誰もいない

誰もいない
       ストーリー 富樫美帆(東北芸術工科大学)
          出演 山田キヌヲ

学校から家までの距離は7キロ。
車で15分。自転車で60分。
冬の時期は、ずっと続く真っ白な道を
2時間ひたすら歩いて帰らなきゃいけない。

日が沈んでくると、あたりは急に暗くなり、
街灯と、家の灯りがぽつぽつと浮かび上がる。
山形はただでさえ人口が少ないのに、
冬の夜はみんな冬眠したのではないかと思うほど、
ほんとうに人っ子ひとりみあたらないのだ。

鼻からすいこむ空気も冷たくて、すべてが澄んでいる。
ほおにあたる冷たく厳しい風がなんだか寂しい気持ちにさせる。
早く家に帰ってこたつに入りたい。

急ぎ足で帰ると、
母が寒鱈汁を用意してくれていた。
真冬の厳しい海を耐え抜く鱈は
まるまると太っていて、脂がのっている。
蓋をあけると湯気があがって、いい匂いがした。
食べ終わるころには体もあったかくなっていた。

そうか、誰もいないのはこういうことだったんだ。

雪の積もった屋根の下で
人が寄り添い、あたため合っている。
人が人をあたためている。

山形の冬はとってもあったかい。

東北へ行こう               


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西島知宏 2013年9月22日

ススキの花言葉

     ストーリー 西島知宏
        出演 山田キヌヲ

こんなに苦しいなら、別れなければ良かった。
こんなに苦しいなら、浮気だって許せたかも。

まだ好きだよ、今の彼には言えないけど・・。
あなたを忘れるために、私は今の彼と付き合っている。

ねぇ、私と別れて何人とキスした?
何人と・・・。

あなたのメール、携帯が変わっても残っている。
付き合った日のメール、別れた今でも保護してる・・・。

最後のとき、本当は「ありがとう」なんて思ってなかったよ。
納得したふりしたのは、いつかまた会いたかったから。

私を想いだす時間は1日にどれだけありますか?
・・私のこと憶えていますか?

私はいつまであなたのメールを待つんだろう。
携帯が鳴って、あなたを期待しなくなるのはいつなんだろう。

SE:ピュー(草原に吹く風の音がより強く)

ねぇ、知ってる?「ススキ」の花言葉は「心が通じる」なんだよ。
伝わってるかな?私の気持ち。
伝わってるよね、ここススキの野原だもん。
通じてるよね、私の心・・
助けに来てくれるよね。今すぐ。
助けに来てくれるよね、引き金を引く前に・・

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属

 

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宝物

「宝物」
      ストーリー 小畑成美(東北芸術工科大学)
         出演 山田キヌヲ

私の思い出がたくさん詰っている故郷は、
海が近く、割と便利で住みやすい街だった。

住むことは、生きること。
食べることは、生きること。
着ることは、生きること。

でもある日、住むことも、食べることも、
着ることもできなくなる経験をした人がいた。
生きるということを失いかけた人も、失った人もいた。

住むところは、私の家でぜひ一緒に。
食べるものは、あるものをみんなで。
そして、私の服はきっとあなたも似合うでしょう。

街ぐるみ助け合って人の暖かさで乗り越えた雪降る寒い日々。
割と便利で住みやすい街は、なにもなくなり、
ちっとも便利ではなくなった。
けれど、住みやすい街であることは変わらなかった。
便利なことが住みやすい理由ではない。
「人が暖かいこと」が、住みやすい理由だ。

住みやすい街、多賀城。私の誇り。私の宝物。
東北へ行こう   

多賀城市観光協会:http://tagakan.jp/

多賀城跡調査研究所:http://www.thm.pref.miyagi.jp/kenkyusyo/

多賀城遊舞会:http://www15.ocn.ne.jp/~yosakoi/

多賀城 東日本大震災の記録

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山田キヌヲから「ひと言」

朗読が大好きでした。
母が料理を作る横で、
国語の教科書を大きな声で読む幼い私。
母は黙って料理をしながら、
読み終えると教科書の余白にスタンプを押してくれるのです。

一年の終わりには教科書の余白はスタンプでいっぱいになって、
教科書をまるまる一冊暗記してしまっていて、
そんな幼少期が今の私につながっているのかしらん?
と思ったりしてます。

山田キヌヲ
http://www.knockoutinc.net/prof/yamada.html
ブログ:http://ameblo.jp/kinuo-yamada/

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古居利康 2012年6月17日

電磁波ガール       

         ストーリー 古居利康
            出演 山田キヌヲ

わたしは、
きょうも会社で小説を書いている。
まいにち、定時の一時間まえに出社して
マッキントッシュを起動する。
朝から書きはじめ、昼の休憩をはさんで
八時間。ずっと小説を書く。

株式会社ジュンブンガクという会社に
勤めている。名前の通り、
純文学をビジネスにしている会社だ。
株式会社ジダイショーセツや、
株式会社カンノーショーセツといった
グループ企業にくらべると、
売上げはきわめて小さい。
したがって給料も安いわけだが、
企業ブランドイメージという点で言うと、
株式会社ジュンブンガクの存在は
決して小さくないし、社員のプライドも高い。

