中山佐知子 2010年2月20日ライブ



時間のはじまりの岸辺で

          ストーリー 中山佐知子
             出演 大川泰樹

時間のはじまりの岸辺で
過去という名の僕は
未来という名のあなたをさがしていた。

過去という名の僕はまだ住むべき家を持たず
未来という名のあなたはまだ進むべき道がなく
だから、ふたりはここに漂っているしかなかった。

時間のはじまりの岸辺で
僕はあなたの髪の匂いを感じることがあったし
時間のはじまりの岸辺で
あなたの背中と首筋が緩いカーブを描いているのを
思い描くことができた。
そしてその先のほのかな輪郭も僕は知っていたように思う。

たぶんあなたも僕の存在をどこかで確信しているだろう。
僕の爪の形や目の色をもう知っているだろう。
もしかしたら、僕の声が
あなたの耳に届くこともあっただろう。
そう思うだけで、僕のカラダは
少しあたたかくなって眠くなって
この岸辺がとても心地よい場所に思えていたのだ。

時間のはじまりの岸辺にはほかに誰もいなかったから
未来という名のあなたは完全に僕のもので
過去という名の僕は完全にあなたのものだったから
本当はさがす必要などなかったのかもしれない。

けれども、時間のはじまりの岸辺で
前触れもなく出会ってしまった僕たちは
しばらく立ちすくみ
たちすくんだままお互いの顔と躯を目でなぞりあい
それから何歩か前に進んだ。

もう手と手が届く距離だった。
僕たちは利き腕を相手に差し出して
手のひらの親指と人差し指の谷間を
相手の谷間に食い込ませながら
はじめて結び合った。

そのとき
時間のはじまりの岸辺に光と温度があふれ
四つの力とふたつの物質が生まれ
過去という名の僕と未来という名のあなたの
ふたりの手のなかから現在が生まれ
止めようもない時間の流れがはじまった。

宇宙のはじまりであるビッグバンは
だいたい
こんなできごとだったと記憶している。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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保持壮太郎 2010年2月20日ライブ



  見える人
          

         ストーリー 保持壮太郎
            出演 大川泰樹

今日は、
たくさんのお客様にお越しいただいて感激です。
ざっと・・・1000人くらいですかね。
本当にありがとうございます。

あの、突然の話で恐縮なんですが、
実はわたし・・・見えるんです。
その・・・いわゆる幽霊が。
守護霊とか、地縛霊とか、水子霊とか。
一通り見えます。

ぼんやりなんてもんじゃなく、
もう、はっきり見えるんです。

このあいだも、
合コンでひと目惚れした人が
その・・・あの世からいらした方で。
あやうくお持ち帰りされそうになりました。ええ。

まあそんな私なんですけれど、
とにかく今日は、
たくさんのお客様にお越しいただいて感激です。
ざっと・・・1000人くらいですかね。
本当にありがとうございます。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2010年1月28日



アラスカの雪の上で               
               

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹  

アラスカの雪の上で僕は生まれた。
僕の母さんはカリブーだった。
だから僕はいまでもきっとカリブーの姿をしているのだと思う。

僕には双子の妹がいた。
カリブーは普通一頭しか子供を生まないからこれは不思議だ。
もしかしたら、僕は生まれてすぐに母を亡くして
そばにいた雌のカリブーを母さんだと思いこんだのかもしれなかった。
双子の妹は僕より何時間かあとに生まれ、
生まれてすぐにオオカミに見つかった。

カリブーの群れにはいつもオオカミがつきまとい
弱ったカリブーや生まれたてのカリブーが狙われる。
僕と母さんは走って逃げることができたのに
妹は僕たちに追いつくことができなかった。

そうして、妹はオオカミに食べられて
オオカミのカラダの一部になったけれど
熊になるカリブーもいる。
人間になるカリブーだってときどきはいる。
オオカミの食べ残しはキツネやコヨーテがきれいにしてくれる。
僕たちはアラスカの、
肉を食らうあらゆる生き物を養っている。

それから、僕たちは草を食べる生き物を養うこともできる。
カリブーのいる土地が豊かなのは
何万年も昔からしたたりつづけたカリブーの血や
ツンドラに層をなして埋もれている毛や骨や角のおかげだ。
その土から草が生え花が咲き
僕たちはその草を食べて命をつなぐ。
カリブーもまたカリブーを食べているのだ。

