名雪祐平 2021年6月13日「りんね」

りんね

   ストーリー 名雪祐平  
      出演 清水理沙

昔ね、
『名前のない喫茶店』に入ったよ。
名前のない喫茶店、という
名前の喫茶店。
今はつぶれて、
ほんとうに名前もなくなった。
これだけは忘れないでほしいよ。
尾っぽをくわえた蛇は、
ぐるぐる、ぐるぐる、始まりも終わりもなくて。
ぐるぐる、ぐるぐる、どこにも行けない円。
ねぇ、無限って、しあわせかな?
山手線って、しあわせかな?
終着駅は始発駅の定め。

夜にね、
ため息つくと、魂が痩せるよ。
魂は、光でも煙でもなく、湿気なんだって。
魂の湿気がため息に混じって
肉体から逃げ出すよ。
ため息が成仏できないまま、
夜を彷徨って、朝、露になる。
里芋の葉っぱに乗っかって、
るわーん、るわーん、落ちそうで落ちなさそうで。
るわーん、るわーん、思わせぶりな水銀のよう。
ねぇ、すすってごらん。
中毒になるでしょう。

娘がね、
枕元でふと耳打ちしてきた秘密。
もしもママが死んだらね、
わたしがママを生むから、だいじょうぶ。
そのことを娘はもう憶えていない。
オッケー、オッケー、忘れていいよ。
オッケー、オッケー、何度も生きたくないし。
ねぇ、そろそろ昼。
生まれない都合のタマゴを割って、
サンドイッチでも作ろっか。

昔ね、



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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