そんな株式会社ジュンブンガクの中でも、
メインストリームと言ってもいい
私小説課にわたしは勤めている。
毎月、私小説課長から課題が出る。
六人いる部員が同じ課題で書くことになる。

今月の課題は“アンテナ”だ。
アンテナ。アンテナ。アンテナ。
このところ、ねてもさめてもたべてるときも
アンテナのことを思った。

田口ランディの『アンテナ』はもちろん読んだ。
世界ではじめて電磁波の存在を証明した
ハインリヒ・ヘルツのことも調べた。
八木アンテナのことを知ったときは、
あまりにも面白くて、八木秀次の伝記が
書きたくなってしまった。

調べがいのあるテーマだから
調べてしまうんだ。けれど、いくら調べたって、
ジュンブンガクは近づいてこない。

結局、こんな小説ができた。

『 アンテナ落下   

 マスダくんの部屋にはじめて行った。
 窓の真ん前になぜか大きな段ボール箱が
 立っていて、光を遮っている。
 わたしより背の高い箱。
 なにこれ?と訊いたら、
 ゴミ箱だと言う。覗いてみたら、

 「うわ」

 はんぶんくらいゴミで埋まっている。
 牛乳パックやティッシュ、煙草の空き箱から、
 わけのわからないものまでぎっしり。
 臭いがないのがふしぎ。
 冷蔵庫の空き箱なんだ、って
 いいわけみたいに説明しているマスダくん。

 箱の下の方で、
 なにか小さな黒いものが動いた。

 「きゃっ」

 小さな黒いものは、蟻だった。
 蟻が行列をつくって、箱の下に潜っていく。

 「ありだよ、マスダくん」

 言わなくてもわかることを口に出すわたし。
 そうなんだ、蟻。と、マスダくん。
 蟻がきて困る、という感情はなく、
 ただそこに蟻がいる、という事実を述べる。
 
 問題は、そこが部屋のなかである
 ということだと思うが、
 マスダくんは、いたって冷静だ。
 箱の下の方に、シミがあるような気がしたが、
 見ないことにした。

 段ボール箱の上の方に、
 なぜかテレビのアンテナが取り付けてある。

 「あそこに立てると映りがいいんだよね」

 アンテナを見ているわたしに、
 マスダくんは小さなテレビを指さして説明した。

 わたし、ここで服を脱ぐことになるのかなぁ・・。
 唐突に、ヘンな想像をしてしまう。
 高い高い段ボール箱のふもとで、
 ハダカになって横たわるわたし。
 その横で、わたしたちの営みには
 まるで無関心な蟻たちが歩いている。

 「ぷっ」

 いかん。
 じぶんで想像しておきながら笑ってしまった。
 マスダくんもあいまいに笑ってる。

 (以下略) 』

たぶん、私小説課長は
このへんから先を読んでいない。
途中で原稿を破り捨ててしまったから。
そのあと性行為に及ぶふたり。
ことの最中に主人公の女性が段ボールを
蹴飛ばしてしまい、アンテナが落っこちる。
夜になってもテレビが映らず、
しかたなく二度目の性行為・・。
そんなせつない展開を用意してたのに。

私小説課長いわく、
ただアンテナがアンテナとして
出てくるだけではないか。
そんなものジュンブンガクと言えるか。
アンテナを思想にしろ。
アンテナは何を象徴する。
アンテナを通じて何をメッセージする。
そこんとこ考え直せ。

アンテナ、アンテナ・・。
再びアンテナの海を泳ぎ始めるわたし。
それにしても、
八木アンテナをつくった八木秀次って
すごいなぁ。じぶんの知らないところで、
敵国に利用されるなんてねぇ。数奇だよねぇ。
バトル・オブ・ブリテン、真珠湾、ミッドウェー。
八木アンテナの視点でこのへんの歴史を
書き換えていく。だけど、クライマックスは
戦後のテレビ放送開始。皇太子ご成婚から
東京オリンピックでハッピーエンドにするか。
司馬遼太郎も真っ青の大長編!

だめだめ。
私小説課長にまた、破り捨てられる。
書き直してる時点で、すでにボーナスの
査定マイナスだよなぁ。
アンテナ、アンテナ、アンテナ・・。
情報を受信する。キャッチする。
映像や音声を発信する。さまよう電波。

ひとりブレストしているうちに、
頭のなかにイメージが浮かぶ。
無数のアンテナをいったりきたりする女。
空飛ぶ美女。バットマンに出てきた
キム・ベイジンガーみたいな。

タイトルは、『電磁波ガール』。
よし、できた。

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属

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山田キヌヲからひと言

古居さんの原稿はいつも私を不思議の国へと連れて行ってくれる。
今回のお話は物語の中に、
もうひとつの物語があって、読んでいるうちに
キヌヲ・イン・ワンダーランド。

相変わらずアクセントが苦手な私は途中でつっかえてしまったので、
その部分だけを録り直し。
でも、ワンダーランドな世界の扉はそう簡単には開かない。

もう一度、始めから全部、読ませてくださいって、お願いして、
二回目のチャレンジ。

あぁ、なんて楽しいの。。。
一回目とはまた違ったワンダーランドの世界に入り込んでいく。
古居さんのありそうで、なさそうな不思議な世界に
どっぷり浸った山田キヌヲなのでした。

山田キヌヲ
http://www.knockoutinc.net/prof/yamada.html

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