一倉宏 2008年2月1日



私の取扱説明書   (朗読バージョン)

                
ストーリー 一倉宏
出演  光野貴子

はじめに。
私の正しい取り扱いについて
次の警告や注意を必ずお守りください。

私の電源は愛情です。
フタマタ・タコ足は絶対にしないでください。

可燃物・危険物には近づけないでください。
アルコールはすこしなら飲用できます。

夏季(なつ)の閉め切った自動車内や
直射日光が当たる所
冷暖房器具の近くに長時間放置しないでください。
体調不良や絶交の原因となります。

湿気やホコリの多い所
振動の激しい所に置かないでください。
不機嫌になる場合があります。

ゴキブリやハエなど虫の侵入にご注意ください。
確実に絶叫の原因となります。

異常な音を出したり 変な臭いがした時には
知らないふりをしてください。
絶対に笑ったりしないでください。

雷にご注意ください。
雷が鳴りだしたら
すぐに安全なところに避難させてください。

留守にする場合は必ず連絡してください。
長期間にわたる留守の場合には
理由と居場所を明確にしてください。

どのような場合にも
決して乱暴に扱わないでください。
無理やり引っぱったり たたいたり
異物を入れたり 絶対にしないでください。

故障かなと思ったら。

私に異常が感じられたときは
とりあえず手を触れないでください。
やけどをする場合があります。
たいていの場合は
自動修正機能が働いてそのうちに回復します。
万が一症状が重いときには
お近くの私の親友に相談してください。

末長くお付き合いいただくために
日頃のお手入れと定期的なメンテナンスを
おすすめいたします。

ケンカした場合
補修の最低保証期間は
電話打ち切り後2日以内です。

私の製造年月日は
忘れないようにしてください。

他人への譲渡または貸与はできません。
この説明書は大切に保管してください。
LOVE ♡

*出演者情報 光野貴子 03-5571-0038 大沢事務所

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一倉宏 2008年1月4日



私はおもちゃ
              

ストーリー 一倉宏
出演  皆口裕子

 
私は おもちゃです

そういったら あなたはどんな私を想像しますか
愛らしさをいっぱいにつめた ぬいぐるみ
おしゃれの大好きな 着せ替え人形
それとも… どんな私を想像しますか
 
私は おもちゃです
ぬいぐるみでも 着せ替え人形でもいい
ゼンマイで走る自動車でも
あるいは 命令通りに動くロボットでもいい
私はほんとうに おもちゃなんだから

私は おもちゃです
思い出してくれましたか あなたはいつも
近くの公園や 友だちの家にも連れていってくれたし
いっぱい ハグもキスも してくれた
私は 私のすべては あなたのものだった
寝ても覚めても あなたのものだった

私は あなたのおもちゃです
そういったら あなたはどんな顔をするのでしょう
こっちを向いてください おねがいです
あなたの友だちは 友だちだと 笑っていえる
あなたの恋人なら 恋人だと 誇らしそうにいうでしょう
でも なぜ… 私は あなたのおもちゃなのに

私は おもちゃです
おもちゃだから おもちゃでいいんです
おもちゃであることに 喜びも幸せも感じてきたのだから
私とあなたの関係は いつだって祝福されて
すれちがうおとなたちは 誰だって目を細めた
ああ 私は なんて幸せなおもちゃだったでしょう

けれど あるとき 私は気づいてしまった
おもちゃ ということばの もうひとつの意味に
それは あなたのママが
あなたとウインナソーセージとの戯れを とがめたとき
「たべものを おもちゃにするんじゃありません」と
びっくりするほど つよく 叱ったとき
私は 一瞬 ウインナソーセージにも勝ったと感じ
やがて もうひとつの別の意味に 気づいた…

