中村直史 2016年5月8日

nakamura1604

「第103代宇宙人司令官による地球侵略作戦」

     ストーリー 中村直史
        出演 大川泰樹

宇宙人による地球侵略計画が進んでいることは、
一部の人間の間では、長い間常識だった。
ただ、宇宙人が地球を侵略している、なんてことを言う人間は、
ほとんどの場合変人扱いされてしまうのと、
それ以上に、宇宙人たちの地球侵略計画が伝統的に「ゆるい」ために、
いまだほとんどの人間は宇宙人を空想的な存在としか考えていなかった。
しかし宇宙人はいたるところにいて、地球の侵略を進めていた。
問題は「伝統的なゆるさ」だ。
宇宙人が最初に地球侵略を始めたのは、およそ10万年前にさかのぼる。
初代の地球侵略担当司令官は、地球征服に必要な時間を
およそ3日とみつもった。最初の見通しから、ゆるかった。
それから、はや10万年である。
宇宙人の侵略作戦の「ゆるさ」は、宇宙人たちの性格によるところが大きい。すぐにワイワイ盛り上がって「それおもしろいじゃーん」で作戦を決めるのだ。たとえば「火の作戦」というものがあった。
無知な人間に「火」というものを与える。
その暖かさに人類は狂喜乱舞して火を使うだろう。
そのうち、人間の住むところだけ火事が多発。
人類は滅び、ほかの地球の資源は保たれたまま、宇宙人の物になる。
「サイコーじゃーん」宇宙人たちは言った。
が、言うほど火事は起こらなかった。
むしろ、人間はうまいこと火を使いこなし、活動領域を広げ進化した。
その後も「気候を変えてみる」やら「隕石をぶつけてみる」という
本格的なものから、「酒を覚えさせる」「不倫を流行らせる」という、
いかにも宇宙人ノリな作戦までいろんな作戦が遂行された。
98代目の宇宙人司令官は、史上初の「ゆるくない」司令官だった。
おかげで宇宙人の間では人気がなかったが、作戦はとっておきだった。
戦争を人類に覚えさせたのだ。
ただの戦争ではない。大量殺戮兵器による世界戦争だ。
これはやばかった。いよいよ人類は滅びそうになった。
が、それも結果的には失敗に終わった。
なんとか人間たちは切り抜けたのだ。宇宙人たちは会議をひらいた。
なぜこんなにも地球侵略を失敗するのか。ゆるい会議だった。
活発なゆるい議論の中で生まれた、ゆるめの結論としては、
「地球の人間っていうのは、宇宙人みたいにゆるくないよねえ」
ということだった。いざというとき、ゆるくない。
なんかこうまじめにがんばっちゃう。それがしぶとい。
宇宙人たちは口々に言った。「かもねえ〜」。
現在、地球侵略計画は第103代地球侵略司令官のもとに進行中である。
これまでの教訓から、宇宙人たちは、
人間たちにゆるくなってもらおうという作戦を立てた。
まじめにがんばっちゃう人間を滅びやすくするためには、
ちょっと「ゆるく」させたほうがいい。
作戦名は「ベンチ作戦」。お気づきの人もいるだろう。
この20年で世界中の街にベンチが増えたことを。
あくせくがんばって困難を乗り切ろうとする人間に、
すぐ座って、すぐ休んで「まあ、てきとうでいいや」という精神を
植え付けるための作戦だ。宇宙人たちは手応えを感じている。
「てきとうでいいや」がいずれ「滅んじゃってもいいかな」という
気分に変わる手応えを。まあそれも、ゆるい手応えなのだが。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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勝浦雅彦 2016年5月1日

katuura1605

貝殻から

    ストーリー 勝浦雅彦
      出演 西尾まり

16歳になったある日、私は貝殻から出た。
そしてそれなりの決意をもって清廉潔白に生きていくことを決めたのだ。

きっかけは彼氏の、
いや彼氏と呼ぶにはややこしい感情が渦巻きすぎていた込山が、
文化祭の打ち上げを終えた帰り、
私を五反田のラブホテルに連れ込もうとしたことにある。

入り口の前で込山が私の腕をありったけの力で引っ張って連れ込もうとしたときに、
ああ、こいつの全力はこんなもんかと思い、
死んだ祖父に習った技で
(変わった人で厚木の自衛隊で護身術の講習をたまに受けていた)
腕をひねり返したら、「キャンキャン」という
犬の悲鳴とほぼ同音域の叫び声をあげて、ガードレールによろけて転げた。

それがあまりにゆっくりあざやかに見えたので、
あ、ほんとうにドラマみたいに必殺技ってスローモーションになるんだ、と
私は思った。

ちょっと上気しながら、黄色く煤けた公営住宅に小走りで帰り、
リビングでマルボロを吸っていた母に、
「アッタマきた!」
と私は叫んだのである。

思いつく限り込山の悪口を並べる私を、ニヤニヤ見つめながら母は
「その子と、あんた、悪くない組みあわせだと思うよ」
と、火の付いたタバコの灰皿に、ウーロン茶をかけながら言った。

