中山佐知子 2015年2月15日

nakayama1502

春の大三角関係

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

冬の星座オリオンが西の地平線に沈むと
おとめ座が牛飼い座と獅子座を従えて空高く登ってきます。

おとめ座のスピカは青白い一等星で
夜空の真珠にもたとえられる美しい星です。
獅子座のデネボラは平凡な二等星のくせに
まわりに明るい星がいないので何となく目立っている小癪な奴。
そして赤銅色に日焼けしたたくましい男性にたとえられる
牛飼い座のアルクツゥルスは赤い星の一等星で、
つまりこれが私です。
まあ、実際はそんなに日焼けしているわけではありませんが。

春の夜空で北斗七星の柄杓の柄のカーブをそのままのばすと
春の大曲線と呼ばれるラインができます。
それは私とスピカが仲良く手を繋いだ姿でもありました。
アルクツゥルスとスピカは、昔から珊瑚星と真珠星
または男星女星とも呼ばれ、カップルの星だったのです。

ところがです。
ある日、春の大三角形という言葉が地上から聞こえてきました。
春の夜空の大三角形…
春の大曲線では飽き足りない人間どもが
獅子座のデネボラを加えて三角形を繋いだのです。
それはスピカを頂点にして
私とデネボラが競い合っている姿でした。
大三角形というより大三角関係じゃないか。

スピカ、あんなパッとしない二等星を相手にするんじゃない。
でもスピカはおとめ座ですから、
ご存じのように、どんな相手でもロマンチックな妄想を抱きます。
スピカにとってのデネボラは
魔法使いに輝きを奪われた不幸せな王子なのかもしれません。
そして私は、おとめ座に遊びに行くたびに
星座図鑑にお茶のシミをつけたり
トイレのスリッパを履いたまま廊下を歩く不注意な奴と
思われているに違いありません。
でもそれって
大三角関係を夜空に描かれるほど悪いことでしょうか。

思えばおとめ座ってめんどくさい。
春の大三角関係を解消したい。

ちょっと離れているけど
こんど琴座のベガのところへ遊びに行ってみようかしら。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2015年1月25日

1501nakayama

その移動命令は

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

その移動命令は40億年ほど過去に遡る。

火星が青く美しい水の惑星だったころだ。
地球ではマグマの地表がやっとかたまり
煮えたぎる熱い海ができたばかりだったが
火星にはすでに海があり川が流れ
茶色の陸があった。
大気は酸素で満ちていた。

太陽系の最初の生命(いのち)の工場は
火星につくられていた。

それから移動命令が下りた。
誰がサインをしたのかわからないが
火星の重力では水や大気を維持することが
不可能であることがわかったのだ。

新しい星に工場を…
移動命令は実行に移された。
生命の原材料であるアミノ酸をのせた隕石が地球に降りそそぎ
設計図RNAを守る元素も火星から送り込まれた。

地球は生命の星になり
火星は死の星と呼ばれるようになった。

火星の工場はいま稼働を終えているように見える。
しかし、わずか2億年前まで火山活動のあった火星は
本当に微生物すらいない星なのだろうか。

いま、我々は再び火星へ移り住もうとしている。
それは隕石に乗ったアミノ酸ではなく
宇宙船に乗った人類を送り込み
火星を再び水の惑星にする計画だ。
2024年に予定されている移住計画では
たった24人の募集に20万人を超える応募があった。

火星が水の惑星になったとき
地球はどうなっているのだろう。
そして星から星への移動命令は、いつ出されるのだろう。
誰がサインをするのだろう。
僕はそれが不思議でたまらない。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2014年12月28日

1412nakayama

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

わずか40kmの距離に七つの駅がある。
そのうち3つは盆地にあり
残る4つは吾妻連峰の山中にあった。
山の4つの駅は峠を隔ててふた駅づつに分かれ
それぞれがスイッチバックの駅だった。
列車はその区間を
冬は豪雪と戦いながら
息を切らせてジグザグに登った。

赤岩、板谷、峠、大沢。
大沢、峠、板谷、赤岩。

赤岩には集落があった。
板谷と大沢には宿場があった。
峠には何もない。
峠という駅は、息を切らせた機関車に
石炭と水を補給するだけの駅だった。
近くに人の住む家もなく
列車が止まっても、乗る人も降りる人もいない。
駅の名前すら、単なる「峠」としかつけてもらえなかった。

