佐藤充 2023年4月16日「嘘と10円ハゲ」

嘘と10円ハゲ

ストーリー 佐藤充
出演 地曳豪

「わ、これ辛いやつだ」

ししとうを食べていると辛いのが混ざっていることがある。
同じ環境で育ったはずなのに違う。
僕ら兄妹と似ている。

1つ下に妹がいる。
最終学歴は小卒だ。
なぜ小卒が生まれたのか。

きっかけは、1つの嘘からだったと思う。
ネット上で架空の自分を作ったのだ。

前略プロフィールというネット上に
自己紹介ページを作るサイトがあった。
そこにリンクしてブログや写真なども載せられた。

妹はそこに架空の自分を作った。
本来は引っ込み思案で大人しい人間だが、
ネット上では違った。

旭川ではその年齢の代で1番の不良を
「旭一(きょくいち)」と言う。
「旭川で1番」を略して「旭一」だ。
妹は何を思ったのか勝手に名乗るようになる。

前略プロフィールのリンク先のアルバムに飛ぶと、
妹のプリクラには「旭一」と書かれていた。

田舎の小中学生は不良に憧れる。
それはDNAに組み込まれてるかのようにある日突然はじまる。
男の子ならママチャリの荷台を上げ、
ハンドルをカマキリのように改造する。

放課後や休みの日は用もなくマクドナルドに行く。
急に色気づいてお香にハマり部屋中を煙たくする。
ラスタカラーのグッズが部屋に増える。

理由はわからないが路上に唾を吐く。
ドンキホーテで買ったPLAYBOYのスウェットを着て、
冬でもキティちゃんのサンダルでラウンドワンに出かける。
児童相談所を「児相」と言う。

妹の前略プロフィールのゲストと書かれた
誰でも書き込めるリンク先に飛ぶと
そんなお友達からの「絡も〜」という書き込みが溢れていった。

妹はそこで辞めることができなかった。
ネット上の人格が現実になってきた。
実際にそんな友達と絡むようになる。

家にやんちゃな友達が出入りするようになった。
そして僕の部屋にもふざけて入ってくるようになった。

すごく嫌だった。
どうやったら自分の部屋に入ってこなくなるかを考えた。
そして実行に移した。

「お兄ちゃん元気〜?」という声とともに部屋のドアが開く。
僕は薄暗い部屋で妹の下着を身につけてベッドに腰掛け無言で見つめた。

相手は見てはいけないものを見たような、
理解できないものに対する恐怖のような、
鳩が豆鉄砲を食らったような、
どうリアクションしていいのか戸惑っていた。

実は僕も戸惑っていた。
本当はこんなことしたくないし、
これが正解なのかもわからない。
今からでも事情を説明した方がいいかもしれない。

腰掛けていたベッドから立ち上がり一歩近づくと扉は力強く閉められた。

戦わずして不良に勝った瞬間であり、
何かを失った瞬間でもあった。

次の日、生まれてはじめて10円サイズの円形脱毛症ができた。

親も困っていた。
妹はやんちゃな友達と絡み続け無断外泊や補導をされ、
兄は妹の下着を身につけて10円ハゲができる。

結果的に妹は中学を卒業する年齢になるまで
施設に預けられることになった。

きっかけは、1つの嘘だった。

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佐藤充 2023年3月26日「アラブの春」

アラブの春

ストーリー 佐藤充
出演 地曳豪

帰国3時間前。
タクシーはハイウェイでいきなり止まった。
2011年3月、
アラブの春と呼ばれる革命が起きているエジプトだった。

中東を1ヶ月ほど1人で見てまわり
ヨルダンからフェリーで入国してやってきた。
日本への帰国便をカイロから取っていたのだ。
街では車が燃え、催涙ガスの煙が舞っている。
できるだけ外に出ることなく過ごし帰国日を迎えた。

帰国3時間前。
空港へ向かうタクシーがハイウェイで止まる。
ルームミラー越しにドライバーの男と目が合う。
「エンジントラブル」と男は英語で言う。
続けてジェスチャーとアラビア語で「車を後ろから押してくれ」と言うので
一緒に押すことにした。