「何でお似合い?」
「その人を語ってる表情で、まあわかるもんよ」
と、ぽんと私の肩に手を置き、

「あたしと口きかないキャンペーン、やめたんだ?」
と言った。私はしまったと思った。母と会話をするのは、3か月ぶりだった。

「寿司が来る時間だから、会いたくなきゃ部屋行ってな」

「寿司」とは出前のことではない、母の恋人のことである。
いつも寿司をお土産に持って家にくるので、そういうあだ名になった。
最初は銀座の有名な寿司屋の折り詰を持ってきたが、
次からだんだんランクが落ちて、半年たった今は回転ずしの
自分でぎゅうぎゅう詰める方式の箱を持ってくる。
来るのはきまって土曜日の夜と決まっていた。
名字はタカハシさんだった。名前はすぐ忘れた。もう50歳くらいに見えた。

ジャージに着替えると込山から、メールが来た。
団地のすぐそばの公園で待っている、という。
今出かけたら、寿司を避ける意思表示のようだが、構わず私はドアを開けた。

公園の奥まった小高い丘のベンチに、
込山はしおらしい顔で座っていた。よく見ると東欧種の鼻の広がった犬に似ている。
「さっきはごめん。やっぱり五反田ってのはムードが・・・」
「そういうことじゃない」
私は遮った。
「込山は潔くなかった」
「なんだよ、それ」
「世界には73億人がいて、日本には1億2千万人がいるわけ。
その中で知り合ったあたしたちが、
あの日五反田でそういうことをすることに、
あなたは何の必然性も用意してくれなかった」
「そんな難しいこと・・・」
「面倒でしょ?でも、あんたも面倒な女を好きになった面倒さを受け入れて、
イチからやり直しなさい」
気落ちした様子の込山に、少し優しい口調で私はささやいた。
「でも、おかげでちょっとよくなった事もある、ありがとう」
「え、それはどういう・・・」
「さ、今日は帰って。ごめん、ここ、暗さといい、人気のなさといい、
ムードばっちりの環境だけど、キスとかしないから。そういう気分じゃないから」

とぼとぼ帰っていく込山を見送ったあと、しばらくベンチに佇んでいた。
と、遠くに小さな赤い灯がみえた。徐々に近づいてくる。
それが、母が吸う煙草の火だと気づいたとき、
私は全身の緊張がとけていく感覚を味わった。

暗い海の向こうで、灯台の火を見つけた船乗りはきっとそれを希望と呼んだだろう。
希望は私の隣にやってきた。

「よく来たね、昔はここ。じいちゃんが生きてるときは」
「うん」
「彼氏は?」
私は、彼氏じゃないと言おうとしてもうどうでもよくなって、
「帰った」とだけ言った。
「隣いい?」
「いいよ」
母はベンチに座ると、あーっとため息を漏らした。
「座っちゃいけないベンチってあるんだよねえ。
こっちが空いててさあどうぞ、って言ったって、
あっちは別の誰かの隣に座ってたりさ」

私はなぜ母はここにいるんだろう、と思った。
そうか、寿司は来なかったか。
そして、あのぎゅうぎゅうな回転寿司の折詰も、きっともう来ない。

いったん手に持ったタバコに火をつけるのを留めて、
「クソッ」と母はつぶやいた。
それでも母はきれいだった。
多分、この人はいつか剥がれ落ちてしまう儚いものをまき散らしながらでないと
前に進めないのだ。

「あんたさ、大学行きたいっていってたっけ?」
「そんな話、したことまだないでしょ」
「口きかなかったからよ。
流れ作業みたいにあたしの娘が、ガッコンガッコンベルトを運ばれてくのは
気持ち悪いと思ってたけど、
好きにしなよ。別に水商売したってかまやしないんだからさ」
「その年で?いくつよ」
「この年だからよ。世間には同情したくてうずうずしてる人たちが
いっぱいいるからね。
本当はたいして差なんてないんだよ。分かり合えないのは、
もっと高いビルの展望台のようなところにいて、人が虫けらみたいに見えて、
はじめて無責任な判断をくだせるやつら。
勇気ある決断は、弱い人間にしかできないってことをわかろうともしない人たち。
でもあたしたちのためなら、喜んでそいつらに同情されるよ。そのほうが健全だもの」

母と私はいつしか、手を握り合っていた。
小さな頃から冷たいと記憶していたその手の甲は驚くほど熱かった。
怒っているのだ、きっと自分自身に。
そのエネルギーを必死に体全体で受け止めようとしている。
ふと、世界のありとあらゆる不自由さ、理不尽さ、不条理を、
包み込んで生きていくことが、
私の望む潔さなのではないか、と思った。
ベンチの周りをブラケットの灯が照らしていた。私たちは漂っていたが、
不安ではなかった。

16歳になったある日私は、貝殻から出た。
そしてそれなりの決意をもって清廉潔白に生きていくことを決めたのだ。母のように。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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