一倉宏 2007年8月10日



<故郷>と会う夜は

                      
ストーリー 一倉宏
出演 坂東工

仕事の終わりかけた夕方 
「フルサトさんがお見えです」と 受付から連絡が入った 

「しばらく顔を見せないからさ
 東京に出たついでに 寄ってみたんさ
 どう? 忙しそうだね やっぱり 迷惑だったかい・・・」

誰だってびっくりするだろう 約束もなく 突然
自分の<故郷(ふるさと)>が 会社のロビーに立っているとしたら
確かに見覚えのある ひとなつこい笑顔で 
ちょっと場違いな ポロシャツとチノパンかなんかで

「フルサトっていうから そういう名前の誰かかと思った」と
戸惑いつつ 僕は ひさしぶりの<故郷>に会った
「忘れてんじゃないかと思ったけど よかったよ」と
<故郷>は 顔をくしゃくしゃにした 
「これ おみやげ」 
差し出したのは まぎれもなく<故郷>のみやげだ

僕は オフィス近くのダイニングバーに<故郷>を誘った
「さすが 東京の店はおしゃれだ」と <故郷>は喜んだ
「いつもこういう店で 飲むんかい?」と <故郷>のことばで聞いた
「いまどきはどこの店も こんな感じだよ」と 僕は答える
軟骨つくねや イベリコ豚や 海ブドウをつまみに
「やっぱり 東京は違うよ」と <故郷>は言う

それから
「あんまり立派な会社なもんで 驚いた」と <故郷>は真剣な顔
「あんな大企業の課長なんて えれー出世だ」
「100人もいる課長のうちの 1人に過ぎないよ」
「100人も課長がいる!」と そこでも驚く <故郷>の声はでかい

こうして 懐かしい<故郷>と一緒にいて
僕は その 日向ぼっこのような時間を楽しみながらも 
どこかで周囲のことを気にして 気恥ずかしさを感じていたのだ
・・・ごめんよ <故郷>よ
僕は 君が恥ずかしいのではなく 自分自身を恥ずかしいと思う
かつての 僕自身であった君を恥じる自分が 恥ずかしいけれど

<故郷>よ もしかしたら それが
いつのまにか 僕の中に住みついた<東京>かもしれない
<東京>の いちばんいやらしいところかもしれない

「たまには けえって来いよ」と <故郷>は言った
「うん こんどは こっちから会いに行くよ」と 僕は答えた

「やっぱりいいなあ <東京>は」と <故郷>がつぶやく
「・・・でもないさ」という 僕のことばを 
どう思っただろうか・・・ 
<故郷>は

*出演者情報:坂東工  

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一倉宏 2007年7月6日



 
不公平な贈りもの

                       
ストーリー 一倉宏
出演  いせゆみこ

私の姉のことを 
「間違いなく<世界の4大美女>のうちのひとりだ」
といったひとがいる 
そのうち3人はすでに歴史上の人物だから つまり
<世界でいちばんの美女>と いいたかったらしい
そういったのは 
私がひそかに憧れていた 近所の大学生のお兄さんだった

なにしろ 姉ときたら 生まれたときから
ベテランの産科の先生に「こんな美人は見たことがない」といわれ
病院中の看護婦さんたちが のぞきにきては喚声をあげたほど
歩きはじめた姉のかわいらしさに比べたら 
どんなお人形さんもただの人形に過ぎなかったし
幼稚園に入る以前に 親戚のテレビ局のプロデューサーから
「絶対に芸能界には入れない方がいい」と忠告を受けていた

小学中学では 学芸会や運動会のたびに 全校の父兄が
姉の姿を カメラやビデオに収めようと夢中になる始末で
高校では 独身の男性教師を担任にしないよう学校側が配慮し
それでも 化学(ばけがく)と体育の教師が高熱を出したという噂
クルマの運転をはじめたら スピード違反で捕まった白バイの
おまわりさんに 免許証を返されると同時にプロポーズされた・・・
その頃はすでに<世界の4大美女>入りを果たしていた姉に
こんな神話は 日めくりカレンダーのようにあった

