ながくもがなと
百人一首? 得意だよ、おれ。
かるた取り。
やるんだ、百人一首。
へえ、こどものときから?
いまも、だいたい憶えてる?
すごいね。帰国子女なのに? ははは。
なにが好きって…
そうだな、あれ。あの有名な。
富士山が、でてくるやつ。
そうそう、それ。「たごのうらにうちいでてみれば」。
ウチをでて、たごのうらまで行ってみれば。
…でしょ。そうそう。
富士のたかねに雪が降ってる、ってやつ。
でも、富士山の高いところに、雪が降ってるって…
どうやって見えたんだろうね。
そんなこと、考えたこともなかった?
百人一首、いいけど、むずかしいよね。
意味、わかりそうで、わかんないもん。
ああ、あれね。「ひさかたの」。
「ひさかた」って、地名じゃない、たぶん。
「ひさかたの ひかりのどけき はるのひに
しずこころなく はなのちるらん」
ちがうか。「ひさしぶり」ってことかな。
ひさしぶり、春っぽーい、のどかな日に。
「しず」は、名前でしょ。女の。
わかった。義経じゃなかったっけ。これつくったの。
静御前のことでしょ。応仁の乱かなんかで死んだ。
「花の散る乱」
戦乱の世の、悲劇の恋の歌なんじゃねーの。きっと。
やっぱ、かわいそうだな、義経。
ひいき、したくなる。
恋の歌、多いね、百人一首。
習ったけどさ、恋の歌ばっかつくってたって、昔のひと。
源氏物語とか、平家物語とか。
恋と戦の時代だったんだよな…。
ロマンチックといや、ロマンチックだけど。
清少納言だっけ。静御前と…。ああ、小野小町。
三大美人ね。坊主めくりの、お姫様!
蝉丸! うけるっ! そう、おれも嫌い、あいつ。
蝉丸の歌、憶えてるの? すげえ。
「これやこの」「行くも帰るも」「別れては」
どっちなんだよ、蝉丸!
「知るも知らぬも」「おおさかのせき」
蝉丸、優柔不断すぎっ。ぜったい、A型!
乙女座! …おれとおなじ。
しかも、大阪人のくせに。気がよわそう。
坊さんも、恋したんだ。
行ったり来たり。くっついたり別れたり。
わかるなあ。
で。
いちばん好きな歌は、なんなの?
「きみがため」
「君固め」? でたっ、必殺技!
「おしからざりし いのちさえ」
しかられてもいい。君の親に…。
この命さえ、どうなってもいい。君固めで!
うん。わかる。わかる。その気持ち。
「ながくもがなと」
がなと、が、わかんねーな。がなとが…。
ひとの名前かな。こういうときは。
「おもいけるかな」
思って、蹴るんだ。石か、ボールを。
がなと。
ずーっと、思ってるんだ。
恋するがなと。それで、蹴っとばすんだ…。
「きみがため おしからざりし いのちさえ
ながくもがなと おもいけるかな」
おなじだな。むかしも、いまも…。