三島邦彦 2023年11月22日「その人はモンブランを」

「その人はモンブランを」

ストーリー 三島邦彦
出演 大川泰樹(★)・西尾まり(☆)

★慶子はモンブランを愛している。
10月から12月の間、
2日に1度はモンブランを食べる。
有名なケーキ職人のモンブランと
コンビニスイーツのモンブランを
平等に愛している。
モンブランを食べながら時々泣く。

☆豊はモンブランを憎んでいる。
18歳で東京に出てくるまで
一度もモンブランを食べたことがなかった。
居酒屋のバイト先で好きになった人が
モンブランの話をしている時、
モンブランが好きだと嘘をついたことがある。

★まさるはモンブランに関心がない。
甘いものを食べると気だるさを覚えるため、
ケーキを食べる習慣がない。
甘いものは食べないがビールをよく飲むので
体重が増え続けている。
モンブランは小学生の頃以来食べていない。

☆健太はモンブランに飽きている。
小さな町の小さなケーキ屋で
20年以上モンブランを作り続けてきたが
ここ3年は自分の作ったモンブランを
うまいと思ったことがない。
プリンアラモードには少し自信を持っている。

★静香はモンブランに期待している。
小学4年生の時に作文に書いた
ケーキ屋さんになる夢を叶える店がオープンしようとしている。
フランスで修行し学んだモンブランを
店の目玉にしようとしている。

☆月曜日の朝、
モンブランを愛する人と
モンブランを憎む人が
同じバスに乗って別々の目的地へ向かう。

★水曜日の夜、
モンブランに関心がない人と
モンブランに飽きた人が
同じ店の別々のテーブルで酒を飲む。

☆金曜日の夜明け前、
モンブランに期待する人が
試作品のモンブランを作っている。
誰にも聞こえない大きさで
フランスの歌を歌っている。
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出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属
      
西尾まり SIScompany所属

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安藤隆 2023年8月27日「偽朝顔と偽老人」

偽朝顔と偽老人

ストーリー 安藤隆
   出演 大川泰樹

人いわく、朝顔といえば、昼顔、夕顔、夜顔に、
朝鮮朝顔まで名を連ねるらしい。そもそも朝顔は
ヒルガオ科なのだよと惑わす。朝顔のほうがメジ
ャーなのに、どうしてアサガオ科でないのだろう。

