中山佐知子 2017年3月26日

nakayama1703

かぎろひ

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

奈良盆地の南東に広がる安騎野は野原ではなく
四方を山に囲まれた丘陵地帯だった。
木の枝を切り払い、草をかき分けて山道をたどり
やっと行き着くような土地だが
神武天皇以来の聖域で
春には毎年宮中の行事として狩りが行われ、
男は鹿を追って角を集め、女は薬草を摘んだ。

ところがいまは雪が舞っている。
草も枯れ、緑などどこにもない。
しかもこの狩りの人数を率いるのは
わずか10歳の少年だった。

少年はこの国の皇太子で
やがて祖母から位を譲り受け王になることが約束されていた。
祖母の息子だった少年の父は
28歳で王位につくことなく死んでしまった。
少年が成長するまでの間、
祖母は女帝として国を治める決心をし
宮中の儀式を定め、法律を整備するなどして
やがて少年が統治するこの国の近代化につとめていた。

わずか10歳の孫を雪降る丘にやって一夜をすごさせたのは
女帝の意志だった。
壬申の乱と呼ばれる戦いのとき
まだ若かった女帝は幼い息子の手を引いてこの丘を逃げた。
その思い出の土地に11
あのときの息子と同じ年頃になった孫を行かせることは
たぶん、死んだ息子とその跡継ぎの孫を
一体化させる儀式のようなものだったのだろう。

雪がやんだ。
東の空が赤く燃えたち、西の山の端に月が沈もうとしている。
お供のひとりだった柿本人麿はその様子を歌に詠んだ。
 東の野に炎の立つ見えて返り見すれば月傾きぬ

「かぎろひ」は漢字で陽炎と同じ字を書くが、
それを「かぎろひ」と読むと
太陽が昇る前の東の空が赤く染まる様子をいう。

やがて太陽が昇る。
月はまだ西の空にある。
そんな現象は満月の翌日に起こる。
たとえば奈良県だと4月12日、
5時29分に昇る太陽と6時9分に沈む月を
同時に見ることができるはずだ。

 東の野に炎の立つ見えて返り見すれば月傾きぬ

太陽の東と月の西の間で、柿本人麿は幻を見た。
やがて王となるべき少年とその父が
馬を並べて丘を行く姿だった。
少年は14歳で即位し王となったが24歳で死に
また7歳の息子が残された。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2017年3月19日

1703naokawa

かげろう 

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

なぜ、家があるんだ。

俺は動転していた。
俺の実家。
三ヶ月前、取り壊した。
もうもうと埃が舞う中、建物がばりばりと崩されるのを見た。
だが、いま、俺の目の前に、その家が、建っている。

もう二度と来るまいと思っていたこの場所に来たのは、
売却を頼んだ不動産仲介業者から、
隣家との境界にあるブロック塀の処置を相談したいという連絡が
あったからだった。一応現地を見て判断いただきたい、
と業者は固執し、渋る俺をゆるさなかった。
そして週末、重い腰をあげ、車に乗り込み、実家に・・
実家のあった土地に、向かったのだ。
こんな光景を目のあたりにするなどとは微塵も思わず。

じりじりと陽が照り、空には雲ひとつない。
住宅地は静まりかえっている。
俺は、おもいつく。
そうか、きっと俺は車でここへくる途中、事故にあったのだ。
その昏睡状態で見ている夢なのだ。
事故の瞬間を覚えていないのは・・記憶の混乱だろう。
厄介なことになった。
目覚めたとき、後遺症が残った状態になるのだろうか?
絶望的な気分になるが、
今この瞬間の肉体があまりに実感を伴っていて、
負傷した自分のイメージがわかない。
・・それにしても。
俺の家。
このリアリティはどうだ。
とても夢とは思えない。
やはり、取り壊した記憶のほうが、間違いではないのか?
門に手をかけ、開く。
聞きなれた・・何千回も聞いた、あのきしみが聞こえた。
4歩歩き、ドアの前に立つ。
ドアノブに手をかける。
鍵はかかっていない。
開けると・・中の、いくぶんひんやりとした空気が流れ出した。
暗い室内に澱んだ食べ物と埃のにおい。
靴を脱ぎ、中に進む。
廊下の右側が洗面所と風呂。左側が、俺の部屋にしていた六畳間だ。
扉を開ける。
三ヶ月前、処分したはずの荷物がすべて元どおりにあった。
小学生時代から使っていた学習机。
ビデオテープやカセットテープが入った段ボール。
退色した、スターウォーズのポスター。

