<故郷>と会う夜は
ストーリー 一倉宏
出演 坂東工
仕事の終わりかけた夕方
「フルサトさんがお見えです」と 受付から連絡が入った
「しばらく顔を見せないからさ
東京に出たついでに 寄ってみたんさ
どう? 忙しそうだね やっぱり 迷惑だったかい・・・」
誰だってびっくりするだろう 約束もなく 突然
自分の<故郷(ふるさと)>が 会社のロビーに立っているとしたら
確かに見覚えのある ひとなつこい笑顔で
ちょっと場違いな ポロシャツとチノパンかなんかで
「フルサトっていうから そういう名前の誰かかと思った」と
戸惑いつつ 僕は ひさしぶりの<故郷>に会った
「忘れてんじゃないかと思ったけど よかったよ」と
<故郷>は 顔をくしゃくしゃにした
「これ おみやげ」
差し出したのは まぎれもなく<故郷>のみやげだ
僕は オフィス近くのダイニングバーに<故郷>を誘った
「さすが 東京の店はおしゃれだ」と <故郷>は喜んだ
「いつもこういう店で 飲むんかい?」と <故郷>のことばで聞いた
「いまどきはどこの店も こんな感じだよ」と 僕は答える
軟骨つくねや イベリコ豚や 海ブドウをつまみに
「やっぱり 東京は違うよ」と <故郷>は言う
それから
「あんまり立派な会社なもんで 驚いた」と <故郷>は真剣な顔
「あんな大企業の課長なんて えれー出世だ」
「100人もいる課長のうちの 1人に過ぎないよ」
「100人も課長がいる!」と そこでも驚く <故郷>の声はでかい
こうして 懐かしい<故郷>と一緒にいて
僕は その 日向ぼっこのような時間を楽しみながらも
どこかで周囲のことを気にして 気恥ずかしさを感じていたのだ
・・・ごめんよ <故郷>よ
僕は 君が恥ずかしいのではなく 自分自身を恥ずかしいと思う
かつての 僕自身であった君を恥じる自分が 恥ずかしいけれど
<故郷>よ もしかしたら それが
いつのまにか 僕の中に住みついた<東京>かもしれない
<東京>の いちばんいやらしいところかもしれない
「たまには けえって来いよ」と <故郷>は言った
「うん こんどは こっちから会いに行くよ」と 僕は答えた
「やっぱりいいなあ <東京>は」と <故郷>がつぶやく
「・・・でもないさ」という 僕のことばを
どう思っただろうか・・・
<故郷>は
*出演者情報:坂東工