中山佐知子 2012年4月29日

日暮れどき、土手の上に

           ストーリー 中山佐知子
              出演 西尾まり

日暮れどき、川の土手に立つと
汽笛を鳴らして下流の鉄橋を渡る列車の音が聞こえた。
鉄橋は長く、汽笛もまた長い尾を引いた。

列車の向かう北の方角には遠い山並みが青く霞んでいた。
川は西から東に向って流れ
土手の道もまた東西に延びていた。
夕陽は西の山に沈み、カラスは南の山に帰っていった。
あの頃は目に見える景色だけが明るく開けた場所だった。
僕は鉄橋を渡る列車の行く先を考えたことがなかった。

日暮れどき
僕はよく土手の上にいた。
列車の音が広い空に消え、夕焼けの最後の光もなくなってしまうと
土手の道は暗く沈んで
鉄橋の手前に架かる橋の灯りが浮かび上がった。

僕はその橋を自分から進んで渡ったことがなかった。
橋の向こうは古くから開けた土地で、遺跡が多かった。
奈良時代には役所が置かれ、条里制に従って道がついていた。
古墳があり銅鐸が出土した。
僕のじいちゃんはその土地で生まれ
ご先祖のお墓も橋の向こうにあったのに、僕は橋を渡るのが嫌だった。

どうしてだろう。
どうして僕はあの橋を渡らなかったのだろう。

じいちゃんの若いころの武勇伝がある。
橋の向こうの名主の息子だったじいちゃんが
キツネに化かされた村人を助けたのだ。
それは他愛もない昔話だ。
けれどもその他愛のない話から浮かんだ風景は
提灯がなければ歩けないほど闇につつまれた道だった。
その道端にはつかむと手を切る草が生え、
田圃の用水路の草むらには蛇の目が光っているのだった。

そして、キツネは本当にキツネだったのか。
橋の向こうでは、人と人でないものが
あまりに近い距離で暮らしているように僕には思えた。

ある日、橋の向こうから学校に来ていた同級生のお父さんが死んだ。
隣のおっちゃんが突然狂って鎌を持って暴れ出し
それを止めようとして斬り殺されたのだという話が伝わってきた。
人が殺せるほど鋭く研ぎ上げた鎌…
その鎌を手にして自分の家族と隣人に襲いかかった隣のおっちゃんは
本当に人だったのだろうか。

じいちゃんはその土地を捨て、村を捨て
山も田圃も売り払ってキツネやタヌキや蛇の目と縁を切り町へ逃れ
若くして死んだ。
死んだときは家の軒先から火の玉がふわりと浮かんで空へ昇ったそうだが
たぶん古い土地の名前や
土地にしみついた2000年を越える人の営みの匂いや妄執や
人でないものとの近しい距離は
じいちゃんと一緒に空にかえっていったのだろう。

僕はすでに匂いの希薄な町で長く暮らし
夜の暗さや知らない土地への恐怖を忘れてしまったが
それでもときたま夕暮れの橋の灯りとその先の鉄橋の列車の音を
思い出すことがある。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

西尾まりちゃんは女子大生の頃から私の原稿を読んでいた(収録記2012.3.24-6)

西尾まりちゃんは女子大生の頃からのつきあいで
その頃からふたりとも同じ仕事をしている。
まりちゃんは女優、私はコピーライター & ディレクタ−。
その頃から私の原稿を読んでもらっていた。

下のyoutubeはまりちゃんが22歳の頃のラジオCMだ。
掛け合いになっているもうひとりは大川泰樹くん。
うわ〜、15年前のふたりですぜ、どうしよう…って
なにもうろたえることはないのだが。
どうせ私も15年前の私だったわけだし。

それにしても長いつき合いになったと思う。
まりちゃんが大学の卒業旅行で中国へ行って
食品の市場で売られていた動物と
ペットショップで売られていた動物が同じだったなんて話を聞いたのが
ついこの間のことのような気もする。

それにしても変わらない。
女優っぽくない部分をいっぱい持っているまりちゃんと
瞬時にして原稿の世界に入ってしまう才能を持つまりちゃんと。
ああ、そういえばこの人は夢中になりやすい性格だったなと
あらためて思うとき
「瞬時にして原稿の世界」は要するに「夢中になりやすい」という
一般の人たちが普通に持っている性格の一端が
まりちゃんの女優としての一面に顕れているんだなとわかる。

たぶんこの人は楽屋に何時間も閉じこもって
集中したり祈ったりオマジナイをしたりして
役づくりをして舞台に出るのではなく
へらへらと世間話などしながらふいっと舞台に出て
そのまま役になりきってしまうんだろうな(なかやま)

