佐藤充 2022年10月23日「ミルク色の霧のなか」

ミルク色の霧のなか。

  ストーリー 佐藤充
     出演 地曳豪

どこにいても仕事ができるようになった。

1ヶ月、帰省した。

実家のベッドで大の字になる。
天井にシミがある。
高校時代も同じシミを見ていた。
あの頃はずっと見ていると人の顔に見えて少し怖かった。
喋り出しそうで、本当のこと言いそうで、聞きたくないこと言いそうで。

高校時代。

北海道の旭川にいる。
大人になったら実家のデリヘルを継ぐと思っている。
土方と美容師と自衛隊とデリヘルしか仕事がないと思っている。
自転車があればどこへでもいけると思っている。

今いる友達とずっと大人になっても遊んでいると思っている。
世界で1番おいしいのはスープカレーだと思っている。
そのとき付き合っている女の子と結婚すると思っている。
湯上がりに行く犬の散歩のときの肌に触れる風が好きでいる。

担任のクラヤ先生と分かり合えなさすぎて悩んでいる。
オナニーしすぎると頭が悪くなるとネットに書かれた言葉を信じている。
車に轢かれてもなぜか自分だけは無傷で死なないと思っている。
隕石が落ちてきても自分と好きな人の2人は生きていると思っている。

授業中にテロリストが襲撃してきたときのシミュレーションをしている。
サッカーを辞めたことを少し後悔している。
バイトを休みたいと思っている。
980円で焼肉食べ放題の焼肉カルイチに毎日のように放課後行っている。

千代の山公園で夏にある盆踊り大会を楽しみにしている。
PS2のみんなのテニスで増井が負けを認めないのでイラッとしている。
安田美沙子の京都弁にハマっている。

娯楽もない。事件もない。
その割に変質者と性犯罪が多い。
EXILEと西野カナの影響が異常で、
何か変なことをしたらすぐに噂になり、
イオンに行けば知り合いに会うこの街に、
息苦しさや閉塞感を覚えている。
ここではないどこかへ行きたいと思っている。

いま。

東京にいる。
デリヘルは継いでいない。
あの頃は知らなかった職業についている。
自転車はもう10年くらい乗っていない。

あの頃の友達とは、よくて正月に会うほどになっている。
あの頃いつも集まっていられてどれだけ幸せなことだったのかを知った。
いまの方が宿題はある。毎日が夏休み最終日みたいだ。
いまでもスープカレーが世界で1番美味しい。
が、他にもいろんな美味しいものがあることも知っている。
実家のごはんのありがたさにも気づいた。

あの頃付き合っていた女の子とはお別れをした。
湯上がりの犬の散歩をしているときの肌に触れる風も気持ちいいけど、
サウナ後の下北沢の風も気持ちいい。
担任のクラヤ先生がかわいく思えるほどいろんな人がいることを知った。

ネットに書かれた言葉は信用しすぎないようにしている。
車に轢かれたら、ぜんぜん死ぬ気がする。
隕石が落ちてもやっぱり好きな女の子と2人生きている気がする。
業務中にめんどうな頼み事をされたときのシミュレーションをしている。

仕事を休みたい日もある。
毎日のようにコンビニのお弁当を食べている。
増井にはLINEをブロックされたのでちょっとイラッとしている。
今は安田美沙子の京都弁にはハマってない。
息苦しさや閉塞感を感じる街からはでた。

また天井のシミを見る。
シミは喋り出さない。
本当のことを言わない。
聞きたくないことも言わない。
もう怖くない。すこしさみしい。
窓から入ってきた夜明けの風がカーテンを揺らす。
朝露に濡れた青い草のにおいがする。
ミルク色の霧のなか、久しぶりに犬の散歩へ行く。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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