峠を越える列車はよく止まった。
線路にちょっと雪や落葉がかぶると
車輪が空まわりして動かなくなってしまうのだ。
そのたびに落葉を掃き、砂をまいた。
日本の鉄道最大の難所に、時刻表はないも同然だった。

列車が「峠」の駅に着く。
駅のそばには茶屋ができて、
乗客は茶屋が売る餅を食べ、
ホームの水飲み場で顔を洗った。
その茶屋の女将さんは、線路に雪が積もると
スコップを持って除雪に駆けつけた。
雪はソリに乗せて何度も何度も運び出した。

そんな雪の季節に列車で峠を通過する人は
線路に燃える小さな炎を見ることがあっただろう。
それは、凍った雪で列車が脱線しないように
ブリキの弁当箱で石油を燃やす火だった。
駅員は24時間交代でその火を守った。
駅員の家族も、峠に住むようになり
雪で動けなくなった列車の乗客に炊き出しをした。

峠の駅はいまも存在する。
この駅に止まる列車よりも
通過する新幹線の方が多い無人駅になり
駅員も駅員の家族もいなくなってしまったが
あれだけ苦労して列車を走らせたスイッチバックが
鉄道遺産になって
峠の茶屋も営業をつづけている。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2014年11月30日

1411nakayama

北へ飛んでもろくなことはない

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

北西の風が吹き始めると北からの伝言が届く。
「北へ飛んでもろくなことはない…」

去年も同じだった。その前も、その前の前の年もだ。
6本の足と4枚の羽を持つきみたちの祖先が
この星に登場したのは3億年ばかり昔のことで
200万年前にはだいたい今の姿になったはずだ。

たぶんそのころからだろう。
北の風は、毎年同じ伝言を運んでいるだろう。
北へ飛んでもろくなことはない…

もともときみたちは
あたたかい土地でないと生きられない南の蝶だ。
なのに、伊豆半島で春に生まれた仲間も
房総半島の仲間も
どうして北へ向かって飛ばずにはいられないのだろう。

春、ふるさとを追われるように旅に出る蝶は
躰はオトナだが未成熟な蝶だ。
旅の途中で一人前になり、たくさんの子孫をつくり
親子ともども北へ飛んでいく。
奥羽山脈を越えて日本海にも出るし
津軽海峡だって渡る。

そうして夏の間旅をつづけたきみたちは
秋になると、日本各地のどこにでもいる見慣れた蝶、
ウラナミシジミとしてみんなに認識される。

それから冬がやってくる。
冬は絶滅の季節だ。
霜が降りるころになると
ふるさとを出て北へ飛んだきみたちは一匹残らず死んでしまう。
卵もサナギも成虫も、寒さは容赦なくきみたちを殺すのだ。

何万年かかっても、きみたちは
冬を生きて越えるカラダのしくみを手に入れることができない。
なのに、なぜ、きみたちは北へ飛ばずにはいられないのだろう。

北西の風が
今年も死んでいった仲間からの伝言を運んでくる。
「北へ飛んでもろくなことはない…」

伝言は、暖かいふるさとに残って
冬を生き延びたわずかな仲間が受け取るだろう。
そしてまた春が来ると
きみたちの新しい仲間が、絶滅をめざして北へ飛ぶだろう。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2014年10月5日

nakayama1410

むかしお世話になった家

     ストーリー 中山佐知子
        出演 遠藤守哉

むかしお世話になった家は
谷川に沿った道を登った山の村にありました。

木を伐ったり炭を焼いて稼ぐ人が多い村で
山林の恵みが豊かだったのでしょう、
食べるのに困っている人はいなかったと思います。

この山一帯の炭焼きをたばねる親方の家には
立派な門があって
その門の前で遊ぶ子供の数をかぞえていた婆ちゃんが
何度数えてもひとり多いことに気づき
ひええと腰を抜かしたかと思うと、
次の瞬間には躍り上がって駆けまわり、小豆のご飯を炊きました。
ええ、そのひとり多いのが私です。
大人の目には私は見えないはずなんですが、
子供の数をかぞえるとなぜかひとり多くなるらしいです。
不思議ですねえ、人間って。

その親方の家ではずいぶんお世話になりました。
婆ちゃんは日に日に小豆飯を炊いてくれるし
アヤとアッパに「きかねえわらし」と叱られている孫娘とは
よく一緒に悪さをしたもんです。