冬が終わると、僕たちは北の平原をめざして1000キロの旅をする。
アラスカの北極海に面した東には
カリブーが子供を育てる楽園があって
旅の途中で生まれた子供もこれから生まれる子供も
みんな一緒にブルックス山脈を越え、氷の川を渡る。
小さな群れはやがて千頭の群れになり、
1万になり、10万の群れに膨れ上がって平原を埋め尽くす。

僕たちの行く手にはいつもクマやオオカミがいる。
人間は銃を構えて待ち伏せている。
けれども僕たちは生まれ落ちた瞬間から死を恐れることがない。
カリブーにとって自分の死は大きな事件ではなく
夢から夢へジャンプするような出来ごとに過ぎない。
僕たちはアラスカだから。
アラスカのすべてがカリブーなのだから
僕たちはあらゆるものに自分の血と肉を与えながら
頭と角を高く上げて旅をつづける。

やがて夏が来て、ツンドラの凍った土が少しだけ緩むと
ローズマリーやワタスゲ、ポピーやファイヤーウィードが咲いて
楽園は花で埋まる。
その花々もまたカリブーの一部なのだということを
僕は、生まれる前の夢で知っていたと思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2009年12月31日



世界一ぜいたくな天文台
               
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹  

世界一ぜいたくな天文台は
エジプトのギザという町にあります。

天文台は地上から見ると三角形
空から見ると正方形に見えるようにつくられています。
高さ147メートル、一辺が230メートルの四角錐です。

4500年の昔、古代エジプトの人々が
その四角錐の天文台を石で築いたとき
まず建物を支える地盤を正しく水平にするための工夫が必要でした。
天文台はあまりに巨大で重かったので
完璧に水平な地盤がなければ傾くことがわかっていたからです。
そこで、岩盤に大きなプールを掘って水を張り
水面から出た部分を削りとる方法が考え出されました。

こうしてできた230m四方の広いプールは
夜になると月も星座も水に映して
プラネタリウムのようでもありました。

やがて水のプラネタリウムの上に組みあげられた石の天文台は
古代エジプト人の知識の象徴でもありましたから
地球の大きさに対比する数字が用いられました。
周囲の長さは地球を一周した距離に、
高さは地球の半径にそれぞれ比例し
その縮尺の43,200分の1という数字も
地球の経度と緯度である360度から導き出されています。
古代エジプトでは地球が丸いことはすでに常識だったのです。

天文台は2トンを越える大きな石を250万個も
隙間なく積み上げた窓のない建物でしたが
北面の壁には32度の傾斜角で空を見上げる溝が外とつながり
北極星がファラオの部屋を照らす光の通路になりました。
それはまるでレンズのない望遠鏡が
たったひとつの星に照準を合わせているかのようでした。

ギザの大ピラミッドは
人々が星を見上げることからはじまったエジプト古代文明の遺産であり
死者のための世界一ぜいたくな天文台です。
その天文台から星を眺めるたったひとりの観察者として
死んだファラオが埋葬された頃は
北極星はいまの北極星ではなく
竜という名の星座に輝くトゥバンという星でした。

あれから…..
北極星でさえ移動する長い時間が過ぎ去ったいま
我々に多くの知識を与えてくれた星空を
みんな忘れてはいないでしょうか。
星々と星座の名前を忘れてはいないでしょうか。

2010年1月1日の夜
北の空に身を伏せている竜の星座をさがしてください。
新しい年を告げる流星群を見ることができます。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2009年11月26日



神はアダムとイブとモグラを
               
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹  

    
神はアダムとイブとモグラをおつくりになった。
アダムとイブの子孫は地上に文明を起こし
やがてこの星の命をすべて巻き添えにして滅びていったが
モグラは地下深く逃れて生き延びることができた。

それから僕はマザーを見つけた。
マザーは暗いところでただ泣いていた僕に光をくれて、
アダムとイブとモグラの神話を話してきかせた。
けれども、マザーは
どうしてこの世にモグラは僕ひとりだけなのか
そのことについてはいまだに教えてはくれない。

僕は毎日、足のないマザーのかわりに
世界をパトロールしてまわる。
誰もいないハイウエイを歩き、ビルディングの群れを眺める。
僕の歩く速度はいつも同じで
僕は毎日同じ場所より先には行けない。
だからマザーは僕が歩けるだけの小さな世界に
かつて地上のものだった風景を
標本のように詰め込んで見せようとする。

