古川裕也・大川泰樹 2011年作品「彼は彼女を。彼女は彼を。」


彼は彼女を。彼女は彼を。

         ストーリー 古川裕也
            出演 大川泰樹

彼女は、今、ジョナサン・スイフト精神病院にいる。
3歳の頃から集めている、飛行機雲のコレクションの展示会を
ジョナサン・スイフト市民ホールで催したいと、
ジョナサン・スイフト市役所に申しこんだためだ。
彼女によれば、飛行機雲が現れ、形が完成した瞬間にライフルで撃ち落とす。
地上に落ちてきた飛行機雲をその場で血抜きして冷凍保存。
これがいちばんきれいに雲をコレクションする方法だという。
そうして集めた飛行機雲は全部で868個。
いちばん古いのが、ハノイで採集された全長50メートルにもおよぶ
あかね色の飛行機雲。
いちばん新しいのが、ナパヴァレーで採集された渦巻き型の飛行機雲だ。

残念ながら、この話を信じた市役所職員はいなかった。
心神喪失かどうかの判断に絶対的基準はない。
ひとつの決定的行為によってではなく、
たいていの場合、絶対ではないが疑わしい行為の積み重ねによって判断される。
狂気のマイレージのようなものだ。
ジョナサン・スイフト市役所職員は職務に忠実なことに、
ジョナサン・スイフト精神病院に通報した。
彼女の場合、これが既に、3度目の入院で、
今回の主治医はミッシェル・フーコー先生だった。
先生は、必ずしも心神喪失とは言い切れないが少し入院して様子を見ましょう。
と言いながら、カルテにははっきり、心神喪失と書き込んだ。

彼は彼女を見舞いにやってきた。朝晩欠かさずに。
彼女の夫は、要するにハリソン・フォードのような顔で、
たいていの人に好意を抱かせる種類の人間だった。
その彼に、彼女はひどくつらくあたった。
“あのナブラチロワとかいう女とまだつきあってるのね”とか、
“わたしに無断でなぜポルシェ968を買ったのか”とか、
“歯医者の受付のチャスラフスカとできてるのを知らないとでも思ってるの”とか、
内容は他愛ないのだけれど、
それが、彼の髪の毛を引っ張りながら病院の庭を3周しながらとなると、
良し悪しは別として、確かに人目についた。
言うまでもないことだが、
彼には彼女に対する愛はまったく残っていなかった。
彼は今、全知全能を傾けて膨大な量の浮気をしていた。

去年の夏、彼女は空に向ってライフルを乱射していた。
彼女としては、飛行機雲を撃とうとしているつもりだが、
傍目にはどう見ても、飛行機を撃ち落とそうとしているようにしか見えなかった。
居合わせたジョナサン・スイフト市役所職員の通報により、
すぐジョナサン・スイフト病院に入院した。
それが彼女にとって最初の入院だった。
見舞いに来た夫には、“5年前に一度別れたジークリンデとかいう女と
またつきあいはじめたでしょ”と罵声を浴びせた。
そのときの主治医はロラン・バルト先生だった。
先生は、必ずしも心神喪失とは言い切れないが少し入院して様子を見ましょう。
と言いながら、カルテにははっきり、心神喪失と書き込んだ。

今年はじめ。ルキノ・ヴィスコンティ航空でミラノに行くとき、
彼女は、飛行機雲を素手で獲ろうとして
旅客機の窓をハンマーで叩き割っているところを取り押さえられ、
そのままジョナサン・スイフト病院に入院した。
見舞いにやってきた彼に、“あなたが今夢中なブリュンヒルデとかいう女は
そもそも男なのよ”と言い放ってから殴りつけた。
そのときの主治医は、フェリックス・ガタリ先生だった。
先生は、必ずしも心神喪失とは言い切れないが少し入院して様子を見ましょう。
と言いながら、カルテには、はっきり、心神喪失と書き込んだ。

この国の行き過ぎた福祉政策のおかげで、
ジョナサン・スイフト精神病院では極めて快適な暮らしを送ることができた。
3食とも明らかに彼女のふだんの食生活よりも豪華かつヘルシーだった。
そこには、無限の時間と完全な自由があった。
そもそも精神病院では、自分がなりたいと思う人間になることができる。
医者に向かって、ファッキンと言いたければ言えばいいし、
セクシーなインターンの前でいきなり裸になってもかまわない。
正常だとここにいられないわけだし。

