直川隆久 2012年6月30日

豊作

          ストーリー 直川隆久
             出演 堂島サバ吉

いやあ、
もう、なんでうちの庭があんな気色のわるいことになってしもたのか。
さっぱりわけがわかりまへんがな。
いつものように朝おきまして。
いつものように庭の木ぃに水をやろ、思いまして。
雨戸をがらっ。
と開けましたら。
アンテナが。
へえ。
アンテナだんがな。
高さにしたら、まあ、大きな松茸ぐらいのでんな。
あの、屋根に立ってる、テレビ用のアンテナありまっしゃろ。
あれを、ちいそうしたようなのが。
庭のそこら中に、こう、びっしりと生えとりまんねんがな。
またけったいなこともあるもんやなあ。
ゆんべ雨戸しめたときは、なんにも見当たらなんだが。
どこぞの阿呆が庭にいたずらしていきよったんかいな。
とまあ思いましたようなことで。
しかし、足の踏み場もおまへんから、歩くのも難儀しまっしゃろ。
邪魔なこっちゃと思て、一本ひっこぬきましたところぉが。
ごぼ。
と地面の下から、なんや、妙なものがでてきました。
それが、あんた。
そうでんな、見た目がいっとう近いもんいうたら――
ナマコでんな。
茶色い、ナマコみたいな。
それが、アンテナの下にくっついてまんねんがな。
ぐにゃあとしてまして、なんやらもぞもぞとこう、蠢いとるんだ。
うわあ。気色の悪い。
おもわず、ほうりだしましたがな。
ぼてちん。
いうて地面におちたら、うにゅうにゅうにゅうにゅと、
のたくりよるんだ。
うっひゃあ。
なんじゃいなこれは、と思て、もう一本手づかみにひっこぬいたら
これまた、アンテナの根っこにナマコがうにゅうにゅ。
こらあ、かなわん。
こんだけ生えとるアンテナの下に全部あれがくっついとるんかいな。
と思いますと、もう足の裏がこそばゆうなって、
いてもたってもおられん。
あわてて家の中にもどったようなことで。
いったい全体、どういうこっちゃ。
近頃は、冬のさなかに桜が咲くやの、
春に雪が降るやのして、お天道様の機嫌がさだまらんことが多かった、
そのせいやろかと、
まわらん頭で考えましたんですが、なおわからんのは、あのナマコどもは、
背中からアンテナ生やして、じいと土の中で何をしてるんかしらん。
首ひねりながら、これこれこんなことになっとぉる、
おまはんどない思うと嫁はんにききますと、嫁はんはですな。
アンテナちゅうたら、電波うけるもんやろと。
そうやろな。
と私がこたえますと、嫁はんの言うのには、
木ぃが葉っぱでお日さんを浴びるようにでんな。
あのナマコもアンテナでそこら中にとんでる電波をひろうて、
それを滋養にしとるんちゃうか。
て言いまんねん。
あほぬかせ。そんな味も匂いもあらへんようなもんが滋養になるかいな。
て言いましたら。
お日さんの光かて味も匂いもあらしまへんがな、と。
口と体重だけは、あいつに勝てまへんな。
ほんで嫁はんは、あんなもんが庭に生えとったら、
洗濯もんも干しにくてかなわん。あんさん、ぜんぶ抜いてしもとおくれ。
こない言いよるんだ。
またもあのナマコを触らなあかんか思たら、
首の筋が細るような思いがいたしましたが、しょうがおまへん。
とにかく手当たり次第にぬいてぬいてぬきました。
たっぷり2時間ほどかかりましたが、
ようやっと全部ぬきおわったら、庭の隅っこで、
ナマコがこんな山になってましたわ。
やれやれと思て今ぬいたほうをふりかえると、なんと。
馬鹿にしてるやおまへんか。
これぐらいの、シメジくらいのアンテナが
またポツポツと生えはじめてまんねんがな。
こらあ、えらいことになってしもた。
うちの庭が、得体のしれんナマコアンテナの巣になってもた。
どないしょしらん思て、
まあ、ここは学のある人に話きくよりないと思いまして、
うかがいましたようなことで。
わたしの知り合いで、大学でてはんのはセンセだけですからな。
評判だっせ。冬の風鈴みたいなお人やいうて。
…ぶらぶらしてるのみ、ちゅうことだすけど。
て、いやいや、うおっほん。
うおっほん。
え。
なんです?
あらま。センセのお宅の庭にも生えとりましたか。
ほう。で、どうなさった…。
…なんと。
な。
なんと。
ほんまでっか。
た、食べなはったんか、あれを。
ぶつ切りにして?
ポン酢と醤油で?
…。
センセ。
センセは前から豪気なお人や思てましたが…たいしたお方や。
ぶらぶらさしとくのはもったいない。
しかし、さぞや、まずかったでっしゃろ。
え?
いけた?
ち、中トロの味がする?
ほんまでっかいな。それ。
えええええ。
あないな見栄えのわるいもんが、そんな味がしまんのか。
はああああ。
そら、試してみなわからんことですなあ。
せやけどだっせ。
自分とこの庭で中トロがじゃんじゃかじゃんじゃかとれるねやったら、
こない都合のええことおまへんがな。
こら豪気な。
近頃世間でも景気の悪い話ばっかりで。
いろいろと心配ごとばっかりやったけど、久しぶりにええ話だすな。
ああ、なんや気分がよろし。
はっはっはっは。
え、なんだす?
ひょっとすると…なんだす?
はい。
あのナマコの正体。
へえ。
ひょっとしたら、なんやと言いなさる。
はあ。
ん?
はあ、うちの嫁はんはひょっとすると正しいと。
どういうことでっしゃろ。
かしこうせんと、はちょうのちがう、でんじはで、
ひかりごうせい、をするしんしゅのいきもの?
そのでんじはは、ひょっとしたら、がんません?
センセ。どこの国のお経だんねん。
もうちょっとやさしいに言うとくなはれ。
はあ。そんな生き物がうじゃうじゃでてきたのは…
せしうむかなにか、が、ばくはつてきにふえておる、せいではないか。
よけいわかりまへんがな。
ほんまに、なまじ学のある人は、
むつかしいことをむつかしう言いはるから、かなん。
まあ、なんでもよろし。
だまって座ってたら庭で中トロがとれるんやからな。
めでたいこっちゃ。
私もさっそく家もどりまして、熱燗の二合もつけましてな、
ナマコさばいてみよかな思います。
どうもどうも、おおきに。
失礼いたします。
はっはっは。
いやあ、なんやら、これからはええことばっかりおこるような気が、
してきました。

