岡部将彦 2016年8月7日

1608okabe

「アキレスと亀」

      ストーリー 岡部将彦
        出演 地曵豪

男は、今、まさに死の淵にいた。
観光地の崖からの転落。
その落下の途中であった。

まさか、こんなカタチで自分が死ぬなんて。

景色がゆっくりとスローモーションになっていくって、
本当なんだな。

あまりの事態に、現実感がなく、男はどこか冷静だった。
人生で1度しかない死の瞬間を観察しはじめていた。

人が死に直面したとき。
脳は極限まで集中力を高め、
少しでも生き残る可能性がないかを探しはじめる。

その際、
不必要と判断された五感はひとつずつシャットダウンされていくという。

まず味覚がシャットダウンされた。
続いて触覚と嗅覚が、そしてほどなくして聴覚がシャットダウンされた。

男に静寂が訪れた。

いまや脳は五感に割いていた力を、視覚だけに注いでいた。
単純計算で5倍。
その極限の動体視力で景色がスローモーションで見えてくるのだ。

昔、映画で見たことがあるぞ。
「ここぞ」という大事な場面を迎えたスポーツ選手。
歓声が消え、すべてがスローモーションになり…
あれか。

状況は極めて悪い。
そう判断した脳が、
視覚からさらに色彩を消した。

男にモノクロの世界が訪れた。
まわりの景色は、より一層スローになった。

それでもゆっくりと地面は近づいて来る。
そのタイミングで脳はさらなる稼働をはじめた。

この瞬間にすべてをかけた、
なりふり構わないフル稼働。

この死を逃れる方法がないか、
日常生活を送るうえで、普段は使っていない部分も含めて
すべての脳細胞が一斉に情報処理をはじめた。

0.1秒が、何倍にも膨れ上がった。
さらに次の瞬間、何万倍にも膨れ上がった。

あくまで男から見た世界ではあるが、
すべての時間が止まったようであった。

男が数mm落下するその刹那を、
脳は持てる力の限りを使って、
何万倍、何百万倍もの時間にひき延ばしはじめた。

男は、すべてを理解した。
俺はこのまま死ねないかもしれない。
死の瞬間を、こうして脳は永遠に延ばし続けていくのだな。

外から見ると、たった一瞬の出来事だった。
だが、男は、永遠に地面に激突する刹那の中にいる。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

横澤宏一郎 2016年7月24日

1607yokosawa

「映画禁止法」

      ストーリー 横澤宏一郎
        出演 地曵豪

突如、映画禁止法なるものが出た。
正確には、「映画等私的映像作品の上映及び鑑賞を禁ずる法律」
と言うらしいが長ったらしいので、
みんな映画禁止法と呼んでいる。

じつは、いまの総理大臣が大の映画嫌いらしい。
「キューブリックはね」とか
「テレンス・マリックってさ」とかの知識の話から、
「あのシーンどう解釈する?」みたいな、
映画に詳しくない人の人権を1ミリも考慮しない排他的な会話に
ほとほと嫌気がさしたらしい。
某外国の大統領に大の映画好きがいて、
黒澤映画すら見たことのなかったいまの総理はたいそう恥をかいたそうだ。
それが最後の引き金になった。
自分の国の有名監督くらい押さえておけよ!と言いたくもなるのだけど。

まあいい。
とにかく映画館で観ることも、上映することも、
家でDVDや配信で観ることも禁止になった。
ドラマばっかりで全然映画なんて観なかったくせに、
いざ禁止ってなると観たくてしょうがない。
友人にそう話したらまったく同じことを言ってて、
それなら観に行こう!ってことになった。
こっそり上映している映画館があるらしい。
闇上映ってヤツだ。人間は禁止されるほど抜け道をつくる。
禁酒法なんかもそうだったよな。

その闇上映は横浜のある倉庫の中で行われた。
体育館までは大きくないものの、まあまあ大きい倉庫で、
パイプ椅子がところ狭しと並べられていた。
どこから聞いたのか結構観客もいて、
僕と友人は並んで座ることができなかった。
ポップコーンやコーラまで売っていて、
とても禁止令下の上映とは思えない雰囲気だった。

上映作品は「華氏451」という1966年のイギリス映画だった。
それは本の所持や読書を禁じる架空の社会を描いたもので、
まさにいまの映画禁止令の世の中と同じだった。
ああ、そうそう俺たちも禁じられたものを見てるんだな、
なんて思っていたら、エンドロールのときに後方がざわざわしてきた。
警察が踏み込んできたのだ。この闇上映の情報が漏れていたわけだ。

