薄景子 2013年12月1日

「となりの芝生」                      

      ストーリー 薄 景子
         出演 川俣しのぶ
   

嫉妬って感情が
あたしの人生から消えてくれたらいいのに。

美容院で久々にカラーリングを受けながら、
自分では絶対買わないたぐいの女性誌をめくり、
ミカコは、そんなことをふと思った。

二度見される女のツヤ肌特集。
イケダンがつくる妻と子のもてなし料理。
NYでベーカリーカフェの夢をかなえた元OL…。

夜中に電気をつけられたような
まぶしい記事にクラクラしてくる。

顔をあげれば、鏡に映る自分より、
美容師の手塚くんの顔の方が小さい。
遠近法を差し引いても、確実にひとまわり小さい。

嫉妬…。

帰り道も、街を歩く女性たち全員が
みんなキラキラ光って見える。
新色のコートも、ファーつきのブーツも、
恋も、仕事も、結婚も。
欲しいものをぜんぶ手に入れてますオーラが
後光のようにさしている。

あたしいつから、
こんな嫉妬漬けになっちゃったんだろう。

ミカコは湧水のようにあふれでる
よどんだ気持ちに耐えきれなくなり、
それを紙に書きだしてフタをすることにした。

ホールケーキを丸ごと食べても太らない、同期のマリコへの嫉妬。
テキスタイルの賞をとって自分のブランドを立ち上げた、
後輩アサちゃんへの嫉妬。
最近10歳年下の彼氏ができた、バツイチのナツミへの嫉妬。

空になった焼菓子の空き箱に
ミカコがありったけの嫉妬を詰め込んで
フタをしようとした、そのとき。

「こんにちは」

箱のなかから何やら声がした。
おそるおそるフタをあけると、
箱の底一面になぜか芝生がふさふさ生えている。
その真ん中には瑠璃色の天然石が鎮座していた。

「なにこれ?」

「となりの芝生は青いっていうでしょ」

箱庭の芝生の真ん中で、その瑠璃色の石が言った。

「ちなみにここ、あなたの芝生だから」

「あたしの?」

石はだまったまま、青い芝生の上で、
気持ちよさそうに寝そべっていた。

「あたしも寝そべっていい?」

「もちろん」

流れていく雲に、同じ形のものはひとつもない。
ミカコは、その芝生に抱きしめられるように
深く深く眠りについた。

「いい感じで、髪、明るくなってますよ~」

手塚君の声で我に帰ると、
ミカコはさっきの美容院でカラーリングを受けていた。

膝の上に広げていたのは今月のジュエリー特集。
さっき見た瑠璃色の石と似たやつがある。

ミカコが生まれた12月の誕生石、ラピスラズリ。
嫉妬を除き幸運をもたらすパワーストーン。

鏡の中では相変わらず、手塚くんの顔が
ひとまわり小さかったけれど、
ミカコの気持ちはすっきりしていた。

あたしの中にも、ちゃんと、
誰かのとなりの芝生はあるのだから。

出演者情報:川俣しのぶ 045-491-7866 ママリーハウス

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中山佐知子 2013年11月24日

湖をみっつ越えて

       ストーリー 中山佐知子
          出演 高田聖子

湖をみっつ越えて、虹の息の根を止めに行った。

ひとつめの湖は腕組みをして座る人の形をしていた。
ただし、肩から上がなかった。
肩から上は何キロも先にあった。
頭の形をした小さな湖だ。
胴体とは、血管のような細い川でかろうじてつながっていた。

頭の湖の先には心臓の形の大きな湖があった。
三つの湖は、首を切られ、内臓を突き出された水の死体だった。
しかし一本の川が最後の血管のようにそれぞれをつないでいる。
湖の息は、まだ止まっていないのかもしれなかった。

三つの湖は、この島国のふたつの陸地が繫がった
縫い目の部分にあった。
巨大な水が東と西の山脈に押しつぶされたのだ。

東と西の大陸の縫い目にはいつも虹がかかっていた。
虹は蝶番(ちょうつがい)のように、或いはホッチキスの針のように
ふたつの陸をつなぎ止めていた。
その虹の根は、湖の北の山にあった。
三つの湖を越えて虹の根元にたどりついた。