背後でがたり、と音がした。
みぞおちのあたりが跳ね上がった。
振り返る。
そこに、大男が立っていた。
ものすごい筋骨隆々ぶり。革ジャンと、肩パッド。
髪はきわめて不自然な形・・・
なにか子供が描く炎のような形にカットされている。
ひ。と声があがる。
「ひさしぶりだ」
と大男が口をひらいた。声優のような、太くてよく響く声だ。 
「コウだよ」と大男は、自分の胸を親指で指した。
「おぼえてないのかい」
・・・そうだ。思い出した。
目の前にいるのは・・無敵の「アンドロメダ真拳」を操る戦士、
「アンドロメダのコウ」なのだ。

父と浮気相手を乗せた観光バスが箱根の谷底に落ちたのは、
俺が小学3年生の頃だった。
遺体確認の際、母はハンドバックで何度も父の顔を打ち付けて、
係員に制止された。
結婚以来、ひたすらつくしてきたのに。恩知らず。けだもの。
葬式なんぞしてやるものか。母は半狂乱になってそう繰り返した。
精神に失調をきたした母が療養施設に入ることになったため、
祖母が俺の家で世話をしてくれることになった。
母のいない家で、おれは「北斗の拳」を繰り返し、読んでいた。
当時連載されていたその漫画にノックアウトされた小学生は、
全国で何十万人いただろうか。
主人公の圧倒的強さ。必殺技の斬新さ。
単行本の最後のページまで読んでは1ページ目に戻る。
それを幾度繰り返したかしれない。
子どもの不安定な精神が、
強いキャラクターに自己投影することでバランスを保とうとした・・・
ということになるのだろう。
俺はその頃、「北斗の拳」を酸素のように必要としていた。
そして、その猿まねのような漫画をノートに描きはじめたのだった。 
核戦争後の、荒廃した地球。
弱肉強食だけが唯一のルールとなったその世界をサバイブする主人公!
宇宙のエネルギーを拳に集中することで相手を爆裂する
「アンドロメダ真拳」がその武器だ。
皮ジャンと肩パッドに身を包み、髪型は、炎のように逆立っている。
主人公の名前「コウ」は俺の名前、孝太郎からとった。

「どうしてだい」
コウが、一歩こちらへ近づいた。
ぎしりと床が鳴る。
「え」
「どうしておれのことをかいたノート、
いえをこわすときにひきあげなかったんだい」
そうだ。
「自由帳」という白の無地のノートに、
鉛筆で「アンドロメダのコウ」を描いていたのだ。
「・・忘れてたんだよ・・昔のことだから」
「うそだ」
コウが、どんと壁をたたいた。合板に黒い穴が、あいた。
「いえをこわすまえ、にもつをかたづけにきたろう。
そのとき、おまえはノートをみつけたじゃないか。
でも、それをおしいれのなかに、もどしたろう」
「それは」
「なんでそんなことをした」
「忘れたかった・・んだと思う。もう、あの頃のことは」
コウが、怪訝な顔をしてこちらを見る。
「思い出したくないんだ」
と俺は続ける。
どん、とまた大きな音がした。
「かってなことをいうな」
俺は、びくりと体を縮こまらせた。
「おれとおまえはいっしんどうたいだったじゃないか。
なぜおれだけがすてられるんだ」

学校から帰ると、ひとりで部屋にこもり、漫画を描く日々。
小学校の同級生達が、
それぞれの親から俺の家庭のことについて噂を聞いたのだろう、
「子どもらしい」残虐な言葉を投げつけてくるようになった。
俺は、ただ無言でやり過ごし、
家に帰ってからそいつらの名前をつけたキャラクターを、
コウにぶち殺してもらう。それが習慣となった。
だがその習慣は、祖母がノートを発見したことで断たれた。
こんなもの二度と描くんじゃない。
祖母の目に激しい嫌悪の色を見た俺は、
それきり漫画を描くこともなくなった。
祖母の心までが俺から離れることは耐え難かったのだ。

