朝食はベーコンエッグ
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹
朝食はベーコンエッグ。
カリッと焼いたベーコンと目玉焼きのカプセルを口に含む。
それから薄切りのトーストにバター。
トースト味のカプセルを取り出して
待てよ、今朝はクロワッサンにしようかと考えてみたが
結局どうでもよくなってトースト味にした。
コーヒーはお湯で溶かせばコーヒーという名の液体になる。
この発明は前世紀のものだが
この国が竈で米を炊き、七輪でサンマを焼いていた時代に
未来の食文化を決定する発明がなされたことに
僕は驚嘆を禁じ得ない。
しかもコーヒーはもともと粉とお湯でつくるものなのに
その本物の粉をわざわざ安直な粉に工夫したあたりが
実にいまの時代の先駆けといえる。
エネルギー配分の不平等をなくすため、という大義名分で
個人が自由に使えるエネルギーは最小限となり
残りはすべて生産に向けられた。
ベーコンを焼く炎は消え、
カロリーと栄養素が濃縮されたカプセルが配給されるようになった。
生産地は工場と直結し、100%安全基準に基づいて加工される。
つまりカプセルにされてしまう。
おかげで食品に起因する感染病は皆無になったが
土地土地の味の楽しみは消え
みずみずしいレタスの緑もカプセルの箱の写真で見るだけになった。
部屋の温度も蛇口から出る水の水質も均一になり
肺に取り込む空気さえコントロールされるようになってからは
僕たちは風邪ひとつひかないほど安全で
死にたくなるほど退屈だ。
僕は朝から夕食に思いを馳せる。
あれこれ考えをめぐらしてみる。
鴨のオレンジ煮、ワインはシャンベルタン。
それとも若竹煮にナズナの辛子和え、とび魚のすり身、
ジュンサイの味噌汁。
モヤシを縦に割いてその一本一本に挽肉を詰めた中国の…
と、そこまで考えて馬鹿馬鹿しくなった。
モヤシに挽肉を詰めるという奇天烈さを目で見ることがなければ
単なる挽肉モヤシ炒めだと気づいたのだ。
カプセルのメニューは世界のファーストフードから
高級料理までを網羅する。
ただそこには娯楽や遊びがないだけだ。
一年を通じて、計画的に雨が降り計画的に日が当たり
培養液から同じ味の稲が育ち、養殖場で魚が生産される。
手帳には「月曜日AM4時から6時まで雨」と
お天気まで当然のように印刷されている。
にわか雨の心配さえなくなった毎日は
大げさにいうと危険を共有することもなくなったわけで
死にたくなるほど安全で孤独で退屈なのだ。
ただ、死ぬと大嫌いなカプセルに詰め込まれ
埋葬用ロケットで打ち上げられることがわかっており
もしかして、生きていることを意味する「生」の反対語は
「死」ではなく「カプセル」ではないかと考えたりしながら
たぶん僕は明日もベーコンエッグを食べるのだろう。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP