小さなかわいい飛行機を僕は飼っていた。
僕と飛行機はときどき散歩に行った。
犬の散歩みたいにハーネスは使わないけれど
そのかわり
僕は片手に飛行機雲のはしっこを握りしめていた。
飛行機雲はどこまでもぐんぐん伸びるので
飛行機も本当はどこまでも飛んで行けるのだと思ったけれど
僕の小さな飛行機はいつも僕の目の届くところしか飛ばなかった。
朝、僕が寝坊をしていると飛行機が飛んで来て
片方の翼で僕の顔をツンツンと突いた。
うるさいので布団をかぶると
ブルンブルンとエンジンの音をわざと大きくして旋回飛行をした。
その音にとうとう寝ていられなくなって
起きるからコーヒーを淹れて、と
あるとき飛行機に言ってみた。
元気なエンジン音はあっという間に小さくなり
しょんぼりと着陸したかと思うと
よたよたと翼を揺らしながら飛行機は部屋から出て行ってしまった。
僕はそれから飛行機に出来ないことを
たとえウソでも言うのはやめたのだ。
僕は小さな飛行機が大好きだった。
僕と飛行機は何年も何年も一緒に暮らした。
僕は飛行機をしょっちゅう磨いていたので
飛行機の外側はいつも新品のようにピカピカだったけど
中の部品はシャフトもディスクもケーブルも
年を重ねるごとにすり減ってくたびれていたに違いなかった。
それよりも飛行時間と発着陸の回数が
飛行機の残りの寿命を少しづつ減らしていったのだ。
飛行機は、もうワインの瓶を上手によけながら
テーブルのまわりをぐるぐると八の字に飛ぶことがなくなっていた。
天井から僕の足元まで急降下して、また急上昇する
ハラハラさせる遊びもしなくなっていた。
飛行機は本棚の上の自分の場所でじっとしていることが多くなった。
僕の飛行機は残った力を
僕にさよならを言うために使おうとしていたのだと思う。
飛べなくなって埃をかぶった置物になったり
スクラップにされたりする姿を僕に見せたくなかったのだと思う。
そして、その方法を考えていたのだと思う。
ある朝、僕が窓を開けて晴れ上がった空を眺めていると
後から咳き込むようなエンジンの音が聞こえ
あっという間に飛行機が飛び出して
あぶなっかしく庭を旋回しはじめた。
それから飛行機は僕が見ているのを何度も確かめると
体勢を立て直し、まっすぐに空に向かって上昇していった。
その迷いのない潔い姿に
僕はたまらず、「カッコいいぜ、飛行機」と大声で叫んだ。
飛行機はうれしそうにちょっとだけ翼を揺らし
それから垂直の矢印のように空に吸い込まれて消えてしまった。
僕は飛行機が残した白いひと筋の雲が青空に溶けるのを待ってから
小さな声でサヨナラ飛行機と言った。
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