出演者情報:堂島サバ吉 満員劇場御礼座


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中山佐知子 2012年6月24日

この星の遺跡を発掘すると

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

この星の遺跡を発掘すると
大きな都市の跡と思われるところからは
必ず鉄の合金を使用した巨大な建造物が出土した。
それは尖った先端を空に向けて立っていたと想像された。
我々はその建造物を「塔」と名付けた。

学者はそれを見てさまざま学説を発表したが
もっとも有力なのは宗教説だった。
この星の住民は各地の「塔」から発信される神の声を聞き
その声にしたがって暮らしていたというのだ。

わずか20種類のアミノ酸から生まれたこの星の生物は
我々が研究しているだけでも500万種に及んでいる。
哺乳類と呼ばれた陸を歩く生物が6000種いた。
翼を持ち空を飛ぶ生物は9000種だといわれる。
水中で暮らす生き物、土のなかで生きるもの、
羽根のある虫に羽根のない虫…
かつてはこの地を覆っていたと思われる木や草や花
目に見えないカビやウイルスまで含めて研究が進むと
この星の生物の種類は3000万種に達するという意見もあった。
この種類の多さ、生物の多様性が
この星の美しさを、生物が生物を養い育てるバランスを
長く保ってきたのだった。

「塔」ができてからだ、と、学者は主張する。
「塔」が発信する言葉は住民全体の思想になり意志になった。
みんな「塔」が見せる衣服や食べ物にあこがれ、
住む場所も移動手段も子供を育てる方法も
祖先から受け継いだ知恵を捨て
「塔」が発信するビジョンを選んだ。
それは星とともに生きることをやめて
星を消費する道を選ぶことだった。

