中山佐知子 2007年12月28日



この星の砂の最後のひと粒
                      

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

この星の砂の最後のひと粒まですくいとるように
残った人々をせき立てながら
最終便は出発したけれど
まだ世界のあちこちにはこぼれた砂粒が残っており
僕もそのひとりだった。

どうして乗らなかったの
女が僕にたずねた。
僕も同じことをききかえした。
あなたこそ、どうして

返事はしなかったけれど答えはわかっていた。
お互いのためでは決してない
ふたりとも、寄宿舎よりも窮屈な船で
暗い宇宙を漂うよりも
この風化していく星の広い風景の中に
消えてしまうのを選んだだけのことだ。

完成したジグソーパズルの無数のピースを
悪戯に取り去っていくように
この世界は少しづつ壊れていた。
森がひとつ、町が半分…
理由もなく、法則もなく突然に
そこにいる生き物も人も一緒に消えた。

異次元へジャンプする、とか
ブラックホールが呑み込むのだ、とか
議論をしていた人々は
真っ先に船に乗り込んで行ってしまった。

その船は目的もわからずに宇宙を漂うカプセルになった。
乗り組んだ人々は人類を保存する目的だけのために
生きなければならない。
最後の船が出発した後も
空港は夜になると灯りがともり
ライトアップされた遺跡のように巨大な存在感を示していた。
僕たちはときどき空港へやってきて
まだ動いているエスカレーターで展望台に上がっては
船が飛んで行った空を見上げた。

僕たちはお互いの手を求めることもしなかった。
明日消えてしまうかもしれない相手に心を動かすことが
いったい何になるだろう。
けれでも、ある日、僕はたずねた。

もし、あなたが先に消えたら
僕はどこを眺めればいいだろう。

目を閉じてどこも見ないでと女は答えた。
確かにそうだった。
消えるということはそういうことだった。
そしてその数日後、本当に女が消えていた。

それから僕はひとりで夕方まで過し、空港へ行った。
灯りを避けて
滑走路のはずれの草むらに寝そべって目を閉じていると
鼻の奥がツンとして目から水がこぼれるのがわかった。
その水は僕の体温と同じくらいあたたかく
そのくせヒリヒリと肌にしみた。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

*携帯の動画はこちらから http://www.my-tube.mobi/search/view.php?id=phSsxppJOHc

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中山佐知子 2007年11月30日



この宇宙に生まれたすべてのものに 
                

ストーリー 中山佐知子
出演   大川泰樹

この宇宙に生まれたすべてのものに刻まれた
たったひとつの言葉がある。

会いたい。会いたい。
だから、ビッグバンがはじまったとたんに
素粒子と素粒子は出会って陽子と中性子になり
陽子と中性子が出会って原子核になった。

原子核は4000度の熱のなかで電子に出会って
はじめての原子になり
その原子からこの世のすべてが生まれた。

会いたい。会いたい。
酸素は水素と出会って水になり
炭素と酸素の出会いで二酸化炭素ができた。

会いたい、会いたい。
地球に存在した最初の2種類のバクテリアは
ある日、不思議な出会いをして
ひとつの細胞で一緒に暮らしはじめた。

会いたい、会いたい。おまえを食べるために。
あまりに多くの命が生まれたカンブリア紀は
ついに生き物が生き物を食べる世界を生み出した。

会いたい、会いたい。おまえを愛するために
植物は風に花粉を運ばせて
目指す相手にたどりつくすべを覚えた。

会いたい、会いたい。おまえを憎むために
17世紀のヨーロッパでは
4万人の魔女が曳きずりだされて火あぶりになった。

会いたい、会いたい。おまえを殺すために。
1991年、5つの民族と4つの言語をもつ旧ユーゴスラビアでは
市民が市民を虐殺しあう戦争がはじまった。

会いたい、会いたい。
自分がひとりではないことを知るために。
会いたい、会いたい、生きるために。
愛して憎んで殺して
もう一度ひとりになるために。
そうしてまた会いたい。
この世のどこかにいる人に。