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2012年3月25日

がんばれ線路

             ストーリー 中山佐知子
                出演 瀬川亮

ここに線路があれば、と思うことがある。
線路をつくってあげたいと思うことがある。

むかし松江で出会った女子高生は
学校の近くの船着き場まで
毎朝自転車を2時間こいでくる。
そこから自転車ごと渡し船に乗って向こう岸に渡り
さらに10分自転車をこいでやっと校門をくぐるのだ。

一日4時間も自転車をこいでいたら
テストの成績が悪くても誰も怒らないでしょ。
そんな風にたずねてみた。
そんなことないです、怒られます、
女の子はムキになって返事をした。

船着き場には次々に自転車の高校生がやってくる。
小さな渡し船はひっきりなしに往復してみんなを運んでいた。

僕はちょっと心配になる。
雨の日はどうするんだろう。どうやって自転車に乗るのだろう。
その雨のせいで風邪をひいたときは?

僕はこんな子に線路をあげたい。
屋根のついた列車を走らせて
家の近くに駅をつくって学校まで送ってあげたい。
線路は約束だから
決まった場所から決まった場所へ
人と荷物を確かに運びますと線路は約束している。

宍道湖の北を走る一畑電鉄、通称「ばたでん」は
昼間乗るとガラガラに空いている。
僕のお父さんが子供だった時代からの赤字列車で
それでもなくならないのは
クルマを運転できないお年寄りや
学校へ通う子供たちのために必要だからだ。
この線路がなくなると
自転車で2時間かけて学校に通う子供が
またたくさん増えてしまう。
おばあちゃんは病院へ通えなくなってしまう。
だから地元の人たちは
「ばたでん」がなくならないように一生懸命お願いをしている。

そういえば岩手の三陸鉄道は
やっと全線復旧の見通しが立ったらしい。
流された駅やずたずたになった線路の写真を見るたびに
もうダメかと何度もあきらめかけたけど
震災のあとたった5日で
走れる区間だけでもと列車を走らせ、人や物資を運んだ気迫が
みんなの心に響いたのだ。

がんばれ線路、と僕は思う。
線路はひとつの約束だと思う。
町と町、人と人を結びますと胸を張って宣言しながら
がんばれ、線路。
  

出演者情報:瀬川亮 03-5456-9888 クリオネ所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

陸羽東線

陸羽東線

           ストーリー 中山佐知子
              出演 大川泰樹

樹々の梢を下に見て、列車は進みます。
空がとても近くに感じられます。

山形の新庄という駅から乗った陸羽東線は
二両編成のワンマン列車でした。
スノーシェードをいくつもくぐりながら登り道を行くと
山に閉ざされたところどころに
つつましく田圃のひらけた土地があります。
その田圃のなかにホームがあって列車が止まります。

このあたりの田圃は、きっと
山の仕事をする人たちが自分の食べる米をつくるために
一生懸命に開いた田圃です。
売るほどはなくても米が獲れ
ホームしかない駅には、それでも列車がやってきます。
まわりは山と峠に囲まれ、うるさい音がひとつもありません。
川に鮎の鱗が光るころには蛍も飛ぶのでしょう。
樹々が色づくころには、
冬に備える山の恵みがあるはずです。

それはとても静かで満ち足りた風景でした。

そんな小さな集落をいくつも結びながら
列車は奥羽山脈を分け入っていきます。

それは単なる移動手段ではありません。
人のいる土地を避けてトンネルばかりくぐりながら
フルスピードで走り抜ける列車とはまったく異なる存在です。
陸羽東線は、そこに住む人のゆるやかなテンポと
呼吸(いき)を合わせて走るのです。
ふるさとの暮らしと深く結びついているのです。

