岡本欣也 2009年9月10日



『狼男ブログ・抜粋』
                  

ストーリー 岡本欣也
出演 森田成一

◎月◎日

ボクは今日、体の異変に気がついた。
スーツを脱いだら、うっすらと体が黒い。
汚れてるのかと思ったら、そうじゃなかった。
よく見ると、こともあろうか体中に毛が生えていた。
なんだろう、この産毛。
ボクはもう毛が増えていく年じゃない。
ちなみにボクは、しがない、30男です。

◎月◎日

あの日、ボクに、何があったんだろう。
あの日のいつ頃、毛が生えて来たんだろう。
朝のシャワーを浴びてる時は、何もなかった。
ここ数日、そればかり考えていたけれど、
答えは何も見つからなかった。

◎月◎日

たぶん浮かない顔でもしていたのでしょう。
廊下で、同僚の高木さんに心配されてしまった。
ボクは彼女を密かに想っているわけで、
それゆえに相談できなかったわけで、
あいまいに微笑んでその場を去った。

◎月◎日

濃くなってます。
剃るようになってから、余計に濃さが増してます。
赤茶色だった産毛が、
もう産毛とは呼べない太さになってきて、
「ボク全体」の首から下を覆いつつあります。
伸びるスピードも、容赦なく加速しています。

◎月◎日

ここ2、3日、とてもあたたかい。
世の中的には寒い日が続いているけど、
ボクの体はまったく冬を感じません。
この体毛も、冬だけはいいかもしれません。

◎月◎日

もしかしたらボク、狼男かも。
ゆっくりゆっくり変身していくタイプの。
そんなタイプが、あるのかどうかわかりませんが。
とつぜんそんなことを考えたのは、
今日の夜空に満月がポカンと浮かんでいたからです。
思えばあの日も、ビルの谷間に、
爛々と輝く満月を見た・・・ような気がします。

◎月◎日

何か、すごい。
自分の中から体毛だけじゃなく、
エネルギーが湧いてくる。
仕事のアイデアも、おべんちゃらも、性欲も、
すべてがガンガン湧いてきて、ふきこぼれてる。
自分でも押さえられないってかんじです。

数ヶ月後の、◎月◎日

顔が精悍になってきたって、何人もの女から言われた。
でも高木は、オレの顔が、険しくなってきたって言ってた。
オレもそう思う。

◎月◎日

めんどくせえから仕事はやめる。
周りにはそう言ってまわったが、
ほんとうは体の節々が痛くて、それどころではない。
顔まで痛くなってきた。
まあ仕事をやめても、
あての女が何人かいる。
やっぱオレ、狼男だわ。

最後のブログ。

最近、
すべてが苦痛。
これ打つの10分かかった。

(終)

出演者情報:森田成一 03-3749-1791 青二プロダクション

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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岩田純平 2008年11月14日



いいわけ

                  
ストーリー 岩田純平
出演 森田成一

「仕事とわたし、どっちがたいせつなの?」

と、言われるくらいの完全な遅刻だった。
店に電話して遅れることは伝えた。
しかし、彼女の携帯がつながらない。
相当怒ってるのだろう。

僕はタクシーを拾い、
ユキコの待つレストランへ急ぐ。
待っていればの話だけど。

「仕事とわたし、どっちがたいせつなの?」
そう聞かれた時、僕はどう答えればいいのだろう。
僕はちょっと集中して考えはじめる。
「仕事だよ」
これはない。
でも、これをちょっとおしゃれに言ってみたら。
「ごめん、さっきまでは仕事だったんだ。
でも、いまはユキコだよ」
「ふーん、さっきまでは、やっぱり仕事だったんだ」
やっぱりダメだ。

問題をすり替えたらどうだろう。
「じゃあ、仕事しない俺と仕事する俺では、どっちがいいの」
「まずは、私の質問に答えてよ」
ごもっとも。

だったら素直に。
「どっちもたいせつなんだよ」
「私じゃないんだ。わかった。じゃあね」
引き分けは負けだ。

結局、答えはこれしかない。
「もちろん、ユキコだよ」
「じゃあ、何で約束守れないのよ。
 何でわたしよりたいせつじゃない仕事を優先するの?何で?」

「何で」。それは仕事がたいせつだから。
ほとんど誘導尋問だ。
「仕事を優先したんじゃない、
ユキコを優先するために、仕事を途中で切り上げたんだ」
「私を優先するために?じゃあ何で遅刻してるの?
仕事を選んだからでしょ。知らない。帰る」

