中山佐知子 2917年12月31日

成功の秘訣

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曳豪

「成功の秘訣」を手に入れた。
自己啓発の本などではない。アイテムだ。
さっそく「使う」のコマンドを試したが何も起こらなかった。
アイテムの中では、大事なものに分類されている。
そうか、お守りのようなものかと思った。

これは現実ではない。ゲームの中の話だ。
現実ならば何に使っていいのかわからないアイテムなど
捨ててしまったに違いない。
しかし、これはゲームの話だ。
ゲームの私は「成功の秘訣」を手にしてからツキがまわってきた。
戦闘でひどい目に遭うこともなく、レベルが上がった。
立ち寄ったカジノではスロットで大当たりを何度も出し、
ルーレットでも36倍のストレートアップが立て続けに来た。

私は金持ちになった。
カジノのコインをどんどん景品に換えて、
町の道具屋に売ったのだ。
そのうち町に定住し、同じように旅をやめた仲間を集めて
手広く商売をするようになった。

ゲームの私は世界の敵を倒すために旅をする勇者のはずだったが、
少しも強くならなかった。
雑魚敵に倒されては仲間の足を引っ張った。
私の周りから人は去り
せっかく貯めたゲームマネーも減る一方だった。

ところが商売をはじめると
あっという間に町が買えるほどの資金が貯まった。
人も集まってきた。

そのころからだったと思う。
「成功の秘訣」を買いたいという人が現実世界に現れたのだ。
ゲームのアイテムをリアルなマネーで取引する
RMTという言葉を私はこのときはじめて知った。
通常は多くのアイテムが数千円から数万円で取引されているが、
「成功の秘訣」はゼロの数がまるで違った。
よほどレアなアイテムだ。
もしかしたらバグが原因で突然発生した稀有なものかもしれない。
私は宝箱に鍵をかけて「成功の秘訣」をしまい込み、
増え続ける財産を消費するために難攻不落の要塞を築いた。
ゲームの私はすでに強大な力を得ていた。
いくつもの都市を支配下に置き、
世界を我がものにするのも夢ではなかった。

そんなとき、ひとりの若者があらわれた。
若者は私を倒して世界を救うと宣言した。
えっ何?そういうことだったの?
私は笑いが止まらなかった。
成功を極めると世界の敵になるのか。
なるほど、それは人生最大の発見だ。
私は大笑いに笑いながら
この若者をどうやって仲間にしようかと考えていた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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川野康之 2017年10月15日

酒をおくる

       ストーリー 川野康之
          出演 地曳豪

ぼくたち人類は10数万年前にアフリカで生まれたと言われている。
5万年前にはアフリカを離れて、世界中に旅を始めた。
食料を求めて、生きぬくためだった。
氷河期の終わりには、世界のあちこちで、
狩猟生活をやめて農耕生活を始めるようになった。
農耕を始めると、土地がいるし、水を引かなければならない。
その結果、隣人との間で争いが起きるようになった。
隣人、聞きなれない言葉だ。
獲物を追って旅をしていた頃は隣人なんていなかった。
自分の好きな場所を寝床にすれば良かったのだから。
農耕生活が始まるとともに、ぼくたちは土地を持ち、
隣人を持たなければならなかった。
狩猟時代の自由気ままな生き方と引き換えに手に入れたものが、
隣近所との絶えざる喧嘩だったというわけだ。

人間がお互いに憎み合うようになったのはこのときからだ。
猜疑心という悲しい心が生まれ、恐怖と嫉妬という感情が芽生えた。
きみにはその意味すらわからないだろうね。
汝の隣人を愛せよ、とぼくたちのふるさとアフリカの近くで誰かが言ったらしいが、
それはそうすることがいかにむずかしいことであるかを語っているようだ。

もちろん狩猟時代にも争いはあった。
女をめぐる争い。獲物をめぐる争い。
だがそれらはすぐに片がついた。
強い方が勝ちだ。
負けたやつはしっぽを巻いて去る。
あとくされなし。
おおらかなものだったね。

人々はお互いに傷つけあうようになった。
水のために、隣の村を襲って一人残らず殺してしまったこともあった。
そうしないとこっちがやられる。
疑心暗鬼、復讐、裏切りがあたりまえになった。

人類はいったいどうなってしまうのだろう。
これからずっとこんな世の中が続くのか。
もう一度狩猟生活に戻ったほうがいいのではないか、とぼくは思うことがある。
きみがそれを続けることを選んだように。

そうだった。
あたたかい、海に囲まれたヤマトの地を見つけたとき、
ぼくはそこに残ることを決めた。きみは狩猟生活を続けるために、
再び北に向かって旅立ち、ぼくたちは別れたのだった。
今ごろきみはどのあたりを歩いているのだろうか。

ビッグニュースがある。
米を入れた甕に水を入れて、数日置いておくと、
おいしい飲み物ができることをぼくは発見した。
それを飲むと、愉快な気持ちになるのだ。
自然に歌が出て、踊りたくなるのだ。
ぼくは隣人たちにこれをふるまった。
彼らは、家の奥にしまいこんでいた米を持ってきて、ぼくに預けるようになった。
この不思議な飲み物をぼくたちは「酒」と呼んだ。
今では収穫のあとにはみんなで集まって、
酒を飲んで、歌ったり踊ったりする。