だけど、なぜか僕らは全員逮捕されずに帰してもらえた。なぜか?
その闇上映に総理大臣がこっそり来ていたらしい。
それも例の映画好きの大統領に連れられて。
それを見つけた警察がみんなを捕まえないことで
総理と大統領を守ったというわけ。
命拾いして助かったんだけど、
同時に法律ってなんなんだろうなって思ってしまった。

という映画のシナリオを僕はいま執筆中だけど、この番組をお聞きの皆さん、
観たいと思いますかね。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

川野康之 2016年4月10日日

kawano

木綿のハンカチーフ外伝

    ストーリー 川野康之
      出演 地曵豪

『木綿のハンカチーフ』という歌が流行したのは1976年のことだ。
なぜはっきり覚えているかというと、
その年は、私が東京に出てきて一人暮らしを始めた年だからだ。
歌の内容を簡単に紹介すると。
二人は幸せな恋人同士だった。
ある日、男は故郷を捨てて一人で都会へ旅立った。
華やかな都会で暮らすうちに、男はしだいに変わっていった。
故郷を忘れ、恋人のもとへ帰る気持ちを失ってしまった。
そんな男に、女は、最後の贈り物として涙を拭く木綿のハンカチーフをねだる。
この歌を私はその頃下宿の部屋や定食屋なんかでよく聞いたものだ。
この年、東京で一人暮らしをする何万人もの男たちが、
ちょっとセンチメンタルな気持ちになったかもしれない。

この歌のアナザーストーリーをこれから書いてみようと思う。
もちろんこれは私の作り話である。
すべては私の妄想であって、
歌の作者の意図とはまったく何の関係もないことを
ことわっておきたいと思う。

男は、新宿のクラブでボーイ見習いの仕事をしていた。
皿洗いと掃除。重たい酒瓶が詰まった箱を持って非常階段を上ったり下りたり。
ときどき客のゲロの始末。それが仕事だった。
踊り場の隅で恋人の手紙を取り出して読み返した。
ビルの街の灯りがにじんだ。
都会で成功することを夢見て来たけれど、現実の生活は正反対だった。
そのうち顔見知りの客ができた。
頼まれて煙草を買いに行ってやると、
とんでもない額のチップをくれることがあった。
はじめの頃は一万円札を握る手が震えた。
客に連れられて、いっしょに飲み歩くようになった。
不動産屋だという客の小さな事務所にも顔を出すようになった。
いつしかその客を社長と呼んでいた。
スーツを着ると、自分がいっぱしの都会人になったような気がした。
社長の商売は上手く行っていた。
金に困っている奴らに高利で金を貸してやり、
返せないと土地や建物をとりあげて、高く売る。
手荒なやり方だが金はおもしろいように手に入った。
社長の後をついて歩くだけで給料がもらえた。
一万円札がただの紙切れのように感じられてきたころ、
故郷の暮らしが遠いものに思えてきた。
もうあそこに戻ることはないだろう。
木綿のハンカチーフをください、と女から手紙が来たのはこのころだ。
ある日、事務所に行くと、社長の姿が消えていた。
金庫はもちろん電話や書類やカーテンまでなくなっていた。
かわりに見知らぬ男たちがいた。
逃げようとして、簡単にねじ伏せられて、顔を床にこすりつけられた。
歯が折れて、血とよだれが床を濡らした。

男が東京の刑務所に入れられたという噂を聞いて、
女は荷物をまとめて東京に出てきた。
刑務所のある町にアパートを借りて、食堂の仕事を見つけた。
そこで皿を洗ったり、注文を聞いたり、
夜は酔っぱらいの相手をしながら、3年待った。
その間、誘惑してくる男たちもいたけれど、女は相手にしなかった。
3年たって、男が出所してきた。刑務所の門の前で男を出迎えた。
二人は並んで歩いて、駅前の女が働いている食堂に入り、うどんを食べた。
そして二人は結婚したのである。
男はこの町のクリーニング屋で働き始めた。
女は食堂の仕事を続けた。
二人は幸せに暮らしました。おしまい。
ではない。

この話にはまだ続きがある。
ある日、店に来た遊び人風の男が女を外に誘った。
ふだんは誘いに乗らない女が、なぜか素直にエプロンを脱いで、
遊び人と一緒に出て行った。
食堂の主人が口をあんぐり開けて見ていた。
その夜は食堂にもアパートにも帰ってこなかった。
翌朝。店に現れた女は別人のような厚化粧をしていた。
真っ赤な口紅が唇から大きくはみ出ていた。
黙ってエプロンをつけて、皿洗いを始めた。
報せを聞いて男がむかえに来た。
男は、ポケットから木綿のハンカチーフを取り出して、
女の顔を丁寧に拭いた。
その手を女がはらって、
「馬鹿にしないでよ」
と言った。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

