直川隆久 2021年2月14日「毛の生えた鍵」

毛のはえた鍵

     ストーリー 直川隆久
        出演 清水理沙

毛のはえた鍵を、拾った。
まさか、表参道で毛のはえた鍵を拾うとは思っていなかった。
拾いたいわけではなかったけど、
目があってしまったのだ。
手の中でそれはほのかなぬくみをもっていて
びち、びち、と動く。
気持ち悪いので捨てようとしたが、
鍵は、同じように毛のはえた錠前のところまで持っていけと、強く迫り、
ぎち、ぎち、と神経にさわる高い音をだす。
錠前?
道行く人にきいてみる。
「もしもし、毛の生えた錠前がどこにあるか知りませんか?」
「あなたのご質問はもっともです。
あなたはこう言いたいのでしょう――錠前はどこだ!」
「悪質な冗談はやめてください」
らちがあかないので、近くのカフェに入ってみる。
でも、毛のはえた鍵を持っている客なんて、ほかに誰もいない。
恥ずかしい。
いたたまれなくなって店を出る。
やっぱり鍵を捨てようと思って、
コンビニの前のゴミ箱に、そっと捨てようとしたら、
ランチパックと缶コーヒーを手にレジに並んでいる警官に
ぎろりと睨まれた。
この先ずっとこんなものを持って歩かないといけないのだろうか?
市役所に相談しようか。
おお、そうだ。
市役所のロビーで案内板を見ていると、中年女性に声をかけられた。
「あなた、その鍵にあう錠前さがしてるんでしょ?」
「え、はい」
「ここにあるよ」
中年女性が、ハンドバッグから毛のはえた錠前を取り出した。
鍵を、錠前にはめてみると、
あまり、きちんとはまらない。
鍵が、ぎち、ぎち、と不服そうな音をたてる。
中年女性は「ぜいたく言うんじゃない」と言いながら、
むりやりその鍵を錠前にねじ込み、わたしのほうを見てにこりと笑った。
「月水金しか持ち歩いていないからね。あんた、ついているよ」
「じゃあ、これ、お渡ししちゃっても大丈夫ですか」
「いいけど、ただというわけにはいかないねえ」
わたしは、なけなしの2万円をとられた。
しかし、この先、毛のはえた鍵を連れて生きていかなければならない
面倒さに比べれば、2万円なら安いものだ。
わたしは、せいせいして大通りに出、
喫茶店に入った。
カフェオレを注文して、汗もかいたのですこしメイクをなおそうと
トイレに向かう。
すると、ハンドバッグの中から、
ざりっ。ざりっ。
と、たくさんのねじをかきまわすような音がする。
不審に思ってバッグを開けると――
内側にびっしりと米粒ほどの大きさの毛のはえた鍵が
張り付いているのが見えた。
驚いて落としたバッグがタイルの床にぶつかると、
その鍵たちが一斉にぎちぎちぎちぎちと不平の声をあげはじめた。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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田中真輝 2021年1月10日「先端」

「先端」

   ストーリー 田中真輝
      出演 清水理沙

(全編小さな声でマイク近くで話すイメージ)
しーっ。静かに。声を出さないで。音を立てないで。耳を澄まして。
いま、生まれようとしている。始まろうとしている。
耳が痛くなるほどの静寂の中に、みなぎる始まりの気配。

老いた芸術家が真っ白なキャンバスに今、初めのひとふでをおろす。
そのひとふでの前には、これまで重ねられてきた、
数えきれない筆あとが連なっている。
その先端で、おろされる、新しいひとふで。

若い宇宙飛行士が、真空の月面に今、初めの一歩を踏み出す。
その一歩の前には、太古の昔から続く、
空への思いと技術のたゆまぬ進歩が連なっている。
その先端で、踏み出される、新しい一歩。

母親の子宮から生まれ落ちた赤子が今、初めの一息を吸う。
その一息の前には、星の起源から、連綿と続く命の営みが連なっている。
その先端で、吸い込まれ、吐き出される、新しい一息。

はじまりは、ただぽつんと突然、はじまりはしない。
海面を漂う氷山が、水面下に巨大な体積を隠しているように、
小さな芽吹きが、地下に細かな根を張り巡らしているように、
はじまりのその背後には、そこ至るまでの膨大な時間と無限の営みが
連なっている。

しーっ。静かに。耳を澄ませて。あなたの中にみなぎる気配に。
いま、あなたの中で、何かが始まろうとしている、そのかすかな予感は
ただ、どこからともなく、ふわりと舞い降りた花びらの一片ではなく、
永遠に積み重ねられてきた膨大な力が、鋭く研ぎ澄まされ、
この世に突き出ようとする、その円錐の、小さな先端なのだ。

ためらうことなく、その力に身をゆだねて、
押し出されるように踏み出せばいい。
その一歩は、必然なのだから。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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坂本和加 2019年12月21日「クリスマス」