酒は、もしかしたら人類を救うかもしれない。

今年も収穫が終わり、素晴らしい酒ができた。
この酒をきみにおくろうと思う。
ヤマトの海の水は太陽が昇る方向に向かって流れている。
酒を入れた甕を船に乗せて、この海に流そう。
この海の彼方にもきっと大きな陸があるだろう。
もしかしたらきみはそこにいるかもしれない。
そんな気がするのだ。

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公庄仁 2017年9月10日

1709kujyo

「9月の転校生」

      ストーリー 公庄仁(くじょう ひとし)
         出演 地曳豪

2学期の始まりと同時に、東京からの転校生がやってきた。
都会からきた女子というだけで、中学2年の男子たちは皆そわそわした。  
「白石すみれです。よろしくお願いします」
それは、久(ひさし)が生で耳にする初めての標準語であった。
テレビの中の芸能人と同じ話し方だった。
だいたい「白石すみれ」という名前自体、
この村にはいない洗練された名前であると思った。
しかし、何より久が驚いたのはすみれの顔である。
すみれの顔は、猫であった。猫のような、ではない。
猫そのものであった。顔中フワフワした白い毛で覆われており、
ヒゲのピンと伸びた口元は、可愛らしいふぐふぐであった。

ω

すみれは、久の隣の席に座った。
久は、すみれから目を離すことができなかった。
担任の先生が、「こら久、ジロジロ見んでねえ。
東京の女子がそんなに珍しいのがぁ?」
と冗談を言い、クラス中がどっと笑った。
すみれが猫であることに関しては、誰も関心を持っていないようだった。
まだこの学校の教科書を持っていないとのことで、
久は机をぴたりとつけ、教科書を見せてやった。
すみれは「落書きばっかりだね」と笑った。
猫が笑うのを久は初めてみた。

ω

その日以来、久はすみれのことが頭から離れなくなった。
勉強は元からできなかったが、サッカー部の練習さえ、
ろくに集中できなくなった。
家にあった分厚い百科事典をいくら眺めても、
二足歩行で学校に通う猫のことは書いていなかった。
友達にすみれのことをいくら話してみても、
芳しい答えは返ってこないどころか、
「おめ、白石のこと好きなんでねのが?」などと濡れ衣を
着せられるところであったため、話題は封印した。
久は独自に調査を開始した。
家から持参した鰹節を給食に大量に散らしては、すみれの様子を伺ったり、
通学途中のあぜ道で引っこ抜いた猫じゃらしを、
授業中、机の上でパタパタさせてみたりした。
しかし先生に叱られるばかりで、すみれは一向に反応せず、
「何バカなことやってんの」と東京弁で言い、また笑った。

ω

すみれは、顔ばかりか腕も足も猫であった。
肉球が邪魔をして持ちづらいのか、
いつも机の下に鉛筆やら消しゴムやらを落とした。
ふと、セーラー服の下はどうなっているんだろう、と久は思った。
ある日、3時間目の国語の授業中に、すみれがまた鉛筆を床に落とし、
拾おうと体を屈めたとき、胸元を見るチャンスがあった。
けれど久はなんだかいけないことであるような気がして、
咄嗟に目をそらしてしまった。
すみれは「見たでしょ」といたずらっぽく笑ったが、
久は慌ててぶんぶんと首を横に振った。

ω

久が半袖シャツから詰襟の学生服に袖を通す頃には、
もはやすみれが猫であることはどうでもよくなった。
その代わり、すみれは休日には何をしているんだろうとか、
どんなマンガが好きなんだろうとか、
そんなことばかりが気になるようになった。
両親が離婚して母の故郷であるこの村へやってきた、
というもっともらしい噂があったが、
真偽を聞くことはもちろんできなかった。
百科事典で「猫」を調べるかわりに、
いつしか「恋」という項目を調べるようになった。
外ではいつのまにか金木犀の香りがした。

ω

「白石すみれです。よろしくおねがいします」
まだ蝉の鳴く9月。転校初日のすみれは思った。
「なんでこの学校の生徒は、誰も疑問に思わないんだろう。
どう見てもこの男子は……犬だ」
すみれを見つめる久の、ふさふさの尻尾がブンブンと振れていた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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川田琢磨 2016年9月11日

1609kawada

『約束の丘』

   ストーリー 川田琢磨
      出演 地曵豪

「僕の親友が、明日この世界から引退します!」
広場の真ん中で、誰かが叫んでいた。
声の主は、真っ赤な鎧に身を包んだ青年。
大きな剣を携えた少女や、通りすがりの妖精たちが、
彼の声に耳を傾けている。

「僕の親友が、就職することになりました」
「だから、明日を最後にこのゲームをやめるそうです」

そう、これは、とあるネットゲームで起こった、
ちょっとした出来事の話。
架空の世界の街なかで、彼はこう続けた。

「僕がこのゲームを始めてから、ずっと一緒に冒険してきた親友を、
 最後にみんなで送り出してあげたいんです」
「明日の夜11時、町のはずれにある丘のふもとで送別会をするので、
 どうかみなさん、集まってください」