彼女が、2週間ほどの入院と半年くらいのふつうの生活とを
繰り返していることは、
町中のひとは、もう、おおよそ知っていた。
そろそろだわ、と、彼女は思った。

やっぱり日曜がいい。それも午後2時くらい。
みんなが集まるジョナサン・スイフト広場。
彼女は彼と腕をくんで歩く。まるで、ほんとは仲がいいかのように。
知った顔がたくさんいる。
みんな彼女を見かけると少し不安そうな表情を浮かべた後、会釈を交わす。
今日は大丈夫そうだ、と思いながら。
そのとき、彼女は、“あ。飛行機雲”と叫び、銃を取り出す。
それを空には向けず、そのまま、彼の方へ向ける。
すぐ、撃つ。再び、撃つ。もう一回、撃つ。
まるで、広場にいるみんなに見せるかのように、
なんだか説明的なゆったりとした動きで。
誰が殺し、誰が殺されたか、みんな知っている。
けれど、誰も、その殺人者を捕まえることはできない。
罪に問うことはできない。

心神喪失は、数字だ。
彼女は、2週間ずつ過去3度精神病院に入っていたことがある。
心神喪失は、多数決だ。
ジョナサン・スイフト裁判所が精神鑑定を依頼するのは、
ミッシェル・フーコー医師。ロラン・バルト医師。
フェリックス・ガタリ医師の3人。

彼女は、微笑んだ。銃を持ったまま。
これから、1年くらい、大好きなジョナサン・スイフト病院で暮らせる。
たまった本を読もう。好きなだけ音楽を聴こう。
彼女には、無限の時間がある。何をしてもいい自由がある。
それは、愛する彼と引き換えに、手に入れたものなのだ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2020年2月23日「漢字変換」

漢字変換

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

私ですか、はい、ここの神主です。   
といってもまだなりたてホヤホヤです。
去年父が倒れまして、私が跡取りだったもんですから、まあ。
大学のときに資格だけは取ってあったんですが
親父がたいへん元気だったので
安心してしばらく会社員をやっていたんです。
そしたらいきなりですもんね。
もともと定年まで勤める気はなかったですが、
まさかこんなに早く辞めることになるとも思いませんでした。
だいたい神社は世襲制なんですよ。
あ、お寺もそうですか、やっぱりね。

まあ、神さまにお仕えするということは
要するにしきたりを守るということですから
わかっていればそんなに苦労はないんです。

それより苦労したのがパソコンの漢字変換です。
神社の作法は覚えていましたし、
祝詞もどうにか唱えることができましたが、
会社でも家でも長年パソコンに頼っていたもんで
手を使って文字を書くことを忘れていましてね。
例えば厄払いの祝詞は神主が考えて作るんですが、
ぜんぶ漢字と万葉仮名で
平仮名やカタカナはひと文字も使えないんですよ。
せめて下書きくらいパソコンでと思っても
漢字変換がまるでできないんです。

神さまの名前も当然ながら全部漢字です。
見慣れた字でも読みかたが違います。
アマテラス、スサノオはともかく
アメノミナカヌシがすでにしてお手上げでした。
「天」とかいて「あめ」と読む最初の字が
雨雨降れ降れ の雨になってしまうんですね。
もちろん「テン」と入力すれば「天」になりますが
何しろ神さまのお名前ですからね、
そんなことしていいのかって、悩むじゃないですか。

少し短い名前でもう一度試してみようと
今度は山の神さまオオヤマツミを入力したら
すんなりとカタカナに変換されて
パソコン的にそれ以上の努力をしてくれませんでした。
試しにブラウザの検索窓でやってみたら
カタカナのオオヤマツミに
「真・女神転生」という文字がひっついてきました。
何ですかね、あれは。

文字を正しく書くってストレスが溜まります。
おかげで人生に対してすっかり気弱になりました。
え、ストレス解消法ですか。ええまあ、大きな声では言えませんが
毘沙門天、帝釈天、摩利支天、羅刹天、梵天って
仏教の神さまの名前を片っ端から漢字変換するんです。
こっちはスラスラ変換できます。ストレスゼロ。
お坊さんはいいですね。あなたが羨ましい。

あ、そうそう。
実は私たち、仏教用語を使うことを禁じられているんです。
この話はくれぐれもご内聞にお願いしますね。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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福里真一 2020年1月12日「くじ運」

くじ運 

     ストーリー 福里真一
        出演 大川泰樹

2002年にサッカーのワールドカップが、
日韓で開催されたとき、
何枚かのチケットが回ってきた。

誰がどの試合を見に行くか、
友人たち数人と、
あみだくじで、
振り分けようということになった。

日本対ロシア戦とか、
ドイツやブラジルなど世界の強豪が登場する試合とか、
人気のチケットがあまたある中で、
私が引き当てたのは、
アイルランド・サウジアラビア戦。