息子の勧め


出演者情報:地曳豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

息子の勧め

     ストーリー 旭岡宗宣(東北芸術工科大学)
        出演 地曳豪

「スキー場が近くていいなあ。」と
山形の大学に来てから何度も親父に言われる。
僕は別に遊ぶために来た訳じゃないのだが、
確かにスキーをするには最高の立地に僕の家はある。
親父のいる栃木の実家は1番近いスキー場でも日帰りは一苦労だ。
それに比べて僕の家は30分もあれば行けるし、
山ほどスキー場はあるので
趣味の域を超えてスキーを愛する親父が羨ましがるのも無理はない。

「スキー場行き放題じゃん。いいなあ。」なんて言われた。
実際そんなに行かないし、雪が降ると登下校が大変で
ついには雪に飽きてくると言っても、
連絡を取るたび「いいなあ」と言ってくる。

もうそんなに羨ましいのなら冬の間だけ山形で家を借りて
近くのスキー場でインストラクターのバイトでもしたらどうだろうか。
親父はもう退職しているのだし、自分の好きな土地で暮らせる。

来週の天気予報は雪マークだと親父にラインをしたら
またしても「いいなあ」と言われた。
今シーズンは試しに山形に来てみるというのはどうだろうか。
僕は勧めることにした。

東北へ行こう


*「東北へ行こう」は
自分のとっておきの東北を紹介し、あなたを東北におさそいする企画です
下の写真やバナー、リンクもクリックしてみてください

ti01

head-logo

logo

2015-akakura-ski-bana

head_logo_main

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

東北のお婆ちゃん


出演者情報:地曳豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

東北のお婆ちゃん                 

     ストーリー 狩野航生(東北芸術工科大学)
        出演 地曳豪

「いただきます!」
「もっとけらっしゃい。」

お婆ちゃんはごはんをおかわりさせようとする。

「葉っぱも食えな。」

お婆ちゃんは野菜を食べろとうるさい。
だけど、おばあちゃんのごはんはおいしい。
お婆ちゃんがが炊いたお米はおいしい。
お婆ちゃんが焼いた魚はおいしい。

なんでだろう。ただ普通にごはんを炊いて、普通に魚を焼いてるだけなのに。

東北のお米や魚が美味しいからだろうか。
もしかしたら、お婆ちゃんに手には不思議な力があるのかもしれない。

東北の雪国で生きるお婆ちゃんの手はしわしわだ。
何十年も毎日洗濯をして、ごはんをつくって、お皿を洗って。
そうやって手はボロボロに、だけど強くなっていった。
だからお婆ちゃんの手には不思議な力が本当にあるのかもしれない。

東北の自然の食材と、東北のお婆ちゃんの手。
そこからできあがる料理は格別だ。

お婆ちゃんは偉大だ。東北は偉大だ。

東北へ行こう


*「東北へ行こう」は
自分のとっておきの東北を紹介し、あなたを東北におさそいする企画です
下の写真やバナー、リンクもクリックしてみてください

tohokuumaimono

aomori

aomorimai

gulmetmap

head_fuyu

yamagata

sitelogo_kankocho1

Tagged: ,   |  コメントを書く ページトップへ

ばあちゃんと見た景色


出演者情報:地曳豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

    ストーリー 佐藤裕太(東北芸術工科大学)
       出演 地曳豪

空なんて、どこも一緒だと思っていた。
でも、ばあちゃんは、ここがほんとうの空だと言った。
空気が美味しいという言葉が理解できなかった。
でも、ばあちゃんは、ここの空気が一番美味しいと言った。
川も山もどれも同じに見えた。
でも、ばあちゃんは、あれが安達太良山で、あの光ってるのが
阿武隈川だと言った。
ばあちゃんはいつも、小さかった僕を散歩に連れて、お話をした。
いつも同じ散歩道で、同じお話をした。
でも、子供だった僕にはあんまり理解できなかった。

あれから何年経っただろう。
不意にばあちゃんの言葉を思い出した。

散歩道はあの時と何も変わっていなかった。
僕は一人で散歩道を歩いた。
ばあちゃんの言葉を一つ一つ思い出して歩いた。
すべてがあの時と違って見えた。
あれが安達太良山で、
あの光ってるのが阿武隈川だった。
思わず深呼吸をした。空を見上げた。
こんなにもきらきらした世界がそこには広がっていた。
なんで気づかなかったんだろう。
なんだか涙が出てきた。
でも、涙の理由はあんまり理解できなかった。

東北へ行こう。


*「東北へ行こう」は
自分のとっておきの東北を紹介し、あなたを東北におさそいする企画です
下の写真やバナー、リンクもクリックしてみてください

nhmkanko

head-logo

head_logo

head-logo-1

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