クリスマス

     ストーリー 坂本和加
        出演 清水理沙

アカリは、みんなと同じが好きじゃない。
なぜ同じことをしなくちゃいけないの?
違うのは、だめなの?
転んだとき「痛かったねえ」とか。
どうしてわかったように言うの?
あなたは私じゃないのに。
どのくらい痛かったかなんて、わかるはずがない。
「いいね、わたしもそう思う!」なんて簡単に言わないで。
みんな共感しているフリをしてるだけだよね?
アカリは、ずっとそう思ってきた。

だけど、普通はそんなふうに思わない。
というか普通の子は、そうらしいとわかった。
変わってるねって、褒め言葉じゃないんだってことも。
だからアカリは変わった子。
きょうも普通の子のふりをしながら
いつもと同じことを考えている。

なぜみんな同じが好きなのか。なぜ私は同じが苦手なのか。
こないだは、大人になったら同じが好きになるのかを想像した。
気持ち悪くなった。自分が何かに組み込まれるようで、
それが大人になることなら、私は私のままでいたい。
できるだけ目立たぬように普通の子のふりをして、アカリは大人になった。

ハロウィンとクリスマスは、ずっと苦手なままだ。
仮装してバカ騒ぎするハロウィンに何の意味があるのか。
クリスマスに恋人がいないひとはかわいそうで、
何千万というカップルがイブの夜にセックス。
それって頭がおかしすぎる。
アカリは、ブランドものももってない。
欲しいような気もするけれど。高いし。みんなもっているから。
そんなわけで、ひとと合わせないから、友達も少ない。
でも特に気にしていない。
彼氏はいる。つきあってみれば案外、普通のひとだ。

ある日、聞いたことがある。わりと勇気を出して。
「トウくんは、きっと変わってるよね」
とりたて美人というほどでもない、私とつきあうくらいだから。
なぜそんなことを聞くのかと問われて、
自分が昔から変わっていると言われつづけてきたことを伝えると、
返ってきた答えは意外だった。
「アカリは、オレから見たらちゃんとした、普通の女の人にみえる。
ちゃんと働いて。納税してる」
「なにそれ」
「だってそうだろ」
それからトウ君が言ったのは、
「なにが普通でなにがヘンか、なんて。そんなモノサシどこにもないだろ」。



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直川隆久2019年10月6日「猫の恩返し(リバイバル)」

猫の恩返し

            ストーリー 直川隆久
               出演 清水理沙

「卒業制作、すすんでますか」
中央食堂前のベンチでコーヒーを飲みながらぼんやりしていると、
見知らぬおやじが話しかけてきた。
いまどきベレー帽にマフラー。油絵科の教授か?にしては、服がぼろい。
いいかげんな返事をしていると、わたしの隣に腰掛けてきた。
「見覚えありませんか」
おやじが帽子をぬぐと、頭に大きなやけどのあと。
そこだけ髪の毛が生えていない。
「…ない。です。見覚え」
「若い頃、あなたに助けていただいたものです。
 ここの学生にいじめられているところを――」
そう言われて、あ、と思った。
3年ほど前、野良猫のひたいをタバコで焼いている映画学科の学生がいて、 
そいつらとものすごく喧嘩したおぼえがある。 
「現代版世界残酷物語を撮るんだ」とかわけのわからないことを言うバカ達だった。
「はい。その猫です」
ええー。なんだ、ずいぶんふけているな。
「すみませんね、猫は歳とるのがはやくて」
「いえ」
「長年このキャンパス内でうろうろさせてもらいましたが、
 残飯の味が悪くなったんで、河岸を変えようかと思いましてね。
 でもその前に一言あなたにお礼が言いたくて」
 
おどろきはしたが、感激はしなかった。
近頃、恋愛も卒業制作も行き詰っているせいで、
心の余裕がなくなってきたんだろうか。
「最後の機会ですから、何かお願いとか、ないですか」
「お願い?」
「ええ、お礼として…ひとつぐらいならなんとかなるかもしれません」
「今月の家賃とか、なんとかなりますか」
「…う~ん…」
猫おやじはかなり長いあいだ考えていたけれど
「…猫なもんで…」と言った。
「いや、まあ、そりゃそうですよね」
「すみません――ヌードモデルとかは不要ですか。デッサンの」
「特に…」
ああ、とおやじは肩を落とした。
「お役にたてること、なさそうですね」
「いいですよ。気つかわなくて」
「あ、そうだ。せめてちょっとした卒業制作のアドバイスをさしあげましょう」
「なんです」
「――あなたの指導担当の岡崎先生はね、4回生の清本さんとできていますからね。
 彼女とテーマがかぶらないほうがいいですよ。
 このあいだ、3号棟の実習室で二人が乳くりあってるのを窓から見てしまいました」
「へえ」
「かぶると、どうしても自分の女のほうをひいきしますから…なんて、
 すみませんね。こんなことしかもうしあげられなくて。さようなら」
「さよなら」
おやじは礼をして、歩き去った。
たしかに、猫背だった。
さて、わたしも恩返しをしなければならない――岡崎先生にだ。
清本と二股かけてくれてて、ありがとう。
これから、彫刻刀を研いで、岡崎の研究室に向かうことにする。