アイルランド・サウジアラビア戦。

アイルランド・サウジアラビア戦を、
どういう気持ちで、観戦すればよかったのか。

もちろんサッカーにくわしいなら、
技術とか戦術とか、
さまざまな楽しみ方があっただろう。

しかし私には、無理だった。

アイルランド・サウジアラビア戦。

それは私に、
どういう気持ちで観戦すればいいのか、
まったく手がかりを与えないままに、
90分間にわたって展開され、終了した。

それが私の、最初で最後の、ワールドカップ観戦だった。

…という話を、最近仕事でかかわった、
ある外国人の青年にしたところ、
彼はアイルランドの人だった。

そして、
そのアイルランド・サウジアラビア戦のことを、
はっきり覚えているという。

時差の関係で、アイルランドでその試合が中継されたのは、
朝だった。

普段は夜しか開いていないパブが、
その日は朝から特別に営業していて、
大人たちは、仕事そっちのけで、
酒を飲みながら、アイルランドを応援したという。

そして当時小学生だったその青年も、
おとうさんに頼みこみ、
朝のパブで、大人たちに混ざって、
その試合を見たという。

すばらしい試合だった、と…。

アイルランド・サウジアラビア戦。

私にとって、
自分の人生に関係ないものの象徴だったその試合が、
彼にとっては、人生の思い出の試合になっている…。

まあ、でも、この文章で私が書きたかったのは、
そのことではない。

私が書きたかったのは、
私には、くじ運がない、ということ。

当然のことながら、今のところ、
東京オリンピックのチケットは、
1枚たりとも当たっていない。
当たる気配もない。

だから、私は、初詣に行ったとしても、
決しておみくじを引かないのだ。

おみくじといっても、くじはくじ。

どうせ大吉を引き当てるくじ運を持っていないことを、
私は自分で、わかっているのだ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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小野田隆雄 2019年12月15日「思い出のホワイト・クリスマス」

思い出のホワイト・クリスマス

        ストーリー 小野田隆雄
       出演 大川泰樹

キリストがゴルゴタの丘で処刑されたあと、
だいぶ時が流れてから
キリストの弟子たちが、ローマの街で
布教活動を始めた。その頃の話である。
当時のローマで、人気のある宗教があった。
ペルシャから入ってきたミトラス教である。
ミトラスは太陽の神で、
昼の時間が一年でいちばん短い冬至(とうじ)に生まれ、
いちばん日が長い夏至(げし)にいちばん元気になる。
そして次の年の冬至の前に死んで、
また冬至に生まれてくるのである。
ミトラス教では冬至の日に、
神の誕生を祝う儀式をする。
牛を殺して、その血をミトラスにささげ、
信者たちは血の代わりに赤いワインを飲む。
それから祈りをささげ、最後に牛を焼き、
その肉をみんなで食べて儀式は終る。
このミトラス教の儀式に
キリストの弟子たちが、ひそかに参加した。
彼らは一生けん命に布教していたが、
なかなか信者がふえずに困っていた。
そこで見学に来たのである。
彼らは赤ワインを飲みながら、
ひとつのアイデアを思いついた。
冬至の日をキリストの誕生日にしよう。
その日に赤いワインを飲み
パンを食べて、キリストの愛に感謝し、
幸福を祈る聖歌を歌おう。
こうしてクリスマスが始まったそうだ。
クリスマスとは古代ギリシャ語で
キリストの祭日の意味である。
けれどその日が12月25日になったのは、
4世紀のことで、それまでは何日だったのか、
いまはもう、わからない。

このような話を、私の友人が話してくれた。
彼はローマ・カトリック教会の信者である。
なんだか照れくさそうな声だった。
私たちは軽井沢のホテルのバーの
カウンターで飲んでいた。
彼はカメラマンである。
葉を落としたカラマツの林を撮るために、
12月の20日(はつか)過ぎ、軽井沢に来たのである。
けれど着いた日から静かに雪が降り続き、
その日も仕事にならず、
夜はゆっくりと、2人でお酒を飲んでいた。
このホテルのバーは別館にあって、
本館から廊下でつながっている。
バーにくるとき、廊下の窓から、
本館の玄関の前の、
大きなクリスマス・ツリーが見えた。
雪で白くおおわれたモミノキに
赤や黄色や青の豆電球の光が
天使のまばたきみたいに、キラキラしていた。
その光景が、頭に浮かんできて
私は彼に聞いてみた。
「ベツレヘムでも雪はふるのかい?」
「さあ、どうなんだろう」と彼は言った。
柱時計が10時を打った。
バーのカウンターにいるのは、
私と彼だけになった。
私たちがクリスマスの話を
していたからだろうか。
バーのマスターがクリスマスソングの
レコードをかけてくれた。
「ホワイト・クリスマス」が聴こえてきた。
私の田舎はカラッ風が吹く北関東だった。
幼い頃のクリスマス・イヴには
町役場につとめていた父が
小さなクリスマスケーキを買ってきた。
母は煮込みうどんを作ってくれた。
変な組み合せだったが、おいしかった。
雨戸をカラッ風がコトコト鳴らす。
誰かがたたくように。
その音をサンタクロースが来たのかなと、
小さな妹が言ったこともあった。
そんな思い出を、私は彼に話した。
彼が、思いついたように言った。
「赤ワインとパンを注文しないか?」
もちろん私も賛成した。
赤ワインのグラスと黒パンをひと切れ。
それを前にして、ふたりはしばらく眼を閉じた。
彼が小さくアーメンとつぶやいた。
その声を、いまでもときおり思い出す。
昭和時代が終る頃のことだった。
彼はもういない。イエスに呼ばれてしまった。