「許してくれ、コウ」
俺の言葉を無視し、コウは、ポーズをとった。
両腕を高くかかげ、大きな円を描くように動かす。
「わかるだろう?」とコウはつぶやいた。
これは・・そうか。アンドロメダ真拳の「究極超新星突き」のポーズだ。
これを見舞われた相手は、ひとたまりもなく木っ端微塵になり、
宇宙の塵になることが運命づけられている。
「そうだ、おまえがかんがえたひっさつわざなんだ。
おまえがかんがえた」
コウの拳が前につきでた。ごお、という空気を切る音がする。
俺の胸が真正面から、それを受け止めた。

あばらが軋み、肺の空気が押し出され、ひゅ、と乾いた音をたてた。
よろめき、目尻には涙が滲んだ。
だが、俺のからだは、爆発しなかった。
それは、せいぜい・・・少し体力のある子どものパンチ、程度だった。
コウは、うつろな顔をしてその拳をみつめていた。
見かけだけの屈強な拳。拙い想像力が生んだ、所詮は粗悪なイミテーション。
「許してくれ」と俺はもう一度いった。
おれは、もう、前だけ見ていたい。
自分の家も、家族ももったのだ。
こんなところで、引きずり戻されるわけにはいかないんだ。
コウは、目を見開いて俺を見た。
そしてその顔がぐしゃりと歪んだかと思うと、
「うえええん」
子どものように泣き始めた。
「うええええええん」
コウは崩れ落ち、頭をかかえ、泣き続ける。
俺は、コウにどんな言葉もかけることができない。

「すみません」
という背後からの声がきこえ、俺は振り返る。
するとそこは、更地だった。俺の家があった土地。
平にならされた、ただの四角い地面がそこにあった。
「お待たせしましたか」不動産仲介業者だった。
「ああ、いえ」と俺は答える。「さっき来たばかりです」

目の前の地面の上に、一瞬かげろうがたったような気がした。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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川野康之 2017年3月12日

kawano1703

あるカゲロウの最後

ストーリー 川野康之
   出演 齋藤陽介

以前はもっと力強く泳げたものだ。
腕と脚は長くたくましく、ぐいぐいと身体を進めることができた。
褐色のかたい体で、水の抵抗をかわし、あるいは利用して、
魚にも負けないぐらいのスピードで泳いだ。
流れの中でも地面をしっかりとつかんで立つことができた。
石から石へと渡り、岩肌を覆う藻を鋭い口ではがして食った。
甘い汁が口の中いっぱいにひろがった。

世界は素晴らしい。
毎日新しい水が生まれて、流れてくる。
その水をプリズムのように通って降ってくる光は、
色も強さも季節とともに変化する。
一日たりと同じ日はないのだ。
たまに葉っぱや花びらが流れてくると、俺たちは歓声をあげて、
それにつかまり、いっしょに川を下ったものだ。
水は、ときには氷のように冷たいことも、ときには荒れ狂うこともあった。
そういうときはじっと石の下にいて息をひそめた。
流されていった仲間のことをときどき考えるが、すぐに忘れてしまう。
生きるとは、今目の前にある水を楽しむことだ。
明日は明日の水が来る。
毎日生まれ変わる水の中で、俺は生きることを楽しんだ。
脱皮を重ねるごとに、俺の体は大きくなり、たくましくなっていった。

それが今はどうだ。
俺の手脚の力は衰えた。
前のように水を掴んで速く泳ぐことができなくなった。
襲ってくる魚に何度もつかまりそうになる。
今日も危ないところだった。
恐怖。
それが俺を支配している。
がたがた震えて石の下にしがみついているしかない臆病者、それが俺だ。
川底からそっと上をうかがう。
キラキラと降ってくる光の、そのすぐ下を、
鋭い歯を剥き出したイワナどもが腹を見せて泳いでいる。
この川の中でいちばん弱いものが俺なのだ。
魚に食われて死んだ仲間のことを思う。
明日は俺が食われるかもしれない。
俺は、動けない。
俺は歳をとってしまったのだ。