ダメだ。太刀打ちできない。

あ、そうか、
そもそも、この質問が出る状況を作らなければ…
というか、
そもそも、こういう質問をする人とつきあわなければ…
というか、
そもそも、彼女のどこが好きだったんだっけ?
というか。

シミュレーションもむなしく、
答えは見つからないまま、レストランに着いた。
急いでユキコを探す。
しかし、彼女の姿はなかった。

ユキコは、まだ来てなかったのだ。
「お連れさまも、遅れるとのご連絡をいただいております」

ふう、よかった・・。

あれ?僕は思った。
「仕事と僕、どっちがたいせつなの?」
彼女は何と答えるんだろう。

「そんなのくらべらんないよ」

……ですよね。
で、僕はきっと頭をかいたりしながら、
「変なこと聞いてごめんね」
とか謝ったりするんだ。

男と女は、不公平です。
でも、だから平和なんだろうな。

出演者情報:森田成一 03-3749-1791 青二プロダクション

shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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山田慶太 2008年5月23日



緑のおばさん

                      
ストーリー 山田慶太
出演 森田成一

赤信号になりました
僕は今 横断歩道の前に立っています
ここは僕が小学生のころ
学校への行き帰りにとおった横断歩道です

当時からクルマの通りが激しかったけれど
今も相変わらず ひっきりなしにクルマが通り過ぎていきます
青信号になりました
かわいらしい小学生たちが 元気よく渡っていきます
まだ明らかに大き過ぎるランドセルをしょって
20年以上前の 僕と同じように

でもあのころとは ひとつだけ違いがあります
あのころ この横断歩道には
緑のおばさんが立っていたんです

子どもが横断歩道にやってくると 
緑のおばさんは 大きな声をかけてきます
おはよう 忘れものはない? 勉強がんばんなさいよ
子どもたちもそれに 大きな声であいさつを返します

もちろん僕にもおばさんは 大きな声であいさつをしてきます
でも あのころの僕は 人見知りがとても激しくて
おばさんが声をかけてくれても 
何も言わず下を向いて通り過ぎていました
それでもおばさんは 毎日毎日 僕に声をかけてきました

ある日 いつものようにその横断歩道の前に行くと
緑のおばさんの姿がありません
次の日も またその次の日も 
緑のおばさんはあらわれません

僕には緑のおばさんがいないことが 
とても不安に思えてきました
おばさんのいる横断歩道を渡ることが、あんなに嫌だったのに

緑のおばさんがいないその横断歩道が 
とても危険なものに感じたのをよく覚えています
それから一ヶ月くらいが過ぎた ある日のことです
横断歩道に近づくと 聞きなれた大きな声が聞こえてきました
緑のおばさんは 少しやせていました 
僕が近づくと あいかわらずの大きな声で 
おはよう 元気かい と声をかけてきました
でも僕はその日も 久しぶりに会った恥ずかしさで
やっぱり何も言わず 走り去ってしまいました

僕は結局 それからもずっと 緑のおばさんに 
一回もまともにあいさつができませんでした

緑のおばさんが亡くなったという話を聞いたのは
僕が高校に入ったころでした

あとから母に聞いた話です
僕の人見知りを心配する母に 緑のおばさんは言ったそうです 
心配要らない あのままでいい 
あの子はおとなしくて人見知りだけど そのぶんやさしい良い子だと

僕は今 横断歩道の前に立っています 
久しぶりに実家に帰ってきて ここを通りかかって
ふと おばさんのことを思い出しました

緑のおばさん
今もあなたはどこかに立っていて 黄色い小旗を持っていて
たくさんの子供たちが 
人生という 少し長い横断歩道を渡っていくのを
見守ってくれているのでしょうか
もしもまた会えたら こんどこそ僕は 
おもいきり大きな声で あいさつするつもりです