私は おもちゃです
私は あなたのおもちゃ なんですよね

思い出してしまいます あのときのことを
私とあなたとの出逢いは 稲妻が走るようでした 
あなたは突然 私の前にあらわれて
あなたの瞳は うるむように輝き 私をみつめた
そして 顔も赤くなるほど ストレートなことばで 
私を 望んだ… 
私を 欲しい と
そのまま 運命のように 結ばれた私たち

それから 夢のような 数年の後
遠い旅先のホテルの部屋に 置き忘れられた 私
私は おもちゃです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出演者情報:皆口裕子 青二プロダクション

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一倉宏 2007年12月7日



クリスマスのワライカワセミ
                

ストーリー  一倉宏
出演   松澤一之

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあう

はい それにつきましては 当方の手違いでしたので
ご迷惑のかからぬよう しっかり対応させていただきます
まことに申し訳ありません
社長からも くれぐれもと… はい 万全を尽くすようにと
言いつかっておりますので そのように できる限りの手だては…

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあう

中村さんからのご指示では 最初はパンダがメインということで
パンダを強調しつつ サブとして ウサギとアライグマ
はい それがおとといのミーティングの時点で やっぱり
アライグマはやめようと ですよね… それは聞きました
アライグマは気が荒いからやめるという方向で
そのかわりに ヒツジはどうかということで ご検討いただいて
あ その連絡いってません? はい そうです…

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあう

はいはい わかりました ええ そうなんです
ヒツジはいいアイデアだとしても 若干 ウサギとかぶるかなと
そのように 山田部長のほうからご懸念が出たということで
その場では たとえば えーと ウサギがヒップホップ系で
ヒツジがパンク系 でしたよね たしか…
ウサギのヒップホップ系はともかく ヒツジのパンク系は
無理があるかなあと 部長がおっしゃったということで…

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあうだろう

それから 中村さんのアドバイスで 山田部長はハツカネズミだと…
ハツカネズミがお好きではないかということで
こちらもさっそく その方向で何点かお送りしているはずです
ええ きのうです え ちょっと待ってください… はい
たしかに きのうの午前中 パンク系と マッチョなアスリート系
押さえとしてアイドル系も… そうですそうです 
目のキラキラッとした ウルウルッとした…
でしょ? 似てますよね たしかに… (笑)
なに笑ってんだ 俺… いまから出れば まだまにあうのに!
でも クリスマスの時期に それはないでしょう…
はい もちろん こちらとしても検討はしましたけど
それに ウサギもヒツジも キャラクターが暗いってことは…
そのためのヒップホップ系でもありますし
それに アイドル系のハツカネズミってこと自体 どうかなと
わかってますわかってます それはもちろん はい
では ワライカワセミってことで 進めてよろしいんですね?

羽田発 21時45分 いまから出れば まだまにあったのに

それでは 踊るパンダがメイン 目がクリクリのハツカネズミ
笑いころげるワライカワセミ ということで 承知しました
いえいえ そんなことございません おもしろいと思います
おもしろくておもしろくて 涙がでるくらいです
いいえ そんな意味じゃ… わかってますわかってます
ですけど… 私が思うには… ほんとうはどうかな と
それでいいのか この時期 ほんとうに伝わるのかな と
クリスマスを待ち望む恋人たち 忙しい年末 渋滞する道
たとえば やっと取れたチケット…

羽田発 21時45分 いまから出ても… もう…

ところで ワライカワセミは なぜ笑いころげているんですか?

出演者情報 松澤一之 5423-5904 シスカンパニー

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一倉宏 2007年11月2日



ことばになりたい

                  
ストーリー 一倉宏
出演 清水理沙

できるなら 三角定規よりも 鉛筆になりたい
筆箱よりも 教科書よりも コンパスよりも
前の席の藤原くんが 隣の白川さんに消しゴムを借りた
透き通った緑色の ブドウ畑の甘い匂いのする消しゴム
3回目に藤原くんが手を延ばしたとき 白川さんは 
消しゴムをカッターナイフで半分に切って渡した あの夏
カッターナイフよりも その消しゴムよりも
やっぱり私は 鉛筆になりたい

