細川美和子 2019年10月20日「花火の火花(リバイバル)」

    ストーリー 細川美和子
      出演 地曵豪

江戸時代になり、戦争がなくなり、
使い道がなくなったとき
武器に使われていた火薬は花火に姿を変えた。
不浄なものを払い、
暗闇を照らす火を打ち上げることで、
厄を祓い、死者を悼む、鎮魂の意味をこめて。
そうやって、日本最古の花火大会である
隅田川花火大会が始まった。

やっと平和になったと思ったら
大飢饉と疫病で多数の死者が出て
人々に絶望が広がっていた時代。
倹約を唱えていた徳川吉宗が
両国川で水神祭を開き、慰霊と悪霊退散を祈り、
二十発の花火を贅沢に打ち上げた。

お盆の送り火や迎え火のように
その火は今まで生きてきた人たちと、
これから生きていく人たちの心を
照らしたんだろう。

今でも日本の各地で、
空襲や災害で亡くなってしまった人たちの
霊を悼むために開催されている花火大会がある。

長岡の大空襲で亡くなった人たちの
霊を弔う花火大会を、ビール片手に
打ち上げの真下から見たときには、
音と火花が同時に降りかかってきて、
煙にまみれ、美しいのか恐ろしいのか、
自分がいまどの場所にいるのか、
一瞬わからなくなった。
世界はなんて紙一重なんだろう。

家族や友達と連れ立って、
屋台でりんご飴を買ってもらい、
ワクワクして見上げるはずの花火大会を
子供の頃からどこかいたたまれないような、
物哀しいような気持ちで過ごしていたのは、
そんな由来を感じ取っていたのかもしれない。
花火大会が終わると、町中が緩んだような
ほっとしたような気配に包まれる。

それでも、今年の夏もまた
花火を観にいくんだろう。
終わってくれたことにどこか、
安心するんだろう。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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直川隆久2019年10月6日「猫の恩返し(リバイバル)」

猫の恩返し

            ストーリー 直川隆久
               出演 清水理沙

「卒業制作、すすんでますか」
中央食堂前のベンチでコーヒーを飲みながらぼんやりしていると、
見知らぬおやじが話しかけてきた。
いまどきベレー帽にマフラー。油絵科の教授か?にしては、服がぼろい。
いいかげんな返事をしていると、わたしの隣に腰掛けてきた。
「見覚えありませんか」
おやじが帽子をぬぐと、頭に大きなやけどのあと。
そこだけ髪の毛が生えていない。
「…ない。です。見覚え」
「若い頃、あなたに助けていただいたものです。
 ここの学生にいじめられているところを――」
そう言われて、あ、と思った。
3年ほど前、野良猫のひたいをタバコで焼いている映画学科の学生がいて、 
そいつらとものすごく喧嘩したおぼえがある。 
「現代版世界残酷物語を撮るんだ」とかわけのわからないことを言うバカ達だった。
「はい。その猫です」
ええー。なんだ、ずいぶんふけているな。
「すみませんね、猫は歳とるのがはやくて」
「いえ」
「長年このキャンパス内でうろうろさせてもらいましたが、
 残飯の味が悪くなったんで、河岸を変えようかと思いましてね。
 でもその前に一言あなたにお礼が言いたくて」
 
おどろきはしたが、感激はしなかった。
近頃、恋愛も卒業制作も行き詰っているせいで、
心の余裕がなくなってきたんだろうか。
「最後の機会ですから、何かお願いとか、ないですか」
「お願い?」
「ええ、お礼として…ひとつぐらいならなんとかなるかもしれません」
「今月の家賃とか、なんとかなりますか」
「…う~ん…」
猫おやじはかなり長いあいだ考えていたけれど
「…猫なもんで…」と言った。
「いや、まあ、そりゃそうですよね」
「すみません――ヌードモデルとかは不要ですか。デッサンの」
「特に…」
ああ、とおやじは肩を落とした。
「お役にたてること、なさそうですね」
「いいですよ。気つかわなくて」
「あ、そうだ。せめてちょっとした卒業制作のアドバイスをさしあげましょう」
「なんです」
「――あなたの指導担当の岡崎先生はね、4回生の清本さんとできていますからね。
 彼女とテーマがかぶらないほうがいいですよ。
 このあいだ、3号棟の実習室で二人が乳くりあってるのを窓から見てしまいました」
「へえ」
「かぶると、どうしても自分の女のほうをひいきしますから…なんて、
 すみませんね。こんなことしかもうしあげられなくて。さようなら」
「さよなら」
おやじは礼をして、歩き去った。
たしかに、猫背だった。
さて、わたしも恩返しをしなければならない――岡崎先生にだ。
清本と二股かけてくれてて、ありがとう。
これから、彫刻刀を研いで、岡崎の研究室に向かうことにする。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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中山佐知子 2019年2月24日「一軒宿の日記(2019)」

一軒宿の日記     
                         
    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

目が覚めたら、障子は明るいのに
ポタポタと雨音が聞こえていました。
雨音というより雫の音です。
2階から見ると、
狭い道を隔てた共同浴場の屋根が白く光っていました。

雪、と僕は日記に書いたけれど本当は霜でした。
今朝は大霜です、と宿の女将さんの高い声が
階段を降りる僕の肩に刺さって、
僕は日記のウソを知られたかとうろたえました。

川沿いの一軒宿から見る景色は
その霜の朝を境に一変しました。

葉を落とした落葉樹は
小骨のような枝がくっきりと見えてきました。
川も涸れて細い流れの両側には
あばらが浮き出るように大きな石が顔を出しました。

山も川もすべての罪をさらけ出して眠っているようでした。
僕もよく眠っています。
もう何日も眠りつづけています。

あなたがいなくなってから
あなたがこの世界から消えてから
僕ははじめてやすらかな日々を過しています。
あなたのカラダはもう僕を置き去りにすることはなく
あなたの心はどこにも飛んでいかない。

あなたの眼はもう誰も見ることがなく
あなたの手は誰にも触れることはない。
僕はすっかり安心して白いお湯の中で手足を伸ばし、
あなたを忘れる時間さえ持てるほどです。

お湯の湧く川の向こう岸には
石垣を組んで何軒かの家がうずくまり
そばの畑からここ何日か籾殻を焼く煙が登っています。
籾殻はじわじわと蒸し焼きにすると黒い炭になり
燃え過ぎると白い灰になると教わりました。

僕はきっと、いっぺん灰になってしまったんだ。
そして、灰ではないものに再生するために
この一軒宿にやってきて
心のアリバイを日記に書き続けているのだと思います。

籾殻の煙が消えると
西の空だけが不思議と明るく
ものの輪郭が不確かになる夕暮れがやってきます。

僕があなたの首に手をかけたとき大きく開いたあなたの眼
あのときの眼が日記を覗きこむ気配を感じるのも
そんな夕暮れです。

あなたはその眼を、もう一度眠らせてもらいたいですか。

日記の中の僕は
いなくなったあなたを悲しんでいるけれど
日記を書いている僕は、
何度でもあなたの眼を閉ざすことができます。
それほど僕は、あなたの眼を愛しています。

出演者情報:大川泰樹(フリー)

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岩崎俊一 2019年2月17日「夜汽車(2019)」

夜汽車
    ストーリー 岩崎俊一
       出演 地曳豪

二階の部屋でひとりで寝るようになって、二日目の夜だった。
なかなか眠りに入れないまま、何度も寝返りを打つマモルの耳に、
遠くから思いがけない音が届いた。
あまりにもかすかなので、初めは何の音かわからなかった。
カタンコトン、カタンコトン、カタンコトン、カタンコトン。
汽車か。

まちがいなかった。そのしばらくあとに汽笛が聞こえたのだ。
そうか、夜汽車か。この家には夜汽車の音が届くのか。
階下の奥の部屋で年下の兄弟たちと寝ている時には
まったく気づかなかったその音に、
九歳のマモルは、生れて初めて切ない疼きを知り、
その胸は激しくふるえた。

マモルの頭に、ある映像が浮かんだ。
両側を、畑と樹木研究所の森に挟まれた鉄路を進む、
長い長いSL列車。あたりは漆黒の闇である。
うす暗い客室にはまばらな人影があるものの、
室内はシンと静まり返っている。
ある者は静かに目を閉じ、
ある者は何も見えるはずのない窓外に目を凝らし、
話す者さえ囁くように言葉を交わすだけだ。

中に、若い母子連れがいた。
子どもは、小学生の帽子を被り、小柄で痩せていた。
ふたりはひっそりと身を寄せあい、
人の目から逃げるように顔を伏せている。

マモルを動揺させたのは、その母親だった。
マモルの母にとても似ているのだ。
伏せた顔からはわかりづらいが、その丸くひっつめた髪も、
痩せた肩も、冬になるとひび割れる手も、マモルの母そのものだった。
それが空想だとわかっていても、
マモルの動揺はなかなかおさまらなかった。

マモルの父と母の間では、しばしば諍いが起こった。
何が原因であったか、幼いマモルには知りようがなかったが、
その諍いは、マモルの小さな胸を耐えがたいほど暗くした。
父の喧嘩のやりかたは執拗だった。
母を小突き、時には感情を爆発させ、
時にはねちねちと母の非を言い立て、
あかりをつけない台所に、泣く母を追いつめた。
マモルが母を守ろうとすると、父につきとばされた。
マモルの行為は単に父の感情を煽るだけで、
事態の鎮静に役立ったことは一度もなかった。
子どもなんて何もできない。何の役にも立たない。
マモルは、その時、父を憎むと同時に、自分が子どもであることに絶望した。

夜汽車の中の母は、少年の肩を抱きながら、ピクリとも動かない。
マモルは布団の中で考える。
マモルの母は、この夜汽車の母のように、この家を出て行くのだろうか。
それとも、僕が大人になるまで待てるのだろうか。
夜汽車は果てのない夜を進んで行く。
そのヘッドライトが照らす闇には何もなく、
ただ二本のレールがはるか先まで続いているだけだった。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2019年2月10日「欲望という名の電車に乗って(2019)」

欲望という名の電車に乗って

   ストーリー 中山佐知子
      出演 遠藤守哉

「欲望という名の電車に乗って墓場に乗り換え…」
というセリフから始まるテネシー・ウイリアムズの戯曲は
ニューオリンズを舞台にしている。
「欲望ストリート」という道路が本当にあって
そこを走る電車の表示板に「欲望」と記されていた。
テネシー・ウイリアムズがこの戯曲を書いた頃は電車だったが
蒸気で走ったりロバが牽いた時代もあったそうだ。

ニューオリンズはその土地の70%が海抜0メートル地帯で
まわりを湿地に囲まれている。
だいたいがジメジメと暑い気候で嫌な臭いもする。
3センチ足らずの雨が降ると水害が起きる。
台風が来ようものならえらいことになる。
昔は夏が来ると疫病が流行り、湿った墓場と呼ばれた。
過去1年以内に移住したアメリカ人の3分の1が死んだ年があった。
ヨーロッパから来た人々がほとんど死んだ夏もあった。

あまりに死が身近にあったので
ニューオリンズでは、死ぬことは生きることからの解放と
考えるようになった。
低賃金の生活苦から解放され、疫病の心配からも解放され
死んでめでたしめでたしというわけだ。

葬式はだんだん盛大になった。
ジャズを演奏しながらパレードをする。
まるでカーニバルだ。
その一方で、死人を埋葬しても洪水になるとプカプカ浮かんで
どこかへ流されてしまったりもした。
まあ、仕方がない。そういう町なのだ。

「欲望という名の電車」には
メキシコ人の花売りが登場する。
Flores. Flores. Flores para los muertos
フロレス パラ ロス モエタス
死者に手向けるお花はいかが。

そのスペイン語を聞くと、
ニューオリンズはメキシコ人が母国語で商売ができるくらい
移民が多いのだなと思う。

ところで、
メキシコの死者に捧げる花はマリーゴールドで
死者を導く花といわれる。
コスモスと同じキク科の花で、コスモスと共にメキシコ原産だが、
ニューオリンズの花売りが売るのはけばけばしい造花だ。

Flores para los muertos
Flores para los muertos

低所得者が住むこの区画では
本物の花を買う余裕のある人がいないのかもしれない。
ニューオリンズの狂気のような暑さが
花を枯らしてしまうのかもしれない。

Flores para los muertos

欲望という電車に乗って墓場に乗り換え天国通りに行くと
テネシー・ウイリアムズが戯曲を執筆した家があるそうだ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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中山佐知子 2019年2月3日「できれば土に(2019)」

できれば土に
               
    ストーリー 中山佐知子
       出演 清水理沙

できれば土に埋もれたいと思っている。
壁になりたいと思っている。
できれば息もしたくないけれど
小さな女の子だからどうしてもため息はでてしまう。

なれるものなら透明人間になりたいと思っている。
でも、小さな女の子だから
もとにもどる方法がわからない。

本当は何もしゃべりたくない。
石だから、壁だから、土なのだから。
しゃべろうとすると泣いてしまうから。

心が重くなって固くなって
びしょ濡れになって寒くなって
笑えなくなって、しゃべれなくなって
臆病になって
自分がここにいてもいいのかいけないのか。

みんなの視線と言葉がきっと針のように痛いけど
泣きそうな自分を隠しておくために
凍りついた目を大きく開いている。

どうしてそうなってしまったのか
どうして自分がいまそうなのか
きっかけは5分前でも、
原因は100億光年も彼方にあるから。
どうしてもわからない、わかりたくない。

泣かない小さな女の子はいつもそうして震えている。

年を取った大人はそれを見て
拗ねているとひと言で片付けてしまうけれど
そういう自分の心のなかにも
きっと泣かない小さな女の子がいて
誰にも気づいてもらえないまま凍っている。

誰の心のなかにも泣かない小さな女の子はきっといる。

僕は、そんな小さな女の子の手を取って
あたたかい場所へ連れ出すことのできる
小さな男の子になりたいと思う。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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