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正樂地 咲 2019年9月15日「まみ姉ちゃん」

「まみ姉ちゃん」

    ストーリー 正樂地 咲
       出演 清水理沙

ソフトボールの部活の試合が 
雨で流れて
急にやること無くなって
家にいるのも コンビニいるのも
あっという間に 飽きちゃって
ふと閃いたのが 近所の図書館
普段は 大声出しながら
運動場で走りまわって
陽に焼けた私に
不似合いな場所に
今日はなんだか行きたくなった

本を読むのは 好きじゃないけど
本棚の間を悠々と歩くのは 嫌いじゃない

自分の背より高い その間を歩いたら
去年に死んだ じいちゃんと
ひまわり畑を歩いた楽しい記憶と重なった
大量の本の 埃っぽい匂いも 
じいちゃんと似てる

雨で汚れたビーサンを 
引っ掛けて
本棚散歩を続けていたら
目線の先に すごく綺麗な姿勢で
本を読む美女が ひとり
まみ姉ちゃんだ! 

大きな机で ポツンとひとり
長い指で 本のページをめくってる

私は だいぶ嬉しくなって
「まみ姉ちゃん!」と声をかける
すると 何人かの人が本からこちらへ
目線を向ける
まみ姉ちゃんは シーのポーズ

それで今度は
「何 読んでるの?(小声)」
小さな声で尋ねたら
倒して読んでた本を起こして
表紙をそっと見せてくれた

川端康成 眠れる美女

それきり まみ姉ちゃんは私のことなど
すっかり相手にしなかった

家が隣同士で小さい時には
面倒を見てくれた まみ姉ちゃん

私が小1の時 小6で
小学校まで手を繋いで連れてってもらってた
あんなに毎日一緒だったのに

それから1週間たって
今度は部活終わりの夕方 
私はまた図書館にいた

目的はそう 例の本

分厚くはない文庫本
その先に 広がるのは 
あられもない桃色の世界

女の人の肌って 男の人に吸い付くの?
さわれないこともまた 興奮に繋がるの?
意味わかんない

わかんないけど わかるのは
お泊まり会の時
夜中に音を消して こっそり見たアレより 
全然奥深いアレだということ
一回のぞいたら もう二度と
戻ってこれないような
底知れぬ深さ

ああそうだ
川端康成は 脱法のアール18なんだ

この本を平然と 真昼間の図書館で読んでた 
まみ姉ちゃん
そんなのもう 姉ちゃんじゃない
師匠だ 

図書館にある川端康成 全部読んだら
私もちょっとは 師匠に近づけるかな 
 


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渋谷三紀 2019年9月8日「恐竜図鑑」

「恐竜図鑑」

    ストーリー 渋谷三紀
       出演 清水理沙

4歳になる甥っ子がいる。
健やかに太くと書いて健太。
その名の通りすこぶる健康に育っている。
いわゆる男子が通りがちな道ではあるが、
去年は電車にどハマりしていた。
飯田橋の駅のホームで
総武線と中央線が行き交うところを
鼻の穴を膨らませて見つめていたのに。
そんなのどこ吹く風、今はすっかり恐竜に夢中だ。

おばさんは自分と同じ本好きな子になってほしくて
せっせと絵本を贈ったのだけど、
ページがヨレヨレになるくらい
読みこんでくれているのは恐竜図鑑だけ。
図書館に連れて行っても恐竜の棚へまっしぐらだ。

スピノサウルス、ヴェロキラプトル、リオプレウロドン。
噛んでしまいそうな長いカタカナの名前も
スラスラ読めるしそらでも言える。
天才かもしれないと思ったりもする。
おばばかと言われようが一向に構わない。

そういえば、いつの間にか
恐竜には毛が生えていたことになっているらしい。
頭や背中に鳥のような毛が生えた恐竜のイラストには、
毎度ギョッとする。
恐竜も日々進化しているのだ。

家では、じいじとばあばに買ってもらった
ビニールの恐竜人形で遊ぶ。
女の子のお人形遊びのように、
お姫様とかお家でパーティーみたいな設定や物語はない。
ブラキオサウルスが植物を食べるとか
ティラノサウルスがそれに噛み付くとか
トリケラトプスがさらに頭突きするとか
プテラノドンが空を飛んでいるとか。
ただそれだけを、よく飽きもせず延々続けられるものだ。
だいたいこちらが根をあげてこう叫ぶ。
「いんせきだ〜。ドッカーン」
恐竜たちはバタバタと倒れ「ひょうがき」がやってくる。
それでも終わらせてくれない時は最後の一手。
「ケンタロサウルスが来た〜」
立ち上がった健太が恐竜たちを蹴散らしてやっと終わるのだ。

最近、福井の大学に恐竜学部ができたらしい。
末は恐竜博士かなんておばさんは無責任に夢を見る。
どこかの大学の先生も言っていたけど
恐竜は科学への興味の入り口だから、
そこから違うことに興味を持って研究したって
いいじゃないかと思ったりもする。
お気に入りの恐竜Tシャツに
恐竜柄の水筒を下げて歩く健太にたずねてみた。

「健ちゃん、大きくなったら何になりたい?」
「恐竜!」

そうかそうか。
ただただ健やかに大きくなってくれたらいい。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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