会いたい。
この言葉はあらゆるものに刻みこまれ
すべての物質の法則になって宇宙を支配しつづけた。

だから、会いたい
この言葉がある限り
僕はおまえを求めずにはいられない。

1972年、人はついに宇宙へ向けて手紙を送り
その手紙をのせた惑星探査機パイオニア10号は
いまも誰かに会うために、遠い宇宙をひとり飛びつづけている。

*出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2007年10月26日



蒼き狼は湖を渡って
             
                
ストーリー 中山佐知子
出演   大川泰樹

蒼き狼は湖を渡ってやってきた。
平原を流れる川がはじまる場所で白い牝鹿をしたがえ
一粒の遺伝子を残した。

その平原で生まれた少年はよく母にたずねた。
どうして蒼いオオカミと白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか。
若い母はそのたびに沈んだ顔で答えた。
私がおまえを生んだように。

母は昔、結婚式を挙げて花婿の家に向う途中で
少年の父にさらわれた花嫁だったので
少年には出生の秘密がつきまとっていた。

少年の父が敵対する部族に殺されてから
母は顔を上げ
長い髪をきりきりと結い上げて働くようになった。
どうして蒼いオオカミと白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか
母はもうそのことを悲しむ暇もなかった。
少年は母に養われて成人し
母に似た賢い娘を花嫁に迎えた。

そして、その花嫁をさらったのもまた
少年の父に恨みをもつ部族だった。

ボルテ、ボルテ
少年は花嫁の名を呼びながら馬を走らせていた。
従う2万の兵はまだ少年のものではなく
同盟する部族から借りた援軍だったが
敵の部族すべてを灰にするほどよく戦っていた。
敵の族長はすでに身ひとつで逃れ
置き去りにされて逃げまどい
川を渡ってさらに逃げようとする人々を
少年の軍勢は執拗に襲った。

ボルテ、ボルテ
少年は川を渡り花嫁の名を呼びながら
馬を走らせていた。
ボルテ、ボルテ
逃げる人々の中から小さな影が飛び出して
少年が乗る馬の手綱を掴んだ。
ボルテ、ボルテ
少年はやっと自分の花嫁を
月明かりのなかで抱きしめた。

花嫁は少年のもとに戻って男の子を生んだ。
どうして蒼い狼と白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか
どうして敵対する部族の血が混ざり合うのか
少年は、それが湖の意思なのだと思うことにした。

どうして蒼い狼と白い牝鹿の間に
子供が生まれるのか
その問いを発する少年も
その花嫁が生んだ最初の息子も
湖の意思によって生まれた狼の末裔なのだ。

少年はやがて4の字がふたつ並ぶ年齢のときに
平原の部族をひとつにして
ユーラシアの支配者になったが
チンギス・ハーンのチンギスには
湖という隠された意味があり
チンギス・ハーンから広まった湖の遺伝子は
いま、この世界の1600万人の男子の染色体の中に
潜在している。

*出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP


*携帯の動画はこちらから 
 http://www.my-tube.mobi/search/view.php?id=HZO8WDeLvS0

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中山佐知子 2007年9月28日



カサカサの音をゆりかごにして
             
                
ストーリー 中山佐知子
出演   大川泰樹

カサカサの音をゆりかごにして
少年は幼虫の時代を過した。

夜、自動車の音が途絶えると
その茂みは同じ蝶の子供が葉っぱを食べる音で
いっぱいになる。
カサカサ カサカサ….
少年は自分にいちばん近いところから聞こえるカサカサが
とてもなつかしく思えた。
それは自分の音よりも小さくやさしい心地がした。