もう一度乗りたいな
僕はいつもそう思って、あの列車を振り返っています。

東北へ行こう

トレたび:http://www.toretabi.jp/travel/vol01/01.html

鳴子温泉郷観光協会:http://www.naruko.gr.jp/index.php

山形最上温泉郷・瀨見温泉:http://semi-spa.com/html/map.html


*「東北へ行こう」は
自分のとっておきの東北を紹介し、
あなたを東北におさそいする企画です
下のバナーもクリックしてみてください

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2012年2月26日

秒速8キロメートルで飛ぶ

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

秒速8キロメートルで飛ぶステーションは
1日に地球を16周し
45分の昼と45分の夜が16回繰り返されます。

その1時間半の昼と夜を一日と数えると
僕は1年で16歳も年を取ることになります。

同い年のはずだった僕が
16歳も年上になって帰ってくるのはイヤですか。
そんなメールを書いたら
イヤです、と、きっぱり返事をくれたあなたが
僕はとても好きです。

ステーションの窓から眺める45分の夜には
金色の砂粒で描かれたような絵が見えます。
人がともす灯りが都市の形を浮かび上がらせているのです。
こちらに来たはじめの頃は
自分の国の灯りを、そして
自分が住んだ街の灯りをよくさがしていましたが
いまはただ、灯りの多さと灯りを使う人の多さを思い
このおびただしい灯りがひとつも消えることのないようにと
願うだけになりました。

地上の灯りは人々の暮らしがそこにあることを告げています。
僕はここに来て以来、人がともす灯りが大好きになりました。

あなたの街に灯りがともりはじめる夕暮れの空に
流れ星より明るい光が移動するのを見つけたら
それが僕のステーションです。
けれども、地上に届く僕たちの光は
僕たちが仕事をしたり食事をしたりするための灯りではなく
電池パドルやラジエーターが太陽の光を反射している光です。
もしステーションから人が消えても、命の気配が消えても
その光は消えることなく軌道をまわりつづけます。

だから、あなたはあなたの灯りを大事にして
毎日を生きてください。
僕がそれを眺めていることを
ときどきでいいから思い出してください。

実は報告があります。
ステーションに勤務する期間が少し延びました。
45分の昼と45分の夜が16回繰り返される日があと1年続きます。
もう1年、45分の昼と45分の夜を一日と数え続けたら
あなたと同い年だった僕は
32歳年上になって帰ることになります。
そんな僕はイヤですか?

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2012年1月29日

木簡が語る日本古代史

           ストーリー 中山佐知子
              出演 毬谷友子

では、木簡の講義をはじめます。
木簡とは、木で作られた札、或いはカードです。
七世紀から八世紀にかけてさかんに使われたこのカードには
看板、メモ用紙、荷札、そして葉書など、多種多様な用途がありました。
では、そのほんの一部を読み上げてみましょう。

受領書
「出産した母犬のための栄養食を受け取りました。長麻呂」

キーホルダー
「東門の鍵」

下っ端役人高屋連家麻呂(たかやのむらじやかまろ)50歳の勤務評定 
「評価はまあまあ」

勝手に欠勤した役人への呼び出し状 1
「正当な理由がないなら出勤するように」

欠勤届
「お腹が痛くて休んでしまいました。治りません。
 治ったら残業もいといません。今回はお許しください」

休暇延長の申請
「どうか休暇の延長を願い上げます」

無断欠勤している役人への呼び出し状 2
「制服まで支給したのだから早々に出勤しなさい」

上司への連絡
「こんど宴会を開きます。先日の失敗はなかったことにしてね」

落書き 
「人の顔」

落書き
「馬の顔」

かけ算の九九表
「三九、二十七。二九、十八。」

万葉仮名の国語ノート1
「浪速津に咲くやこの花」

万葉仮名の国語ノート2
「春草のはじめの年」

平城京ニュース
「天皇がお亡くなりになりました」

税金の納付書 1
「三河の国篠島の海部より鮫の干物を6斤納めます」

税金の納付書 2
「若狭の国遠敷(おにゅう)郡 中臣部平麻呂が塩を三斗納めます」

大伴家持が書いたと見られるラブレター
「春なれば 今しく悲し…云々」

契約書
「運送を請け負った魚は責任を持って運びます」

呪いの札
「原さんは鬼に食われてしまえ」

看板
「役人詰所」

命令書
「妻に餅米を届けるように」

送り状 1
「耳成山の農園から 芹二束、チシャ二把ほか、送ります」

送り状 2
「粕漬けの瓜と茄子、醤油漬けの瓜と茗荷を送ります」

冷蔵庫設計図
「深さ3メートルの穴を掘り、断熱材として500束の草を使用し
 冬に池の氷を取って保存する」

表札
「長屋王の宮殿」

捜索願
「馬が逃げました。黒毛、片目と額の毛が白い牡馬。
 逃げた日時は9月6日午後4時、場所は猿沢の池あたり。
 見かけたらお知らせください」

日本国内の1000に余る遺跡から出土した木簡は341335枚。
日本の古代史はカードが語ります。

では今日の講義はここまで。
出席をとりますよ。
出席番号1番、大伴さん…

出演者情報:毬谷友子 03-3552-1616 ジェイ・クリップ所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