アレハンドロ
なあ、エミリオ。
聞いたかよ。
アレハンドロのことさ。
アレハンドロの、オリーブオイルのことよ。
知らないか?
アレハンドロは毎日、きっかり40度にしたオリーブオイルで
バスタブを一杯にして、そこに浸かるんだとよ。
しかも、イタリアから直輸入のエキストラバージンだ。
一回使った油は、捨てちまうそうだ。
毎日、風呂桶いっぱいだぜ?
べらぼうなこった。
あ?
俺も最初に聞いたときは、冗談だと思ったさ。
イワシの缶詰か、ってよ。
はっは。
けど本当らしい。
だからだよ。
だからアレハンドロの肌はあんなにピカピカなんだ。
まったく、出世する奴は、考えることが違うもんだ。
なあ?
アレハンドロは親分のおぼえがめでたいから、
ずいぶんおいしい餌場を幾つも預かってる。
たいした野郎だよ。
チンピラ時分は、俺おまえの仲だったが。
今そんな呼び方したら、どえらいことになるな。
はっは。
いやあ、でも正直、オリーブオイルの件は、
ちっとばかしやりすぎかなとも
思うね。
俺やおまえたちが体張って守ってる商売のあがりを、
そんなことに使っていいもんかってね。
エミリオ。
このあいだ、ホセの店を襲ったとき、
アレハンドロはおまえにいくらよこしたよ。
…なんと。
少ねえな。
そりゃあ少ねえ。
おまえのあの働きにしちゃあ。
分かってねえよ、アレハンドロも。
おまえがいなけりゃあの仕事、
あそこまで上手く運んだはずがねえのに。
おっと。
俺みてえな三下が偉そうなこと言う資格はねえんだが。
おまえといると、ついついな。
何?
おまえもそう思う?
おい。
滅多なことを言うなよ。
アレハンドロは耳ざといんだ。
ガキの頃から、悪口には敏感でな。
…思い出すねえ。
ガキの頃、奴さんに、
“おまえのおふくろの歯茎はなんであんなに黒いんだ、
靴墨でもパンに塗って食ってるのか”って言ってやったらよ、
泣いてこっちに殴りかかってきたことがあった。
はっは。
なあ、でも、そいつが今オリーブオイルの風呂に入ってるんだ。
おまえたちが命がけで稼いだ金でだ。
なんだか、やりきれねえよ。
ところでおふくろさんの病気はどうだい。
そうか。
まだしばらく物入りだな。
何?
ああ。
確かにアレハンドロは、礼を言わねえ男だな。
あのときもそうだった。
労いの言葉、一言でいいんだが。
それが分からねえんだ。
俺がなんだって?
馬鹿野郎、俺は子分なんて持てるガラじゃねえ。
買いかぶるなよ。
まあ、飲め。
おっと、どこへ行くんだ。
アレハンドロの所?
馬鹿野郎。
待て。
…待つんだよ!
そんな、血走った目で行ってみろ。
返り討ちにしてくれと頼んでるようなもんだぜ。
おふくろさんの顔を思い出すんだ。
わかった。
こうしないか。
今度の件のおまえの取り分、もう少し増やせねえか、
アレハンドロのところに一緒に行って掛け合おうじゃないか。
おふくろさんには、今まで世話になったんだ。
それぐらいのことはさせてくれよ。
善は急げだ。
明日の朝11時にしないか。
よし。
忘れずにな。
くれぐれもはやまるなよ。
ああ。
先に帰るぜ。
カミさんにどやされる。
はっは。
おやすみ。
………
もしもし。
もしもし?
アレハンドロかい。
おれだよ。
エミリオを知ってるだろ?
そうだ。アマランタ婆さんの下の倅さ。
あいつは、ちと危ないな。
いや、ほんとの話さ。
おまえさんのこと、いろいろと言っていたよ。
ああ、面(つら)には出さないが、大分くすぶってる。
早いほうがいいな。
そう思ったんで、
明日、11時におまえさんとこに行くように話しておいたよ。
あとは任せる。
礼には及ばんぜ。
ま、おまえさんが礼を言うとも思えんがね。
へっへ。
あ、いや…待てよ。
貰いたいものがあるんだ。
え?
たいしたもんじゃない。
オリーブオイルを一本くれよ。
そう、オリーブオイルさ。
一本でいい。
…ヘンかね?
そんなことないだろう。
なに、うちのカミさん、最近肌の調子が悪くてな。
へっへへへ。
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