たかだかゲームをやめるくらいで、ずいぶんと大袈裟な。
しかも見ず知らずの人の送別会に行く人なんて、いるわけがない。
そんな私の思いとは裏腹に、赤い鎧の青年の呼び掛けは、
明け方までずっと続いていた。

翌日、彼らのことが気になって、約束された場所の様子を見に行った私は、
信じられない光景に思わず立ち尽くしてしまった。
町はずれの丘のふもとに、何十、何百という人たちが、
たった一人の門出を祝うために集まっていたのだ。

突然、その中の一人からアイテムを渡された。
花火だ。昨日の呼び掛けに応じた誰かが、
何百発という花火を用意してきたそうだ。
キミも彼らの友達なのか、と尋ねると、話したこともないという。
なぜ、彼らのためにそこまでするのかと聞いてみた。
「このゲームが好きなもの同士だから」
そんな答えが、返ってきた。

夜11時半、丘の上に、彼らがやってきた。
真っ赤な鎧を身に纏った青年が、後ろの親友に声を掛ける。
「丘の下を見て」
そこに見えたのは、大勢のキャラクターで作られた、
「おめでとう」の人文字。
「せーの」の合図で、私たちは一斉に花火を打ち上げた。
パソコンのディスプレイの向こうに広がる、真っ暗なゲーム画面の夜空が、
無数の花火と激励のチャットで、これでもかというくらいキラキラと輝いた。

青年が親友に、最後の言葉を贈る。
「キミがいなければ、どんな魔物も倒せなかった」
「キミがいたおかげで、毎日が本当に楽しかった」

さらに青年は続けた。
「キミの顔も、本当の名前も、俺は何も知らない」
「だからきっと、もう二度と会うことはできないだろう」
「最後にこうして、ちゃんとさよならが言えて、本当に良かった」

長い沈黙のあと、親友が口を開いた。
「僕は今日でこのゲームを引退するけど」
「このゲームで遊んだ思い出は、ずっと忘れません」
「みんな、本当にありがとう。さようなら」

午前0時ちょうど。そう言い残すと、
親友のキャラクターはフッと消えた。
画面には、彼がログアウトした表示だけが残っていた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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未来をのぞくなら、南三陸へ

「未来をのぞくなら、南三陸へ」

     ストーリー 丸原孝紀
        出演 地曵豪

目がついたモアイは、世界にたった二つしかない。

ひとつは、チリのイースター島。
もうひとつの居場所は、なんと日本の南三陸。

貴重なモアイが日本に渡るきっかけになったのは、
1960年に南三陸を襲った、チリ地震津波だった。

41人の命と、
1000戸近くの住まいを奪った、大きな津波。

その被害から立ち直った人々を讃えるべく、
30年後の1990年、チリ人の彫刻家の手によるモアイ像が、
イースター島から南三陸に贈られた。

そして2011年。
南三陸は、再び大きな津波に襲われる。
その被害は、かつてのチリ地震津波をはるかに上回る
被害をもたらした。モアイも壊され、流された。

その知らせを聞いて、
93歳の老彫刻家は言った。
「海に破壊された日本の町に、人々が再びそこで
生きたいと思えるようなマナを与えるモアイを彫ろう」。

マナとは、イースター島の言葉で「霊力」を意味するもの。

命を削るように彫られたモアイは南三陸に贈られ、
老彫刻家の手で、目が入れられた。
目を入れると、モアイにはマナが宿るのだ。

イースター島の言葉で「未来に生きる」という意味を
あらわすモアイ。

時を超え、距離を超え、
南三陸に渡ってきたモアイと目を合わせて、
あなたも、未来をのぞいてみませんか。

東北へ行こう。


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地曳豪くんと刀(収録記2012.04.28-4)

地曳豪くんはときどき刀を持ってくることがある。
刀といっても主に木刀で(他には十手など)
それは別に我々をやっつけようという敵意のあらわれではなく
単にその日に居合いの稽古があったということだが
なにしろ物珍しいのでついつい出して見せてもらう。

いっぺん木刀を構えさせてもらったことがあるが
なにしろ重いので上段には構えられない。
中段もちょっとむずかしい。
さて、こんなクソ重い武器でどう戦うのじゃとちょっと考えて
躯の脇に引きつけて構えてみた。

うん、これなら大丈夫。
しかし構えるだけで振りまわすのは無理。どうするか…
ちょっと考えて、地曳くんにきいた。
 もうこのまま体当たりして、あわ良くば相手を刺すしかないな〜。
それでいい、と地曳くんは答えてくれた。
たぶん、本当にそれでいいのではなく
返事に詰まったというのが真相だと思うが。

まあ、そんなわけで
地曳くんが来るといろいろ遊べる。
地曳くんの付属品としていつも木刀があれば面白いのだが
残念ながら今回は持参していなかった。

そうそう、地曳くんは今回、直川隆久さんの原稿
私の原稿を読んでいる(なかやま)

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