青信号になりました

出演者情報:森田成一 03-3479-1791 青二プロダクション

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倉成英俊 2007年9月21日



秋について知っていること

                    
ストーリー 倉成英俊
出演 森田成一

かなり南の方の国に
赴任することになったお父さんにくっついてきて
ちょうど1年が経ったころ、
スグルがつぶやいた。

「うわあ、もう秋かあ。」

といっても
涼しくなってきたからじゃなくて、
トーニャが8月のカレンダーを破って捨てたから、
なんだけれど。

そのつぶやきは、トーニャを振り向かせて、
当然こう質問させた。

「秋って?」

秋のある国から、秋のない国に来たスグルは、
まず、秋を知らない人がいることにびっくりした。
けれども、トーニャがあんまりキラキラした目で
せまるもんだから、
それに答えなきゃと思った。

ちょっと考えて、まずは、
「夏と冬の間だよ。」
とこたえた。

トーニャは冬のことは、見たことがあった。
流氷の上の北極グマの写真。

でも、太陽が特産品、みたいなこの島と
グレーの氷の上のシロクマを足して頭の中で2で割るのは
算数の宿題よりも難しかった。

トーニャのとてつもなく難しい顔を見て
スグルはこたえを変えた。

「涼しくなってきて、虫が鳴くんだ。」と。

これならどうだと、自慢げに言ったのもつかの間、
トーニャは今度はうたがわしい顔をした。
この国で虫っていうと
まずみんなが思うのはイモムシで。
あの虫が鳴くなんて
こいつはやっぱりおかしい国からきたんだと思ったから。

そんな顔で見つめられたものだから
すっかりあわててしまって
つぎにスグルはもう
最初に頭にうかんだことをそのまま早口で言った。

「クリスマスに向けて彼氏のいない女の子が
 彼氏をゲットしようと焦り始めるんだ。」

ドラマで見たまんまの受け売りは、
クリスマスプレゼントすら知らない少年の頭の中を
さらにパニックにした。

トーニャはもうスグルの答えにたよるのをやめて、
聞きたいことを聞くことにした。

秋はなにいろか。
秋はいいにおいがするか。
秋は男か女か、大きいか小さいか
食べられるのか、どこからくるのか、かっこいいか。
などなど。

むしろ哲学的になってしまったこんな質問に
スグルが答えられるわけもなく、
ついには、うーん、とうなるしかできなくなってしまった。

ただ、
最後にひとつ、
秋についてわかっていることを言った。

「来年の秋には日本に帰んなきゃ。」

そしたらトーニャは、
自分がきいた質問のことなんかわすれて
みるみるうちに切ない顔になった。
彼が短い人生のなかでしたことのある
一番さみしい顔に。

みんなとおなじみたいに、
ずっと一緒にいられると思ってたのに。

「あ、そんな感じ。秋って、そんな感じなんだよ。」

と、スグルは言おうと思ったけど
これ以上秋のはなしをつづけたら
泣いてしまうと思ったから
なにも言うのはやめて
トーニャと同じく
生まれてこのかた秋を知らない、海の方をながめた。

*出演者情報 森田成一 03-3479-1791青二プロダクション

Photo by (c)Tomo.Yun

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門田陽 2007年8月31日



七つの自問自答男
            

ストーリー 門田陽           
出演 森田成一

どうしてボクはふるさとに帰らないのですか?

それは帰らないというよりも帰れないのです。
ずいぶん大きなことを言って出てきたから。
ほんとはお正月には帰りたいです。
ほんとはお盆にも帰りたいです。
あと鼻にピアスをあけたのもちょっと帰りにくい理由のひとつ。
ばあちゃんはきっと鼻を見て腰を抜かします。

ふるさとは遠くにありて思うものですか?

どうでしょう。
確かにあまり近くだとふるさとっぽくはないけれど、
ただふるさとって、あの場所のことじゃなくて
あの時代のことなのではないでしょうか。

初恋の人は?