ひとにはよく聞かれる 
「あんなに美人のお姉さんをもつのは どんな気持ち?」と
この質問には曖昧に微笑むしかない 単純には答えられないから
たずねるひとは すでに無意識のうちに姉を神格化していて
そして無意識のうちに 私に同情している
「もう慣れましたから」と 私は答える
「あ そうね そういうものかも」と 相手は妙に納得する

いま思えば 父も母も とても心配していてくれたのだ
こんな特別な姉がいて そして 特別ではない妹の私がいて
両親はとにかく 「お姉ちゃんは ほかのひとよりも 妹よりも
ただちょっときれいなだけだから」と 繰り返し教えさとしていた
それは「ほかのひとより背が高いとか 鼻が低いということと
なにも変わらない」 個性のひとつに過ぎないということ
姉は 素直にそれを受け止めて育ったが 妹の私はひそかに
そして時々 泣きじゃくりながら猛烈に 反発した
個性のひとつひとつがすべて 神様の贈りものだとしても
それは なんて不公平な贈りものだろう と

けれど 私にもようやくわかったのだ
姉より早く 結婚して こどもを産んで はじめて

産科の先生が お義理で「美人、美人」と呼んだ
鼻の低い この私の娘だけれど・・・ 
間違いなく「世界でいちばんかわいい」と 夫にも私にも思えること
なんだ こういうことだったのか・・・
両親がいっていたのはこのことで それはまったく正しかったのだ
いつかこの子が 自分の 小さな丸い鼻について
夫か 神様を  恨む日がくるとしても

「お姉ちゃんも早く結婚しなよ 
 あんまり美人だと苦労するね」 というと

「ほんとにそうね」と ぬかしやがった姉だった

*出演者情報:いせゆみこ  03-3460-5858 ダックスープ

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一倉宏 2007年6月1日



せつないオカザキくん

                       
ストーリー 一倉宏
出演   光野貴子

会いに来てくれてありがとう オカザキくん と 私はいった
なんだかせつなくなっちゃったよ オカザキくん

そう私がためいきをついても 絶対に誤解しないところが 彼のいいところだ
こうしてふたりだけで会うなんて たしか3年ぶりのこと
そして もう2度とはないのだろうと思う 私は結婚するから

幼なじみ ともだちよりは もうすこし男性として意識して
けれど 恋人であったことは一度もなかった オカザキくん

3年前 私が手痛い失恋をして お粥さえすする気力をなくしていたとき
たまたま ごく平凡な用件で電話してきたので 私から会おうよと誘い
そうしたら 煙がモウモウの焼き肉屋に連れていってくれた オカザキくん
あの店のタン塩とミノはたしかにおいしかったけれど 煙が目にしみた

ばかだなあ オカザキくん けれど 私は知ってる
あなたは鈍感なんじゃなくて 敏感すぎるから かんじんな話題を避けたこと 
炭火焼き肉の煙と 忘れていた中学時代の笑い話で 私は涙をこぼした
なんだ あいかわらずで安心したよといった オカザキくん
あの日 私はなぜだかヒールの高いサンダルを履いてきてしまい
帰り道 2回もよろけて右側から支えてもらい
3回目につまづいた後には 左側からしっかり腕を抱えてくれて
けれど 決して手は握らなかった オカザキくん

あれから3年 どこから聞いたのか
結婚を決め 仕事をいったん辞めて 郊外の実家に戻った私を 訪ねて来てくれた
結婚する彼氏の話を 多すぎず少なすぎずすると 思ったとおり 
よかったね うまくいくよと 多すぎず少なすぎず うなずいてくれて
私は そのオカザキくんの いい加減でも大げさでもない祝福のしかたが
静かにうれしくて そして ちょっぴりせつなかったのだ

上り電車で帰るオカザキくんと 店を出て歩きはじめた
生まれ育った街だから 神社の参道を抜けると近道だということを知ってる
ここでもういいよというオカザキくんに 駅まで見送るよと付いていった
照明も人通りも少ない道だけど べつに近道以外の意味があるはずもない
両親も元気 兄妹も元気 みたいな話をして歩くだけだった