車は2人で押すと少し動いた。
男は「そのまま押し続けてくれ」と言い、
急いで運転席に戻りエンジンを掛けに行く。
ブルルンとエンジンが掛かる音がする。
タクシーはそのまま僕をハイウェイに置き去りにして
猛スピードで走り出した。

Uターンするだろうと見ていたら、
タクシーのテールランプは遠ざかるばかりで
ついに闇に消え見えなくなった。

もしかしてまだ戻ってくる可能性も
あるかもしれないとも思ったが、
あの走り方は戻ってくる感じのスピードではなかったなと思い、
ここで待つのは危ないので
いったんハイウェイの中央分離帯に移動する。

タクシーのトランクにパスポートに財布、
着ている服以外の全ての荷物を乗せていた。
残り3時間でパスポートだけでも取り戻して帰国することはできるだろうか。
たぶん無理だ。帰国できない。
無一文でカイロのハイウェイの中央分離帯で考える。

ちょうど去年の今頃、大学へ入学するために北海道から上京してきた。
厳密には埼玉の新所沢に住み始めるので
上京と言っていいのかわからないけれど。

上京1日目に西友で12800円の自転車と9800円の自転車で迷って
9800円の方を買った。
明日はこの自転車に乗って近所を散策しようと思ったら、
次の日アパートの1階の駐輪場に止めていた自転車はパンクしていた。
目線を上げた先には都合よく「パンク直します」と手書きの張り紙があって、
その横には「張り紙禁止」という旨のアパートの管理会社の張り紙もあったが、
気にせず電話をした。

「もしもし、自転車パンクしちゃって」
「あ、そうなの」
「はい、直してもらいたくチラシ見て電話しました」
「いま、昼飯食べてるんだわ」
「はい」
「そのあと出勤の準備あるんだわ」
「はい」
「家どこなの?」
住所を伝えると「あ、近いから30分後に行くわ」と男は言った。

男は少し遅れてやってきた。
「どれ自転車」と言うと男は慣れた手つきでホイールからタイヤを外し、
水に浮かばせてどこに穴が空いているのかを確認しはじめた。

「俺さ、本職は流しなんだわ」
「ナガシ?」
「新宿のゴールデン街で夜ギター持って歌ってるんだわ」
「ああ、流し!」
流しという職業の人に初めて出会って感動した。

「俺、CDデビューもしてんだわ」と
男はもともと黒色だったのだろうけど、
日焼けして紫色になった使い古したアディダスのカバンから
CDを出した。

「1500円」
「え?」
「CD込みでパンク代1500円」
「あ、CDも、、、」
「ほんとはCDだけで1500円だから」
CDはいらないから安くしてくれとは言えずに1500円を払った。

「新宿にも聞きにきてよ!」と言われ
いつか行こう行こうと思って、
まさか1年後に革命中のエジプトカイロのハイウェイの中央分離帯で
帰国できずに途方に暮れているなんて思ってなかったので
まだ新宿にも聞きに行かず、CDも聞かずに引き出しに入れっぱなしだ。