虹の根を断ち切れば
この陸は再び東と西に別れるだろう。
三つの湖はつながって、
巨大な水の王国があらわれるだろう。
山は地滑りを起こし、
いくつもの町と村が水底に沈むかわりに
さがしていた男の死体が浮かんでくるだろう。

100万人の命とその営みを沈めても
ひと目会いたい男のために
私はいま刀を振り上げる。

出演者情報:高田聖子 株式会社ヴィレッヂ所属 http://village-artist.jp/index.html

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古居利康 2013年11月17日

さいごの虹  

        ストーリー 古居 利康
           出演 西尾まり

かれがあのことをおこなった
そのすぐあとで
かならず虹がでる

かれをしるだれもが
虹をみあげて
かれがいまあのことを
おこなったのだとおもいあたる
だまってめくばせしあう
おこなったんだねとつぶやきあう
あからさまにわらいあう
わかいむすめはほほをあからめる

あのことをおこなったしるし
というには
虹はめだちすぎたし
うつくしすぎた

だれもがおこなっている
あのことは
よほどふらちなふるまいや
どちらかのむりじいでないかぎりは
はずかしいどころか
うるわしくむつまじいことだ

けれどいままさにこのとき
あのことをおこなったのだと
ひとにしられることは
おそろしくはずかしい

かれはまだじゅうぶんわかく
ゆだんするとすぐにだれかをおもった

けれど
だれかをおもってもちかづかない
ちかづけばことばをかわすことになる
ことばをかわせばおもいがつのる
ふれたくなりだきしめたくなり
さいごはおこなうことになる

だんだん
だれもおもわなくなった
だれかとおこなうこともなくなって
虹がうかぶこともなくなった

やがて
うまれてこのかた
ほんものの虹をみたことのない
こどもがふえ
せめてもういちど
虹をみてからしにたい
そうねがうとしよりがふえた

それからまた
なんねんもなんじゅうねんもたって
だれもがわすれてしまった

虹のことも
かれのことも

そんなあるひ、とつぜん
そらに虹がでた

はじめてほんものの虹をみた
こどももおとなもびっくりして
そらにうかぶいろのかずをかぞえた
わかいときにみたはずの
虹のすがたもいろあせていた
としよりたちは
まがっていたこしをのばし
かすみがちのまなこをほそめて
虹をみあげた

あのかれがだれかとあのことを
おこなったのだ
ほんとにほんとにひさしぶりに
おこなったのだ

虹をみてかれをおもいだした
ひとたちがくちぐちにめでたいと
いっておどりだした

めでたいめでたい
わっせわっせとおおさわぎしながら
ひとびとはかれのすみかにむかった

かれはいなかった
なかはあれはてて
もうずいぶんまえから
ひとがくらしているようすは
なかった

ふいにしずまったひとびとが
それぞれのすみかにかえるころ
そらに虹はもうなかった

 
出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

  

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名雪祐平 2013年11月10日

あけみさんのTシャツ

      ストーリー  名雪祐平
         出演 地曵豪

俺は画家になる。
あの1977年の夏。そう思っていた。

学校の美術部なんか、しょうがない。
絵を描くのに、先輩後輩とかなんにも関係ない。

高校1年から、地元の画家のアトリエに通った。
画家っていうのは変人が多いけれど、
その先生は鮫に狂っていた。
絵のモチーフは、釣り上げられて、のた打ちまわる鮫ばかり。
でも、血しぶきが飛び、生臭そうな絵はあまり人気がなかった。
生活のために先生は、女性のヌードを描いて売ったり、
俺のような生徒から月謝をとっていた。

アトリエは自由なのが気に入っていた。
先生は放任主義で、
放課後や日曜に、行きたいだけ行って、好きなだけ描いた。

夏休みになって、東京から大学生のあけみさんがアトリエに来た。
ヌードモデルのアルバイトをするためだった。

あけみさんは体にぴったりの派手なTシャツをよく着ていた。
サイケデリックな
レインボウの柄が複雑に入り組んで、
まるで七色の液体が流れているように、
ぬるぬる動いて見えた。