最初に川が枯れたのだと思う。
それから川がつないでいた山と海が枯れ
川と海と森の生き物が死んだ。
それでも住民は「塔」にしたがうことをやめなかった。

「塔」が語る宗教に名前はない。神話もない。
神の名前すらない。
しかし、この星の「塔」はこの星最後の文明から生まれ
そこに棲む生き物を支配し、淘汰し
それによってメンテナンスを失い、みずからも滅びていった。

この星から「塔」を崇拝する住民が消えても
「塔」は長い年月そこに立っていたに違いない。
長い孤独を楽しんだに違いない。

この星の「塔」は
意思を持って滅びへの道を示し続けたのか。
それとも、「塔」も何者かに支配されていたのか。

いま発掘している「塔」は
まだ赤い砂にその大部分が埋もれているが
構造から推測するとこの星の物理単位で634メートルに達するという。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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古居利康 2012年6月17日

電磁波ガール       

         ストーリー 古居利康
            出演 山田キヌヲ

わたしは、
きょうも会社で小説を書いている。
まいにち、定時の一時間まえに出社して
マッキントッシュを起動する。
朝から書きはじめ、昼の休憩をはさんで
八時間。ずっと小説を書く。

株式会社ジュンブンガクという会社に
勤めている。名前の通り、
純文学をビジネスにしている会社だ。
株式会社ジダイショーセツや、
株式会社カンノーショーセツといった
グループ企業にくらべると、
売上げはきわめて小さい。
したがって給料も安いわけだが、
企業ブランドイメージという点で言うと、
株式会社ジュンブンガクの存在は
決して小さくないし、社員のプライドも高い。

そんな株式会社ジュンブンガクの中でも、
メインストリームと言ってもいい
私小説課にわたしは勤めている。
毎月、私小説課長から課題が出る。
六人いる部員が同じ課題で書くことになる。

今月の課題は“アンテナ”だ。
アンテナ。アンテナ。アンテナ。
このところ、ねてもさめてもたべてるときも
アンテナのことを思った。

田口ランディの『アンテナ』はもちろん読んだ。
世界ではじめて電磁波の存在を証明した
ハインリヒ・ヘルツのことも調べた。
八木アンテナのことを知ったときは、
あまりにも面白くて、八木秀次の伝記が
書きたくなってしまった。

調べがいのあるテーマだから
調べてしまうんだ。けれど、いくら調べたって、
ジュンブンガクは近づいてこない。

結局、こんな小説ができた。

『 アンテナ落下   

 マスダくんの部屋にはじめて行った。
 窓の真ん前になぜか大きな段ボール箱が
 立っていて、光を遮っている。
 わたしより背の高い箱。
 なにこれ?と訊いたら、
 ゴミ箱だと言う。覗いてみたら、

 「うわ」

 はんぶんくらいゴミで埋まっている。
 牛乳パックやティッシュ、煙草の空き箱から、
 わけのわからないものまでぎっしり。
 臭いがないのがふしぎ。
 冷蔵庫の空き箱なんだ、って
 いいわけみたいに説明しているマスダくん。

 箱の下の方で、
 なにか小さな黒いものが動いた。

 「きゃっ」

 小さな黒いものは、蟻だった。
 蟻が行列をつくって、箱の下に潜っていく。

 「ありだよ、マスダくん」

 言わなくてもわかることを口に出すわたし。
 そうなんだ、蟻。と、マスダくん。
 蟻がきて困る、という感情はなく、
 ただそこに蟻がいる、という事実を述べる。
 
 問題は、そこが部屋のなかである
 ということだと思うが、
 マスダくんは、いたって冷静だ。
 箱の下の方に、シミがあるような気がしたが、
 見ないことにした。

 段ボール箱の上の方に、
 なぜかテレビのアンテナが取り付けてある。

 「あそこに立てると映りがいいんだよね」

 アンテナを見ているわたしに、
 マスダくんは小さなテレビを指さして説明した。

 わたし、ここで服を脱ぐことになるのかなぁ・・。
 唐突に、ヘンな想像をしてしまう。
 高い高い段ボール箱のふもとで、
 ハダカになって横たわるわたし。
 その横で、わたしたちの営みには
 まるで無関心な蟻たちが歩いている。

