チョコレートには遅すぎる
ストーリー 一倉宏
出演 森田成一
2月に入ったある日、彼女が、
「ねえ、どんなチョコレートが欲しい?」と聞くので、
「そうだな、32口径のオートマチックで、
サイレンサーが付いてるやつ」と、答えた俺。
「また、わけのわかんないこと言って。なに、それ!」と、
彼女は、どんな性能のよいポットよりも早く、一瞬で湯気を立てた。
「ハードボイルド好きの俺様にチョコレートは似合わないのさ」
と、言いたいところだけど、それでは彼女を傷つけすぎる。
男は、優しくなければ生きていく資格がない、のは、言うまでもない。
だから、本当のような嘘のような、こんな話をした。
「むかし、近所のお菓子屋に、ピストルのカタチをした
チョコレートが入荷したんだ。めったに出ないしろものさ。
どんなにそのチョコレートが欲しかったことか。
男の子たちは、みんな憧れたよ。」
やっと、意味がわかりはじめた彼女。俺は、つづける。
「しかし、俺はいち早くあきらめた。
だって・・・ 自分の家の貧しさを恨むとしたら、それは、
かあちゃんを恨むことになるって・・・ わかっていたから。」
湯気を立てていた彼女は、黙った。
そして、すこし考えてから、言った。
「だけど、やっぱり・・・
ピストル型のチョコレートなんて、ぜったい嫌だな。
そんな・・・ 物騒なもの、つくれない。」
「わかった。じゃあ、もっと平和的なやつを。」と、
俺はリクエストした。
ハードボイルドな私立探偵には憧れるけど、現実のこの俺は、
私立大学英文科を出ただけの、極めて平和的な男だ。
・・・生きていく資格だけは、あると思う。
そういえば、英語で「 Chocolate Soldier 」、「チョコレート
の兵隊」
っていうのは、「戦争に行きたがらない兵隊」って意味だそうだ。
この場合の「チョコレート」は、たぶん「甘ったれた」とか、
「こどもみたいな」という意味なんだろう。
だとしても、いや、だとすれば、
チョコレートって、すごく平和的で、いいじゃないか。
俺は、そう思う。・・・ここは、アメリカじゃない。
いつの間にか、男が、若い男たちが、誰も、
「戦争には行きたくない」と言えない時代に、なっていないことを、
・・・俺は願う。
いつの間にか、この国の、バレンタインデーはとっくに終わって、
「チョコレートには遅すぎる」という、時代に・・・
気づかないまま・・・なっていないことを。
出演者情報:森田成一 03-3749-1791 青二プロダクション