俺は長く生きた。
そろそろ終わりが近づいてきたのかもしれない。
俺も、上へ行くのだ。
そう思うと、武者震いがした。
いままで多くの仲間が水を出て上へ行ってしまったのを知っていた。
今度は俺の番なのだ。
だんだん体がこわばってくるのがわかった。
いよいよ近づいてきたのだと思う。

俺は勇気を出して石の下から出て、岩肌を這い登った。
水面からさらに上へと登った。
そこで体が動かなくなった。
目を閉じて、来る時を待った。

目を開けて、俺は驚いた。
俺の体が変わってしまっていた。
胴が痩せて細くなり、尻尾が長く伸びて、糸のような頼りない形になっていた。
顔からは口がなくなっていた。
もう何も食えないということか。

心細さと絶望で泣きだしたくなったとき、
俺の中に今まで経験したことのない衝動が生まれるのを感じた。
それはもっと上へ登りたいという衝動だった。
でもどうやって?
気がついたら、ふわっと体が浮いていた。
足が地を離れ、住み慣れた小川が下の方にあった。
俺は空を飛んでいるのだ。

まわりを見ると、あちこちから俺と同じような細い体が、
背中の薄い羽をふるわせて、空中に登ってきていた。
無数の仲間が飛び立ってきて、空を満たした。
みんなわんわんと狂ったように飛んでいる。
その中の一つに俺は引き寄せられた。
そいつは俺にぶつかってきた。
俺たちは何度もぶつかりあいながらわんわんと空を舞った。
俺は細い腕を伸ばして、そいつの体をつかんだ。
俺の腹の真ん中が熱くなった。
それはものすごい力だった。
腹の火が一気に燃え上がった。
俺は、たぶんそいつの柔らかい体を引き裂いた。
甘い汁が口の中いっぱいに広がった。
俺にはもう口がないので、それは幻覚だったかもしれない。

それが最後だった。
世界は素晴らしい。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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安藤隆 2017年3月5日

ando1703

冬の陽炎

    ストーリー 安藤たかし
       出演 村木仁

 その駅の、線路をまたぐ跨線橋(こせんきょう)の窓には、
必ず四、五人の人影があって、
東京とは反対方向の線路の彼方を眺めています。
東京へ向かう電車が姿をみせるのを、見張っているとみせて、
そのじつ人々の目は、さらに遠くの、奥多摩の山並みを眺めているのかもしれません。
そのような、遠くを眺める人の、どこか茫然たる佇まいをしています。

 西新宿の会社に勤める川瀬さんも、そのなかのひとりです。
ただし電車がやってきて、ほかの人たちが寒いホームへ降りたのに、
川瀬さんはひとり残っていました。
すこしして、反対方向へ向かう電車がの真下から頭を覗かせたとき、
あわてて、そっちのホームへ駆け降りてゆきました。

 川瀬さん、じつは二日連続です。
きのう山並みをみているうち、「東京でないほう行き」に乗ってしまったのです。
そんなこと、はじめてでした。
すると、一駅一駅「なにか」から遠去かるのが、心配でなりませんでした。
電車がいったん乗り換えになる「青梅駅」で、もう限界とばかり降りました。
なのに時計をみると、たかだか三十分しかたっていません。
いったいなにから遠去かったというのだろう。
これから出社しても遅刻ですむくらいです。
わかることは、ひどくドキドキしたことだけ。
癖になりそうだと微かに予感しました。
そうして、きょうです。案の定です。二日連続で「青梅駅」です。

 川瀬さんは迷わず、街道の、きのうとおなじレトロな喫茶店に入りました。
店主が、顔を覚えていたらしく、「あ、どうも」とちょっと笑いました。
川瀬さんは「暇なんでアハハハ」と言い訳しました。

 コーヒーを頼むと、リュックからノートパソコンを出して、
いつもの、ドラゴンズファンの集まるサイトを開きました。
そこはブログをまとめたページで、川瀬さんも、じぶんのブログを載せているのです。

