上田浩和 2010年2月20日ライブ


生ビール

          ストーリー 上田浩和
             出演 西尾まり

生ビールばかり飲むその男の腹は、
取り返しがつかないほど膨れていた。
飲むたびに口についた白い泡は、
じょじょに白い髭となり、顔の半分をおおっていた。
還暦を迎えた日、赤いちゃんちゃんこを着ると、
男は、赤い服を着た白い髭の太ったおじいさんだった。
男は、サンタクロースになっていた。
クリスマスイブの夜。
男は、トナカイのひくソリにのり、空のいちばん高いところにいた。
年金生活者の男に、プレゼントを買う余裕などないが、
片手には、その夜も生ビールがあった。
男は、白い泡に息を吹きかけた。
大きく波打った白い泡は、そのままジョッキからあふれ、
夜空の下へと落ちていく。
白い泡は、白い雪となり降り積もり、
そして町を真っ白に染めあげた。
何十年ぶりかの、ホワイトクリスマスに喜ぶ町を見下ろしながら、
サンタになった男は、ひとり乾杯をした。

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

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上田浩和 2009年5月16日ライブ


飛行機雲

ストーリー 上田浩和
出演 坂東工

飛行機の中でコカ・コーラをもらうと、ぼくは想像します。

  ぼくは飛行機の窓ガラスを叩き割る。
  窓から外へ手を伸ばし、
  缶を雲の上に傾けると、
  空にコカ・コーラがそそがれます。
  大きな水滴は、いろいろに形を変えながら、
  雲を抜け、風に流されて、
  次第にばらばらになりながら落ちていきます。
  そのうちの一滴には、
  次第に高層ビル群が見えてきました。
  そして地面にぶつかりそうになったとき、
  その一滴は、
  街を急ぎ足に歩く男のおでこのあたりに落ちるのです。

  雨か、と男は思い、おでこに右手で触れ、その場で立ち止まる。
  そして空を見上げます。
  
  男は多忙を極めていました。
  いよいよ明日は、三ヶ月も時間を費やしたプレゼンの日。
  最近は、パソコンの画面と手帳と
  妻と子供の寝顔しか見ていませんでした。

  男が見上げた空は、ぱきっと青く、
  大きな雲がひとつ浮かんでいます。
  男は、自分が久しぶりに空を見たことに気がつきました。
  男の気持ちにやわらかな風が吹きました。
  男は、少し笑うでしょう。
  唇をわずかに動かして笑うでしょう。

  ぼくが雲についだコカ・コーラで、
  誰かがこのきれいな空に気がつくなんて、
  なんて素敵なことだろうとぼくは思うのです。
  ぼくとその男は、まっしろな雲越しに目が合います。
  そして男は、ぼくが乗った飛行機が空につくった
  まっすぐな飛行機雲に、
  明日のプレゼンがうまくいきそうな気になる。

 飛行機のなかで、コカ・コーラを前にしてぼくが想像したことです。

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上田浩和 2009年4月16日



水戸黄門
                 

ストーリー 上田浩和
出演 菅原永二

水戸黄門一行は、その道中、
すこし変わった引き算と足し算で盛り上がっていた。
例えば、木の枝に「みみずく」、道端に「みみず」がいたら、
「みみずく」から、「みみず」を引き算する。
すると、黄門様のしわくちゃの手の平には、ひらがなの「く」が残るのである。

「しちいちがしち、しちにじゅうし」
そのひらがなの「く」を、
今度は、九九の練習をしている八兵衛の口のなかに放り込むと、
八兵衛は突然笑いはじめる。
「九九」に「く」がひとつ増えて、
「くくく」という笑い声になったのだ。
「なにがおかしいんだい」とお銀が尋ねれば、
「気味の悪いやつだ」と助さんが言い、「まったくだ」と格さんが笑う。
とまあ、こんな具合に水戸黄門一行は、道中を楽しんでいた。

ある日、一行は不埒なやつとすれ違った。
そいつは、不埒なうえ、プラチナの指輪をしていた。
そこで「プラチナ」から「ふらちな」を引き算すると、
黄門様の手の上には、野球ボールくらいの大きさの○が残った。
黄門様が右手に○のボールを持ち、正面を見据えると、
目の前には、いつのまにかバットを構える清原の姿がある。
「打たせてとりましょう」
ファーストから、格さんが声をかけた。
サード八兵衛。キャッチャー助さん。
ベンチでは、マネージャーのお銀が両手を組み、祈りのポーズだ。
そして、マウンド上で、黄門様は心にある誓いをたてる。
「この試合が終わったら、マネージャーに告白するんじゃ」
ところが、黄門様の渾身の一球は、清原のわき腹を直撃したのである。
誰もが乱闘だと思ったそのとき、意外なことが起こった。
清原が、おとなしくファーストへ歩き出したのである。
おそらく、○のデッドボールを受けた瞬間から、
「きよぱら」になっていた清原は、物腰まで丸くなっていたのであろう。
格さんは、出しかけた印籠をそっと懐に戻した。