帰国できたら聞きに行くだろうか。
いや、行かない気がする。

東京はきっともう桜が咲いている。

花見でこれを笑い話にできるように
ひとまずなんとかなるだろうと歩きだす。
 
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佐藤充 2023年1月22日「無題」

無題

ストーリー 佐藤充
   出演 地曳豪

小学2年生の夏休み。
親戚のおばあちゃんの家で遊んでいるとインターホンが鳴った。
おばあちゃんが玄関まで行く。

しばらくして呼ばれたので行くと、
そこには母とスーツを着た知らない女性が立っていた。

「帰るよ」と言われたので帰り支度をして家を出る。

家のまえに車が停まっている。
運転席にはスーツを着た知らない男性が乗っているのが見える。

なぜか玄関で母と親戚のおばあちゃんは泣いていた。
親戚のおばあちゃんは母に何度も「ごめんね」と言っていた。

車のなかでスーツを着た女性から説明を受ける。

これから母と妹と僕はある施設に入ること。
スーツを着た女性たちはその施設の職員であること。
学校を転校すること。
友達にはもう会えないこと。

「嘘だよね?友達にまた会えるよね?」
と聞くと母は「ごめんね」と一言だけ言う。

僕は渡された紙パックの野菜ジュースを飲み、
流れる景色を見るともなく見る。

1学期の終業式の日の帰りの会で
隣の席のメイケちゃんに「またね」と思いっきり叩かれたこと、

スーパーファミコンのマリオRPGのデータを消されて
ヨシキくんの自転車のサドルに唾を垂らしたこと、

シモヤマくんの家で
コンセントを半分ささった状態で触る遊びをしていたいこと、

公文の夏休みの宿題を部屋の机の裏に隠していたこととかを
ぼんやりと思い出した。

1時間くらいで施設に着いた。
その施設はいろいろな事情を抱える女性やその子供しか入れない。
3階建ての病院のような施設。
1階は受付や食堂や体育館。
2階は一時的に入っている人たちの居住スペース。
夏なのに共用のお風呂は週3回しか入れない決まりだった。

3階は施設の人に絶対に行ってはいけないと言われていたが
同じように女性たちが暮らしていた。
たぶん僕らよりずっと前からいる人たちだった。
母と妹と僕はこの施設の2階にある8畳ほどの部屋で
過ごすことになった。

2階には僕らの他にも年齢も事情も様々な女性たちが
10人くらいいた。

その中にコバがいた。

コバは29歳。
コバは野球部みたいに髪が短い。
コバは九九が言えない。

共有スペースで2階に1つしかないテレビで
アンビリーバボーを見ているときだった。

当時は夏になると心霊特集をしていて僕は怖いのをごまかすために
「2の段どっちが早く言えるか勝負しよう」と言うと、
「いやだ」とコバは言う。

「2×7は?」と聞くと指をゆっくり2本ずつ折って数えはじめる。
「九九わからないの?」と聞くと
顔を真っ赤にして走って追いかけてきて本気でお尻を蹴られた。

違う日に食堂で朝ごはんを食べていると、
僕たちと離れた席に3階に住む人たちが座っていた。
するとひとりの女性が箸でご飯を口に持っていく途中で、
目も口も開けたままパントマイムしているみたいに止まって動かなくなっていた。
そこだけ時間が止まっているみたいだった。
母から「見るんじゃない」と言われた。
「薬の飲み過ぎね」と誰かが言う声が聞こえた。

僕はいつドッキリのフリップを持った人が
来るんだろうと思って過ごしていた。

親戚のおばあちゃんの家のインターホンが鳴ったあのときから、
壮大なドッキリにかけられている気がした。

転校もウソ、友達に会えなくなるのもウソ、
母の涙もおばあちゃんの涙もウソ、
コバが九九を言えないのもウソ、
パントマイムみたいに止まっている3階で生活する女の人もウソ、
全部全部ウソでした、ドッキリでしたって。

2学期。
新しい学校で新しい友人たちと迎えた。
誰にも言えない無題のままになった夏休みの思い出とともに。

そして時が過ぎ、2023年。
TCC新人賞受賞取り下げウソでしたなんてフリップを持った人はもちろん来ない。



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佐藤充 2022年12月5日「12月の吉祥寺にて。」

12月の吉祥寺にて。

    ストーリー 佐藤充
       出演 地曳豪

「八つ橋作りすぎたので、家にきませんか?」
吉祥寺のパルコを抜けて焼き鳥屋いせやに向かう途中の路上で
初老の男に誘われた。
知らない人についていったらダメだ。
北海道の母からそう言われていたが、面白そうなのでついていった。
彼の家は井の頭公園から近いマンションの5階にあった。