あけみさんの内蔵も、
こんなふうに動いているのだろうか。
あけみさんを描きたい、描きたい、描きたい。

けれど、あけみさんは先生が雇ったモデルだった。

夏休みの終わりが近づいていた。
ある日、いつもより早くアトリエに行くと、
グレーのガウンを羽織って休憩中のあけみさんが、
ナイフで梨をむいていた。

俺は本心をぶつけてみた。

「あけみさん」

「ん?」

「あけみさんをすごく描きたい。お願いします」

あけみさんはナイフを止め、
まっすぐ俺を見て言った。

「お金はあるの? モデル料」

「あまり、ないです」

「お金がいるの。わたし」

いくらだろう、と俺は考えていた。

結局、あけみさんは後払いの2万円で許してくれた。

それから5日間ほど、
先生のためのモデルの時間が終わってから、
あけみさんは、ぼくにじっと見つめられることになった。
夕方になると、西日が射して
すこしオレンジがかるあけみさん。

うまく描けたかどうかはわからない。
でも、描きたくて描きたくてしかたないものを描けている、
という全能感を生まれて初めて知った。
無我夢中で、すごくきれいな時間に感じた。

「ここのバイトが終わったらね、成田に行くんだ」

あけみさんの言葉の意味は、
16歳の俺でもすぐわかった。

あけみさんは、成田空港建設の反対運動に行った。
警察や機動隊との激しい闘争の中に行った。

あけみさんはいなくなり、
俺はただの野次馬になった。

テレビニュースが映す、
反対派学生のデモ、集会、逮捕連行される映像。
そのテレビ画面の中に、あのサイケデリックな
レインボウ柄のTシャツが映らないか、
目を凝らしているだけだった。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

 

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直川隆久 2013年11月3日

レインボーマン

          ストーリー 直川隆久
             出演 高田聖子

バイト先の居酒屋が閉店することになり、
従業員同士でお別れ会が開かれることになった。
チェーンのほかの店舗に移るメンバーもいたが、
だいたいの人間は明日からまたバイト先探しを始めなければならない。
そんなどんよりした会が一時間ほど進んだ頃だ。
最後の責任を果たすつもりか、チーフのカミヨシが
「よし、こうなったら、みんなで一発芸でしょ」と
余計な音頭をとった。

半沢直樹ネタとあまちゃんネタで
たいがいのメンバーがお茶をにごしたあと、
順番がタシロに回って来た。
タシロ。
バイト仲間でもいちばん、「体が動かない」と評判のタシロ。
しまった、タシロがいること忘れて出し物披露なんて始めてしまった、
と周囲に罪悪感をいだかせるほどのタシロ。
ホールを2時間でクビになり、
その後半年はひたすら皿を洗っていたタシロ。

会場の舞台にひきずりだされたタシロは、
聞きとりにくい声で、

手品をします。

と言った。

《え?あいつ、手品って言った?》
《タシロが?》

無言の声が一斉に上がる。

そんな周囲の不安をよそに、タシロが右の手のひらを前につきだし、
次にそれをぐっとにぎりしめた。
そして、ぱっとひらくと…
手のひらの上に、緑や赤の光が見える。
…虹?

え?なに?
なにやってんの?
皆がざわつく。

いや、あの、手の上の虹、という手品でして。
とタシロが申し訳なさそうに言う。
ちょっとライトが強いと見にくいんですが。

きょとんとした周囲の反応も意に介さずという感じで、
タシロは席にもどった。
さっきのざわめきはたぶん、
タシロがバイトを始めてから周囲に起こした波風の中で
一番大きかったと思う。
だけど、体育会系のバイトメンバーが
自分のブリーフを引き裂くという芸をやりはじめた瞬間、
もう誰もタシロのしたことを覚えていなかった。

帰る人間がちらほら出ると、
歯抜けになった会場はいくつかのグループに集まっていった。
タシロは、一人ぽつんとアイスクリームか何かを食べている。
わたしは、思い切って近づいてみた。

あの、さっきの虹なんだけど。
と声をかけると、タシロは、あ?という顔でわたしを見る。
あれ、もいっぺん見せてくれない?

