井村光明 2014年9月7日

imura1409

「夏一番の働き者」

         ストーリー 井村光明
            出演 遠藤守哉

最近の若者は酒をあまり飲まないのだそうだ。
それどころか、この夏のコンビニでは、
常温の飲み物がブームなのだと聞く。
体には良いのだろうが、精神的にはどうなのだろうか。
来る日も来る日も残業で終電帰り、もちろん休日も返上で、
しかも真夏で蒸し暑い、こんな夜。
家に着いたらキンキンに冷えたビールを
飲みたいとは思わないのだろうか。
オンとオフの切り替え、というやつだ。
コーラやコーヒーで、この疲れが切り替えられるわけがない。
ましてや常温など、どう考えても日常が延長するだけじゃないか。
・・・きっと若い奴らには、オンとオフを切り替える必要など無いのだ。
自分の都合ばかり優先し、仕事は適当、いつもオフなのだから。
その尻拭いが私に回ってきて、
今日もこんな時間まで働くはめになっている。
こっちはビールでも飲まないとやってられないんだよ!
・・・オッサン臭いだろうか。
実際、私は四十を過ぎ、しかも独身だ。
家に帰っても、妻の料理も子どもの笑顔も待ってはいない。
でも、狭いワンルーム、ドアを開ければ、目の前に冷蔵庫。
その中で、冷たいビールが私を待ってくれている。
靴さえ脱げばこっちのものだ。
スマホをいじりながら歩いている、
いかにも常温のお茶を飲みそうなOLを追い越し、
私は家路を急いだ。

なのに、まさか。
私を待っていたのは、常温のビールだった。
キッチンの床に水が広がり、お漏らしをしてしまったボケ老人のように、
冷蔵庫が立ちすくんでいる。
が、その老人から、いつもの低いモーター音が聞こえていないことに、
私は気づいた。
冷蔵庫が、死んでいた。
霜や氷が溶けだし、ビールが完全に常温になっているのを見ると、
死亡推定時刻は数時間前、
あるいは朝出勤の頃にはもう死んでいたのかもしれない。

・・・だったら、早く言えよ!
ビールを買って帰ることもできたじゃないか!
深夜まで働いて、キンキンに冷えたビールを楽しみにしてたのに。
よりによって真夏に死ぬことはないじゃないか!
私のオフをどうしてくれるんだ!!
・・・オフ?
そうだ、スイッチが切れているだけかもしれない。
元気を出して、冷気を出してくれ!
そう思い直し、私はスイッチを探した。
が、無い。
冷気の強弱を調整するつまみ以外は、何も見つからない。
あ、冷蔵庫にスイッチは無いんだった・・・
そうか、冷蔵庫には、オンもオフもないのか・・・
無駄だと思いつつ、私はコンセントを抜き、また差し込んでみた。
冷蔵庫の中が一瞬暗くなり、また明るくなっただけだった。
普段気にも留めていなかった、ブーンという音が無いだけで、
部屋全体が死んでしまったようだった。

上京してすぐ大学の生協で買った一人暮らし用の冷蔵庫。
そのうち結婚でもして買い替えるのだろうと思ううちに、
もう25年使っていたことになる。
思えば、スイッチの無い家電なんて、冷蔵庫くらいのものだろう。
部屋の中、どんな小さな家電にだって、スイッチくらいある。
ベランダの外、夜通し光る街灯も、朝になれば消える。
24時間働いてる信号機ですら、赤と青は交代交代休んでいる。
なのに、こんな身近な冷蔵庫に、休みが無いなんて・・・
いや、無くはないか、引っ越しの時はコンセント抜いたもんな。
とはいえ、引っ越したのは2回だけだが。
25年間に、休みはたったの2日だけ・・・
その日ですら、ビールを冷やそうと、
引っ越して一番にコンセントを差し込んだのは、
やはり冷蔵庫だった気がする。
一度コンセントを差し込んだら、
オフにする術が無いなんて、
片道分の燃料で出撃する特攻隊のようではないか・・・
そして、オンだのオフだの言ってる私たちも、
本当は同じなのかもしれない・・・・・・
(悲しいため息)
いたたまれない、こんな夜は・・・やはり、ビールしかないだろう!
オッサン臭いかもしれないが。