その晩のこと。
昼間、マウンド上で誓ったとおり、黄門様は、お銀に告白した。

「出会った頃からずっと好きじゃった」。そして、ふられた。
涙にくれる黄門さまとは反対に、次の日は、晴天。
黄門様は、ひとりぼっちで海へと釣りに出かけ、一匹のタイを釣り上げた。
太陽から、タイを引き算すると、
「よう」と空が話しかけてきた。
「よう。黄門様。失恋か。いい年こいて」
「うるさいわい。なあ空よ、答えてくれ。
わしはなんのために旅をしとるんだろ」
「理由は分からんが、そのかわり、黄門様、あんたにプレゼントをやろう」

それからしばらくすると、空から、意外なものが降ってきた。
桜の花びらである。
まわりには桜の木など一本も見当たらないのに、
まるで雪のようだ。
同時に、サク、サク、サク、サクと小気味いい音も聞こえてくる。
いつのまにか黄門様のそばにいた八兵衛が、うなぎパイを食べている音だ。
「さくら」の花びらと「サク」という音。
黄門様が、「さくら」から「サク」を引き算すると、
空中を漂っていた無数の花びらは全部、「ら」になり、
くっついて「ららら」になり、そしてひとつの歌をつくった。

ら♪ららら♪ららら♪ららららららら♪
じんせーいらくー♪

「さ、いきましょうよ、ご隠居様」とお銀が手を差し伸べた。
気が付けば、これから行く道が花びらできれいな桜色に染まっている。
黄門様は、一行を従え、空からの贈り物である「花道」を歩きはじめた。

出演者情報:菅原永二 猫のホテルhttp://www.nekohote.com/

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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上田浩和 2006年12月1日



ウール     

                      
ストーリー 上田浩和
出演 清水理沙

ある街のはずれの病院で、
男の子が産まれました。 

その男の子は両腕が不自由だったので
不憫に思った両親は、
特別なマフラーをプレゼントしました。
えんじ色の長いマフラー。
何が特別かと言うと、
それにはお母さんの右腕の神経とお父さんの
左腕の神経が縫いこんであるのです。

それを首の周りにくるっと巻き、
両端を肩からさげてやると、
マフラーは男の子の腕になり、
先端のひらひらのフリンジは指になりました。

ウールと名付けられた男の子の、
そのマフラーの手は大きな栄誉をつかみました。
物心ついたときからはじめたピアノは、
ウール100パーセントのタッチと賞賛され、
若き天才ピアニストとして世界にその名を轟かせるまでになったのです。

恋もしました。
相手は、ある国のコンサートホールの売店で働く
カシミヤという名の女の子。
その恋にウールは作戦を練りに練りました。
カシミヤの手をとり、なんて素敵な手なんだと大袈裟になでまわしながら、
その小指の爪に、自分のマフラーをひっかける。
そのあとじゃあねと言って別れ、
ふたりがお互いの家に着くころには、
ウールのマフラーの手はほどけ、毛糸が一本かろうじて残っている。
あとは彼女に電話するだけ。
「ぼくと君は赤い糸でつながっているみたいだ」
「赤ではなくてえんじ色なんですけど」
「それは深い赤色だよ。深い愛ということさ」
そしてふたりは、毛糸の指輪を交換し、結婚しました。

ウールはまさに人生でもっとも輝くときを迎えようとしていました。
しかし、不幸とはこういう幸せの絶頂期にしばしば訪れるものです。
それはこのウールとカシミヤの場合にもあてはまります。

ある晩、やかんがピーっとなりました。
子供の頃からの約束でウールは火に近づくことを禁じられていましたが、
ちょうどそのときカシミヤはウールの腕の毛玉とりに夢中でした。
仕方なく伸ばしたウールの左腕は、またたくまに灰になってしまいました。

奇跡のマフラーピアニスト、絶頂期の左腕焼失!

それから何年かたって......
スポットライトのなか、ステージの上に現れたウールは、
観客にむかって高々と左手のマフラーをあげました。
ウールの見つめるその先にいるのは、カシミヤでした。
ウールの左腕には、カシミヤの左腕の神経が縫い付けてあるのです。

ウールの演奏は、以前よりもあたたかく見事なものでした。
それもそのはずです。
ウール50パーセントカシミヤ50パーセントの音色なのですから。

*出演者情報:清水理沙

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