自分の出来心を恨んだ。
四方の壁に見たことない宗教の張り紙がある。
何か理由をつけて帰ろうかな。
でも、でも八つ橋も気になる。

実はぼく、八つ橋を食べたことなかったんです。

京都のお菓子だとは聞いていましたが、
それがどんな形で食感で味なのかもよく知りませんでした。

「どうぞ八つ橋です」

初老の男に出された八つ橋を見る。
これが本当に八つ橋なのかもわからない。
さっさと食べれば帰れると思いました。

手に取ってみる。
柔らかい皮に何かが包まれていました。
さっき作りすぎたって言っていたから、この人が作ったんだよな。
もしかして変な薬とか入っているかもしれない。疑心暗鬼でした。

ここで「やっぱりお腹いっぱいだからいらないです」とも言える。
でももう手には八つ橋がある。
そんなこと言ったら相手も気分を害すかもしれない。
そして僕は八つ橋を食べたことない。
初めての八つ橋がこんな怪しいおじさんオリジナルのものでは
いけない気もしてきた。
食べない理由が無限に浮かぶ。

いつだってそうだ。やらない理由はいくらだって浮かぶ。
人間誰だって与えられた時間は平等だ。
才能や生まれた環境や運や縁、その他もろもろあるけれど、
結局やるかやらないか、違いはその差だ。
劇場版『テレクラキャノンボール2013』で
ビーバップみのるも言っていた。

一気に食べる。

恐怖で味がわからない。
男は笑みを浮かべ「アンケートに答えてくれませんか」と言う。
好きなスイーツを記入する欄があったので
「チーズケーキ」と素直に書くと
「メールアドレスも書いてくれませんか?」と畳み掛けてきた。

早く帰りたい一心で記入する。
その日は呆気なく、何事もなくバイバイをした。

3日後メールがきた。
「メリークリスマス!チーズケーキ作りすぎたので、家にきませんか?」
クリスマスの東京はイルミネーションでキラキラして、
いつもより浮かれている。



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佐藤充 2022年11月20日「夕焼けのワディラムにて。」

夕焼けのワディラムにて。

      ストーリー 佐藤充
         出演 地曳豪

かれこれ1時間はアリの巣の前にいる。

ヨルダンのワディラムでキャンプをしている。
映画「アラビアのロレンス」の舞台となった砂漠だ。
電気がないから木を燃やす。水もないからシャワーも入れない。
原住民のベドウィンと僕しかいない。

「ん」と僕がアリの巣を指さす。ベドウィンが深く頷きそれを見る。
国によって砂漠の色が違う。
実は砂漠にも芸歴みたいなものがあり、砂漠歴が長いほど酸化して赤いらしい。
ここヨルダンの砂漠はやや赤い。ナミビアのナミブ砂漠はもっと赤かった。
そういう意味でワディラムは砂漠界で中堅くらいに位置している砂漠かな、
とどうでもいいことを考える。

見渡す限り砂漠が続いている。この壮大さを前にして動く気力すらわかない。
目を閉じる。肌に触れる風の音がする。
耳のなかでシュシュと血液の流れる音もする。
静寂にも音があるんだなあ、なんて思う。
生きているかぎり音のない世界なんてありえないかもなあ、と
悟ったような気づきも得る。

静かに音がしないようにげっぷをする。
この静寂を自分のげっぷで壊すのは違うと思ったからだ。
げっぷは昼に食べたベドウィン料理の「ザルブ」のうまい味がした。
「ザルブ」はベドウィン式のバーベキューみたいなもので、
砂のなかでゆっくり具材を温め調理する。
特に玉ねぎは、口に入れたらとろけるほどに甘く柔らかく、
1人で2玉も食べてしまった。

久しぶりに美味しいものを食べると食欲に火がつき、
次から次へと食べたいものが出てくる。
白子ポン酢、松尾ジンギスカンのラム肉、奥芝商店のスープカレー、
ルノアールのモーニングB、江古田のイスラエル料理屋のカレー、
梅光軒の味噌ラーメン、余市のりんごのほっぺ、
びっくりドンキーのチーズバーグディッシュ。
失ったり、離れたりしてはじめて自分の気持ちに気づいたりする。
年齢を重ねるたびに人間らしくなっていく気がする。