できるなら テニスのラケットより ボールになりたい
鉄棒より ハードルより ストップウオッチよりも
そろそろガットを張り替えたほうがいいよ と
コーチに言われた私のラケットは 姉からのおさがりだった
3年生になっても 校内大会の1回戦で負けてしまった
大原さんと私のペア ごめんね 大原さん
それでも私は テニスと仲間が好きだったから
やっぱり私は テニスのボールになりたい

できるなら 座布団よりも コタツになりたい
ふかふかのベッドより バスルームより クロゼットよりも
はじめてデートした吉岡くんは そうとうの寒がりで
映画館を出たらまだ7時なのに もう帰ろうと言った
それから吉岡くんちに上がって コタツに入ってテレビを観た
案の定 ミカンがあって 熱いお茶があって
「日曜洋画劇場」がはじまった 「はっきり言って
きょう観たロードショーより面白いじゃん」 と笑った

そんな私の人生だから 
映画館より ホテルのロビーより
やっぱり私は コタツになりたい
立派なコンサートホールより 大きなスタジアムより 
ライブハウスになってみたい
交響曲第何番より 弾き語りの歌になりたい
ズワイガニやタラバガニの 無口な美味しさよりも
やっぱり私は お好み焼になりたい
喫茶店のテーブル ローカル列車のボックス席
真夜中にかかってくる電話に 私はなりたい
ビジネス街のエグゼクティヴな英会話にはなれないから
勤め帰りの商店街で ばったり逢った同級生との
おしゃべりに 私はなりたい

できるなら 私はなりたい
だれかに届く 手紙になりたい
カワイイとか ムカツクとかの 評判よりも
成功したとか しないとか 風の噂よりも
「お元気ですか?」の 手紙になりたい
届いて2週間 3週間
返事を書きたくなる 手紙になりたい
「うれしかった!」の 手紙になりたい

そうだ 私は ことばになりたい
都会で 男たちが振り返るスタイルよりも
手帳に びっしりのスケジュールよりも
あなたに届く ことばになりたい
たとえ 上手なことばではなくたって
枯葉をサクサク踏みながら 公園でポツリポツリ
あなたと通える ことばになりたい
やっぱり私は ことばになりたい

*出演者情報 清水理沙 http://ashley-r-senzatempo.seesaa.net/

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一倉宏 2007年10月5日



世界水切り選手権

                    
ストーリー 一倉宏
出演  西尾まり

私たちは「水切り」と呼んでいた。
あの、男の子たちがよくしていた遊び。
石を投げて、水面をはねる回数を競う、
あの遊びは世界共通のもので、
世界大会とか世界記録もあるのだという。

ドッジボールを投げるのも苦手な私だけど、
男の子たちが「水切り」で遊ぶのを見ているのは、好きだった。
幼なじみのリョウジくんは、
リトルリーグでもピッチャーで活躍していたから、
見事に波紋をつなげて、私をうっとりさせた。
日がとっぷりと暮れるまで、負けず嫌いの男の子たち。
私はどうしてあの頃、男の子とばかり遊んでいたのだろう?

けれど、いつのまにか男の子とは遊ばなくなり、
やがて、私は女の子たちとばかり遊ぶ時代を過ごす。
そして、リョウジとふたたび会うようになったのは、
二十歳を過ぎてからのことだった。

つきあい始めてまもない秋の日、私たちはドライブに出かけた。
中央高速を走り、遊園地で遊び、最後は湖畔で過ごした。
それぞれ、別の中学、高校に通った、その間のことなど話した。
リョウジは、野球ばかりの日々だった、といった。
高校3年まで野球を続け、半端じゃなく練習もしたけど・・・
結局たいした成績は残せなかった、と。

そこには、広々とした湖があったし、足もとに石もあった。
「ねえ。水切り、やってみせて」
そういうと、リョウジは「憶えてんのか?」と驚いたようすで、
それでもけっこう真剣になって、石を選びはじめた。
そして、夕暮れの湖面に向かって投げた。