月日はあっという間に過ぎ
何代めかの親方のとき、私はとうとう出て行くことになりました。
私に対する理解が乏しくなったこともありますし、
たまに「怖い」と言われて傷つくこともありました。

村を出るときに気づいたんですが
山を開いたらしく、田んぼや畑が増えていました。
あぜ道には彼岸花が咲いていました。
山で稼ぐ人たちは、山の宝を取り尽くさずによそへ移って行くものです。
人がいなくなると山にはまた木が茂り、豊かな山林が復活します。
でも、彼岸花を持ち込んで植えたということは
その土地にしがみつこうという意思のあらわれです。
彼岸花は飢饉で食べ物がなくなったときの最後の食料になりますから。
そんな備えをしてまで、この土地にしがみつこうとするのは
なにか間違っていないかなあと思ったものです。

その村が滅びたという噂をきいたのは100年もたったころでしょうか。。
木を伐りすぎた山から鉄砲水が襲い
それをきっかけに、毎年のように村から人が出て行ったという話です。
親方の家ももうありません。

あるとき、村をたずねたことがあったんですよ。
あまりに久しぶりだったので
谷川に沿った道を登りながら、
この道だったかな、大丈夫かなとだんだん心配になってきたとき
川に沿ってずうっと上の方まで彼岸花が咲いているのが見えました。
ああ、ここだって思いました。
あのあぜ道の彼岸花が水に流されて川沿いに根付いたんですね。
昔、この川の上流には確かに村があったんだ。
自分はそこでずいぶんお世話になったんだ。
もう村はなくなって、親方の家もつぶれ、
小豆飯を炊いてくれた婆ちゃんのお墓も流されているに違いないけれど、
彼岸花の赤い道をどんどん登っていきました。
ちょっと涙がこぼれました。ええ。

え?私ですか。
ええその、私は不肖ザシキワラシと呼ばれているものでして。
ともかく何百年もザシキワラシやってるもんで
見かけは子供ですが中身おっさんですみませんね。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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中山佐知子 2014年9月28日

nakayama1409

悪徳業者

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

悪徳業者として歴史に名を残したひとりに
ステファン・ゴールドナーがある。

1845年、ジョン・フランクリンを隊長とする北極探検隊が
イギリス海軍の軍艦2隻で出発した。
船には100人を超える乗組員の3年分の食料が積み込まれ、
図書室には1200冊の本があった。
銀の食器、クリスタルのデキャンタ、暖房完備の居住区。
優雅な船旅が約束されているかに見えた。

探検の目的は北極海の航路発見だった。
謂わば氷に閉ざされた海と地図にない多くの島々の隙間をさがして
船が行き交うことのできる航路を地図に載せることが
探検隊の使命だったのである。
誰もが、どこへ進めば生きて帰れるのかさえわかっていなかったが、
国を挙げてのプロジェクトに間違いはなかった。

それから、ひとつの裏切りが発見された。
3年分の食料のうち、およそ半分が
ステファン・ゴールドナーが納入した特許製法の缶詰だったが、
実は缶の内部のはんだ付けがきわめて雑にされており、
鉛が溶け出して有毒の食料になっていたのだ。
隊員は探検の初期から鉛中毒で精神と肉体を病むことになった。
はじめは貧血や食欲の低下、
それから脳障害、末梢神経障害、痙攣、幻覚。
さらに缶詰8000個のうち1000個の中身は
オガクズや小石、腐った肉だった。

出発から2年、
探検隊はすでに行方不明といってもいい状況だったが
3年分の食料を積み込んでいたという判断で
イギリス海軍は捜索隊の派遣を見送った。

遺体や遺品の発見によって
探検隊の消息が少しづつわかってきたのは
1850年以降だった。
二隻の船は氷に閉じ込められ手動けなくなり、
乗組員らは船を捨てて
徒歩で南へ向かった痕跡があった。

1859年の夏、キングウイリアム島で
探検隊のメモや遺品、そしていくつかの遺体が見つかり
彼らの終焉の場所が判明した。
探検隊の生き残りは氷の海を歩き、
陸地にたどり着いたところで力尽きたらしかった。
一部の遺体は切断され、食べられた痕跡があったが
食料になった遺体からさえも
ステファン・ゴールドナーの特許製法の缶詰から溶け出た鉛が
検出されたようだった。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/ 

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