 「ぷっ」

 いかん。
 じぶんで想像しておきながら笑ってしまった。
 マスダくんもあいまいに笑ってる。

 (以下略) 』

たぶん、私小説課長は
このへんから先を読んでいない。
途中で原稿を破り捨ててしまったから。
そのあと性行為に及ぶふたり。
ことの最中に主人公の女性が段ボールを
蹴飛ばしてしまい、アンテナが落っこちる。
夜になってもテレビが映らず、
しかたなく二度目の性行為・・。
そんなせつない展開を用意してたのに。

私小説課長いわく、
ただアンテナがアンテナとして
出てくるだけではないか。
そんなものジュンブンガクと言えるか。
アンテナを思想にしろ。
アンテナは何を象徴する。
アンテナを通じて何をメッセージする。
そこんとこ考え直せ。

アンテナ、アンテナ・・。
再びアンテナの海を泳ぎ始めるわたし。
それにしても、
八木アンテナをつくった八木秀次って
すごいなぁ。じぶんの知らないところで、
敵国に利用されるなんてねぇ。数奇だよねぇ。
バトル・オブ・ブリテン、真珠湾、ミッドウェー。
八木アンテナの視点でこのへんの歴史を
書き換えていく。だけど、クライマックスは
戦後のテレビ放送開始。皇太子ご成婚から
東京オリンピックでハッピーエンドにするか。
司馬遼太郎も真っ青の大長編!

だめだめ。
私小説課長にまた、破り捨てられる。
書き直してる時点で、すでにボーナスの
査定マイナスだよなぁ。
アンテナ、アンテナ、アンテナ・・。
情報を受信する。キャッチする。
映像や音声を発信する。さまよう電波。

ひとりブレストしているうちに、
頭のなかにイメージが浮かぶ。
無数のアンテナをいったりきたりする女。
空飛ぶ美女。バットマンに出てきた
キム・ベイジンガーみたいな。

タイトルは、『電磁波ガール』。
よし、できた。

出演者情報:山田キヌヲ 03-5728-6966 株式会社ノックアウト所属

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中島英太 2012年6月10日

アンテナショップ

         ストーリー 中島英太
            出演 大川泰樹

4月
また部長に激怒された。
なんでお前はそんなに鈍いのか。
言われたってわからない。
彼女にも同じことを言われた。

5月
お前のココはからっぽかと頭を叩かれた。
部長を殺してやりたいと思った。
でも、彼女にそう言ったら、頭を叩かれた。
悲しい。

6月
会社の帰り道、見知らぬ店ができていた。
アンテナショップと書いてある。
中をのぞいたら、たくさんのアンテナが売っていた。
へんなの。

7月
部長のやつ、ほんとに許せない。
いくら僕がぼんやりしてるからって、
人前であんなに罵倒しやがって。
落ち込んでいたら、
アンテナショップの店員に声をかけられた。
「アンテナ、無料でサービス中です」
要りません。

8月
彼女にふられた。
鈍い男は嫌いとのこと。
死のうかな。

9月
まだ生きてる。
例の店の店員がしつこいので、
アンテナをもらうことにした。
頭にいきなりアンテナ刺された。
ちょっと痛かったけど、血は出ない。
なんだか、シャッキリした。

10月
最近、仕事がすごくはかどる。
上司や同僚、クライアントの考えてることが、
手に取るようにわかるのだ。
ビビビと頭に飛び込んでくる感じ。
このアンテナのせいだろうか。

11月
仕事、絶好調。
社内の評価うなぎ昇り。
でも、まだ上がいる。
負けないぞ。

12月
部長の嫌がらせはなくなったが、
僕を認めようとしないのがムカつく。
もっと圧倒的な数字を残して、蹴落とすことにした。
アンテナショップに行って、
さらに大きなアンテナに代えてもらう。
天井に届きそうなやつ。