「1、2、3、456・・・」

やっぱり、川原の平たい石じゃないとな、なんていいながら。

「1、2、3、4、5678・・・」

何回も、石を探しては、投げた。

ひと休みして、リョウジは、
「世界水切り選手権っていうのがあるらしいんだ」といった。
私は、それを聞いて、にわかに興奮した。
「出なよ。それ、行こうよ!」
「でも世界記録は、40回とか、らしいよ」
「すごい! でも、なんとかならない? 
 練習すれば!?」
そういって、私は「しまった・・・」と思ったのだ。
もしかして、すごく傷つけることをいったのではないかと。
でも、リョウジは、笑いながら答えてくれた。
「そうか。なんとかなるかもしれないな。
 世界水切り選手権って手があったか・・・
 甲子園も、プロ野球も、大リーグも夢で終わったけど。」

そういって、もういちどだけ、湖面に石を投げたリョウジ。

「1、2、3、4、5、6、78910 11・・・!!」

夕陽に光る、その波紋のゆくえは、
キリキリと痛いくらいに、私の胸に刻まれたのだった。

*出演者情報 西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー


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一倉宏 2007年9月7日



熱海の秋

                    
ストーリー 一倉宏
出演  森山周一郎

ある日のこと。
 4次元テレビで「西暦2007年」のチャンネルを観ていた
 夏目漱石と森鴎外は、こんなシーンに目を丸くした。

 欧米人のように髪を金色に染め、アフリカ奥地の少数民族のように
 首飾りを重ねた、東京の若い娘の、こんな話に。

 「私の誕生日のイブにー、超高層ビルのー、超高級レストラン、
  予約してくれてー、12時ちょうどに、プロポーズされたわけー。
  超、ロマンチックじゃない?」

 ロマンチック?
 いま、このお嬢さんは、どのような意味で「ロマンチック」という
 ことばを口にしたのだろう?
 夏目漱石も、森鴎外も、同じ驚きに、たがいの顔を見合わせた。

 「察するに・・・」と、漱石は言った。
 「この男女には、越えられぬ壁、たとえば階層の障壁があり、
  実らぬ恋を予感して言っているのでしょうか」

 「いや、そうではありますまい」と、鴎外は冷静に言う。
 「娘の顔は、困惑も逡巡もしていません」

 「たしかに。竹竿でも叩いたように笑っている」

 「案ずるならば・・・
  西暦2千何年には、<ロマンチック>とは、
  金銭的なる尺度に変わる、ということではないですか・・・」
 
 「金がロマン? べらぼうな!」と、江戸っ子の漱石は憤慨する。
 「ロマンが、金貨に魂を売ってたまるか!」

 陸軍軍医総監、医学者でもある鴎外は、あくまで冷静だ。
 「尾崎さんの描いた『金色夜叉』が、世を席捲するのだろう。
  憐れな貫一は、もはや、月を涙で曇らすこともかなわぬ。
  ほら、ごらんなさい・・・
  ダイヤモンドの大きさを、こんなに喜んでいる。
  このお宮は、どう見ても確信犯だ・・・」

 「それにしたって、世俗の富を
  <ロマンチック>と呼ぶ法がありますか!」

 「・・・夏目さん。
  末世のことに腹を立てても、お体に障ります」

 「西暦2007年」の4次元テレビは、やがて次の番組へ移った。

 「ロマンチックな秋の旅! 
  熱海日帰り、海の幸食べ放題、温泉入り放題、
  おみやげ付きで、5800円!」

 「なんだか、頭が痛くなってきた。胃も痛む・・・」と、
 漱石は、みぞおちに手を当てた。
  
 鴎外もまた、テレビから目をそむけ、
 「薬を処方しましょうか」と、傍らの鞄に手を延ばした。

出演者情報: 森山周一郎 03-5562-0421 オールアウト

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