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中山佐知子 2019年11月24日「ポセイドンの馬」

ポセイドンの馬

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

ポセイドンの馬をさがせ、という指令を
受け取った…ような気がしていた。
さがすつもりはまったくなかった。
正直、ポセイドンの馬がどんな馬か知らないし
さがす意味もわからない。

記憶にない場所にいた。居心地がよかった。
夜もなく昼もなく、太陽も月もない。
うっすらと明るく、うっすらと暗い。
暑くもないし寒くもない。腹も減らない。
あらゆるストレスから解放されていた。
まるで母の胎内のように平安な場所だった。
そして僕は自分が何者かを知らず、
思い出すたびに心が痛む記憶もなかった。

やがて想像もしなかったことが起こった。
ストレスがないことが「退屈」というストレスを生んだのだ。
僕は退屈し、退屈をもてあそび、楽しもうとしたが
とうとう飽きてしまって
ポセイドンの馬を探すことにした。

ポセイドンはギリシャ神話の海の神で、
その馬は海の馬だ。
海の馬、海の馬、海の馬……
何度も頭のなかに文字を描いた。

馬は海でもなく陸でもないところにいた。
絶えず波に洗われ、乾く暇のない浜辺だ。
見つけるのに苦労はなかったが
何頭もいることが問題だった。
どれが海の馬か、
どの馬が僕の海の馬かさっぱりわからない。
なかには大きく自信にあふれた馬が何頭もいて
僕はその馬が自分のものであればと願った。
なのに、どうしても違和感があった。

そのとき、少しくたびれた様子の馬が近づいてきた。
迷いのない足取りだった。
なんだか懐かしい目をしていた。

やめておけ、と心の声が叫んだ。
向こうに立派な馬がたくさんいるのに
なぜこの馬を選ぶのか。後悔するぞ。
しかし、すでに馬は僕の腕に首を預け
僕は馬の背を撫で、馬の体温に溺れていた。

それはあたたかかった。
それは僕のかつて流した汗や血や涙の温度だった。
それは僕の体液の温度だった。
それと同時に、かつて味わった幸福感や
叫びたくなるほど痛い思い出が流れ込んできた。
そうか、これがポセイドンの馬、海の馬、
人の脳の中で記憶をつかさどる僕の海馬だ。

僕はやがて記憶を取り戻し
どこかの病院のベッドで目覚めるのかもしれない…
と思った。

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中山佐知子 2019年10月27日「麦畑」(リバイバル)

麦畑

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

あたり一面の麦畑だったな。
ところどころに背の低い柳の木があった。

その細い一本道を
馬と一緒に行軍しているときだったな。
耳元でバリバリと音がしたかと思ったら
馬とおまえが血を流して倒れていたんだよ。

麦畑なんて
隠れるところもないもんだから
何十頭の馬はみんな撃たれて死んで
兵隊もずいぶん死んで
威張ってた連隊長も死んだけど、おまえも死んだ。

それから
知らない間に戦争が終わって
知らない国に置き去りにされて
それでもなんとか船に乗って帰って来たら
村の麦畑は石ころだらけで土もボロボロになっていた。

これはきっと
知らない国の麦畑で鉄砲を撃ち合って
死んだ馬とおまえを置き去りにした報いだと思ったんだ。

それから
石をどけ、麦をつくり、麦わらを鋤きこんで土を肥やして
三年たったら、麦の穂は重く実り
麦わらはお日さまにつやつやと輝くいい色になった。

その麦わらを水につけると柔らかくなる。
やわらかくなったら帽子が編める。

かぶるとだぶだぶの麦わら帽子。
大きくて、風が吹くとすぐに飛ばされて
狭いところでは邪魔になって
帽子のなかでいちばん戦争に向いていない麦わら帽子。

どこにもいかず
ずっと麦わら帽子をかぶって働いていればよかったな。
戦争になんか行かなきゃよかったな。

麦わら帽子を編んでいると
おまえが死んだ麦畑を思い出す。
踏み荒らされた麦畑、
機関銃の弾や人や馬の死体でいっぱいだった
あの麦畑はいまも麦畑なんだろうか。
誰かが世話をして、いい麦がとれて
残った麦わらで麦わら帽子を編んでいるだろうか。

そうだといいなあ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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