すると オカザキくんは せっかくだからお参りしていこうと言い出し
拝殿の階段をのぼって お賽銭を投げ 手を合わせた
突然のことに戸惑いながら 私もそれにならった

どうしてなんだろう そして オカザキくんは何を祈ったのだろう
まさか 私のことを? 私の結婚のことを?
だとしたら いいひとすぎるよ せつなすぎるよ オカザキくん

それから 急ぎ足で駅まで向かい 改札を通って一度だけ振り返り 
消えていった後ろ姿の 一度も恋人ではなかった オカザキくん

ありがとう さようなら

*出演者情報 光野貴子 03-5571-0038 大沢事務所

Photo by (c)Tomo.Yun

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一倉宏 2007年5月11日



ミスター リリックを探して
                     

ストーリー 一倉宏
出演    塚本晋也

1987年のある日 
西新宿のホテルをチェックアウトしたまま 彼のゆくえを知らない
誰にも気づかれず ひっそりと姿を消した 
それはどんなマジック? あるいはトリック?
いいえ 彼の名前は ミスター リリック

思い出せるかな?
かつては いろんなところでよく 彼の姿を見かけたものさ
駅のホーム にわか雨の商店街 ジャズの流れる喫茶店 
レイトショウの映画館
いうまでもなく 彼はとてもシャイだったから
僕らはおたがいに 声をかけあうでもなく
かといって無視するでもなく
目を合わせ はにかんで 目を伏せる
( それだけで十分だった 僕らのやさしい流儀 )
それとなく 彼はときどき
とてもきれいな女のひとを連れていたから
そうさ 彼の名前は ミスター リリック
  
1970年のある日 
僕ははじめて彼に出会ったのだと思う 眠れない夏の夜
彼のひとことが僕をとりこにしてしまった 
まるでエレクトリック 息苦しいパニック
僕のヒーロー 彼の名前は ミスター リリック

思い出してみないか?
いつから彼の姿を 見かけなくなってしまったのだろう? 
夕暮れの街角にも 路地裏にも電話ボックスにも 酒場のカウンターにも   
図書館にも書店にも
たしかに 彼がいなくたって 僕たちは生きていける 
ほらこのように
僕たちは結婚し マンションを買い ごちそうを食べる 
僕たちはよく笑い よくお金をつかう
( テレビのニュースでは また爆殺の跡 )
たしかに 彼がいなくたって 僕たちは生きていけるのだけれど
消えた歌声 彼の名前は ミスター リリック

1987年のある日 
東京では最後にその姿が目撃されたまま 彼のゆくえを知らない
誰にも気づかれず ひっそりと姿を消した 
それはどんなマジック? あるいはトリック?
いいえ 彼の名前は ミスター リリック
   
思い出せないのかい?
街中の人間がみんな記憶喪失してしまう チープなSF映画のように
なぜか誰も彼の不在を 怪しまない 話題にしない 
つつがなく日常の地平はつづく
みんな さびしくないのかい? あのさびしい後ろ姿を見失って
新聞は報道しない TVは気にもしない 名前さえ忘れたかも知れない
彼が消えた街の 人気者は ミスター コミック 
( あるいは 羽振りのいい ミスター エコノミック )
みんな 泣かないのか? 泣かないのか? あの哀しみも涙も失って
ああ 僕はひどくさびしいよ ミスター リリック

2007年のある日 窓の外に誰かの気配
僕は窓を開ける そこに あなたはいない
僕の 抒情よ

*出演者情報 塚本晋也 海獣シアター 03-3949-7507

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一倉宏 2007年4月6日



ちいさな旅人
                      

ストーリー 一倉宏
出演 水下きよし

その旅は私のささやかな そして曖昧な 自慢話だ

小学5年生になる春休みに はじめて長距離のひとり旅をした
電車を乗り継いで 関東のある街から 関西のある街まで
乗り換えは 上野 東京 そして京都 の3回
新幹線を京都で降りて 無事 叔母の住む街に向かうローカル線に乗った

平日の午後 乗客はまばらとはいえ 無人のボックスはなかったのだろう
私は車内を見渡し 窓際に白髪のそのひとのいる席の向かいに座った
おそらくは ちいさな会釈をして