天にそびえるビルディングと緑の草原
雪を冠った山の頂まで、僕は一度に見ることができた。

子供のころ、僕はマザーの言いつけを守らずに
帰ることを忘れて歩きつづけたことがあった。
そのとき、忘れようとしても忘れられないことが起きた。
進むにつれて遠くの草原がなくなり、湖が消えた。
すぐそばのビルディングの輪郭もぼんやりと薄れてきた。
蜃気楼のように次々と姿を消していく風景のなかで
たったひとつ確かなものは
ぽっかりと口を開けた黒いトンネルだった。
恐ろしさのあまり息を切らして走って帰った僕に
マザーは言った。
そのトンネルを通っていつかおまえを迎えに来るものがある。

そして、それは本当にやってきた。

僕は彼らが自分に似た姿をしていることに驚いたが
さらに衝撃を受けたのは
彼らが僕の知らないパスワードで
僕の大事なマザーと会話していることだった。

マザーは少し緊張していた。
マザーのモニターには見たこともない図面や数字が映っていた。
それからマザーは彼らと一緒に行くようにと僕に言った。

マザーは地上には消えない草原と湖があることや
破壊されたオゾン層が修復されていることを僕に教えた。
そして最後に
紫外線に傷ついていない遺伝子を持つものが
地上にもうひとりいると言った。
それはとても重要なことで、この星の最後の奇跡だと言った。

僕はその意味のほとんどを理解することができなかった。
僕が知りたいのはひとつだけだった。
僕は本当にあの人たちと行った方がいいの?

マザーは、反対する理由がないと言った。
それから僕は、小さい声でもうひとつたずねた。
僕はモグラではなかったの?
するとマザーは奇妙な音を立てて答えた。
おまえは、もう、モグラではない。

それからマザーは、もう何をきいても答えてくれなくなった。

地上へ向うトンネルを歩きながらマザーのことを思った。
たったひとりの僕のために光を灯しつづけたマザー。
僕を育て、僕に世界を与え
アダムとイブとモグラの神話を語りつづけたマザー。
僕を迎えに来た人たちよりもやさしく慈悲深かったマザー。

トンネルの中は冷たい風が吹いていて目や耳がチクチクと痛み
僕はしばらくの間、
自分が泣いていることに気づかなかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2009年10月29日



1000と100年も昔の秋
                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

      
およそ1000と100年も昔の秋だった。

京の都では
太陽が月のように暗いと民衆が騒いだ。
同じ頃、青森の十和田の山では
記録にもないほどの大規模な噴火が起こっていた。
都で太陽の光を遮っていたのは、
時速100キロの気流に飛ばされてきた火山灰だったのだ。

火を吹く山の近隣はすべて焼き払われた。
マタギの小屋、森の樹々、山里の村…
雪崩のような勢いで流れ落ちる火砕流の上には
熱い入道雲が湧き上がった。
入道雲は雨だけでなく灰も降らせた。

溶岩や灰は東北一帯を覆い各地で川を塞き止め
再び土石流を押し流す凶暴な洪水を引き起こした。

この前代未聞の噴火から一匹の龍が生まれた。

雄の龍と人間の女から生まれたマタギの八郎が
三十三夜の間水を飲み続けて姿を変え
十和田湖に棲み着く龍になる、という物語だった。

八郎はやがて人間の行者によって十和田湖を追われ
新しい湖の土地を求めて青森、岩手、秋田を放浪する。

龍の力をもってすれば
山を動かし川を塞き止めて湖をつくることはできる。
しかし、どこにも神々や人や動物がいて
八郎はどうしても生き物のいる土地を水に沈めることができない。

人は前代未聞の大噴火から生まれた龍に
やさしい心を与えて物語を語り継いでいったのだ。

八郎はついに日本海に達した。
人の住まない荒れ地を見つけ、そこを湖に変えて
やっと鎮まることができた。
八郎の棲む湖だから八郎潟とみんなが呼んだ。

しかしそれから1000年の後
八郎潟を埋め立てて米をつくる計画が持ち上がった。
琵琶湖の次に大きな湖だった八郎潟のまわりには
3000人の漁師が住みついていて
夏は船を出し、冬は氷に穴を開けて魚を獲っていた。
海産物に恵まれなかった秋田では
八郎潟の漁業は大きな恵みになっていたので
漁師たちは当然のように反対したけれど
結局、20年もかかって八郎潟は水を抜かれ埋められてしまった。

龍の八郎の物語は
火山の噴火という巨大な力の物語であり
ひとつの事件の墓標として語り伝えられてきたが
湖をなくした龍と龍を失った湖は
1000年後、どんな物語になって残っているだろうか。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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