 タケシ老人は良い会社に勤めている。ぼんやり
した人間なのに給料をもらえている。昼近い時間、
良い会社へ出勤するので駅までの道を歩いている。
 あたりは基地跡の整備が進んでいる。原っぱだ
った土地には、スーパーが建つらしく、針金のち
ゃちなフェンスが巡らされている。タチの悪い大
柄な草が、馬鹿にするように、道に盛大にはみ出
している。
 と、草草にはさまれて、ちいさな朝顔が二輪、
タケシ老人を見ていた。薄いピンクの風情がいか
にも可憐である。子供のときには、野生の朝顔が
こんな風に生えて垣根に蔓を伸ばしてたっけ。一
瞬まわりを見回したタケシ老人は花弁に鼻を近づ
けた。なにも匂わなかったことにすこし傷ついた。
 タケシ老人は良い会社を出るとそそくさと電車
に乗った。地元駅近くの飲み屋へ直行した。店の
名前は「焼鳥朝顔」。今週行き過ぎかなと躊躇した
振りをしたけど、行くのはわかっていた。「あっ、
きた」と女将さんがニヤニヤした。タケシ老人は
照れて目を伏せた。カウンターの客が気に入らな
い奴という顔をした。
 タケシ老人が「血ギモ塩焼き」と口にしたのは
途中の電車のなかで見た女性のせいだ。女性は左
手をノースリーブの脇から中へ入れた。それで目
が離せなくなった。服の下を掻く指の動きが見え
た。その手が半分開けた口の横を掻いた。つぎに
頭のてっぺんを掻いた。目は右手でかざしたスマ
ホの画面から離さない。左手は別の生き物のよう
に休みなく掻きまわる。女性の顔は赤黒く腫れあ
がっている。つい血ギモ塩焼きを連想したのがい
けなかった。頭から離れなくなった。
 モノが積み重なってゴミ屋敷のような店内。カ
ウンター前の置き台には焼酎やウイスキーの瓶の
ほか、観光土産のワニの置き物、おおきなコケシ、
土偶、飛行機、花瓶に造花を挿したのとか置いて
あって、焼き場のカスミさんがよく見えない。席
の一つを使わなくなったテレビやカラオケの機材
が占領している。白い朝顔の写真パネルが斜めに
なっている。変わった朝顔だけど、女将さんが朝
顔と言うのだから朝顔なのだろう。
 カウンターの客が食料自給率の話を女将さんに
仕掛けている。「ニッポンの大問題ですよ、ねえ」
見知らない顔が、タケシ老人に話を振ってくる。
「そんなの今更じゃねえの」上の空である。カス
ミさんが焼けた血ギモの皿を持って出てきたか
ら。
「珍しいですね、ふふふ」とカスミさん。
「え、なにが」「どうするんですか、血ギモ」
「あ、血ギモ」
どぎまぎして赤くなるのがわかる。そんな隙を
狙って「この店の名前、夕顔のほうがいいんじゃ
ないの」客がカスミさんになれなれしい口を聞
く。
 なのにタケシ老人は、たしかにそうだ、と感心
している始末だ。
 「朝顔じゃないとダメなんスよ」女将さんがニヤ
ニヤした。「朝顔っスよねえ」カスミさんもニヤニ
ヤ。「だって朝顔は有毒でしょ」「ここのは猛毒だ
よ」えっ、いま、なに言ったの?
 店を出たタケシ老人は急に尿意をもよおす。ま
さか立ちションというわけにいかないが…という
ことはつまり立ちションもありと気がついてしま
った。老人は立ちションの夢にここで取り憑かれ
た。さいごにしたのは二十代頃として五十年も前
ということになる。死ぬ前にもういっぺんしよう、
しなければならぬ!
 基地跡に通したダダっ広い道路に車はあまりこ
ない。タケシ老人は女子刑務所が建つと噂の原っ
ぱの、針金のフェンスを押し開いて草草の中に入
り込んだ。チャックを開いて引っぱりだした。も
よおしたとたん漏れそうなのに、表立つと引っ込
むのが老いたおしっこ。背後の車のライトに緊張
しながら、タケシ老人は下腹に力を込めた。チョ
ロチョロと糸のようなのが真下に落ちた。
 何かに見られている気がして目をこらすと、真
んまえに朝顔が口をあけていた。危うく注ぐとこ
だった。垂らしながらジワジワ爪先の方向を変え
た。し終えると思いがけない達成感があった。

 チャックを閉めながら、ハハーン、朝顔って夜
から咲いてるんだ、タケシ老人は一人納得するよ
うだった。
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出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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佐藤理人 2023年6月11日「シンガポールWX」

シンガポールWX(ウォータートランスフォーメーション)

       ストーリー 佐藤理人
       出演 大川泰樹

地上57階、高さ200m。
世界一高い場所にある、世界一長いプール、
マリーナベイサンズの「インフィニティプール」。
ぼくは今、その水の中にいる。
ローマ数字のⅢに似たタワーに支えられた巨大な船の上に、
幅150mのプールが広がる。その様は圧巻のひと言だ。
肌を焦がす強い日差しと裏腹に、水温は意外と低い。
地上の熱気の届かない冷んやりとした静けさは、
「空中の楽園」以外の言葉が見つからない。

国土が狭く平らなシンガポールは、雨水を溜める術に乏しい。
日本の2倍の降水量がありながら、慢性的な水不足に悩まされている。
平均気温は30°と高く、飲み水の確保は死活問題。
1965年の建国以来、水の大半をマレーシアからの輸入に頼ってきた。
にもかかわらず、この国の名所は水を大量に使うものが目立つ。
マーライオンの噴水。チャンギ空港のショッピングモール「ジュエル」の巨大な水滝。
そしてこのインフィニティプール。

貴重な水資源をなぜこんな贅沢に使えるのか。
その裏には国をあげて取り組んだ2つの新しいテクノロジーがある。
1つは下水の再生技術。
家庭排水を高度な精製技術で濾過・殺菌し、飲料水に変えた。
もう1つは海水の淡水化技術。海水を脱塩し、なんと真水に変えてしまう。
水の悩みを逆手にとったSF映画のような技術革新で、
いわば「WX(ウォータートランスフォーメーション)」を成功させたシンガポール。
各国の研究機関や企業が集う「水ビジネス大国」となった今、
中東諸国など同じように水問題に悩む国々を支援している。

