男の子くん
男の子くんは、自分のことを「オラ」と呼ぶ。
ある漫画の主人公の影響だ。
すぐに飽きて、ぼくになり、オレになるだろうと、
パパとママは思っていたが、そんなこともなく、オラ歴2年。
最初はあった違和感ももうない。
授業中の発表ではぼくと言い、
作文でもぼくと書いているようだが、
むしろそっちのほうに違和感があるくらいだ。
オラ、腹減った。
オラ、漫画のつづきが気になって気になって仕方ないよ。
オラ、逆上がりできるよ。でも、あやとびは苦手なんだよね。
オラの漢字練習帳がなくなったから買ってきて。
あるとき、その調子で、オラの友達のHがね、と男の子くんは話しはじめた。
オラの友達のHがね、Tちゃんと付き合ってんだよね。
でも、TちゃんがYくんと浮気をしたんだって。
だからHがすっごい怒ってる。
パパとママは笑って聞いていたが、
男の子くんは、よくわからないという顔をしている。
話してはみたものの、まだ小学三年生だし、
付き合うやら浮気やらがいったいなんなのか理解できないでいるのだろう。
わかるのは、漫画は面白いということだけ。
男の子くんは、おはよーと起きた瞬間、漫画を開き、
学校に行く直前まで読み、ただいまーとランドセルを置いた瞬間読み、
プールに行く時間まで読み、ごはん中も一口ふくんだら、
飲み込むまでのわずか数十秒の間にも読む。
もちろんママは怒る。
こら!ごはん中はごはんを食べる!
毎食そう言われるが、
今のところ、漫画が食欲に負けたことはない。
それどころか、時折、
「オラ、ママのつくる料理がいちばん好き」と言って喜ばせたりもするので、
男の子くんはなかなかやる。
寝る前、布団のなかで、
みんなでおしゃべりする時間が男の子くんは好きだった。
その夜は、質問をふたつした。
ひとつめ。サイコパスってなに?
ふたつめ。ファーストキスってなに?
どちらの単語も漫画に出てきたのだろう。
ひとつめの質問には、ママが「常識の通用しない人のことかな」と答えた。
ふたつめの質問にも、
ママが「最初にキスすること」と間髪おかず答え、パパは笑っていた。
自分のことをオラと言い続けているうちは、
誰かと付き合うことも、浮気も、ファーストキスもないだろうな。
気がつけば、小さな寝息が聞こえていた。
おやすみ、男の子くん。
今日もよく漫画を読みました。
.
出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属