1月
新型アンテナの性能はすごい。
相場の動きまでよくわかる。
部長は降格。僕が新部長になった。
ざまあみろ。

2月
別れた彼女が、部長と付き合ってるのが発覚。
発覚というか、アンテナのおかげで感ずいた。
もうあんなのいいや。僕はビッグになるんだ。
もっと高性能のアンテナがほしい。

3月
アンテナショップで、高さ3mのアンテナをつけてもらう。
つむじのところにギリギリギリとねじ込まれて、
僕の身長は4m70cmになった。
感度は抜群。政治経済の流れまでわかるようになってきた。
政財界の大物や黒幕たちが、頭を下げて僕に話を聞きに来る。
愉快でたまらない。

4月
ライバル出現。
あり得ない高さのアンテナを頭に付けている。
チヤホヤされていい気になりやがって。
こうなったら、いちばんデカいアンテナをつけてもらおう。
アンテナショップの店員が、
ほんとにいいんですね?と、しつこく聞いてくる。
麻酔を打たれた。

5月
目が覚めると、真っ暗な場所にいた。
身動きがとれない。
でも世の中のほとんどのことがわかる。
このアンテナ最強。
みんなが僕めがけてやってくる。
一応、最寄駅をお知らせしとく。
東武伊勢崎線「とうきょうスカイツリー」駅。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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大友美有紀 2012年6月4日

「そのバーのジントニックは格別」

           ストーリー 大友美有紀
              出演 遠藤守哉

え、オレの仕事ですか?
うーん、まー、探し物をするっていうか。
探偵?そんなところですかねー。
ところで、マスター。
ここのジントニック、キリッとしてるんだけど、
奥が深い感じで、おいしいですね。
え、ジンを2種類使っているんですか?
マスターのオリジナルレシピ?
あ、マスターの師匠のレシピなんだ。
オレ、ジントニック好きなんですけど、
こんなの飲んだことないですよ。

ジンをトニックウオーターで割り、
レモンかライムを搾る。
それだけでカクテルになる。
シンプルだからこそ、
作り手によって個性が生まれる。

今日、オレは、このバーに仕事をしに来た。
マスターにあるものを渡さなくてはいけない。

思いというものは、波動でできていて、あまりに強いと、
思っていた本人がいなくなっても、その場で漂っている。
世間では「念」とか呼ばれているけれど、
そんなにおどろおどろしいものではない。
「ぽわぽわ」とそこにある感じだ。

その「ぽわぽわ」を見つけて、アンテナを立てる。
それがおれの仕事だ。
その思いがどんなものか、とか、
誰のものだ、とかは考えない。
考えないようにしている。
ひとたび考えると、思いがどっとオレの身に流れ込んで、
ふくらんで満たされてしまって、オレの輪郭がなくなってしまう。
オレが消えてしまう。

アンテナを立てて、それでオレの仕事は終わり。
ではない。

「ぽわぽわ」はアンテナが立つと、
ひとすじの淡い光となって発信される。
オレは、その光をたどる。
ずうっとたどっていくと、
思いを届けるべき相手に到着する。
そこに受信アンテナをつける。
ここで大事なのは、つけることを相手に
知られてはいけない、ということ。

アンテナは、オレたちにしか見えない。
気づかれても説明することができない。
アンテナをつけるチャンスを失ってしまう。

でも、今回は受信する相手がいて、よかった。
この思いは、あの破壊された地から来た。
オレたちは、あの地に数えきれないほどの発信アンテナを立てた。
でも受信先が見つかったのは、その半分にも満たない。
行き先のない思いをどうするのか、どうしたらいいのか。
オレたちは考え続けている。

ジントニックを、もう1杯。

オレは、おかわりを頼み、
マスターが氷を取り出そうとうつむいたスキに
アンテナをつけた。

マスターが顔を上げる。
一瞬、何かを探すような表情になった。

受信したんだ。
ほっとした。

2杯目のジントニックは1杯目より、
2種類のジンのバランスがさらに絶妙で、
格別な味わいだった。
何故、味が変わったのか。
オレは考えないようにした。
まだ消えたくない。
このカクテルを最後まで味わいたい。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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