プールのへりから街を一望する。
23区ほどの広さに、東京の約半分の人口が暮らしている。
3つの民族が4つの公用語を話す多民族国家。
見た目も言葉も文化もバラバラだが、
イギリスの新聞「エコノミスト」から10年連続で
「もっとも住みやすい都市」に選ばれている。
外を歩くと、街中に人々のエネルギーと自信が満ち溢れているのを感じる。
中華系、マレー系、インド系、そして海外からの欧米系。
誰だろうと挑戦を諦めないすべての人にとって、きっとこの国の水は合うのだろう。

シンガポールは日本と同じく水道水を飲める数少ない国だ。
でも異なる点がひとつある。それはフッ素が入っていること。
政策の一環として、国民の虫歯予防に添加されているそうだ。
さまざまな人種が思い思いにくつろぐこのプールの眺めは、
少子化により移民を受け入れた遠くない日本の未来と重なる。
そのとき彼らにとって、塩素がキツい日本の水は居心地がいいだろうか。
強い消毒効果が人々の多様性を殺さないといいな。
冷たい水に潜りながら、そんなことをふと思った。

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出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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李和淑 2023年5月14日「散歩」

散歩

ストーリー 李和淑
    出演 大川泰樹

ぼくは犬です。ぼくは散歩がきらいです。
どんな犬も散歩が好きだと人間は思い込んでいます。
が、それは大間違いです。
ぼくは散歩がきらいです。

ぼくは冬の散歩がきらいです。
毎日くそ暑いからです。
犬の平熱は38度以上、そのうえ毛皮のようなものを着ています。
それなのに人間は「寒いでちゅねー」とかなんとかいいながら
厚手のニットやダウンの服をぼくに着せます。
これはとんでもなく迷惑です。
真っ裸で北風に吹かれるぐらいが、ぼくにはちょうどいいのです。
散歩が終わり服を脱ぐと、ぼくの毛は汗でうっすら蒸れていて、
とても不快です。臭いも少しします。
どうして人間は気づいてくれないのでしょうか。

ぼくは夏の散歩がきらいです。
早起きが大きらいだからです。
犬は暑さに弱い。どうにもこうにも弱い。
だから人間は朝早く起きて、涼しいうちにぼくを散歩に連れ出そうとします。
でもぼくは朝寝坊がたまらなく好きなのです。
犬のために室温24度に保たれた快適な部屋。そこでひたすら眠っていたいのです。
よく見る夢は、ヒンヤリした高原をおもいっきり走る夢です。
思わず足がぴくぴく動き、ふ、ふ、ふ、と息がこぼれます。
どこまでもどこまでも颯爽と駆け抜けるぼく。
それが「お散歩いくよー」の大声で、かき消される無念さ。
これはもう、太陽にほえるしかありません。
わん!

ぼくは秋の散歩がきらいです。
大好きだったあの子に、もう会えないからです。
茶色いふわふわの毛をしたつぶらな瞳のあの子。
モンローウォークのように小さなお尻をふりながら歩くあの子。
どんな犬にも目をくれないつんとすましたあの子。
ある日あの子が、やんちゃなあいつに追い回されたことがありました。
きゃんきゃんと泣き叫ぶあの子。
ぼくはとっさにあいつに飛びかかり、吠え立て、追い払いました。
あんなに大声で吠えたのは、人生で初めてでした。
あの子はうるんだ瞳でぼくに近づき、そっとキスしてくれました。
1秒にも満たないキス、でも永遠に忘れられないキス。
あの子はいま、空の上でモンローウォークしています。
だから秋の散歩はきらいです。

春の散歩がきらいです。
花がきれいに咲くからです。
人間はやたらと歓声を上げ、写真を撮りまくり、散歩を中断させます。
あげくには落ちた花を拾ってぼくの頭にのせ、とぼけた写真を撮ったりする。
とても恥ずかしいです。知性派で通っているぼくのプライドがズタズタです。
でも、人間の笑った顔を見るのはきらいではありません。
笑うとみんなやさしい顔になります。
いつも不機嫌なおじさんも、生意気なJKも、悪口ばかり言っているおばさんも、
みんなやさしい顔になります。
犬もあんな風ににっこり笑えたらいいのに。
春は、人間がちょっぴりうらやましくなります。

ぼくは犬です。一年中散歩をしています。
でもやっぱり、ぼくは散歩がきらいです。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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中山佐知子 2023年4月23日「タンホイザー」