同級生です。つまり今もどこかで同じ歳。
というか、たぶんふるさとで齢を重ね暮らしているはず。
旧姓は小柳さん。今の名前は知りません。

自慢ですか?ふるさとの?

何もないです。何もないのが自慢なくらい何もないです。
誰も来ません。
たまにブームを過ぎ去った歌手やお笑いの人が来るくらいです。
あ、水はおいしいです。
コンビニで売れそうな水が蛇口から出ます。
その水でみんな洗車もします。
だからどの家も車はピカピカです。

甲子園はどこを応援しますか?

フシギですね。あんなに都会に憧れて出てきたのに、
ふるさとに近い学校ばかり応援してます。
満員だとふるさとの人口よりも多いんですよ甲子園って。

総務課の立花さんのことですか?

よくわかりましたね、ボクが気になってることが。
そりゃわかるわよって、あなたは誰ですか?
ふるさとにある山の名前と同じなんですよ、立花山。
遠足では毎年登ってました。
だから総務課の立花さんを見るたびに懐かしい気持ちになるのです。

最後です。そんなボクがどうして突然ふるさとに帰るのですか?

それはふるさとはやっぱり帰るとこだから。
このままずっと都会で暮らしても
やっぱりふるさとは行くところではなくて
帰るところであってほしいから。
あ、でも駅に着いたら鼻のピアスははずしますね。
ばあちゃんには長生きしてほしいから。  

*出演者情報:森田成一 03-3479-1791青二プロダクション

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一倉宏 2007年2月16日



チョコレートには遅すぎる
                  

ストーリー 一倉宏                     
出演 森田成一

2月に入ったある日、彼女が、
「ねえ、どんなチョコレートが欲しい?」と聞くので、

「そうだな、32口径のオートマチックで、
 サイレンサーが付いてるやつ」と、答えた俺。

「また、わけのわかんないこと言って。なに、それ!」と、
彼女は、どんな性能のよいポットよりも早く、一瞬で湯気を立てた。

「ハードボイルド好きの俺様にチョコレートは似合わないのさ」
と、言いたいところだけど、それでは彼女を傷つけすぎる。
男は、優しくなければ生きていく資格がない、のは、言うまでもない。
だから、本当のような嘘のような、こんな話をした。

「むかし、近所のお菓子屋に、ピストルのカタチをした
 チョコレートが入荷したんだ。めったに出ないしろものさ。
 どんなにそのチョコレートが欲しかったことか。
 男の子たちは、みんな憧れたよ。」

やっと、意味がわかりはじめた彼女。俺は、つづける。

「しかし、俺はいち早くあきらめた。
 だって・・・ 自分の家の貧しさを恨むとしたら、それは、
 かあちゃんを恨むことになるって・・・ わかっていたから。」

湯気を立てていた彼女は、黙った。
そして、すこし考えてから、言った。

「だけど、やっぱり・・・
 ピストル型のチョコレートなんて、ぜったい嫌だな。
 そんな・・・ 物騒なもの、つくれない。」

「わかった。じゃあ、もっと平和的なやつを。」と、
 俺はリクエストした。

ハードボイルドな私立探偵には憧れるけど、現実のこの俺は、
私立大学英文科を出ただけの、極めて平和的な男だ。
・・・生きていく資格だけは、あると思う。

そういえば、英語で「 Chocolate Soldier 」、「チョコレート
の兵隊」
っていうのは、「戦争に行きたがらない兵隊」って意味だそうだ。
この場合の「チョコレート」は、たぶん「甘ったれた」とか、
「こどもみたいな」という意味なんだろう。

だとしても、いや、だとすれば、
チョコレートって、すごく平和的で、いいじゃないか。
俺は、そう思う。・・・ここは、アメリカじゃない。

いつの間にか、男が、若い男たちが、誰も、
「戦争には行きたくない」と言えない時代に、なっていないことを、
・・・俺は願う。

いつの間にか、この国の、バレンタインデーはとっくに終わって、
「チョコレートには遅すぎる」という、時代に・・・
気づかないまま・・・なっていないことを。

出演者情報:森田成一 03-3749-1791 青二プロダクション

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