目を開ける。夕焼けのワディラムは真っ赤に染まり、
別の星に来たような気分になる。相変わらずヨルダンのアリは大きい。
よく働いている。西日を受けたベドウィンの表情はわからない。
見渡す限り砂漠。歩く気力すらわかない。

そろそろ夜がくる。きっと星空がきれいだろう。
それまでもう少しアリの巣を眺めることにする。



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佐藤充 2022年10月23日「ミルク色の霧のなか」

ミルク色の霧のなか。

  ストーリー 佐藤充
     出演 地曳豪

どこにいても仕事ができるようになった。

1ヶ月、帰省した。

実家のベッドで大の字になる。
天井にシミがある。
高校時代も同じシミを見ていた。
あの頃はずっと見ていると人の顔に見えて少し怖かった。
喋り出しそうで、本当のこと言いそうで、聞きたくないこと言いそうで。

高校時代。

北海道の旭川にいる。
大人になったら実家のデリヘルを継ぐと思っている。
土方と美容師と自衛隊とデリヘルしか仕事がないと思っている。
自転車があればどこへでもいけると思っている。

今いる友達とずっと大人になっても遊んでいると思っている。
世界で1番おいしいのはスープカレーだと思っている。
そのとき付き合っている女の子と結婚すると思っている。
湯上がりに行く犬の散歩のときの肌に触れる風が好きでいる。

担任のクラヤ先生と分かり合えなさすぎて悩んでいる。
オナニーしすぎると頭が悪くなるとネットに書かれた言葉を信じている。
車に轢かれてもなぜか自分だけは無傷で死なないと思っている。
隕石が落ちてきても自分と好きな人の2人は生きていると思っている。

授業中にテロリストが襲撃してきたときのシミュレーションをしている。
サッカーを辞めたことを少し後悔している。
バイトを休みたいと思っている。
980円で焼肉食べ放題の焼肉カルイチに毎日のように放課後行っている。

千代の山公園で夏にある盆踊り大会を楽しみにしている。
PS2のみんなのテニスで増井が負けを認めないのでイラッとしている。
安田美沙子の京都弁にハマっている。

娯楽もない。事件もない。
その割に変質者と性犯罪が多い。
EXILEと西野カナの影響が異常で、
何か変なことをしたらすぐに噂になり、
イオンに行けば知り合いに会うこの街に、
息苦しさや閉塞感を覚えている。
ここではないどこかへ行きたいと思っている。

いま。

東京にいる。
デリヘルは継いでいない。
あの頃は知らなかった職業についている。
自転車はもう10年くらい乗っていない。

あの頃の友達とは、よくて正月に会うほどになっている。
あの頃いつも集まっていられてどれだけ幸せなことだったのかを知った。
いまの方が宿題はある。毎日が夏休み最終日みたいだ。
いまでもスープカレーが世界で1番美味しい。
が、他にもいろんな美味しいものがあることも知っている。
実家のごはんのありがたさにも気づいた。

あの頃付き合っていた女の子とはお別れをした。
湯上がりの犬の散歩をしているときの肌に触れる風も気持ちいいけど、
サウナ後の下北沢の風も気持ちいい。
担任のクラヤ先生がかわいく思えるほどいろんな人がいることを知った。

ネットに書かれた言葉は信用しすぎないようにしている。
車に轢かれたら、ぜんぜん死ぬ気がする。
隕石が落ちてもやっぱり好きな女の子と2人生きている気がする。
業務中にめんどうな頼み事をされたときのシミュレーションをしている。

仕事を休みたい日もある。
毎日のようにコンビニのお弁当を食べている。
増井にはLINEをブロックされたのでちょっとイラッとしている。
今は安田美沙子の京都弁にはハマってない。
息苦しさや閉塞感を感じる街からはでた。

また天井のシミを見る。
シミは喋り出さない。
本当のことを言わない。
聞きたくないことも言わない。
もう怖くない。すこしさみしい。
窓から入ってきた夜明けの風がカーテンを揺らす。
朝露に濡れた青い草のにおいがする。
ミルク色の霧のなか、久しぶりに犬の散歩へ行く。



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