中山佐知子 2022年10月30日「青い鳥」

青い鳥

ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

1879年の4月8日は
イギリスの牛乳屋にとって特別な日だった。。
この日、初めてミルクはガラス瓶で配達されたのだ。
それまではミルク売りがくると
おかみさんたちは瓶や水差しを持って家から出てきて
馬車に積んだミルクをおたまですくって買っていた。
朝昼晩、一日3回牛乳売りが来ていた時代だ。

さて、このガラス瓶のミルクが定着した1920年代のはじめ
イギリスの南部の街サウサンプトンの郊外で
アオガラという青い羽を持つ小鳥が
玄関口に配達された瓶の蓋をこじ開けて
盗み飲みをする姿が目撃された。
蓋のすぐ下には乳脂肪たっぷりのクリームが固まっている。
それを飲んでしまうのだ。

やがて黒いネクタイのシジュウカラや
とんがり帽子のヒガラもアオガラを見習うようになり
イギリス中でミルクを盗む小鳥が目撃されるようになった。
それから赤いチョッキのコマドリがやってきて
アオガラのお余りを飲むようになった。
さらに少し離れた茂みにはキツネが座り込んで順番を待っていた。
小鳥たちはすっかり牛乳配達のファンになった。
彼らは常に配達のクルマを取り巻き、
隙を見つけては配達する前のミルクを飲んだ。
ある学校に配達された300本の牛乳のうち
50本以上が盗み飲みされていた日もあったという・

ミルク瓶の蓋はいろいろ開かない工夫が考えられたが
状況は改善されなかった。

ミルクを受け取る人が鳥を理解する必要があるという
意見が出された。
鳥は見つけたものを食べにくるのだから、
見えなくすればいい。
頑丈な牛乳箱の登場だった。

動物学者は鳥の社会的行動について研究を深め、
カメラを持っている人はプロもアマチュアも
小鳥がミルクを飲んでいる写真を撮りたがった。
ミルク瓶と小鳥の絵は人気のカードにもなった。

不思議だったのは何十年も被害に遭い続けた人々から
鳥を追い払えという意見が出なかったことである。
ある新聞にはこんな投書が届いた。
「私たちが小鳥の棲む森を奪ったのです。
 人間の愚かな行為が彼らを追い詰めたのです。」

いまアオガラはミルクを盗むのをやめている。
配達が減って、みんな店でミルクを買うようになったし
瓶の蓋も開けにくくなったのもあるが、
庭のある家ではチーズやベーコンの皮、ナッツなどのご馳走を
置いてくれるのだから
わざわざ開けにくい蓋に挑戦する必要もない。

イギリスは鳥を愛する国である。
バードウォッチング発祥の地で、日常の話題のひとつが自然科学だ。
野鳥の数は、持続可能な農業の土地利用の目印になっている。
しかし、この国でさえ2012年に発表された報告によると
野鳥は半世紀でおよそ20%、4400万羽減っている。

2017年、王立鳥類保護協会では庭で野鳥を助ける提案をした。
その中には庭で野菜を育て、
その野菜につく害虫を食べてもらうと言う提案が含まれていた。




出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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佐藤充 2022年10月23日「ミルク色の霧のなか」

ミルク色の霧のなか。

  ストーリー 佐藤充
     出演 地曳豪

どこにいても仕事ができるようになった。

1ヶ月、帰省した。

実家のベッドで大の字になる。
天井にシミがある。
高校時代も同じシミを見ていた。
あの頃はずっと見ていると人の顔に見えて少し怖かった。
喋り出しそうで、本当のこと言いそうで、聞きたくないこと言いそうで。

高校時代。

北海道の旭川にいる。
大人になったら実家のデリヘルを継ぐと思っている。
土方と美容師と自衛隊とデリヘルしか仕事がないと思っている。
自転車があればどこへでもいけると思っている。

今いる友達とずっと大人になっても遊んでいると思っている。
世界で1番おいしいのはスープカレーだと思っている。
そのとき付き合っている女の子と結婚すると思っている。
湯上がりに行く犬の散歩のときの肌に触れる風が好きでいる。

担任のクラヤ先生と分かり合えなさすぎて悩んでいる。
オナニーしすぎると頭が悪くなるとネットに書かれた言葉を信じている。
車に轢かれてもなぜか自分だけは無傷で死なないと思っている。
隕石が落ちてきても自分と好きな人の2人は生きていると思っている。

授業中にテロリストが襲撃してきたときのシミュレーションをしている。
サッカーを辞めたことを少し後悔している。
バイトを休みたいと思っている。
980円で焼肉食べ放題の焼肉カルイチに毎日のように放課後行っている。

千代の山公園で夏にある盆踊り大会を楽しみにしている。
PS2のみんなのテニスで増井が負けを認めないのでイラッとしている。
安田美沙子の京都弁にハマっている。

娯楽もない。事件もない。
その割に変質者と性犯罪が多い。
EXILEと西野カナの影響が異常で、
何か変なことをしたらすぐに噂になり、
イオンに行けば知り合いに会うこの街に、
息苦しさや閉塞感を覚えている。
ここではないどこかへ行きたいと思っている。

いま。

東京にいる。
デリヘルは継いでいない。
あの頃は知らなかった職業についている。
自転車はもう10年くらい乗っていない。

あの頃の友達とは、よくて正月に会うほどになっている。
あの頃いつも集まっていられてどれだけ幸せなことだったのかを知った。
いまの方が宿題はある。毎日が夏休み最終日みたいだ。
いまでもスープカレーが世界で1番美味しい。
が、他にもいろんな美味しいものがあることも知っている。
実家のごはんのありがたさにも気づいた。

あの頃付き合っていた女の子とはお別れをした。
湯上がりの犬の散歩をしているときの肌に触れる風も気持ちいいけど、
サウナ後の下北沢の風も気持ちいい。
担任のクラヤ先生がかわいく思えるほどいろんな人がいることを知った。

ネットに書かれた言葉は信用しすぎないようにしている。
車に轢かれたら、ぜんぜん死ぬ気がする。
隕石が落ちてもやっぱり好きな女の子と2人生きている気がする。
業務中にめんどうな頼み事をされたときのシミュレーションをしている。

仕事を休みたい日もある。
毎日のようにコンビニのお弁当を食べている。
増井にはLINEをブロックされたのでちょっとイラッとしている。
今は安田美沙子の京都弁にはハマってない。
息苦しさや閉塞感を感じる街からはでた。

また天井のシミを見る。
シミは喋り出さない。
本当のことを言わない。
聞きたくないことも言わない。
もう怖くない。すこしさみしい。
窓から入ってきた夜明けの風がカーテンを揺らす。
朝露に濡れた青い草のにおいがする。
ミルク色の霧のなか、久しぶりに犬の散歩へ行く。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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