秋の扉が開くころ
もう食べたくないと少年は感じた。
お気に入りのカサカサも聞こえなくなっていた。
もうサナギになる時期だった。
サナギは身を守る手段を何も持たずに眠るので
蝶にとっては一度死ぬことに等しい。
少年が不安そうに葉っぱのまわりを這いまわっていたとき
カサカサのかわりに
おやすみなさい、と小さな声が聞こえた。
その翌日、少年も垣根から突き出した木の枝にぶらさがって
やすらかにサナギになった。

少年がやっとサナギから出て羽根を広げ
オオカバマダラという蝶になったのは
2週間もたってからだった。
お休みなさいと声をかけてくれたサナギはからっぽで
さがすことなどできそうになかった。

オオカバマダラは
一日ごとに南へ移動する太陽と
日に日に短くなる日照時間で渡りの時期を知る。

秋に生まれたオオカバマダラの少年も
南へ飛ぶ本能を何よりも優先させて
北からやってくる秋に追い立てられるように
移動をはじめた。

仲間は次第に増えはじめ
ときに数百万の群れに膨らんで地元の新聞の特ダネになる。
嵐の夜が明けたときには
大きな木の根元に落ちている無数の羽根が
傷ましい事件として
朝のニュースに取り上げられることもあった。

それでも少年は運良くリオグランテを越え
あくびをしているメキシコ湾のなかほどまで飛んで
熱帯の花が咲くチャンパヤン湖で
まぶしい季節を過した。

暦が春を告げるころ
オオカバマダラは北へ飛びたくなってくる。
もう命も尽きようとしているのに
どうしても、どうしようもなく
楽園で死ぬことを本能が拒否してしまうのだ。

少年はもう少年ではなく
羽根も破れてくたびれ果てていたが
こんどはメキシコ湾の海岸沿いに北の湖をめざした。

突風にあおられてイバラの茂みに落ちたのは
一瞬のことだった。
羽根が折れ、
もう一度飛ぶことはできそうになかった。

少年がしげみでじっとしていると
カサカサとなつかしい音がした。
先に落ちた蝶が蟻に抵抗して
羽根をうごかしているのだった。
それは卵を生み終えて命を使い果たした雌の蝶だった。

蟻は地面に蝶を見つけると生きたまま胴体を切り分けて
自分たちの巣に運ぶ。

カサカサの音のあとに
おやすみなさいと小さな声が聞こえ
それからもう一度、カサカサと最後の音がした。

少年はそのカサカサの音を揺りかごにして
静かに目と羽根を閉じた。

*出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP

Copyright (c) 2007 Sachiko Nakayama
A copy of the license is included in the section entitled “GNU
Free Documentation License”.




*携帯からは下の画面で見られると思います。
14263b9a6348628c23218d77a8e46c35.3gp

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中山佐知子 2007年8月24日



ふるさとを走る列車が
                  

ストーリー 中山佐知子
    出演 大川泰樹

                   
ふるさとを走る列車が汽笛を鳴らすと
汽笛は山と山にはね返り
堂々とした音になって耳に達する。

だから、ふるさとの村の人たちは
2両編成のディーゼルカーの
貧弱な汽笛の真実をまだ聴いたことがない。

ふるさとの列車は谷に沿って走り
ときに切り立つ崖に張り出した足場の上に
やっと線路がのっているが
谷が響かせる列車の音はオーケストラのようで
ちっとも危なさを感じさせない。

去年の冬は大雪で
何番めかの鉄橋が落ちてしまい
春まで列車が通らなかった。
それでも、ふるさとの人々が
列車に寄せる信頼は揺るがない。

ふるさとはまだ夢の中にいる。

春に山菜を採りいって
熊に出会った民宿の女将さんは
今日も山へ行っている。
入り口でおまじないの笛を一度だけ鳴らしておくと
山の神さまも生き物も、
熊だって悪さをしないのだという。

ふるさとはいまも夢の中にいる。

山はブナの森で夏でも涼しく
土も腐葉土でふかふかしている。
雨が降るとブナの森はダムのように大量の水を溜め
そのほんの一部が
ミネラルたっぷりの湧き水になって谷にそそぐ。