タシロは、特にもったいをつけるでもなく、
手のひらをにぎり、ひらいた。
確かに、手のひらの上に、小さい虹がかかっている。

これ、どうやってんの?
わかんない。
わかんない?
わかんないんだ。
わかんないことないでしょ、手品なんだったら。
いや、手品じゃないんだ。

タシロがいうのには、この虹は本物で、
小学校くらいから「でる」ようになったそうだ。
でも、どういう仕組みなのかは本人にもわからないらしい。
ただ、緊張するとでやすいらしい。汗が関係してるんだろうか。

なんで手品なんて嘘つくの。
いや、どうせ、信じてもらえないし。説明すんの面倒だし。
人に見せるの久しぶりなの?
うん。まあ、こういう日だから。
みんなにも見る権利あるかなって。

タシロとしては「見せてやった」という意識だったらしい。少し驚く。

ねえ、その虹、さわるとどうなんの?
触ってみたら、とタシロは言って、
もう一度手のひらを握って、開いた。
また、虹。
その上に手をおいてみた。
虹は消えた。
かわりに、タシロのじっとりした手の平の感触がぶつかってきた。
思わず手をひっこめてしまう。
ひっこめながら、やばい、と思った。
さすがに、ちょっと悪いことした気がして、
ごめん、と言いかけてタシロの方を見る。
わたしをじっと見て、タシロは一言言った。

なんでもないよ。別に。

タシロは、それ以上なにも言わず、
会費の2500円をテーブルに置くと、
立ち上がり、そのまま出て行った。
わたし以外、誰もタシロが出て行ったことに気づかなかった。

出演者情報:高田聖子 株式会社ヴィレッヂ所属 http://village-artist.jp/index.html

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中山佐知子 2013年10月27日

私はいろはが嫌いです。

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

私は「いろは」が嫌いです。

すみません。
いきなりこんなことを言う私は「あいうえお」です。
私は「あいうえお」、あちらは「いろは」または「いろは歌」
いつもとは限りませんが、なぜあちらだけ「いろは歌」と
「歌」までつけて呼ばれるのか、
ちょっと癪にさわります。

ひとりで由緒あり気な雰囲気を漂わせているのも
嫌いです。
由緒っていっても七五調になっているだけのことです。
七五七五の繰り返しです。

色は匂えど 散りぬるを
わが世誰そ 常ならむ

ほらね、七五七五でしょう。
ま、それだけのことです。
ついでにお教えしますとね、
これ、今様っていう歌の形式を踏んでいるんです。
文字数だけですよ、曲がついているわけじゃない。
あくまでも、形だけ。

今様というのは、平安時代の流行歌です。
白拍子という遊び女、まあ遊女ですね、
その遊女が舞いながらうたっていた歌なんです。
遊女は男のいでたちをしていまして
今様は、いわば美少年に扮した美少女が歌い踊る流行歌、
きゃーきゃー人気は出そうですが
どこにも由緒など感じられません。

そういえば、「いろは」は弘法大師がつくったという
無謀な意見が広まったこともあるようですが
さきほどの今様の形式を考えると
200年くらいは時代が合わないですからね、
そんな意見に耳を貸してはいけません。

さて、その由緒も何もない「いろは」と
同じころに生まれたのが「あいうえお」です。
みなさん、「あいうえお」は
明治とか昭和だと思っていたでしょうけど、それは大間違い。
古い文献にはじめてあらわれるのも、
「いろは」と「あいうえお」は同じ11世紀。
厳密に言わせていただけば、
「あいうえお」が50年ばかり古いです。

呼び名だって単なる「あいうえお」じゃなかった。
「五音(ごいん)」とか「五十聯音(いつらのこゑ)」とか
「仮名反(かながえし)とか
古い時代はいい名前がたくさんありました。

しかし、過去の栄光にこだわることはありません。
「あいうえお」は
日本語の平仮名を学ぶとき、たいへん優れた機能を発揮します。
日本語が日本語である限り、いつも新しい「あいうえお」
時代を超えて役に立つ「あいうえお」
これからもよろしくお願いしますね。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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