いま知っていることばでいえば 「気品のある老紳士」
当時に知っていることばでいえば 「ちょっとかっこいいおじいさん」は
こころよく 小学生の私を迎え入れてくれた
なんだか・・・ どこかで見たような 頭のよさそうなおじいさん

2駅めも過ぎた頃だったと思う なにかの本を読んでいた私は 
向かいの そのひとに話しかけられたのだった
「本は 好きですか?」
決して口数が多いというタイプには思えない そのひとは
線路沿いの踏切が通り過ぎるあいだに ぽつりぽつりと私に話しかけた

「学校は 楽しいですか?」

いまでは 多くの悪口をいわれる「戦後民主主義教育」だけれど
すくなくとも 私の受けた学校教育はそんなものではなかった
それは 「希望」とか「理想」とか まっすぐに語るものだったから 
私はそれを 「大好きだ」と答えたと思う

そのひとはよろこんだ そして
「どの科目が好きですか?」 と 尋ねた

私はすこし考えて そして 2つに絞った
「国語 と 理科」
そう答えたら そのひとの眼が きらりと光ったことを忘れない

「そうですか・・・
 私もこどものころから 両方好きでした
 私は ずっと理科の勉強を専門にしてきましたが・・・
 どちらも すばらしい・・・
 そして はてしない
 ・・・宇宙も ・・・ことばも」

誰だったと思う?
その 向かいの老紳士は 誰だったと思う?

「どちらに進むにせよ
 ぼっちゃん がんばって勉強なさい」

そういって そのひとは 私の頭をなで 次の駅で降りた
そのひとは・・・ もしかして・・・

湯川秀樹博士 だったのではないか と思うのだ

その旅は私のささやかな そして曖昧な記憶の 自慢話だ
私の憧れが 勝手につくった思い出話でない限り

そのひとは素敵だった まっすぐに「未来」を語った

あの頃のこどもたちが みんな好きだった
「湯川博士」よ そして 「希望」よ 「理想」よ 「平和」よ
いつのまにか この時代のローカル線は・・・

どこへゆく?

*出演者情報 水下きよし 03-3709-9430 花組芝居所属

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一倉宏 2007年3月23日



国語の先生がしてくれた「桜」の話

                      
ストーリー  一倉 宏
出演     山下容莉枝

もうすぐ卒業するみなさん おめでとう
もうすぐ この学校とも先生たちとも
さよならをする日が来ます

そしてその日 校門を出れば あのバス通りの交差点が
みなさんの 最初の別れ道になるでしょう
信号を渡るひと 待つひと 駅へと曲がるひと
どんなに名残惜しくても そこはもう別れの道です

3年前 新入生のみなさんを迎えたのは 
校庭の桜の 花吹雪でしたね
あの桜は 今年みなさんを見送るために
咲き急いでいるかもしれません

最後に贈る言葉として
「桜」の話をしようと考えました

国語の授業のあるときに
日本の古典文学で ただ「花」とあることばは
「桜」のことを指していると 
お話したのを憶えていますか
「花」といえば「桜」 は 暗黙の了解でした

それほど 
日本人は「桜の花を愛してきた」といえます
しかし この「愛する」ということばを
ただの「大好きな気持ち」とは考えないでください

きょうは その話をしたかったのです

日本の昔のひとのつくった詩 歌を読むと
「桜」という花を 単純に「好きだ」ということはなく
むしろ「悔しい」とか「悲しい」「切ない」
という気持ちで 表現しています
「桜の花」は美しいけれど あまりに短い時間で散ってゆく
そのことに「胸を痛める」歌ばかりなのです

先生は これが「愛する」ということばの
ほんとうの意味ではないかと思います

桜の花は 咲いて散るまで わずか数週間
けれど 私たちのいのちだって やはり
限りあるものです

日本人が 桜の花からもらったものは
そんないのちの いま生きている時間の
かけがえのなさ 愛おしさ 
だったのではないでしょうか

もうすぐ卒業式 別れの時
ちいさな翼のはえはじめたその肩を 
桜色のまぶしい風が押すでしょう

そのいのちを 大切に
卒業 おめでとう

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

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