 あゝ今月から、沖縄キャンプがはじまっています。
おとといはフリーバッティング、きのうはシートバッティングでした。
川瀬さんは、CS放送を録画してチェックしています。
贔屓にしている二人の選手が、二人とも気掛かりな出来で、
そのことを書こうと思っていました。
ピッチャーの伊藤と、ショートの堂上(どのうえ)です。
 きょうは準規(じゅんき)と直倫(なおみち)について書く、
というタイトルにしました。
ファンにはそれだけで通じます。
書き出しは「準規は相変わらずであった」

 「つづけて「ストライクをとる自信が、みるからにない。
私の目には投げることそのものを怯えている、としかみえなかった。
ストライクどころか、球を投げることに汲々としている。
フォアボール、ヒット、フォアボール、ホームランという結果は、
ある意味予想どおりであった。思い出すのは去年のキャンプである。
まったくおなじ成りゆきで、シートバッティング途中で投球を禁止され、
即二軍行きを命じられた。
指令したのは去年のピッチングコーチで今年の新監督、森繁和氏その人である。
準規は去年の経験がトラウマとなり、
突然のイップスを発症したのではないか、と心配している。
きのうはそれほど尋常でないピッチングであった。
意外と評判の良い新監督であり、応援するにやぶさかでないが、
なにか恐ろしいところもあるような男かもしれない」とここまで書いて、
最後の行に「よい意味でも」とつけ加えました。
「よい意味でも、なにか恐ろしいところもあるような男かもしれないてんてん(‥)」

 なんだかいつもより疲れたけど、やめると書けなくなるので、
まずいコーヒーをおかわりして、つづけます。

「直倫も相変わらずであった」書き出しはとおなじにしました。
「直倫は美男である。人の良い美男である。
去年苦労してやっととったレギュラーなのに、
ライバルのルーキー京田や、眠い目をして虎視眈々の阿部とニコニコしている。
その笑顔が、いい人丸出しなのだ。
もちろん、打席にそれが出なければ、いい人でいい。出るから問題なのだ。
ライバルの京田と阿部が、抜け目なくヒットをったのに、直倫は中途半端な三振。
どこかまだ本気でないのである。
森新監督は、を意識して「足の速い選手を使う」と公言している。
阿部については去年、代理監督をやったとき、レギュラーの直倫をなぜか外して、
阿部を起用していた。それらはを評価していない、という新監督のメッセージと考えねばなるまい。
直倫よ、笑っている場合ではないのだ」
と書きました。読み返して、もうひとこと、最後につけ加えました。
「私は 心配です」と。

 勘定のとき、レジで、店主が、お近くですかとちょっと怪しむ目をしました。
「あっ、あっ、近いですアハハハ」川瀬さんは答えました。
 外は冬晴れで、暗い店内から出た川瀬さんは、
道の明るさに、一瞬目眩(めまい)に襲われました。
もうやることはありません。そのことにも目眩がします。
駅前のコンビニで、好物のメロンパンを買いました。
時間があるという言い方は、いまの場合変だよなあと考えながら、
駅の反対側へ行ってみることにしました。
そっちは山の斜面で、急な坂道になっていました。
途中、無人のテニスコートに陽が当たっていました。
桜の木がたくさん植わっていて、
春はきれいなのかなと想像しました。

 上まで登ると、グラウンドがひらけていました。
茶色く枯れた、高い樹木たちを背に、野球のネットが立っています。
サッカーのゴールもあって、斜面を利用した観客席が設けられています。
川瀬さんは近くのベンチに座り、コンビニで買ったメロンパンを、
袋からごそごそ出して齧りました。
人っ子ひとりいない広いグラウンドに、尖った透明な光があたっています。
明るすぎます。

 川瀬さんは、これからどうしようと思いました。
家へ帰って、早退き(はやびき)してきたよと妻に告げようか。それとも‥
ここより先にも‥「きょう」はつづいてるんだよな。
ふいに線路がみえます。山へ延びています。
明るすぎます。
なにかが行方を隠しています。
メラメラと陽炎がたっています。
陽炎が逃げてゆきます。
川瀬さんは追いかけます。

出演者情報:村木仁 劇団新感線所属
          (ヴィレッヂ:http://www.village-artist.jp/

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