コンビニへ行き、冷たいビールを飲んだ私は、
常温の飲み物を買って帰り、冷蔵庫へ入れてやった。
もう冷やさなくていいから、オフを楽しんでくれよ。
この8月、新しい祝日ができるそうだが、
「冷蔵庫の日」があってもいいのではないか、と私は思った。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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井村光明 2013年3月3日

「負け戦」

         ストーリー 井村光明
            出演 遠藤守哉

30分ぶりに赤い花が手渡され、僕は椅子から立ちあがった。
花といっても造花だけど。
白いボードを振り返り、石川4区の枝川くんの名前の上に花をくっつけた。
この選挙区は、野党から人気のプロレスラーが出馬して苦戦してたとこだっけ。
枝川くん、良くやってくれた。
会場に拍手が響く。でも、どこかうつろだ。
仕方ない。開票が始まって、もう4時間もたつのに、
250人の候補者名が書かれた白いボードに、花はちらほらしか咲いてない。
枝川くんで花をつけるのは最後かな。。
やっぱり、たくさん余っちゃったなあ、赤い造花・・・
僕は現職の総理大臣。
でも今は、政権与党の代表として、党本部で開票に臨んでいる。
あと数議席残ってはいるが、まあ焼け石に水だろう。
会場のソデには片目のダルマや、その横に大きな酒樽も見える。
ここだけじゃない。全国の候補者の事務所にも置いてあると思うと、
相当な数が無駄になったはずだ。
しかし、まさかここまでとは・・・惨敗だ。
敗因はいろいろあるが、とどめは、やはり景気対策だったのだろう。
高齢化による社会保障費と国の借金の増大。
僕は庶民派総理として、明るい未来のために、極力無駄をはぶき、
財政削減に邁進してみたんだけど。
その結果が、これだ。
そういえば、選挙準備の時、
「どうせ無駄になるんだから、当選者につける赤い花、
用意を半分くらいに削減してはどうか」という意見も出てたけど、
「縁起が悪いから」と人数分発注したっけ。
やっぱりこんなに余っちゃって。
まあ、花屋の景気には貢献できたかな。
景気対策で負けたのに、皮肉なものだ。

「お車の用意ができました。ご自宅でよろしいですか?」と、
秘書が耳打ちしてくる。
帰りたくないなあ。
いわばリストラだ。帰っても、妻や娘が、そして僕も気を遣う。
かといって、僕がリストラされたのは国民全員にもバレバレだ。
どこに行ったって、誰かに気を遣わせてしまうだろう。
そして、ここに居座るのも片付けの邪魔になる。
「千葉へ」と僕は言った。

「こんな時間に、何しに来たの?」
千葉の実家で一人暮らしの母は、まだ起きていた。
「いや、カーネーションがたくさん余っちゃってさ」
僕は、持ってきたダンボール箱を手渡した。
「あらまあ~。ん?あんたバカねえ。これはバラよ(笑)」
「あれ、そうだっけ?」
照れ臭い僕は、とぼけてみせた。
当選者用の余った赤い花。300輪はあるだろう。
政治家の母が、その意味をわからぬはずがない。
が、
「ありがと、こんなにたくさん。うち中がバラ園になりそうだわね~。
うーん、いい匂い」
「母さん、それ造花だよ」と言うと、
「わかってるわよ。ボケてみただけ~」と言って僕を笑わせてくれた。
母は、もう85だ。まだ達者だが、本当にボケる日も近いだろう。
選挙では、国民や企業や労組や各種団体から応援してもらった。
しかし、それは一瞬で、恐ろしい「貸し」に変わる。
妻や娘たちからの声援ですら、重たいものとなる。
しかし、母は、別だ。
「何か食べるかい?あんたのことだから一生懸命やったんだろう。
気にすることないさ。」
もし僕が戦争を起こし日本を焦土にしてしまっても、
母は同じように言うのだろう。
「モンスター」と呼ばれることのなかった、僕たちの親の世代。
高齢化社会は大変だと言うが、
僕たちを無条件に受け入れてくれる母さんや父さんが、
まだたくさんいてくれるということなのだ。
ずっと生きててくれないと、こんな夜、行く場所がなくなっちゃうよ・・・
だからこそ、将来の負担増に備えて、財政支出は切りつめとかないと、って
思ったんだけどなあ。
ばらまくんだろうなあ、新しい総理。
母は、「がんばれがんばれ。」と見送ってくれた。
あと数日で総理じゃなくなっちゃう僕だけど、
もちろんこれから野党としてがんばる所存だよ!応援よろしくね、母さん。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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