タンホイザー

ストーリー 中山佐知子
    出演 
大川泰樹

タンホイザーというシンガーソングライターが
ビーナスの国で快楽のかぎりを尽くしまくり、
それから神の許しを得ようと巡礼の仲間に加わって
ローマ法王のもとにやって来たのは十三世紀だったと思う。

神の代理人であるはずの法皇は
タンホイザーが味わった快楽に嫉妬の炎を燃やし、
彼に嘘をついた。

「ビーナスの国へ行ったものよ。
たったいま、おまえに永遠の呪いが下った。
わたしのこの杖に緑が芽吹き花が咲くことが決してないように
おまえの罪が許されることはない。」

何を言うか、と私は思った。
私は人を呪ったりしない。
美しいビーナスにチヤホヤされたタンホイザーを羨んで
呪いの言葉を口にしたのは法皇ではないか。

申し遅れたがわたしは神である。
神とは許す存在である。
許すのは神の唯一の仕事である。
それしか仕事がないのだから、許して許して許しまくる。
法皇の政治的暗躍や隠し財産も許しているくらいだ。

それなのに法皇はさらに言い募った。
「おまえは地獄の業火から決して救われることはない」

さて、わたしは困り果てた。
法皇は嘘をついているのだが、
それをただす言葉を私は持たないのである。
人は神に語りかける言葉を持つが
神は人に語りかける言葉を持たない。
思えば不自由だ。

タンホイザーは絶望のあまりビーナスの国に戻ろうとするし
私はとっくに許しているのにそれを告げる言葉がなく、
神の代理人を称する法皇は嘘つきである。

そこで私はコミュニケーションの手段として
小さな奇跡を起こすことにした。
法皇の杖に緑の葉を茂らせ、花を咲かせたのだ。
法皇は驚愕のあまり尻餅をついた。
たったいま自分が不可能のたとえにしたことを
目の当たりにしたからだ。

枢機卿たちは口をぱくぱくさせている法皇を放っておいて
すぐさま許しの使者団を派遣した。
彼らは喜びの知らせを胸に抱き、花が咲いた杖を掲げて
タンホイザーの後を追った。

彼らは歌う。
「神の恩寵の救いの奇跡
地獄の罪びとに救いをもたらす
ハレルヤ ハレルヤ」

私はこの歌が大好きだ。
許すとは何と気持ちのいいものだろう。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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一倉宏 2023年3月5日「僕のポケットの中の彼女」

僕のポケットの中の彼女(ポエム)

    ストーリー  一倉宏
       出演 大川泰樹

ときどき僕らは部屋を出て
冒険のような旅のような散歩をした
僕の上着の胸ポケットに彼女を入れて

彼女が好きだったのは 
利根川の支流がつくった扇状地の町の
坂道を自転車で駆け降りること
できるだけブレーキを使わず

利根川のただ広いだけの河原で
背中を痛く突く石のベッドに寝転がって 
入道雲の湧きたつ空を見あげること
遥かな北の空のオーロラの話をしながら

その坂をまた駆け登って
八幡さまの上の市民公園の駐車場から 
南に広がる関東平野を見下ろすこと
アリンコのような上り列車を見つめながら

「未来」とは「希望」と
同義語のようなふりをしつつ
僕にとってのそれを思いめぐらせば
「希望」とは「不安」の
体裁のいい言い換えにも思えた

そんなあの頃の
夜のベッドの中で

僕はたずねた
「おとなになったら何になるのだろう」
彼女は笑いながら答えた 
「びんぼうにん」

その答えにどれだけ救われただろうか
僕もまた笑いながら
鼻水で枕を濡らしていた頃

そうして僕らが過ごしたのは
いったいどのくらいの時間だったろうか
彼女が突然やってきた日のことも
突然去っていった日のことも
なぜか思い出すことができない
日付というかたちでは

その日付はわからない
ある日の夕暮れのことだった
僕のポケットの中の彼女は
胸ポケットを抜け出して左肩に立ち
耳もとでこうささやいた

「そろそろいくわ」 
そして消えた
「未来に幸多かれ」と
言い残して

あれから何十年も経って
いまはもう
嘘っぱちの作り話としか思えない
こんなでっちあげの思い出話は
できそこないのポエムのことは
もうとっくに忘れていた

けれどあれからずいぶんと年の経った
いまになって

僕は見たのだ 

杉並の善福寺川沿いの
遊歩道を歩きながら
すれちがう十代の少年が
左胸のポケットを
とっさに覆い隠した

そこに
あの日の僕らの姿を 



出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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