その谷を流れる川は
ふるさとの村のはずれで
巨大なコンクリートのダムに塞き止められ
青い湖になっている。
その湖を見物しに集まってくる人たちは
ダムの底に36軒の家が沈んでいる事実を知らない。

むかし、ダムをつくっていた建築会社の若い人が
36軒の家のひとつに
ときどき猫が帰ってくるのを見つけた。
そういえば
あの家のおばあちゃんは
泣きながら山の上の家に移っていき
お嫁さんはその引っ越しの前に
どうせ水の底で泥まみれになる家の柱を
ピカピカに磨いていたんだったな。

自分は人の役に立つダムを作っていると
建築会社の人は信じていたけれど
藁葺き屋根の古い家に名残を惜しみに来る猫を見るたびに
帰る場所をなくしてしまった子供のような
泣きたい気持ちになったので
その人はせっかく入った建築会社を
とうとう辞めてしまった。

それからその人は
ふるさとの村に引っ越してきて
家族をつくって年を取り
いまはボランティアで山の案内人をしている。

僕はそんな話を、夢のようなふるさとの
熊に出会った民宿の女将さんに聞かされた。

*出演者情報 大川泰樹 03-3478-3780 MMP

*只見線の写真は汽車電車1971~からお借りしました

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中山佐知子 2007年7月27日



フォッサマグナの西の境界線に

                      
ストーリー 中山佐知子
出演   大川泰樹

フォッサマグナの西の境界線に詩人が帰ってきたのは
まだ本当に若いときだった。

そこは4億年も昔にできた古生代の地層と
わずか1500万年の新しい地層を
1本の川がかろうじてつなぎ止めている地形で
地質学的に見ると
日本でもっとも重要な土地と言えそうだった。

もしこの結び目が解けたら 
川は裂け、山と山は別れ
緑のしずくを滴らせながら
日本の国がまっぷたつに割れるだろう。
フォッサマグナの西の境界線は
その存在そのものが大いなる警告だった。

そうでなくても境界線の土地は地滑りが多い。
一夜にして谷は平原になり
川は湖になってあたりの風景が激変することがあった。

詩人は新しい文学を志してこの土地を出、
古い美しい調べを破壊する運動を起こして
また舞い戻ったのだったが
その破壊は文学の地形を変えるまでには至らなかったし
むしろそれが幸いだったともいえた。

境界線の土地には穏やかな夏が訪れていた。
川の最初の一滴は緑の湿原から湧く水から流れ出し
水の中にまで小さい花が咲いた。
山や川を歩いてみると
花も水ももともと自分の言葉を持っているように思われた。
それはなつかしく古い調べに似ていたので
詩人はかつて自分が壊そうとした言葉を
いまさらながら美しくいとおしく感じるようになった。

明日この谷が裂けて
地滑りの土砂で埋まっても
その上にまた花が咲き、水が流れ
同じ調べを奏でるだろう。

では、その破壊をもたらすフォッサマグナの境界線は
どんな言葉を持つというのか。
一度でいいからその言葉を聞いてみたかった。

詩人の家に川の石が届けられたのもそのころだった。
石は灰色の中に緑が混じっており
調べてみると
日本には存在しないとされていた翡翠の原石だとわかった。
その発見は日本の古代史を塗り替える重さを持ち
神話の時代の翡翠の王国を証明するものだったが
詩人はその石を
すべての石の中でもっとも割れにくい性質を持つ緑の翡翠を
ふるさとの、フォッサマグナの西の境界線が
自分に贈ってくれた言葉だと思い
ただそのことだけを喜んだ。

1938年の夏のことだった。

翡翠の発見については
鑑定をした博士が学術雑誌に発表しただけだったので
ほとんど注目されずに終っている。

*出演者情報  大川泰樹 03-3478-3780 MMP

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