たくさんのベンチ
久しぶりに田舎に帰ったら
駅前のデパートが今月限りで店じまいすると聞かされた。
そのデパートができたおかげで潰れた地元のデパートは
ピカピカの建物の銀行になっていた。
その銀行は地元の銀行だ。
少しホッとした気持ちになったが、
資金繰りの厳しいデパートと地元の銀行の関係を思うと
それ以上のことを考える気になれない。
地元のデパートで、僕はいつも母の日の贈り物を買っていた。
賑やかだった商店街は半ばシャッターがしまっていた。
商店街を抜けると橋のたもとに公園があった。
公園は橋の左右にあった。
どちらの公園にもベンチがたくさんあった。
用もなく佇むのにちょうどよかった。
橋を渡るとまた公園があった。
向こうの橋まで続く川沿いの細長い公園で
ここにもベンチがたくさんあった。
背もたれのある木のベンチに石のベンチ。
木陰のベンチ、川を見晴らすベンチ、
日当たりのいいベンチ、
道路から見えにくいシャイなベンチ。
ベンチとベンチの間を鴨がヨタヨタ歩いていた。
鴨はまったく人を怖がらず、むしろ近づいてきた。
風が強くなって
頭の上で乾いた木の葉がカサカサ音を立てた。
久しぶりの生まれ故郷だった。
駅前のロータリー以外は人が少なかった。
笹掻き牛蒡のうどんを食べさせる店も
おばちゃんひとりで頑張っていたステーキ屋もなくなって、
お好み焼き屋だけが奇跡的に残っていた。
そして、ベンチがやたらと増えていた。
駅へ戻る途中の道に歩道橋があった。
歩道橋の下には信号のある横断歩道があるから
誰もが横断歩道を渡る。
歩道橋を渡ったところには小さな花壇があって
そこにまたベンチがあった。
すぐそばのバス停にもまたベンチだ。
僕はやっと理解した。
どうやらこの街は年寄りが多いのだ。
ベンチはやさしい存在だと思う。
ベンチは疲れた足を休ませてくれる。
向き合う相手がいないことを目立たなくしてくれる。
目的のない散歩の終点にもなってくれる。
ベンチはやさしい。
ベンチには未来をあきらめた穏やかさがある。
出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/