する時間もなくなってしまうではないか。
だから夕方なんていらない。
そんな、どこぞの主婦団体の無茶苦茶な主張が発端だった。
思い出した。
それに教育団体も乗っかって、
そしたらお役所も支援とかしだして、
もう本当にそういうもんなの?なんて言えない空気すら
出来あがってしまっていた。
プロパガンダってこういうもんなんだなって、
思ったことは覚えている。
そうだそうだ、すっかり思い出した。
思い出したくないことも。

そのときボクは結婚の約束までしていた彼女と別れたばっかりで、
人生で初めて仕事もずっと休んでしまっていた。
友達に会うこともなく、ひとり家にこもって
飲んだこともなかったウイスキーを
無理矢理飲んでは吐くという毎日だった。
なにが言いたいかというと、
そのときのボクの記憶は曖昧だってことだ。
まあそもそも忘れやすいのだけど。
でもいま思い出した。なんでだろう。

話を戻す。
その年の7月1日に夕方がなくなった。
午後6時が昼と夜の境として決められた。
7月なんて夏の6時は、いままではまだまだ明るかったけど、
その日は急に暗くなった。これには正直ビックリした。
回覧板でも七月一日から夕方がなくなりますって
ちゃんと告知されてたけど
半信半疑でいたから、誰もいない部屋で、
国もやるなあって口にしながら、
夜になったしとウイスキーの瓶に手を伸ばした。
あの日はなぜか全然酔えなかった。
あれ、完全に思い出したな。

でも、すぐに夕方は帰ってきた。
それもビックリするくらいあっさりと。
昼と夜だけでは何かが足りないとみんな気づいたからだ。
ボクは最初から反対だった。
だって、あのオレンジ色に染まる空がなくなってしまうんだから。

やっぱり人間っていいな。
ベランダで、夕方を楽しみながらグラスを傾けた。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属


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